第727話「名前を呼ぶ」

 協議の結果〈奇竜の霧森〉で狩りをすることになった俺たちは、〈ワダツミ〉の都市防壁に設けられた門の足元で集合した。

 カエデたちは一足先に待ってくれていたようで、俺は手を振って彼の名前を呼んだ。


「すまない、待たせたか」

「いや、俺たちもさっき来たばかりだ」


 植物園では刀も外して身軽な格好だったカエデだが、今は完全武装の臨戦態勢だ。渋い朱色の着物を着て、黒い袴を履いている。二振りの刀も強化されているのか、以前見た時とは少し形が違っていた。


「装備も順調に更新してるんだな」

「〈オノコロ島〉のフィールドは全部解放できたからな。スキル上げがてら狩りをしたり、対人戦の経験を積むために〈アマツマラ地下闘技場〉で戦ったりして、少しずつ装備も揃えてるんだ」


 言われて周囲を見てみると、カエデ以外のパーティメンバーも少しずつ装備が変わっている。武器や装備の雰囲気などに大きな違いは無いが、総じて強力なものに更新されていた。


「どこかの誰かさんと違って、こまめに装備更新してるんですね」

「誰のことだよ」


 レティがちらちらとこちらに視線を向けながら言う。俺は装備以外の所で金を使っているのと、行き詰まりまで更新する必要性を感じないからだ。更新せずとも戦えているのなら、それでいいと思うのだが。


「良い武器は手っ取り早く強くなる秘訣だからな。強くなった俺たちの実力を見せてやるよ」


 刀の柄に手を添えて、カエデが不敵な笑みを浮かべる。


「へぇ。それは楽しみですね」


 彼に言葉を返したのは、遅れてやって来た我が〈白鹿庵〉の切り裂き魔、もといアタッカーのトーカさんである。ニコニコと笑みを浮かべる彼女を認めたカエデは、途端に喉を詰まらせる。


「げぇ、トーカ!」

「なんですか、その反応は」


 聞いていないぞ、とでも言うように俺の方を見るカエデ。たしかにトーカは植物園には居なかったが、準備のため別荘に戻ったタイミングでちょうど良くログインしてきたのだ。


「沢山勉強させてもらいますね、カエデさん」

「お、おう……。任せとけ……」


 二人の関係性を知っているからなんとも言えないが、なかなか複雑である。

 カエデは先ほどまでの威勢の良さはどこへやら、しょぼしょぼと萎れた野菜のようになっていた。


「任せてね、トーカちゃん。私も色々パワーアップしたんだから」

「おか、モミジさんはなんかもう、凄いですね……」


 トーカが現れると覿面に弱体化するカエデとは異なり、モミジはどこまでもいつも通りだ。むしろトーカが呆れるほど変わらず、カエデの事をお兄ちゃんと呼び続けている。

 そんな三者三様のやり取りを、何故かフゥがマーブル模様の表情で眺めていた。


「レティちゃん、本当に大きなハンマーを使うのねえ」

「ええ、まあ腕力には自信がありますから。光、さんこそ随分と物々しい盾ですね」


 隣ではリア友であるレティと光が楽しげに談笑している。片や身の丈を超える巨大な鎚、片や全身を覆い隠せるほどの大きさで無数の棘が生えた分厚い両手盾ということで、互いの武器に驚嘆しているようだった。


「うーん。シフォンもログインしてれば良かったんだけどな」

「え、なんでですか?」

「え? いやぁ、まあ、レティとも仲が良いだろ?」


 たしかシフォンもレティのリア友だったはずだ。彼女が〈白鹿庵〉にシフォンを入れたのも、それが縁だったのだろうし。

 光はすでにカエデたちのパーティから抜けるつもりはないようだが、リア友たちで遊ぶというのも楽しそうじゃないか。

 しかし、レティはきょとんとして首を傾げる。……もしかしたら、レティは光とシフォンとリア友だが、光とシフォンは面識がないのかもしれない。まあ、リアルの事情を詮索するのはマナー違反だ。程々のところで抑えておこう。


「カエデのパーティには機術師は居ないんだね。ちょっと残念だよ」


 カエデたち四人と俺たち四人を見て、その中に自分しか機術師が居ないことに気がついたラクトが少し落胆する。


「まあ、機術師はお金も掛かりますからね。始めたばかりでは厳しいものもありますよ」

「そうなんだよね。触媒でいちいちお金が掛かるし、詠唱に時間がかかるし」


 ラクトもそれは分かっている様子で、素直に頷く。

 忘れがちだが、カエデたちはまだFPOを始めて日の浅い初心者、良くて中級者くらいなのだ。


「ともかく、面子も揃ったようだし出発しよう。行き先はヴァーリテインの巣で良かったか?」

「異論なしです。難易度もちょうど良いですし、レッジさんのテントがあればゆったり狩りもできますからね」


 両陣営合わせて八人が揃ったのを確認して、俺たちは〈ワダツミ〉の町を発つ。鬱蒼と木々が繁り、濃い霧の立ち込める森の中へと足を踏み入れた。

 とはいえ、町の近くは原生生物の姿も疎らで比較的平和だ。歩きがてら、俺たちは雑談を続ける。


「カエデさんたちって、パーティネームはあるんですか?」


 森の中から突っ込んできた暴食蛇グラットンスネークを打ち飛ばしながら、レティが尋ねる。

 カエデたちはバンドこそ結成していないが、メンバーの決まった固定パーティだ。タルトたち〈神凪〉のように、パーティネームを自称していてもおかしくはない。


「パーティの名前か。考えたことなかったな」

「でも、いつまでも“カエデさんのパーティ”だとまどろっこしいですよ」


 トーカから指摘を受けて、カエデも頷く。彼はしばらく腕を組んで頭を捻り、パーティネーム候補を口にする。


「〈空眼――」

「アホかーー!」

「もうちょっと考えてください!」

「ぐわああっ!?」


 しかし、彼が言い切らないうちに左右から鋭い攻撃が飛んでくる。焦った様子のモミジとトーカが、見事な連携でカエデの口を塞いでいた。

 ……まあ、うん。あまりリアルと繋がりそうな名前は避けた方がいいだろう。


「ぐええ……。ひ、酷い目に遭った」

「お兄ちゃんが短絡的すぎるんですよ。もう少し常識を持って下さい」

「モミジに諭されると、なんだか複雑な気持ちだな。そういうお前はどんなのが良いんだ?」


 質問を突き出され、モミジはうっと唸る。どうやら予想外の返しだったらしい。彼女は散々悩んだ後、絞り出すように言った。


「〈花鳥風月〉、とか」

「ありきたりだなぁ……。あいや、なんでもないです」


 率直な感想を漏らしたカエデは、モミジの一睨みで封殺される。


「良い名前だとは思いますけど、レティが知ってるだけでも3,4個は同じ名前のパーティがいますね」

「結構被るよね。あと普通に〈剣術〉スキルのテクニックにもあったはずだし」

「ぐぬぬ……」


 モミジの提示したものは良い名前だが、それだけに珍しくない。同名のパーティやバンドはいくつもあるし、なんならユニークショップにもその名前があった気がする。

 パーティネームを考えるのは、何かと難しいのだ。


「フゥとか光は何かないのか?」


 カエデが助けを求めるように、二人へ視線を向ける。


「そうだなぁ。〈回鍋肉ホイコーロー〉〈宮保鶏丁ゴンバオジーディン〉〈麻婆豆腐マーボードーフ〉〈青椒肉絲チンジャオロースー〉……」

「別に今日の夕食を聞いてるわけじゃないんだが」

「か、格好いいでしょ!」


 フゥが挙げた名前は見事に全部四川料理である。服装もチャイナ服だし、背中に背負っているのも中華鍋だし、彼女はそういうのが好きなのだろうか。


「私も名付けはあまり得意ではないですの。そういったものは他の人に任せていますから……」

「そうか、光もネーミングセンスが無いんだな」

「お兄ちゃん、さらっと光ちゃんを仲間にしようとしてない?」


 眉を寄せる光だが、カエデは妙に嬉しそうだ。

 しかし、そうなると名前を決める者がいなくなる。議論は最初に戻ってしまった。カエデたちがあまりに深刻な顔で悩むので、話題を出したレティの方が申し訳なさそうな顔をしている。


「――よし、決めた」


 散々悩み抜いた末、カエデがそう言ったのはヴァーリテインの巣の間近までやってきた時のことだった。

 彼の決意を固めた瞳を見て、俺たちも身構える。


「〈紅楓楼〉だ」


 彼は噛み締めるように言う。

 光とモミジ、そしてカエデとフゥ。それぞれの名前の要素を上手く組み合わせた、良い名前だと思う。

 モミジたちも、その名前を染みこませるように呼んで、しっかりと頷いた。


「それじゃ、これから俺たちのことは〈紅楓楼〉と呼んでくれ」


 カエデはそう言って、胸を張った。


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Tips

◇楓葉の狭衣

 味わい深い紅葉色に染め上げられた衣。精神を落ち着かせる。軽く動きやすいが、防御力は低い。

 装備時、移動速度+13・攻撃力+20


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