第715話「責任者は誰」
突如として〈ワダツミ〉の工業区画に現れた巨大な植物は、騎士団戦闘班と〈白鹿庵〉の面々、そして空から駆け付けた四人のプレイヤーによって即座に鎮圧された。その後には騎士団の後方支援部隊が到着し、更に都市管理者ワダツミが作業用NPCを出動させ、共働で瓦礫の除去と建造物の復元が進められている。
「――と、いうわけで現状はすでに復元に向かっておりまして、拠点が破壊された皆様におかれましても損害は都市のデータベースを元に全て補償されますので、ご安心下さい」
〈ワダツミ〉ベースラインの一角、普段はイベント会場として使用されている広場に急遽作られた舞台の上で、マイクを持ったレッジが説明をする。隣には騎士団代表として副団長のアイが、そして都市の管理者としてワダツミも並んでいる。
三人は舞台に詰め掛けたプレイヤーたちに対し、今回の騒動の顛末について説明を行うため、特にレッジとアイはその謝罪として会見の場を開いたのだ。
「あれがレッジか……」
群衆の中に紛れ、カエデは舞台の上に立つ男を見定める。トーカが親しげにしていたのもすでに見ているが、その行動や言動にはどこか読み切れないものがある。
カエデはこの会見をちょうど良い機会だと捉え、彼が娘が交友するに相応しい人物であるか測ろうとしていた。
「それでは、これより質問を受け付けます。疑問がある方は挙手の上、発言を許可されたあとでよろしくお願いします」
司会進行役の騎士団員がアナウンスした途端、人混みの中から無数の手が上がる。会見場には実況中継などを専門とする配信系、報道系のバンドも多い様子で、彼らは記録を取りつつ真剣な顔で手を上げていた。
「それでは、前列のフェアリーの方」
「ありがとうございます。〈ネクストワイルドホース〉のトン珍カン之助と申します。
今回の騒動は安全が確約されているはずの都市内部で発生したわけですが、何故非戦闘区域に原生生物が現れたのでしょうか?」
立ち上がり、渡されたマイクを握り質問を投げるタイプ-フェアリーの男性。彼に答えるのは、青いワンピースを着た小柄な少女、ワダツミだ。
『フーム。その点はワタクシも現在調査中です。ただ、確認されたあの巨大植物型敵性存在は、我々〈クサナギ〉も遺伝子ベースでしか存在を確認していないものです。かつて確実にこの惑星に存在していましたが、今はすでに居ないはずの原生生物――原始原生生物であると判断しています』
ワダツミの説明に群衆がざわつく。カエデはそれが何を意味するのかいまいち分からず、首を傾げるしかない。
すぐに手がいくつも上がり、司会がその内の一人にマイクを渡す。
「原始原生生物というのは、今まで未発見だった新種の原生生物ではないのですか?」
『
「生存ができない?」
『
原始原生生物、第零期先行調査開拓団、テラフォーミング。どれもカエデには聞きおぼえのない単語だ。フゥは何か知っている様子で、ワダツミの言葉に目を丸くしている。
「今回の騒動はレッジさんの栽培した植物が元になっているのでは? レッジさんは原始原生生物を作ったということですか?」
「それは俺にも分からないですね。俺はただ、強い毒を持つ植物を求めて交配を続けていただけですので」
ワダツミに代わり、今度はレッジが返答する。
しかし、彼もなぜあの植物が暴走したのか、あれが原始原生生物と呼ばれるものであったことすら知らない様子で、その声に自信がない。
「そもそも、レッジさんが開発していた植物はどんなものなんですか?」
「あれは元々、第76世代目の有毒植物だ。名前は特に付けていなかった。常圧環境下ではかなり活発に動き回るが、鎮静剤を打つか56気圧環境に置いてやれば大人しくなる。抽出できる毒は微量だが、現状最強の植物毒の1.065倍の効果がある」
「常圧環境だと活発に動く?」
「56気圧ってなんだよ……」
「そもそもなんでレッジの農園にはそんな設備があったんだ……」
レッジの淀みない説明を受け、再び人々がどよめく。
彼の栽培していた第76世代目の植物は彼らの予想を遙かに越えていたようだ。カエデにはさっぱりだったが。
「それを何故騎士団に譲渡したのです? 騎士団では適切な管理ができなかったのでは?」
「騎士団は攻略のために強い毒の開発を進めていました。その一環として、レッジさんから試作段階のものを研究用に譲り受けていました。第四試験農園では、その植物から毒性分を効率的に抽出する方法を研究していました」
アイがマイクを握り、質問に答える。
その表情には疲れも滲んでいるが、副団長としての責任を遂行していた。
「第四試験農園では、レッジさんからの指示通り56気圧環境を用意して、更に鎮静剤も十分な数を確保した上での栽培を行っていました。我々も、あの植物がなぜあそこまで巨大化したのか、理由が分かっていません」
今回の騒動はアイたち騎士団にとっても、レッジにとっても、ワダツミにとっても予期せぬものだった。
レッジは既に安全な栽培法を確立していたつもりで、騎士団の栽培課もそれを忠実に倣っていた。ワダツミも都市の安全を守る者として、物流は全て監視している。
「原因の究明をしようにも、現場は瓦礫の山になってしまいました。もちろん、俺もできるかぎり調査に協力するつもりで、ワダツミにはうちの農園で栽培している植物の情報を調べて貰っています。なぜ原始原生生物が生まれたのかは、それらの調査の結果次第といったところです」
レッジが隣の二人を代表して言ったのは、現状ではあらゆる点が明らかになっていないということだった。現在もまだ復興作業と調査が並行して進められている段階であり、情報が致命的に足りていないのだ。
「では、他に質問がある方は?」
「はい!」
手が挙げられ、マイクが渡される。
立ち上がったプレイヤーを見て、カエデはおやと首を傾げた。それは長い赤髪にウサ耳を伸ばした、兎型ライカンスロープの少女だったのだ。
「〈白鹿庵〉のレティです。レッジさんに一つ質問が」
「ええっ!? な、なんでしょう……?」
まさか身内が出現するとは思わず、レッジはたじろぐ。彼の反応に構わず、レティは質問を切り出した。
「最後にあの花を封じ込めたテント、随分と用意が良かったように思いますが、この事態を予期していたのでは?」
「えっ」
鋭い問い掛けだった。レティの周囲に座るプレイヤーたちもそう言えばと頷いていた。
植物の暴走から数分後にはレッジがDAFシステムを発動させ、90機のドローンによる自爆特攻を行った。そうして大きく弱体化した植物は、レッジが展開した“六角”というテントの内部に封じ込められ、現在はワダツミの厳重な管理下に置かれている。
まさに第三者から見ればレッジがこの事態を想定していたかのような用意の良さであった。
「いや、それはだな……。いや、それはですね……」
途端にしどろもどろになるレッジ。レティからの鋭い視線を受けながら、観念したように事情を話す。
「各地の原生生物を生け捕りにして、それを農園に持ち込もうとしておりまして……」
「はっ?」
『
がっくりと肩を落として話すレッジに、両隣に立っていたアイとワダツミ、そしてレティたち客席のプレイヤーたちが騒然とする。更なる説明を求める彼らに、レッジはぼそぼそと話し始めた。
「その……。最近は各地の原生生物のドロップアイテムを肥料に配合する実験も行っておりまして……。より有機的というか、新鮮なものならもっと良いのではないかと思い至りまして……。具体的にはその、フンとかを……堆肥として……はい……」
尻すぼみに小さくなっていくレッジの声。
この場にいた全ての存在が思っていた。
「何をやってるんだ、この男は……」
カエデが呆れ果てて言う。
目の前でしょぼくれているあのおっさんは、〈調教〉スキルもなく〈野営〉スキルのみでエネミーを捕獲していたのだ。それがどれだけ突飛な行動か、まだプレイ歴の浅いカエデでも分かる。
『
その時、ワダツミが重々しい声をあげる。
注目が集まる中、彼女は口を開く。
『各都市の中枢演算装置〈クサナギ〉及び開拓司令船アマテラスの〈タカマガハラ〉の並列演算により、今回の事件の原因が分かりました』
群衆がざわつく。
この記者会見の最中も、ワダツミの本体である〈クサナギ〉は事件の原因究明のためにフル稼働していた。更にスサノオ、ウェイドなど他の管理者、そして更に上位の演算装置である〈タカマガハラ〉の協力も得て、彼女は一つの仮説を導き出した。
『レッジさんの交配していた植物は、多種類のものを複雑に掛け合わせる過程で遺伝子情報を強力に保持する能力を得たのでしょう。そこへ、場所も様々で本来なら混じり合わないはずの、各地の様々なエネミーの遺伝子が混ざり込んだ。
それにより、極限られた断片として存在していた太古の記憶が、まるでパズルのピースがはまるように完成して、目を覚ました。
〈大鷲の騎士団〉の農園では、レッジさんの農園とは違い大量に増殖させて栽培を行っていたようですから、その過程で原始原生生物の遺伝子が強くなっていったのでしょう』
ワダツミの口から語られる一つの仮説。
この惑星で最高の演算能力を持つ管理者たち、指揮官たちが弾き出したそれは高い信頼性を持つ。
だからこそ、レッジたちはそれを信じ、驚きを隠せない。
原始原生生物は、かつてこの惑星に存在していた種族の総称だ。彼らは環境の変化によって滅びたが、その遺伝子は現世の原生生物たちの中で連綿と継がれてきた。
本来ならば再び出会うはずのなかった欠片たちが、ひとりの男の手の上で出会ってしまった。
いくつもの奇跡と、僅かな狂気の産物として、あの巨大で美しい赤い花が咲き乱れたのだ。
「レッジさん、何か言うことはありますか?」
ニコニコとしてレティが問い掛ける。
レッジは静かに膝を突き、三つ指を揃えて頭を下げた。
「本当に、申し訳ありませんでした」
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Tips
◇“侵蝕する鮮花の魔樹”
現在は滅びた原始原生生物。第零期先行調査開拓団によって蒔かれた“生命の種”から生まれた初期の原生生物。過酷な環境に耐えうる強靱な生命力を持ち、土壌の養分を貪欲に求めて根を伸ばし続ける。赤い花からは毒液を分泌し、他の原始原生生物を捕食していた。
一時期は地上のほぼ全てを覆い尽くし、最大の繁栄種として栄華を誇っていた。しかし、気候変動や他種族の台頭によって絶滅する。
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