第718話「阿鼻叫喚の戦」
「にゃはははっ! いいねぇ、レッジらしいじゃないか!」
真っ先に本体の俺を見つけてやって来たのは、六枚刃の双剣を手にしたケット・Cだった。彼は驚くべき速さで地を駆け、一瞬で俺の元へ肉薄してきた。
「ぐっ! よく気がついたな!」
「他のはどれもちょっとだけ動きが鈍かったからにゃぁ」
目聡いケット・Cに内心悪態をつく。
“
なんとも厄介なことである。
「盗爪流――!」
「させるかっ!」
六枚刃の双剣を掲げるケット・Cにすかさず槍を突き込む。テクニックを発動させてしまえば、防御力のない俺は一撃でやられてしまう。
「――『喰らい尽くす破壊の業火』」
「ふにゃあっ!?」
ケット・Cをどう対処しようか考えていると、突然彼の体が燃え上がる。通常の炎とは違う、機術によるものだ。
俺は嫌な予感がして、ケット・Cを蹴飛ばしその場から離れる。彼の体を包んだ炎は瞬く間に広がり、周囲に居た他のプレイヤーも巻き込んでいく。
「随分趣味が悪いぞ、メル!」
その炎をつけた張本人、〈
「ケットの体を遮蔽物にした奇襲の火炎。流石のレッジでも避けきれず巻き込まれると思ったんだけどねぇ」
「ひ、人の心とか無いのかよ……」
残念そうに言うメルに、思わず呆れてしまう。
彼女とケット・C、いやこのステージ上にいる全てのプレイヤーは俺を狙う挑戦者だが、全員が全員と協力し合っているわけではない。むしろ、自分がレッジを倒せるのなら他のプレイヤーすら利用してやる、という迷惑な気概すら持っている。
「うぉぉぉおおお!」
メルと言葉を交わしている隙を狙い、巨大なハンマーを掲げた重鎧の大男がやってくる。名前は知らないが、随分と防御力が高そうだ。
「足下が疎かだぞ」
「がっ!?」
一歩後ろに下がり、槍の先で脛を打つ。たったそれだけでバランスを崩した大男に、別の方向から俺を狙っていた極太の鉄杭のような矢が突き刺さる。
超大型の弓を構えた女が悔しげに舌を打ち、再び杭を装填するが、それが発射される前に“森の人々”が打ち倒す。
「『
息つく暇も無く、今度は三方向から煌びやかなドレスのような鎧を着た少女たちが飛び掛かってくる。赤髪の子が燃え盛る極大剣を掲げ、青髪の猫型ライカンスロープはバチバチと帯電するハンマーを叩き付けようと振り上げている。ペットらしいフォレストウルフの牙が光り、双短槍が喉元を狙う。
「お手を拝借」
「は、はわわっ!」
一番体の大きな赤髪のヒューマノイド。彼女の体側に回り込み、手首を掴む。混乱する彼女を、そのまま思い切り振り回す。
「ふぎゃっ!?」
「ぬわわっ!?」
「きゃあああっ!」
三人と一匹を纏めてなぎ倒し、遠くステージの端へと投げ飛ばす。〈投擲〉スキルや〈格闘〉スキルは持っていないが、相手が勢いよく突っ込んできてくれたらそのスピードを利用して受け流せばいい。
三人の少女はボウリングの玉のようにステージ上を転がり、そこに立っていた多くのプレイヤーを巻き込んでいく。三人の武器が攻撃状態にあったため、何人かはそれでLPを削りきられたようだ。
「いっけええ、ポチ! あいつを喰らい尽くせ!」
「チッ、また厄介な!」
途中のプレイヤーを強引に吹き飛ばし、巨大な異形の獣がやってくる。何の動物のどの部位がいくつ混ざっているのかも分からない、ただ禍々しいおおよそ四足獣のフォルムをした巨大な霊獣だ。
無数の牙がずらりと並ぶ口を開き、俺に向かって襲い掛かってくる。
「――『霊爆』」
「ッ!?」
更にその巨大な霊獣の存在感を陽動にして、周囲に小さな骨の群れが現れる。それは一瞬で膨張し、内部のエネルギーを暴走させた。
「やべっ」
爆風が広がり、鋭利な骨の破片が飛んでくる。
俺は近くにいたプレイヤーを盾にしてそれを防ぎ、果敢に迫る霊獣の頭を蹴って上空へ逃げる。
「『呪縛縄』!」
「ああクソ、面倒だな!」
そこへすかさず飛んでくる、呪いの籠もった太い縄。あれに捕まれば一巻の終わりだ。空中で身を捩り、ギリギリの所でそれを避ける。
「レッジの体勢が崩れた!」
「今なら行ける!」
空中で無理な姿勢を取った。
それを見たほぼ全ての挑戦者が好機と見たらしい。あらゆる方向から最速の攻撃が飛んでくる。
「まだ使うつもりは無かったんだが――。『
俺は観念して、最初の切り札を発動させる。
幸いなのは、ケット・Cが身を挺して本体の俺がいる場所を示してくれたことだろうか。そのおかげで、他のプレイヤーたちも俺ひとりに注目してくれた。
「ぐわああああっ!?」
「ぎゃあああっ!」
隠し持っていた“爆裂炎煙花”が成長し、立て続けに爆発する“
しかし、それはただの目くらまし。俺が次の行動に移るための時間稼ぎに過ぎない。
「レッジから目を離すな! まだ奴は変身を残してるぞ!」
目聡い奴が気付いて叫ぶが、もう遅い。
“深森の隠者”装備を脱ぎ捨てた俺は、首元に注射器を突き刺す。
「あああっ! また変身しやがる! みんな離れろ、巻き込まれるぞ!」
一斉に背中を見せて逃げ出す挑戦者たちにほくそ笑みながら、俺は『強制萌芽』を発動させた。
種が割れ、芽が萌える。それは特濃の栄養液を吸収し、瞬く間に成長する。ステージ全体へと広がっていく“絡み根タンポポ”が、逃げ惑うプレイヤーの足首に巻き付いて離れない。
「ひぃ、ひぃ!」
「なんだこれ、離れろよ! クソッ!」
「助けて、助けて……」
阿鼻叫喚のステージ内に、観客席からも黄色い歓声が上がっている。その間も俺の変身は止まらない。
スキンが破れ、全身に蔦が絡みつく。急速に体が大きくなり、実況席のワダツミたちと目が合った。
「植物戎衣、“餓狼叢樹”」
〈ミズハノメ〉の
「『燃えろ』『焦げろ』『灰燼となれ』」
「『砕けろ』『割れろ』『崩壊しろ』」
「〈
ステージ中に、高らかに響き渡るメルたちの声。七人の機術師が一つのコードを詠唱し、大規模な機術を発動させようとしている。それで“餓狼叢樹”ごと俺を殺そうとしているらしい。
しかし、俺も何も対策せずここに立っているわけではない。
「『強制萌芽』、“発憤杉”」
タンポポが咲き乱れ、草原のようになったステージ上に、太い杉の木が立ち上がる。モサモサと生え繁った枝葉がぶるりと震え、黄色い煙幕が広範囲に広がった。
「『千切れよ』『捻れよ――へ、へくちっ!」
詠唱を受け継いだ風属性の機術師“風塵”の三日月団子が可愛らしいくしゃみをしてしまう。それにより詠唱が中断され、未完成の術式が暴走した。
「うわあああっ!? み、三日月なにやってんの!」
「ご、ごめん。でも、へくちっ! くしゃみが止まんなくて、へくちっ!」
術式崩壊によって大きなダメージを受けたメルやミオたちが非難の声を上げるが、三日月団子はずびずびと鼻を鳴らして涙を浮かべる。
彼女だけではない。ステージ上のあらゆるところで、多くのプレイヤーが“発憤杉”の散布した花粉にやられていた。
「ふはははっ! どうだ、これじゃあ“発声”もできないだろ」
“餓狼叢樹”の中で悦に浸る。俺は〈換装〉スキルを用いて顔面にガスマスクのような高性能フィルターを取り付けているが、そうではないプレイヤーたちは花粉にやられるしかない。
“発声”ができなければ、多くのプレイヤーはテクニックが発動できない。特に長い詠唱を必要とする機術師や三術師にはかなり効果的だ。
武器を失い、逃げ惑う挑戦者たちを蔦と毒花と果実で潰していく。
「ぐしゅんっ! ずーーーっ! ぜ、絶対ゆるざない!」
「人道に反する兵器だろ! ぶえっくしょい!」
「こ、こんなのに負けたく、はーっくしょん!」
くしゃみと鼻水と涙が止まらなければ、たとえテクニックを使わずともそもそも戦うことすらままならない。俺は一方的にゆっくりと潰していけば良い。
「こ、こんな花粉!」
「ちょ、待てっくしょい!」
自暴自棄になったプレイヤーが一人、インベントリから何やら瓶のようなものを取り出す。近くに居た相方らしい男がそれを止めようとするが、時既に遅し。投げられた瓶は濃い花粉が舞う空中で爆発する。
「うわああああっ!?」
「ぎゃあああっ!?」
途端に、ステージ全体が火の海に包み込まれる。爆風が吹き乱れ、少なくないプレイヤーが次々と脱落していく。
いわゆる粉塵爆発というやつだ。
「これは俺は悪くないよなぁ」
“絡み根タンポポ”と肝心の“発憤杉”が燃え尽きてしまったが、“餓狼叢樹”は表面が焦げた程度だ。それもすぐに癒えていき、元通りになる。
対する挑戦者側は死屍累々だ。詠唱破綻でLPを減らしていたメルたちも脱落してしまっている。
「いやぁ、同士討ちをしてくれるとはありがたい。感謝するよ」
「くっ! 絶対に許さないからな!」
「お前だけは、お前だけは……!」
何故か恨みの籠もった目を向けられるが、俺は肩を竦めてとぼける。
「悔しかったらせめて俺を引きずり出してみるんだな。まあ、この“餓狼叢樹”を破れる者は早々――」
「『発火符』」
「うん?」
話している途中、突然“餓狼叢樹”が燃え上がる。
いつの間にか木の表面にべったりと無数の呪符が張り付けられていた。それらが火柱を上げて燃え広がり、“餓狼叢樹”の再生能力を越えて侵蝕していた。
「うおおおおっ!? ぽ、ぽん!」
「お望み通り破って差し上げました」
「くそ、小癪な!」
慌てて植物戎衣を脱ぎ捨て、緊急脱出を図る。
だが、そこには無数の白骸が殺到していた。
「――『霊爆』」
“孤群”のろーしょん。その真骨頂。
相手の処理能力を越えた、圧倒的な物量による飽和攻撃。紫色の炎が唸りを上げ、俺の視界を埋め尽くした。
_/_/_/_/_/
Tips
◇発憤杉
花粉の散布能力を極限まで高め、幹と枝に僅かな震動を起こす能力を付与した杉の木。成長した直後から大量の花粉を生成し、ごく僅かな震動のみでそれを広範囲へと広げていく。花粉は生物及び調査開拓員の免疫機構を刺激し、強い反応を引き起こす。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます