第729話「最強の大盾と鎚」
二人が境界線を一歩越えた瞬間、無数の殺気が浴びせられる。鋭い眼光が彼女たちを見下ろし、鋭利な牙が喰らい付かんと迫る。
「『
その時、圧力すら感じさせる大声量が響き渡る。
分厚く巨大な大盾を前方に突き出した光が、その存在感を強く示し、ヴァーリテインの注目を一身に集める。半ば強制力を持った挑発に、無数の首は目標を彼女に変えた。
「さあ、来なさいな! ――『不屈の鋼壁』『反逆者の罰撃』『死せるべき者の烙印』ッ!」
風を切って突っ込んできた竜の首に対し、光は更にテクニックを連発する。大量のLPが消費されるが、彼女の顔には余裕があった。
牙を剥いた竜が、棘のある盾に激突する。赤いエフェクトが迸り、衝撃によって光の足元に山積していた骨片が吹き飛ぶ。
だが、それでもなお、彼女の姿勢は僅かにも揺らいでいなかった。
「全然、効きませんの!」
小柄な彼女が構える盾に、次々と竜が激突する。個々が至近距離から打ち込まれた大砲の弾のような衝撃を孕んでいるが、光はそれを悠然と受け止める。
その場に佇み、後退も前進もせず、ただ攻撃を阻み続ける。
「エイミーとはまた違った盾ですが……こちらも戦いやすいですね!」
その時間を存分に使い、レティはゆっくりと自己強化を完了させていた。赤い炎のようなエフェクトを纏い、彼女は鮫頭のハンマーを高く掲げる。
ヴァーリテインの攻撃を一身に引き受ける光は動かない。そのおかげで竜の動きも激しくなく、速度に劣るレティでも余裕を持って狙いを付けることができた。
「せっかくですし、いつもとは趣向を変えてみましょうか。――光さん、あと何秒耐えられますか?」
「17秒で『不屈の鋼壁』が切れます。それまでに頼みましたよ」
「分かりました。では――」
嵐のような攻撃を受けながら、光は涼しい顔で答える。彼女の盾が自動的にカウンターダメージを与えているが、ヴァーリテインの膨大なHPと比べれば微々たるものだ。
レティはハンマーを後ろへ下げ、低く腰を落として力を溜める。
「『猛攻の姿勢』『決死の一撃』『破壊の衝動』『焦燥する鼓動』『勇ましき騎士の戦意』『耐え忍ぶ弱者の嗚咽』――」
次々とテクニックを並べていくレティ。
彼女のステータスウィンドウが秒を追うごとに変動していき、最後のテクニックによってそれら全てがゼロになる。更にLPすらも猛烈な勢いで減少を始め、刻一刻と死が迫る。
それでも、レティはじっと姿勢を保ったまま、全身に力を籠めていく。
「『
黒竜の攻撃は熾烈さを増し、光の大盾でも凌ぎきれないほどの物量で迫り来る。
光は更にテクニックを追加し、近くで硬直したままのレティごと、周囲に光り輝く防御フィールドを展開した。
「あと10秒ですの!」
光がカウントダウンする。
レティは口を一文字に硬く結んだまま、眉を寄せている。彼女の纏う刺々しいオーラは急激に広がっていき、鮮やかな赤の中に濁った黒が混ざる。
「あと5秒! ――『
光が再び竜に向かって強い挑発行動を行い、緩みかけた注目を集める。ヴァーリテインの
「あと1秒ですの!」
そして、時がやってくる。
さしもの光も、絶え間ない竜の猛攻に体を斜めにして耐えていた。嵐のように暴力が吹き荒れる戦場で、彼女が目を開いた。
「――『蜂起する破壊者』」
「あららっ!?」
『不屈の鋼壁』の効果時間が終了した光の前に、レティが立つ。スーパーアーマー状態の解除された光は、防御力は高くともノックバック攻撃によって吹き飛ばされる。それを防ぐレティの全身が、赤々しく光り輝いていた。
「咬砕流、五の技、『呑ミ混ム鰐口』ッ!」
竜の攻撃を全て受け止めながら、レティがハンマーを高く掲げ、そして振り下ろす。
「きゃっ!」
たったそれだけの動作。だが、現れた結果は光の想定を遙かに越えていた。
白い骨骸の積み上がってできた巨大な竜の巣が、割れた。
縦に走った亀裂は左右に広がり、深い地中に骨を飲み込んでいく。そして、その直上に立っていた異形の黒竜もまた、拡大する亀裂の中へと落ちていく。
大地が揺れ、その怒りが岩漿となって深い亀裂の底から吹き出す。それは竜の体を焼き、抵抗する力をそぎ落とす。
「ちぃ、往生際が悪いですね!」
しかし、ヴァーリテインは必死に抗う。
広がる亀裂の両岸に食らいつき、その巨体を支えている。亀裂が閉じてしまえば、思うようなダメージは与えられない。
「任せて下さいな!」
LPをほぼ失い、動くことのできないレティが唇を噛んだその時だった。
光が大盾を携えたまま走り出す。
「光さん!?」
「要はこの亀裂の中に押し込めばいいのでしょう?」
光はそう言うと、亀裂の縁に噛み付いて体を支える竜の頭の前に立つ。彼女は嗜虐的な笑みを浮かべ、大盾を高く掲げた。
「『エッジバッシュ』」
ガンッ、と鋭い音がする。
地面に固定しやすくするため斜めに切り込まれた大盾の縁が、必死の形相で地面に喰らい付く竜の鼻先に落とされた。あまりの痛みにヴァーリテインが悶絶し、思わず口を開く。
「『バッシュ』」
それを狙い、光は前方へと盾を突き出す。
太い棘の並んだ鉄板が竜の顔を押し、亀裂の底へと落としていった。
「ひええ……」
崖に掛けられた手を踏むように、光は次々とヴァーリテインの首を外していく。その作業は素晴らしく迅速だった。
あまりにも戸惑いのない動きに、レティが口を半開きにして声を漏らす。
「これで、最後ですの」
そうして、竜はついに自重を支えきれなくなる。
光が一番の笑顔を浮かべて盾で頭を叩く。その衝撃を受けた竜は悲壮な顔をして、深い亀裂の底へと落ちていった。
亀裂が閉じ、『呑ミ混ム鰐口』の効果が発動する。
幾重にも掛けられたバフによって増加した各種ステータスが『耐え忍ぶ弱者の嗚咽』によって消費され、その後の『蜂起する破壊者』の効果で全て攻撃力に転化された上で数倍に増幅し、更に打撃属性に強い補正が掛かっていた。
爆発的に増加した力の暴力のもとで発動された『呑ミ混ム鰐口』は、文字通り巨大な竜を飲み込んだ。
流石のレティも、まさかここまで一方的に竜を屠れるとは思わなかった。
「やりましたの! レティちゃん!」
「あ、はい。やりましたね!」
しばらく呆然としていたレティは、無邪気に喜ぶ光に手を握られて我に返る。彼女たちのシステムログには、“饑渇のヴァーリテイン”を無事に討伐したことが記されていた。
「おつかれさま。記録は56秒33ですよ」
「まさか1分を切るとはなぁ……」
レティたちがテントに戻ると、時計を持ったモミジたちが出迎える。最初の一組目から驚異のタイムがたたき出され、誰もが唖然としていた。
「レティもびっくりでしたよ。あのコンボはめちゃくちゃ強いですね」
「時間が掛かるのと、その間動けないまま無防備になるのがネックかな? 光ちゃんみたいな重装型タンクがいて、なおかつ敵が1体だけじゃないと成り立たないねぇ」
早速フゥからだんご汁を受け取りながら、レティはしみじみと戦いを振り返る。
自身の能力と時間を代償にして発動する極限まで威力を上げた一撃。ラクトの分析通り、様々な状況が揃わなければ使えない戦法ではあるが、それだけに嵌まれば強力だ。
「私とレティちゃんの相性はばっちり、ということですわね」
「そういうことだな。いや、流石だった」
満足げな表情で椅子に座る光に、レッジも拍手を送る。二人の戦いぶりは互いを厚く信頼してなければ成功しないものだ。熾烈な攻撃を耐えきれると信じ、放たれた一撃で勝負が決まると確信していなければならない。
即席のペアにも関わらず、二人はそれを見事にやってのけた。
「まるで親子みたいな絆だな!」
そんなことを言い放ったレッジに、レティは複雑な感情の笑みを浮かべて頷くしかなかった。
_/_/_/_/_/
Tips
◇『耐え忍ぶ弱者の嗚咽』
自身の現在の全てのステータスをゼロにする。加えて、毎秒400ポイントずつLPを消費し続ける。更に、効果発動中は移動と一部のテクニック以外の行動ができなくなる。攻撃を受けた場合はダメージが15倍に増加し、強制的にテクニックが解除される。
テクニックの発動後、対応するテクニックの発動により、全てのステータスと消費したLPの総計が対応したステータスへと還元される。
強者の元に跪き、ただその身を曝け出す。あらゆる暴力から耐え忍び、今はただ額を擦る。いつか、その高慢な玉座に一矢報いる決意を固めながら。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます