第716話「騒動のあとで」
レッジたちの会見も終わり、人々が三々五々広場から散っていく。そんななか、カエデたちの方にレティが歩み寄ってきた。
「こんにちは、皆さん。今日は本当に、ウチのレッジさんがご迷惑を……」
彼女は航空機から飛び下りてまで駆け付けてくれた4人に、改めて深く感謝した。先ほどまでの快活な様子とはまた違う彼女に、カエデとモミジは思わず顔を見合わせる。
「それはまあ、別に」
「こちらが勝手にやったことですからね」
そう言うカエデたちに、レティはほっと一安心した様子だった。しかし、また再び顔に憂いを帯びる。
「それともう一つ。ええと、そこにいらっしゃる方なんですが……」
彼女が遠慮がちに向けた視線。その先には、困惑顔のフゥが立っていた。より正確に言うならば、彼女の背中に隠れる光の姿があった。
「ちょっと2人だけで話したいのですが」
「なっ、なんですの? 私はレティちゃんとは一切関係のないただの一般人ですのよ」
「いや、流石にこの期に及んでそれは無理がありますよ」
変なふうに声色を変えて言う光に、レティは呆れて突っ込む。カエデたちも既に彼女とレティの関係性をある程度は察していた。何より、あの戦闘中にレティが驚いて口走った事を聞いてしまっている。
「離して下さいまし! うぅ、私の変装は完璧でしたのに……」
「そんな目立つ格好しておいて何を……。ていうか容姿がそのまんまではないですか。とりあえず、こちらで少しお話を」
「あわわわわっ」
笑顔のレティに引き摺られ、光は〈ワダツミ〉の町へ消えていく。そんな彼女を見送って、カエデたち3人はその場に残された。
「おーい! 良かった、みんな無事みたいだね」
その時、彼らの元へ聞き慣れた声が掛けられる。カエデたちが振り向くと、急いでやって来たらしいミツルギが息を切らせて近づいてきた。
「ミツルギ! 無事だったんだな」
カエデたちが降下した時、輸送機は花に襲われて大きくバランスを崩していた。そのあとは機体に注目する余裕がなかったため、カエデも彼女の身を案じていたのだ。
「ウチの機長は優秀ですから。ローターが一つやられたけど、なんとか町の外の砂浜に不時着したよ」
「それは良かった、のか? とにかく無事だったのは嬉しいよ」
「あはは。カエデ君たちもね」
カエデたちはミツルギを迎え入れ、互いの無事に安堵する。そのタイミングで、カエデはようやく自分が大それた事をやってのけたのに気がつき、今更ながらぞわりとした恐怖に身を震わせた。
「それいえば、現場には〈白鹿庵〉のみんなも来てたんだよね? みんなの目的は達成できたの?」
「とりあえず、光ちゃんはレティさんに連れ去られちゃったね」
入れ違いになった光のことを聞き、ミツルギはなるほどと頷く。彼女も光が〈白鹿庵〉のレティと何かしら関係があるのは知っていた。
「ちなみに私は目的達成したような、してないような……」
「うん? ミカゲさんには会えなかったの?」
「会えたけど、会えなかった的な……」
ずん、と意気消沈して尻尾を垂らすフゥ。彼女の曖昧な言葉に、ミツルギは首を傾げた。
フゥは戦闘中、念願のミカゲと顔を合わせていた。しかし、当の本人は全くと言って良いほど彼女の正体に気付かなかったのだ。どこまでも鈍い息子の姿に、カエデとモミジも頭が痛かった。
「ちなみになんだけど、エイミーさんとも会えた?」
「ああ。避難誘導してくれたり、蔦を退けたり、いろいろ助けてくれたよ」
「そっかー。なるほどね」
まるで自分事のように喜ぶミツルギを見てカエデは首を傾げる。その様子に気がついたミツルギは、慌てて取り繕うように言った。
「いやぁ、エイミーさんちょっとあたしのリアルの友達に似てるんだよね。他人の空似だと思うんだけど、ちょっと興味湧いちゃって」
「なるほど。いい人だったぞ」
「そっかそっか」
そう言ってミツルギはからからと笑う。そのあとで、今更ながら思い出した様子でカエデに矛先を向けた。
「それで、カエデ君の目的だったレッジさんとは無事に会えたの?」
「ああ、まあ、会えたというか、見えただけだが……」
カエデが目的にしていたレッジも同じ場所にいた。しかし状況が状況だけに話すこともできず、レッジはあっという間に連行されて会見の場に出ている。2人で話す余裕など一切なかった。
とはいえ、カエデは彼の身のこなしを少しだが直接見ることができている。それだけあれば、彼には十分すぎるほど分かることもあった。
「あれは確かに、只者じゃないな」
「お兄ちゃんがそんなこと言うなんて、かなりのことですよね」
はっきりと言い切るカエデに、隣のモミジが目を見張る。
厳しい武道の世界に長く身を置き、多くの門下生を鍛え上げてきたカエデの目は正確だ。だからこそ、彼がそこまで手放しに評価することは非常に稀だった。
「行動は少々、いやかなり危険だけどな。――というか、正直トーカたちが心配なんだが――まあ、悪い奴ではなさそうだ」
会見時の様子を思い出し、カエデはくるくると表情を変える。得体の知れない気味の悪さもあり、それに娘たちが染まらないかという危惧もあり、そして礼儀を弁えた大人であることも良く分かった。
まだ娘や空眼流を任せられるほどの確信は得ていないが、彼の胸の内にふつふつと湧き上がる欲望もあった。
「是非一度、手合わせしてもらいたい」
武道家の顔つきになり、薄く獰猛な笑みを浮かべるカエデ。
歩く姿を見るだけで分かった。レッジという男は体を上手く使うことができている。自分の体を真の意味で所有し、隅々まで自由に動かすことができている。そんな者は、空眼流の門を叩く優秀な武道家の卵たちの中でも極一握りだ。そういった者は、得てして武道家としてかなりの高みへと至る。
いったいレッジの内側には何があるのか。それを戦いという交流の中で探りたい。
そんな思いが強くなっていた。
「あれ、これはさっき現場に居た方々じゃないですか」
「うおわっ!?」
ちょうどその時、タイミング良くカエデたちに声が掛けられる。声の主は今まさに話題に上がっていた人物――〈白鹿庵〉のレッジだった。
「レッジ……」
「こんにちは。いやぁ、先ほどは申し訳なかったです。ああ、輸送機の方は〈ダマスカス組合〉のクロウリさんに話をつけておりますので」
「え? ああ……。えっ、クロウリさん?」
レッジの口から飛び出した人物の名に、ミツルギが目を丸くする。彼女もそうそう会うことのできない〈ダマスカス組合〉のトップ、組合長の名前だった。
「俺はカエデだ。随分と派手な戦いだったな」
「いやぁ、ははは。お恥ずかしい限りで……」
カエデの差し出した手を、レッジは握る。
「っ!」
その直後、カエデの眉がぴくりと揺れ動いた。
意表を突くつもりでかなり握力を籠めたのだが、その力を全て避けられてしまった。固く握り合った手の中で力を受け流すのは、尋常のことではない。
「……武道の経験がおありで?」
「いえ、全く。最近は運動もできていない出不精で」
情けないですね、と笑うレッジ。そんなわけがあるかとカエデは内心で悪態をついた。
「しかし、カエデさんは強かったですね。他の皆さんも。そちらこそ、何かご経験が?」
暢気な顔で素性を言い当てるレッジ。カエデは驚きをおくびにも出さず、穏やかな表情で頷いた。
「ええ、趣味の範囲ではあるんだが。俺のことはカエデでいい。今後も仲良くしてくれると嬉しいよ」
「そうですか。では遠慮なく」
そう言って、レッジは口調と雰囲気を砕けたものに変える。一瞬で礼儀正しい大人から、親しみのあるおっさんに変わった彼を見て、フゥたちは驚きの表情を浮かべた。
「カエデの剣技は特に素晴らしかったよ。ウチのトーカが、ぜひ手合わせしたいと」
「そ、そうか……。それはちょっと厳しいかもな」
レッジの言葉にカエデは冷や汗を垂らしながら答える。
空眼流の技をそのまま使っているわけではないが、それでも直接刃を交えれば分かる者には分かってしまう。娘であり剣の道では一番の弟子である彼女と戦うという事態は、できるだけ避けたかった。
「それは残念だ」
「でも、レッジとなら俺も一度戦ってみたいよ」
「俺と?」
心の底から不思議そうな顔をして、レッジが首を傾げる。自分の強さに無自覚な様子の彼にカエデは僅かに眉を顰めつつ言葉を続ける。
「さっきは使わなかったが、槍を持ってただろ? そっちの扱いも上手そうだ」
「いや、全然そんなことは……」
「ないわけないだろ。色々話は聞いてるぞ」
「ええ……」
食い気味に言葉を重ねるカエデ。レッジは困惑する。
「いいじゃない。戦ってみれば?」
その時、レッジの背後から声が掛かる。やって来たのは彼の仲間、〈白鹿庵〉の面々だ。
「わわっ」
一際目立つタイプ-ゴーレムのエイミーを見て、ミツルギは少し慌てた様子でフゥの背中に隠れる。フゥはフゥで、ひっそりと馴染んでいるミカゲの姿に色めきだつ。
「レッジ、最近運動してなかったもんね。手合わせくらいしてあげなよ」
そういうのはラクトである。
「レッジさんが嫌なら、私がぜひお相手を……」
「いや、そっちはいいかな……」
鼻息を荒くして手を挙げるトーカの声にだけは、カエデはさっと否定の意を示す。しょんぼりとするトーカだが、彼女は現実の方でいくらでも稽古をつけられるのだ。
「うーん、そこまで言うなら……。カエデがいいなら、やるか?」
仲間たちからの声を受け、レッジがカエデの方へ向き直る。
思わぬ方向からの援護で願望が成就し、カエデはぐっと喜びを隠しながら頷いた。
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Tips
◇原始原生生物
現在は滅びた原生生物。第零期先行調査開拓団によって蒔かれた“生命の種”から生まれた初期の原生生物。過酷で不安定な環境に耐える強い生命力を持ち、一時期は地、海、空の全てで繁栄していた。
急変する星の環境と、台頭した新たな種族によって滅びる。しかし、その断片と記憶は散らばりながらも確かに残っている。
今はただ、雌伏の時を静かに耐え忍ぶ。この先にいつか、再び繁栄の時代が訪れることを信じて。
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