第730話「突撃!竜ご飯」

 レティと光のペアが“饑渇のヴァーリテイン”討伐で脅威の1分切りを叩き出した。その次に挑戦者として選ばれたのは、ラクトとフゥの二人だった。


「よろしくね、フゥちゃん」

「ほああ……。よ、よろしくお願いします」


 やる気を漲らせるラクトとは違い、フゥは両肩を小さくして背中を曲げている。彼女に順番が回ってきたのは、ヴァーリテインを討伐し終えたレティと光が、大量にあっただんご汁を食べ尽くしたおかげで手が空いたからだ。自分は半生産職だからと主張したが、それがどうしたとラクトによって押し切られた。

 ヴァーリテインがリポップするまでの間に、二人は情報を交換して連携のために動きを確認する。そもそも、ぶっつけ本番で上手く動けたレティたちが異常なのであって、彼女たちの姿が本来のものである。


「お、リポップしたな」


 巣の様子を見ていたレッジが、骨塚の中央に黒い竜が現れたのを確認する。その頃には、ラクトたちの打ち合わせも終わっていた。


「じゃあ行ってきます。ちゃんと見ててね」

「もちろん。頑張れよ」


 胸を張るラクトに、レッジが激励の言葉を送る。


「フゥ、前に戦った時と同じように動けば大丈夫だからな」

「ほわ。……やってやるわ!」


 〈紅楓楼〉でも、カエデたちがフゥに気合いを入れている。

 そうして、二人は骨塚の中へと踏み入り、レティたちと同様に竜の反応する一歩手前の場所で準備を済ませた。


『いきまーす。3,2,1……スタート!』


 TEL越しのモミジによるカウントダウン。それを合図に、二人は一斉に動き出した。


「『大威圧』! うぉぉおおおおっ!」


 前に出たのは中華鍋を掲げたフゥだ。彼女が吠え声を上げて、竜の注目を集める。

 光ほど強力な扇動技を使えるわけではないが、彼女も〈戦闘技能〉スキルを伸ばしているため、サブ盾役タンク程度の働きはこなせた。


「ほわわっ!? 『大打撃』ッ!」


 勢いよく迫る竜の鼻先を、フゥは中華鍋の底で強く叩く。澄んだ音が良く響き、竜が怯む。しかし、他にも無数の首があらゆる方向から彼女に喰らい掛かっていた。


「『鷹の目ホークアイ』『精密射撃デリケートショット』、――『風を切る流星矢』」


 虎柄の少女を見据える竜の赤眼を、突如飛来した銀色の矢が貫く。

 ラクトの短弓による物理攻撃だ。機術の詠唱時間がないと判断した彼女は、開戦直後から物理攻撃による戦闘を選択していた。

 彼女は矢継ぎ早に銀色の金属矢を短弓に番え、次々と放っていく。それは的確に奇竜の目に突き刺さり、着実にダメージを与えていた。


「ラクトさん、弓の腕も一流なんだね!?」


 機術専門だとばかり思っていたフゥが、ラクトに迫る竜を叩きながら驚きの声を上げる。事前の打ち合わせ通りではあるが、それが意外だった。


「まあ、機術一本だとコスパ悪いしね。一人で遊ぶ時なんかは弓だけだったりもするんだよ。――『降り注ぐ三連曲射』」


 ラクトはフゥが守りやすいように位置を調整しながら、空に向かって三本の矢を纏めて放つ。頂点に至り、落ちてくる矢は途中で細かく分裂し、多くの竜頭を纏めて一網打尽にする。

 彼女の使う矢は金属製のものが中心だ。最も安価なものは木製のもので、コストの低さからそちらを選択する弓師も多い。しかし、多少コストが高くとも頑丈で攻撃力の高い金属矢を使う方が手間は少ない。そしてなにより、木矢よりも高い金属矢よりも、攻性アーツの触媒費用の方が嵩む。

 そしてもう一つ、矢には機術に勝る点があった。


「これで粗方潰せたかな」

「す、すごい!」


 数分の間、次々と矢を放っていたラクトが弓をおろす。

 そこには両眼に深く矢が突き刺さり、悶え苦しむヴァーリテインの姿があった。

 ラクトはフゥに守られながら矢を射続け、その的確な射撃で竜の視界を奪ったのだ。

 効果時間があり、それが終わると跡形もなく消失する機術とは違い、矢はその場に残り続ける。そのため、竜の目を潰し、傷が癒えないように突き刺さり続ける。


「これでかなり時間は稼げるんじゃないかな」

「ありがとう! じゃあ、ここからは料理の時間だよ!」


 光を失った竜は我武者羅に動き続ける。だが、狙いのない攻撃を避けるのは容易かった。

 二人はフォーメーションを変え、今度はラクトがフゥを守る形になる。


「『浮かぶフローティング氷壁アイスウォール』ッ!」


 ラクトが初めて機術を発動し、前方に氷の壁を生成する。宙に浮かんだそれは、乱暴に動く竜の攻撃を阻み、フゥが後方で鍋を振る時間を稼ぐ。


「『術式複製』『突き刺さるピアース・氷柱の大槍アイシクルランス』ッ!」


 フェアリーの体よりも大きな光輪が三つ同時に展開され、そこから太い氷の槍が放たれる。それは易々と竜の剛毛を貫き、数本の首を纏めて潰していく


「もうラクトさん一人でいいんじゃないかな……」

「そう言うわけにもいかないよ。LP結構ギリギリなんだ」


 鍋に食材を投入しながら言うフゥに、ラクトは笑って答える。レッジのテントがあるならともかく、その恩恵に与れない状況では彼女のLP管理はシビアにならざるを得ない。八尺瓊勾玉はLP生産速度に重点を置いているが、それでも大技は連射が効かない。


「『術式コードコン圧縮プレッション』『凍結するコールド・鋭い矢キーンアロー』ッ!」


 ラクトが短弓に矢を番える。金属製だが、先ほどのものよりも遙かに高価な特別製――機術矢だ。彼女はそれに術式を書き込み、弦を爪弾く。

 透き通るような音と共に矢は弧を描き、竜の体に突き刺さる。その瞬間、銀矢を起点に氷が広がり、一時的に巨体を拘束する。


「これで打ち止め!」

「十分だよ!」


 同時にラクトのLPがついに限界域に達する。これ以上は被弾も消費もできないと判断し、彼女はフゥの背後へと退いた。

 入れ替わりに前に出たフゥは、赤熱した鍋を掲げる。


「一気にいくよ! 戦闘調理術、『降り注ぐジャストミート肉弾・ミートボール』ッ!」


 フゥがグツグツと煮えたぎる鍋を振る。

 その中から飛び出してきたのは、甘辛いタレをべったりと纏った熱々のミートボールだ。それは未知のプロセスで巨大化し、上空から竜の頭へ降り注ぐ。その威力は圧倒的で、竜の硬い頭蓋骨が砕け潰れていた。


「戦闘調理術、『爆ぜるポップポップ玉蜀黍コーン』ッ!」


 更に彼女が鍋を振ると、新たに白いポップコーンが飛び出してきた。人の頭ほどの巨大なコーンが竜の至近距離で立て続けに爆発を連鎖させ、時に口の中に飛び込んだ上で破裂する。

 幻想的ファンタジーな光景とは裏腹に、ヴァーリテインを襲うのは巨大な料理による物理的な暴力である。なおも目には金属矢が深く突き刺さっているため、彼らの混乱はとどまるところを知らない。


「戦闘調理術、『コーヒーブレイク』!」


 中華鍋の中身が沸き立ち、琥珀色の液体が流れ出す。それは大量のコーヒーだった。灼熱の液体はそれだけで生物を害する。いかに強靱な剛毛や皮に包まれようとも、それらを纏めて焼いていく。

 全身に酷い火傷を負った竜が悲壮な声を上げて泣く。

 彼の命はすでに風前の灯火だった。


「いくよ! 『浮遊するフローティング氷の階アイスステアー』!」


 LPを回復させたラクトが、最後の機術を発動させる。

 竜の頭上へと至る氷の階段がフゥの目の前に連なっていく。彼女は躊躇いなくそれを駆け上がり、大空へと跳び上がった。


「最後! 戦闘調理術――『その命に感謝をごちそうさまでした』ッ!」


 くるりと縦に一回転し、フゥは大きな中華鍋の丸底を竜の体に叩き付ける。その衝撃は凄まじく、彼女を中心としてクレーターが生じるほどだ。

 暴れ回っていた料理達が華々しく爆散し、その一斉攻撃によって戦いは決着する。

 大きな音を立てて崩れ落ちるヴァーリテインを見届け、フゥとラクトは歓喜に震えた。


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Tips

◇『その命に感謝をごちそうさまでした

 〈料理〉スキルレベル70、戦闘系スキルレベル70。

 戦闘調理術の基本にして真髄。己の糧となる食材、その命に感謝をこめて、手を合わせる。

 戦闘調理術を一つ以上使用した後でのみ発動可能。直前に使用した戦闘調理術の数に応じて威力と範囲が増大する。

 手を合わせ、真摯に祈る。その身に流れる血、その身に纏う肉、全ては大地からの贈り物。その事に感謝し、常に想い続ける。頂いた命を身に宿し、我々は先へ征くのだと。


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