第728話「団欒の交流戦」
晴れてカエデたちのパーティネームが〈紅楓楼〉に決まったところで、俺たちは〈奇竜の霧森〉にある“饑渇のヴァーリテイン”の巣に到着した。
荒々しく食い散らかした無数の骨が積み上がりできた巨大な巣の中心に、奇異な姿をした龍が蠢いている。黒い体毛に覆われた多くの首が一つの体を共有しており、果てしない餓えを凌ぐように足元に転がる原生生物の屍を互いに奪い合っている。
結局入る胃袋は同じだろうに、我の強い首たちだ。
「カエデたちもあれは倒してるんだよな?」
「当然。人数分、四回は倒して源石も回収済みだ」
巣のそばにテントを建てつつ、カエデたちから話を聞く。たった四人であの巨大な龍を倒したというのは驚くべき話だが、それも様々な情報が蓄積され効果的な攻略法が編み出された結果だろう。先人たち、特に検証班の尽力には感謝が尽きない。
「はじめは怖かったけどねぇ。今までのボスとは大きさからして全然違うし」
焚き火を熾し、中華鍋を取り付けながら、フゥは当時のことを思い返す。
ヴァーリテインはもともと、バンドを越えた大規模な集団でレイドを挑んだ特殊なボスだ。そもそも、アレは森に多く生息している暴食蛇の老体であり、成体である“貪食のレヴァーレン”というネームドエネミーを間に挟む。そのレヴァーレンですら、並のボスを凌駕する強さを誇っているのだから、厄介この上ない。
「そう考えると、
「そうだなぁ。〈ホノサワケ群島〉のボスなんかはヴァーリテイン何体分の強さか、なんて議論もされてるからな」
ラクトの言うとおり、最前線である〈ホノサワケ群島〉に辿り着ける程度の実力があれば“饑渇のヴァーリテイン”は単独で撃破することもできる。
現に〈白鹿庵〉は俺を含めて全員が達成しているし、レティなどはバリテン打ち上げチャレンジとやらもやっている。
「あら、バリテン打ち上げチャレンジって何ですの?」
「うぐぅ」
好奇心に目を光らせ、光が尋ねる。レティは痛いところを突かれたような表情で唸った。
「まあ、なんと言いますか。ヴァーリテインを空に打ち上げて、その高さを競うチャレンジですね。現在の最高記録は102mです」
「あらあら!」
「り、リアルではやってませんよ! 動物愛護は大切ですからね」
「はい? それは良く知っていますのよ。己の限界に挑むというのは大切ですし、私もやってみたいですの」
何やら慌てるレティとは対照的に、光は腕を捲ってやる気を出す。彼女も打ち上げチャレンジをやってみたいらしい。
「打撃武器じゃなくてもチャレンジってできるのか?」
「やってる方はいらっしゃいますよ。ノックバック系のテクニックを使ったり、風属性の機術を使ったり。ていうか、光さんと同じ盾使いならエイミーも結構上手いんですよ。お手玉みたいにしてポンポン打ち上げていって」
「エイミーもやってるのか……」
局所的な界隈で盛り上がっているニッチな遊びなのかと思ったが、どうやらかなりの規模で挑戦されているらしい。軽くwikiを見てみると専用のページもできていて、武器種ごとの定石コンボなどが載っていた。
「そういうのも楽しいと思うが、まずは戦わないか?」
ひとしきりバリテン打ち上げチャレンジで盛り上がっていると、痺れを切らしたカエデが割り込んでくる。斬撃属性を主軸に据える彼としては、あまり縁の無い話だっただろう。
「それもそうか。といっても、〈
「それなら、〈紅楓楼〉と〈白鹿庵〉からひとりずつ選出して、ペアで時間を競ってみませんか?」
どうしたものかと悩んでいると、モミジが手を叩いて提案してくれる。なるほど、互いに初めての相手でペアを組んで協力するというのは面白い。
〈紅楓楼〉も〈白鹿庵〉も、普段は見知った顔ぶれから変わることがないから新鮮だ。
「いいですわね。それなら、ぜひレティちゃんと一緒に戦いたいですの!」
「や、やっぱりそうなりますか」
いの一番に賛同したのは光だった。彼女はレティの手をがっちりと掴むと、逃さないと強い意志の籠もった目で彼女を見上げる。レティも半ば予想していた様子で、こくりと頷き了承した。
「じゃあ、一番手はレティ&光ペアだな」
「よーし、だんご汁完成! お鍋つつきつつ観戦しようよ」
そうこう言っているうちに山小屋テントが完成し、焚き火の前で鍋を掻き混ぜていたフゥも声を上げる。
中華鍋の中ではザクザクと切られた根菜や茸などと共に小麦粉を練っただんごが豪快に煮られ、味噌仕立ての鍋物がグツグツと音を鳴らしていた。
「うぐぐ、美味しそうですね……」
「バリテン倒してきたら食べられるから、行ってらっしゃい」
鍋に視線を向けるレティの背中をラクトが押す。彼女と光が鍋の前に辿り着けば、俺たちが食べる分が消し飛ぶだろうし、順番的にも良い判断だっただろう。
「おほぅ。美味しそうですね……」
「ホントは植物園で交換できる野菜も入れたかったんだけどねぇ」
トーカがだんご汁の入ったお椀を受け取り、ほくほくとした顔で食べ始める。カエデとモミジも料理を受け取ると、早速テントのウッドデッキに並べた長椅子に座って、ヴァーリテインの巣の方を見る。
「美味しいねぇ。レッジの料理もいいけど、フゥちゃんのもなかなか」
「あっちは本職だからな。比べられると困る」
俺も一応〈料理〉スキルを少しは伸ばしているし、割烹着などを揃えればそれなりのものは作れる。しかし、フゥのような本職の料理人と比べれば児戯のようなものだ。
彼女の料理は味も当然のこと、性能としてもなかなか優秀だ。具だくさんな鍋料理だからか、様々なバフが一気に複数付き、それだけでちょっとした支援機術師の働きをしてくれている。更に、彼女の立つ焚き火は俺のテントともシナジーを発生させており、いつもより強力な支援能力が発揮されていた。
「私もレッジさんほどの〈野営〉スキルはないからね。なんか、焚き火が凄い安定してて料理しやすかったよ」
「やっぱり〈野営〉と〈料理〉は相性良いんだなぁ」
多くのキャンパーも〈料理〉スキルを伸ばしているし、そのシナジーは良く知られている。とはいえ、ここまで効力が高まるのも、俺とフゥがそれぞれ分業のような形でスキルを使っているからだろう。これもスキル制というシステムの醍醐味だ。
「わ、わたしの機術とレッジのテントも相性いいと思うんだけど」
隣に座ってお椀を抱えていたラクトがこちらを向いて言う。
「うん? まあ、機術はLP消費が激しいからな。後方で固定砲台するならテントは良い土台になるよな」
そのことはこれまでの活動でもよく分かっている。
しかし、ラクトはどこか不満げな表情のまま、猛烈な勢いでだんご汁を食べ始めた。
『皆さーん。そろそろ始めますよ』
八人で共有している回線を通じてレティが宣言する。
そちらへ視線を戻せば、二人が武器を構えた状態でヴァーリテインの反応するエリアのギリギリ手前に立っていた。あと一歩でも踏み出せば、その瞬間に戦いが始まるだろう。
「タイマー準備、できていますよ」
計測はモミジが持つ時計を使って行う。
彼女の声を受けて、レティと光は互いに視線を交わして頷き合った。
『それでは――。よーい、ドン!』
レティが声を上げ、一歩踏み出す。
テリトリーに進入してきた敵を察知して、食事をしていた奇竜の無数の首が一斉に持ち上がる。それぞれの先端にある赤い双眸が二人を射貫く。
「さて、何分かかるかね」
「二人の相性次第だね」
戦いの火蓋が切られた。
その様子を、俺たちはだんご汁片手に応援する。
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Tips
◇だんご汁
根菜、茸、そしてだんごなどの具材を豪快に煮込んだ味噌仕立ての鍋料理。栄養満点で、滋養にも良い。食べると体が温まり、活力が漲る。
野外で調理した場合、鍋の周囲に存在する調査開拓員に“団欒の宴”のバフを付与する。
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