第731話「恐らく合法」

「お肉焼けたよ!」

「わーい!」


 長い串に刺した肉を次々と焼いていくフゥ。その隣ではレティと光が焼けた側から次々と食べていく。

 ラクトとフゥのペアが出した記録は6分22秒。流石にレティと光のペアほど驚異的なタイムではないが、それでもヴァーリテイン相手と考えればかなり早いものだ。

 それに、彼女たちが倒したヴァーリテインは解体も行えた。フゥが焼き続けているバーベキューは、ヴァーリテインの肉を使ったものだ。


「うーん、惜しいことをしましたね。レティもちゃんと残るように倒せば良かったです」


 レティは『呑ミ混ム鰐口』でヴァーリテインを倒したため、そのドロップアイテムはほとんど手に入らなかった。両手に三本ずつ串を持ちながら、彼女は心底悔しげに言った。

 彼女の使ったテクニックは“敵を倒すこと”に関しては無類の強さを誇るが、“原生生物を狩ること”にはあまり適していないらしい。


「次は誰が出るんだ?」


 ラクトに焼けた串肉を渡しつつ、まわりを見渡して様子を窺う。残っているのは〈紅楓楼〉がカエデとモミジ、〈白鹿庵〉は俺とトーカだ。


「ここはもちろん、俺とレッジで――」

「レッジさん。私と一緒に戦って下さいな」


 満を持して立ち上がるカエデを押し退け、モミジが俺の元へやってくる。背後でカエデが頓狂な声を上げているが、彼女はどこ吹く風で柔和な笑みを浮かべていた。


「俺と? 言っちゃなんだが、この中じゃ一番戦いに向いてないんだぞ」


 彼女の申し出に、俺は驚きつつ忠告する。

 モミジは支援投擲師だ。爆弾や火炎瓶などを投げることで多少のダメージを与えることはできるが、基本はアンプルや毒薬によるバフ、デバフの支援である。

 通常、彼女と相性が良いのはトーカのような純戦闘職であるはずなのだが。


「大丈夫です。だって、レッジさんもヴァーリテインの単独撃破はしているんでしょう?」

「そりゃあ、一応してるけどな……」

「であれば十分お強いかと。それに、ぜひレッジさんの戦いぶりを間近に見てみたかったんです」


 真正面からはっきりと断言されてしまえば、こちらも強くは否定できない。更にモミジは大きなリュックを背負いながら続けた。


「レッジさんの開発なさった種瓶に、とても興味がありますから」

「はぁ」


 そういえば、モミジは俺の作った種瓶を求めて植物園にやってきていた。つまり、俺が種瓶を使うところ、デモンストレーションを見たいということなのだろう。

 であれば、開発者としては引き受けないわけにはいかない。将来の顧客に向けて、商品の利点を売り込む絶好のチャンスだ。


「それじゃあ、種瓶主体で戦ってみようかね」

「ありがとうございます。楽しみです」


 俺が了承すると、モミジはふわりと花の咲くような笑みを浮かべる。背後でカエデが悔しげに唇を噛んでいるが。


「レティ、しもふり開けてくれ」

分かりましたーもふぁふぁもぐふぁ

「……食べた後でいいから」


 口をハムスターのようにしているレティに声を掛け、彼女が連れてきたしもふりのコンテナから荷物を取り出す。こういう時、あまり重い物を持ち運べない自分の非力さが申し訳なくなる。

 しもふりのコンテナには、いつでもある程度の働きができるよう、普段からよく使うアイテム一式を積み込んでいる。俺はその中から、種瓶を選んでインベントリに移していった。


「俺が戦ってる間はこっちのテントも機能しなくなるからな。護衛は頼む」

「任せて下さい! お肉は死守しますよ!」

「仲間も守ってくれよ」


 フゥが大量の竜肉を手に入れたはずなのだが、それもすでに底が見えている。レティと光が毎秒消費し続けているせいだ。

 彼女たちのためにも、新しい食材を仕入れる必要があった。


「白月も、働く時間だぞ」


 ウッドデッキの隅に座り込み、フゥから焼いた野菜を貰っていた白月を呼ぶ。テントが使えないなら、彼にもしっかり働いて貰う必要がある。というか、ここ最近全然動いていなかったから、ダイエットさせねば。


「レッジ、頑張ってね」

「おう。格好良いとこ見せてやるよ」


 ラクトの励ましに親指を立てて答える。

 トーカはカエデと共に、何やら話し込んでいるようだ。


「ヴァーリテインが現れましたの!」


 脂の艶がついた口元を拭い、光が声を上げる。

 リポップ時間を迎え、白い骨塚の中心に黒い奇竜が出現した。


「こちらは準備できましたよ」

「なら行くか」


 モミジが気合い十分な声を上げる。ピンク色のナース服に、大きなリュックサック。腰に二重のベルトを回し、そこにアンプルやダイナマイトなどを吊り下げている。

 対する俺は、いつも通りの普段着に一応槍を携えた格好だ。


「レッジさん、戦闘服はないんですか?」


 町歩きに出るような服装のままの俺を見て、モミジが不思議そうな顔をする。


「〈武装〉スキルがないからな。どの装備をしてもあんまり意味がないんだ」

「はぁ……。なるほど?」


 攻撃を受けたら即死か瀕死に追い込まれるのは分かっている。それはどんな高価な防具を着込んでいても同じだ。

 ならば、動きやすい格好の方がまだましだ。


「あんまり参考にしない方がいいですよ。レッジさんは特殊なので」

「そうなのねぇ」


 トーカがしれっとモミジに言う。

 これに関しては俺もあまり普通ではないと自覚しているから、何も言い返せなかった。


「じゃあ、打ち合わせ通りに」

「分かりました。足を引っ張らないよう、頑張りますね」


 レティたちにテントを任せ、ヴァーリテインの巣に入る。


「それでは。3,2,1――」


 モミジは時間の計測も行うため、首に懐中時計を掛けていた。それを見ながらカウントダウンを開始していく。


「――ゼロ!」

「白月、『夢幻の霧』。『強制萌芽』、“這い纏わる燋乱の赤蔓”」


 タイマースタートと同時に白月を霧に変えて姿を紛らせる。更に、テクニックを使用しつつ種瓶をモミジに渡す。中に封入された種が栄養液に触れ、皮が割れて芽生える。それが巨大化し、瓶を割る前に、モミジがそれを投擲する。


「『遠投擲』ッ!」


 鍛え抜かれた肩は、まさに投石器のような威力を発揮する。細長い円筒形の瓶は真っ直ぐにヴァーリテインの直上へと向かい、そこで破裂する。

 現れたのは赤黒い蔦だ。それは空中で網のように広がり、黒竜の体に触れるとそれを覆い隠すように伸びていく。更に、赤い蔦が触れた場所から煙が上がり、ヴァーリテインの剛毛と皮膚が焼け爛れていく。


「次。『強制萌芽』、“ハジケ胡桃”」

「と、『投擲』ッ!」


 赤蔓が竜の動きを拘束している間に次の手に出る。クールタイムが終わった瞬間に再び『強制萌芽』を発動し、種瓶をモミジに投げて貰う。

 今度のそれは竜の頭の前で弾けて怯ませた。


「どんどん行くぞ。アンプルで回復頼む」

「分かりました!」


 モミジが薬液の封入されたガラス管を俺に向かって投げつける。減っていたLPが回復するのを確認して、次々と種瓶を渡していく。


「『強制萌芽』、“鉄鋼槍杉”」

「『投擲』っ!」

「『強制萌芽』、“案山子花”」

「と、『投擲』っ!」


 鋭く尖った杉が地面から飛び出し、竜の体を貫く。

 白月の『夢幻の霧』が消える直前にダミーとなる花を咲かせ、自分たちから注目を逸らす。


「っと、流石に厳しいな。一旦後退するぞ」

「分かりました!」


 とはいえ、向こうは無数の首を持つ竜だ。案山子花は早々に押し潰され、俺たちの居場所もばれる。事前にそれは予測できていたため、打ち合わせ通り距離を取る。


「すごいですね。種瓶だけでかなり削れてます。時間まだ1分しか経ってないですよ」

「あと10秒で終わらせるさ」


 レティほどではないが、出し惜しみをしなければ種瓶でもかなり削ることができる。更にモミジの投擲力によって、安全に離れた場所から一方的に殴り続けられるのがありがたい。

 俺は順調に進む狩りに満足しながら、最後の種瓶を取り出した。


「モミジ」

「なんですか?」

「できるだけ遠くに投げてくれ。正直狙いはあまり正確じゃなくても、大体当たるから」

「はあ。分かりました」


 そう忠告したうえで、俺は最新型の種瓶を取り出す。

 通常のものとは違い、特別頑丈な強化ガラス装甲製の瓶で、わざわざ安全装置も取り付けられている。

 レバーを上げて安全装置を外し、その上で『強制萌芽』を使用する。しかし、種が栄養液に触れるまでには数秒の猶予ができるような作りになっている。その間に、安全に退避できるようにするためだ。


「精一杯投げろ!」

「『遠投擲』ッ!」


 瓶を受け取ったモミジが、叫びながらそれを投げる。高い放物線を描きながらヴァーリテインの方へと向かう種瓶を見届け、俺はモミジの手を引いて更に後方へと下がる。


「きゃっ」

「すまん。しかし、もっと離れないとちょっと怖いからな」

「わ、私は何を投げたんですか!?」


 骨のうずたかく積み上がった巣を走り、テントの方へと急ぐ。その直後だった。


「伏せろ!」

「えええっ!?」


 モミジを地面に引き倒す。

 爆音が鳴り響き、爆風が遅れてやってくる。地面の骨片が舞い上がり、周囲は煙霧が覆い隠す。


「ほ、本当に何を投げたんですか!?」

「“轟烈する紅蓮の小翼花”だ」

「そ、それって……」


 その名前を聞いたモミジが、目を見張る。彼女も植物園のチャンバーで、それを見ているはずだ。


「“昊喰らう紅蓮の翼花”を少し弱めたもんだな」

「原始原生生物じゃないですか!」

「いや、原種ほどの強さはないからな。ギリギリ許される、はずだ。たぶん。おそらく」


 “昊喰らう紅蓮の翼花”を故意に交雑させることで、その特性を薄めたのがあの種瓶に入っている植物だ。他の植物を燃やし尽くし、大規模な爆発を巻き起こす。原種ほどの強さはないため、個人で利用しても良いはずだ。……ウェイドたちに確認は取っていないが。


「ともかく、これでヴァーリテインは倒せたな」


 システムログにヴァーリテイン討伐の文字があるのを確認して立ち上がる。すっかり埃まみれになってしまったが、討伐は完了だ。

 タイムは1分30秒。まあ、いいところだろう。


「さ、帰るか」

「はぁ……」


 呆然としているモミジの埃を払い、テントの方へ凱旋を果たす。


「……やっべ」


 その時、〈ワダツミ〉の方角からけたたましいサイレンを鳴らしながら猛烈な勢いでやってくる警備NPCの姿を見つけてしまった。


_/_/_/_/_/

Tips

◇“轟烈する紅蓮の小翼花”

 要管理危険原生生物。非常に危険であり、領域拡張プロトコルに大きな影響を及ぼす恐れのある原生生物。管理者による適切な管理を必要とする。

 原始原生生物“昊喰らう紅蓮の翼花”を他の植物と交雑させ、その能力を弱めた上で繁殖能力を封じたもの。弱めたとはいえ、その爆発力は凄まじく、地形・環境へのダメージは著しい。取り扱いには非常に高い慎重さが求められる。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る