第714話「暴花鎮圧」
タラップから躍り出るカエデ。
輸送機の強力なローターが煙幕を吹き飛ばし、その奥に隠れていた巨大な深紅の花弁を日の下に引きずり出した。
「『攻めの姿勢』『野獣の牙』『修羅の構え』――」
頭に血の上ったカエデは高所から落下しながら空中で“型”と“発生”を立て続けに決めていく。彼の頭の中に恐怖はなかった。ただあの邪魔者を排さねばならぬという決意の炎だけが燃え上がっている。
「お兄ちゃん!」
カエデに続いて輸送機から飛び下りていたモミジが悲鳴を上げる。双刀の柄に手を掛けたカエデ目掛けて、花弁がまるで巨大な口のように喰らい付いてくる。
「『烈風斬』ッ!」
しかし、カエデは空中で身を捩る。巧みに背中を反り、紙一重で花弁の襲撃を避ける。更にすれ違いざま、二本の刀で萼を切り裂く。
“炎刀・暴れ牛”の光が広がり、植物の茎と花弁が勢いよく燃え上がる。
「植物らしく火属性が弱点みたいだね。なら!」
それを見て、フゥたちも武器を構える。
「行きますよ! 『投擲』!」
モミジが火炎瓶を投げつける。瓶が割れ、中に入っていた粘度の高い燃料が燃え上がり、植物の青々とした蔦に広がっていく。
「戦闘調理術、『肉汁弾ける爆裂鉄板焼き』!」
フゥが落下しながら、フライパンで花弁を叩く。
赤熱した鉄を押しつけられた花が焦げ付き、白い水蒸気を上げる。
「私は何にもできませんのー!」
光だけは悔しげに声を上げつつ、盾を下に構える。
次々と襲い掛かってくる蔦は分厚い盾に阻まれ、逆にズタズタに裂かれてしまっていた。
「全員生きてますか? 怪我をしていたら言って下さい。アンプルを投げますので!」
「こっちは大丈夫だ」
「
「無傷ですの!」
カエデたちは空中に繁る巨大な葉の上に着地する。調査開拓員ひとりぶんの体重を支えてなお余裕のある立派な葉が、植物の生命力を如実に現していた。
「機術班、一斉掃射!」
その時、下の方から激しい声がする。直後、無数の攻勢機術による弾幕が巨大植物に襲い掛かった。
「なんだ!?」
「たぶん騎士団の戦闘班だよ。助けに来てくれたみたい!」
驚くカエデにフゥが伝える。
瓦礫の散乱する大通りに現れたのは、銀の鎧と青のローブに身を包んだ機術師の軍団だった。彼らの先頭に立つのは、ローズピンクの髪をした凜々しいタイプ-フェアリーの少女である。彼女の号令で、機術師たちは次々と攻撃をしかけていく。
「あれは〈大鷲の騎士団〉の副団長アイさんですね。彼女が率いるのは騎士団の中でも精鋭の部隊でしょうから、安心です」
「とはいえ、蔦が無限に伸びてきて思うように動けてないな。俺たちは俺たちで戦うぞ」
騎士団の機術師が現れたおかげで、蔦の攻撃が彼らに集中した。しかし、それでも植物はまだ余力を残している。カエデたちはこの機会を逃さず攻勢に出ようとする。
その時だった。
「そこの皆さん、退いて下さい!」
「っ!?」
赤い影がカエデの頭上から飛び下りてくる。彼がそれを避けられたのは、ただの偶然だった。
「咬砕流、七の技――『揺レ響ク髑髏』ッ!」
カエデを飲み込もうと迫る巨大な花。それが一瞬で弾けた。
振り抜かれた巨大な鮫頭のハンマー。それを握るのは、ウサ耳の少女。
「レティちゃん!」
彼女を見た光が歓声を上げる。
現れたのは、〈白鹿庵〉の副リーダー、“ヴォーパルバニー”のレティであった。
彼女は光の声に視線を向け、目を丸くする。
「お、お母様!? なんでここに、いや今はそれどころじゃなないですね。早く安全なところへ!」
「それには及ばないわ。私も加勢しに来ましたの」
「えええっ!?」
予期せぬ母親の参加に驚きながら、レティもそれに構っている余裕はなかった。
植物は更に成長を続け、工業区画の外へ出ようと根を伸ばしているのだ。
「彩花流、捌之型、三式抜刀ノ型――『百合舞わし』ッ!」
その時、斬撃が一帯を切り刻む。
広範囲に渡って広がった無数の斬撃が、暴れ回る植物の蔦、茎、花弁、その全てを散らした。
その技を発動させた凜とした声。それをカエデとモミジの2人が聞き逃すはずもない。
「トーカ! 遅いですよ!」
「生産職の皆さんを誘導してたんですよ。レティが先に突っ走りすぎなんです」
早速言い合うレティとトーカ。彼女たちの周囲に迫る蔦が、細い蜘蛛糸によって絡め取られ、青い炎が燃やし尽くす。
「……2人とも、先に片付けから」
それをやったのは、黒衣の忍者。
「み、ミカゲ君!」
ようやく彼の姿を見ることができたフゥが、感極まって声を上げる。ミカゲは彼女の方を見て、見覚えのないプレイヤーに首を傾げた。
「はいはーい。みんな退いてね」
「この辺一帯片付けちゃうわよ!」
そこへ寒波が広がり、無数の蔦を凍結させる。更に衝撃波が襲い掛かり、粉々に砕いていく。
ブルドーザーのように強引に土地を開いていくのは、エイミーとラクトの2人だった。
「おいおい、〈白鹿庵〉が揃い踏みじゃないか」
「すみませんねぇ。実はこれ、ウチが原因みたいなもんでして」
次々と登場するメンバーにカエデが目を白黒させていると、エイミーが凍り付いた蔦の破片を押し退けながらやってくる。
彼女の言葉を聞き逃さなかったモミジが首を傾げた。
「〈白鹿庵〉がこんなことを?」
「正確に言えばウチのリーダーですね。まあ、騒動が終わった後に謝罪会見を開く予定なんですが――」
〈白鹿庵〉のリーダーと言えば、カエデが探していたあの男である。
他のメンバーが既に来ていると言うのに、彼だけがまだこの場に居ない。それはどういうことかとカエデが尋ねようとした、その時だった。
『あー、全員そこから退避してくれ』
上空からくぐもった声が響く。
カエデたちが見上げれば、いつの間にか無数のドローンが空を埋め尽くしていた。
「ほら、皆さんこっちへ! ここに居たら巻き込まれますよ」
「巻き込まれる?」
「いいから、早く!」
焦った様子の〈白鹿庵〉メンバーに急かされて、カエデたちは理解しないままその場を離れる。アイも騎士団員に撤退を命じ、自身も素早く後方へ移動した。
活動を阻む者がいなくなり、瓦礫の中で巨大植物が活力を取り戻す。咆哮を上げるように真っ赤な花を咲かせ、蔦を地面に広げていく。
『よし、一斉突撃。『
それを見て、上空に待機していた大型のドローンたちが一斉に落ちてくる。
鋭い刃のついた回転翼で蔦を切り裂き、銀のワイヤーで蔦を絡める。火炎放射器が緑を焼き、電流が花を焦がす。そして――。
「うおわっ!?」
爆風が広がる。
巨大なドローンに内蔵された大型の爆弾が、植物を巻き込んで爆発したのだ。その衝撃は十分に距離を取ったカエデたちにも強い爆風を浴びせ、埃と瓦礫を吹き飛ばす。
「なんなんだ、あれは!?」
まるで空から炎の雨が降っているようだ。
地獄のような様相に、カエデが叫ぶ。
「レッジさんのDAFシステムですよ。並列思考で90機の〈
圧倒的な“面”の攻撃により、レティも暇そうな顔をしてそれを見守っている。彼女の説明を聞いてなお、カエデは目の前で起こっていることを理解できなかった。
「これを、1人でやってるのか?」
「そういうことです。ま、やってることはただの後片付けというか、身から出た錆を回収してるだけなんですけど……」
肩を竦めるレティ。カエデは唖然として一面火の海と化した町を見る。
「レッジ、まだ生き残ってるわよ!」
現場を注意深く見ていたエイミーが、TELを通じてレッジに連絡する。
炎が燃え盛る中、それでもしぶとく巨大植物は生き長らえていた。体を燃やしながら再生させ、大地から栄養を吸収しながら炎に耐えている。
「分かってるよ」
彼女に答えたのは、気怠げな顔をした男だった。
見た目にはなんの特徴もない平凡そうな男だ。彼は通りを悠然と歩き、カエデの真横を通り過ぎて前に出た。
小さな白い牡鹿を側に連れた彼は、単身火の海へと踏み出していく。レティも、エイミーも、アイや騎士団員たちも、その場に詰め掛けた全てのプレイヤーが、彼を止めない。
「――『野営地設置』」
おもむろに発動されたテクニック。
それを見たフゥが思わず驚きの声を漏らす。
『野営地設置』は〈野営〉スキルの基本的なテクニックだ。その効果はフィールドにテントを建てるという、シンプルなもの。だが、その後に起こったのはおよそ常識の通りとは言えない現象だった。
「装甲逆転式簡易封印テント“六角”」
白い壁が立ち上がる。
六枚の壁が小さくなった植物を取り囲む。
それはガチガチと相互に結合し、堅固な牢となって中に植物を封じ込める。内部からドンドンと鈍い衝撃音が響くが、傷や歪みは一切生じない。それは無慈悲に守りを固め、内部のものを封印した。
「……」
レッジは油断なく瓦礫の中に直立する白い六角柱を見る。断続的に続く内部からの抵抗が、次第に弱々しくなっていく。やがてそれが途切れ、十秒以上が経過した後、彼はようやくほっと胸を撫で下ろした。
「ふぅ。なんとかなったな」
額の汗を拭うレッジ。
彼は瓦礫と炎の広がる、見るも無惨な現場の真ん中で晴れやかな顔をする。
「いや、そういう問題じゃないだろ……」
その場で彼を見守っていた全ての人々の心を代弁し、カエデが声を零した。
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Tips
◇装甲逆転式簡易封印テント“六角”
外部の敵から内部のモノを守るのではなく、内部に敵を封じ込めるという逆転の発想の下で開発された異色のテント。展開時、内部に巻き込んだモノを堅固に封印することができる。無酸素、高圧、減圧、凍結、加熱など様々な状態にすることができ、より効果的な封印を施す。
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