第713話「乱れ咲く花」

 カエデが〈霊術〉スキルを手に入れたことにより、パーティの戦力は大きく底上げされた。白骸による霊爆攻撃はヘルムのような装甲の硬い相手にも一定のダメージが与えられるだけでなく、彼は召喚獣によって斬撃属性以外の攻撃手段を手に入れたのだ。

 〈霊術〉スキルの習熟とレベル上げも兼ねて、各地のボスを倒して回ったカエデたちは、全員分の源石を集めることができたタイミングで、それを切り上げた。


「というわけで、いよいよオノコロ高地の下に行きましょうか」


 モミジが笑顔を浮かべて言い放つ。

 対するカエデは、すでに顔色が悪い。

 その日、いつものようにログインしてきたフゥと光は、いつものように溜まり場にしている〈新天地〉でカエデとモミジの二人と合流し、そこで初めて今日の予定を聞かされた。


「カエデ君が高所恐怖症だったなんてねぇ」

「そう恥ずかしがることもありませんのに」


 いよいよ後に退けない段階になってようやく自身の弱点を明かしたカエデに対し、フゥと光は苦笑しつつも受け入れた。むしろ、完全無欠だと思っていた彼の人間らしい一面を垣間見ることができて、ほっとした様子すらある。


「けど、大丈夫なの? 下に降りる方法は飛行機かロープウェーしかないけど」

「ロープウェーは絶対ダメだ。あんなもので降りようと考えた奴の気が知れない。飛行機はまだマシだから、そっちでなんとかする」


 心配そうに様子を窺うフゥに対し、カエデは決意を固めた顔で言う。

 現在、オノコロ高地上層から下層へ降りる手段は二つ存在する。一つは正攻法で、土蜘蛛ロープウェーを利用して原生生物を撃退しながら降下するというもの。もう一つは、大金を積んで航空機をチャーターし、それで運んで貰うというものだ。

 カエデたちは万年金欠ではあるが、こればかりは仕方ないと、彼が責任を持って必要なビットを稼いでいた。


「だから最近一人で狩りに行ってたんだ……」


 ここのところログインするとすでにカエデが一人フィールドに出ていることが多かった理由を知って、フゥは呆れた顔になる。


「そう言ってくれれば私も手伝ったのに」

「そうですよ。水くさいですわ」


 光も唇を尖らせてフゥに同調する。モミジはそんな二人を見て、それみたことかとカエデを小突いた。


「しかしだな、飛行機を借りるのは俺の我が儘であって……」

「それを言ったら〈キヨウ〉に行ったことも我が儘でしょ。今更それくらいで目くじら立てたりしないよ」

「フゥさんの言うとおりですの!」


 フゥと光の攻勢に、カエデは塩を振った青菜のように力を無くす。


「それで、飛行機にアテはあるの?」

「そこは抜かりない。〈ダマスカス組合〉の定期輸送機に乗せて貰えるように、ミツルギを通じて頼んで貰った」

「なるほど。ミツルギちゃんが居てくれて良かったねぇ」


 カエデはしっかりと前準備を整えていた。時刻を確認すると、ちょうどミツルギと約束した時間が近づいていた。


「それじゃあ、そろそろ行くか」

「はーい!」


 そうして、四人は溜まり場にしていた〈ウェイド〉の〈新天地〉を発ち、町の側に整備された飛行場へと歩き出した。


「おー、みんな揃ってるね!」


 高速航空輸送網イカルガの発着拠点にもなっている飛行場では、すでに準備を整え暖機状態に入った航空機と飛行帽を被ったミツルギが四人を出迎えた。


「こんにちは、ミツルギちゃん。今日はありがとうね」

「なんの! 私は皆さんのお抱え鍛冶職人ですからねぇ」


 フゥが明るく手を上げて声を掛けると、ミツルギは芝居がかった様子で言う。

 彼女がセッティングしてくれた航空機は、ずんぐりとした胴体部がタラップによって開閉される大型の輸送機だった。現在も機獣たちがコンテナを続々と積み込んでおり、出発の準備が進められている。

 翼は胴体に比べて短く、代わりに筒型のエンジンが一つずつ付いている。それは下を向いていて、垂直離陸が可能になっていた。


「ま、窓が小さい」


 〈ダマスカス組合〉のロゴが大きく描かれた航空機を見て、カエデは心の底から安堵した声を漏らす。外を見なくていいというだけでも、心の負担がかなり減る。


「でも、ホントに旅客機じゃなくてもよかったの? ただの輸送機だから、乗り心地は最悪だと思うけど」

「それでいい。旅客機は高いんだろう?」

「そりゃまあそうだけどさ。ま、カエデ君がいいなら、私も何も言うまいよ」


 事前にカエデの事情を聞かされていたミツルギが、最後の確認を取る。〈ダマスカス組合〉は乗り心地に配慮した旅客機もいくつか保有していたが、それをチャーターするのには更に高額のビットが必要になった。

 定期的に運行されている輸送機の片隅に相乗りさせてもらう方法ならば、それよりもかなり安い。


「よし、荷積みも終わったみたいだし、みんなも乗って乗って」

「いよいよ飛行機かぁ。私、リアルでも飛行機に乗ったことないんだよねぇ」


 タラップに足を掛け、フゥは胸を踊らせる。

 彼女たちも修学旅行には行っていたが、あの時は新幹線を使っていたな。とカエデは気持ちを紛らせるように思考を回転させた。

 輸送機の内部には、大型のコンテナがみっちりと積み込まれている。カエデたちは僅かにある隙間に滑り込み、壁に繋がっているベルトで体を固定した。


「も、モミジ……」

「なんです?」

「もっとこっちに来て良いぞ。そ、空は寒いかも知れないからな」


 カエデはワクワクしている様子のモミジを側に呼ぶ。不思議そうにする彼女に少し苦しい言い訳をして、彼女の袖をきゅっと握った。

 不安そうにする彼を見て、モミジはふっと笑みを浮かべる。


「飛行機なんて、新婚旅行以来かしら」

「あの時も死ぬかと思ったよ……」


 楽しげに話しているフゥたちに聞かれないように、声を抑えてモミジが話しかける。

 新婚の頃、楓矢は高所恐怖症の事を香織には言わず、彼女が行きたいと行った海外へ目的地を決めた。香織が楓矢のそれを知ったのは、搭乗口で足が竦んで動けなくなった彼を見たその時が初めてだった。

 あの時も、楓矢は幼子のように香織の手をギュッと握り、青い顔をして飛行機に乗り込んでいた。


「よし、安全確認もできたね。じゃあ、準備完了でーす」


 カエデたちの準備が整ったのを見て、ミツルギは機長にTELで合図を送る。すぐに出発の時間を迎え、航空機の二発のジェットが動き出した。

 機内が大きく揺れ、コンテナを固定するベルトがギシギシと音を立てる。カエデは無意識のうちに、モミジの腕にぎゅっと抱きついていた。


「光ちゃん、あそこの窓なら外見えるかも」

「ベルトを少し伸ばせば届きそうですの!」


 壁にぴったりと背中を付けて動かないカエデとは対照的にフゥと光は少しでも外の景色を見ようと動き回っている。二人は小さな窓に顔を寄せて、急激に離れていく地面に歓声を上げた。


「〈ワダツミ〉までは大体20分くらいかな。輸送機だから速度はあんまりでないけど」

「に、20分も飛ぶのか……」

「20分しか飛ばないのかぁ」


 ミツルギの声に、カエデとフゥは正反対の感想を漏らす。高速航空輸送網イカルガなどであれば、5分と掛からず崖の上下を行き来できることを考えれば、輸送機とはいえかなりのんびりとした旅である。

 カエデはすでに泣きそうになってモミジの肩に顔を埋めている。いつもと丸っきり様子の違う彼を見て、フゥと光も苦笑いするしかなかった。


「み、ミツルギ、そろそろ着くか?」

「いや、まだ崖を降りてすらいないけど……」


 十秒に一回のペースで聞いてくるカエデに、ミツルギも律儀に答える。その間にも、輸送機は順調に空路を進んでいく。


「み、ミツルギ……」

「まだだよー」

「ジェット機に乗れば良かった……」

「一応これもジェット機なんだけどねぇ」


 カエデが小動物のように震える。

 輸送機はいよいよ崖を飛び出し、降下し始める。機内でも傾きを感じられ、フゥと光は歓声を、カエデは悲鳴を上げる。


「おおお、落ちる! 落ちてるぞ! かお――」

「そうですねお兄ちゃん!」

「むぐぅ!?」


 思わず本名を呼びそうになったカエデの口を、モミジは慌てて塞ぐ。彼の精神がかなり限界を迎えているのを察して、彼女はカエデの背中を優しくポンポンと叩いた。


「崖を降りればあとはすぐだからね。町に近づけば気流も安定するらしいし」

「ほ、ほんとか? もう終わるか?」

「終わる終わる。目でも瞑って素数数えてればすぐだよ」


 ミツルギの言葉を信じて、カエデはぎゅっと目を瞑る。

 そうして彼にとっては緊迫の十数分が流れ、いよいよもうすぐ〈ワダツミ〉近くの飛行場へ到着するといったその時だった。


「きゃあっ!?」

「っ!!」


 突然、機体が大きく旋回する。機内が大きく傾き、モミジたちが悲鳴を上げる。


「モミジ!」

「だ、大丈夫です。ミツルギさん、いったい何が……」


 カエデは咄嗟に体が動き、モミジが倒れないよう体を支える。ミツルギはすぐに機長と連絡を取り、目を丸くしながら状況を伝えた。


「〈ワダツミ〉でなにか、緊急事態が発生したみたい。突然爆発が起こって、それが飛行場に近いから危険回避のために機体は少し離れた別荘地の方で緊急着陸するらしいよ」

「な、なんだって!?」


 予想を超える事態に、カエデたちは驚愕の声を上げる。


「ほ、ほんとだ。町の方で土煙があがってるよ!」

「あそこは何がある場所なんでしょうか」


 フゥとカエデの二人が窓から町の様子を見る。

 円形の都市防壁に囲まれた〈ワダツミ〉の一角で、もうもうと煙が立ち上がっていた。


「煙の中に何か見えるね。あれは……蔦?」


 フゥが目を凝らして状況を確認する。

 土煙の中から垣間見えるのは、ウニョウニョと動く濃緑色の太い蔦だ。厚い葉を繁らせ、急激に成長している。


「赤いお花も咲いていますの!」


 土煙を押し退けて、勢いよくつぼみが開く。

 現れたのは、巨大な深紅の花だ。中からダラダラと粘っこい液体を流している。中央の一際存在感を放つ大輪の花以外にも、蔦から次々と赤い花が咲き乱れていく。


「機長が町の上空を飛ぶみたい。範囲内に入れば、管理者からのメッセージがあるかもしれないって」


 ミツルギが言い、輸送機が都市防壁の縁ギリギリに翼を掠める。僅かに機体が都市の範囲内に入ったことにより、カエデたちにも管理者ワダツミの声明が届いた。


『緊急事態が発生しました。緊急事態が発生しました』

『シード01-ワダツミ工業区画内、〈大鷲の騎士団〉所有の“第四試験農園”にて原始原生生物の暴走が確認されました』

『これより、緊急特例措置を発動します』

『工業区画は隔壁により遮断されます。非戦闘員は迅速に退避して下さい』

『同時に緊急特別任務を発令します』

『戦闘員は迅速に出動し、原始原生生物の鎮圧を行って下さい』

『繰り返します――』


 切迫したワダツミの声が、機内にも響き渡る。

 それを聞いたフゥたちが驚愕する。


「よりにもよって、騎士団が何かやらかしたの!?」

「そんなまさか。試験農園だってかなり厳重な防護がされているはずなんじゃ……」


 ワダツミのアナウンスによって分かったのは、〈大鷲の騎士団〉が保有する施設で何かが暴走しているということ。そして、戦える者が必要とされていること。


「ミツルギ、そこのタラップ開けてくれ」

「はい? はあ!? ちょ、カエデ君、正気!?」


 いつの間にか、カエデが二振りの刀を携えて立っていた。彼は真剣な表情で頷く。


「奴のせいで安全な空路が脅かされるのは我慢ならん。俺がこの手で伐採してやる」


 彼の瞳には憎悪と憤怒が宿っていた。

 航空機を揺らす原因となった彼の雑草を許してはならぬと、固く決意していた。


「で、でも、ここ上空何メートルだと――」

「あの花の真上に落としてくれ。そこなら落下ダメージも喰らわん」

「えええ……」


 鼻息を荒くして肩をいからせるカエデに、ミツルギは困って眉を寄せる。その時、機内アナウンスが高らかに鳴り響いた。


『話は聞かせて貰ったぜ、サムライ! キミの勇気に俺も感銘を受けた! ギリギリまで近づいてやろう!』

「ちょ、機長!?」


 それはこの機体を操る機長だった。

 彼の言葉と共に、機体は大胆に〈ワダツミ〉の上空へと進入する。戦闘制限の解除された工業区画の真ん中を悠々と飛び、後部のタラップがゆっくりと開く。


「お兄ちゃん!」

「モミジたちは機内に残れ。アイツは俺が仕留める」


 カエデの腕を掴むモミジ。

 しかし、彼の決意は固かった。


「それなら私たちも行くよ」

「そうですの! 水くさいですわよ!」


 梃子でも動かない様子のカエデに、フゥたちは臨戦態勢を整える。フライパンと大盾を掲げる二人を見て、モミジもリュックを背負いなおした。


「私たちはパーティでしょう。どこまでも一緒ですよ」

「……分かった。助かる」


 タラップが限界まで開く。

 機体が大きく旋回し、もうもうと立ち上がる煙の中へと飛び込む。


「行くぞ!」

「おうっ!」


 大輪の花が機体の首に喰らい付こうと襲い掛かる。

 大きく揺れる機内から、カエデたちは一気呵成に飛び出した。


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Tips

◇大型輸送航空機DC-3045“グレイピッグ”

 〈ダマスカス組合〉製第45世代推力転向式垂直離着陸機。機体の大部分が輸送用の貨物室として使用され、大型コンテナを最大で30個格納できる容量を誇る。大量の物資を短時間に少ない人員で長距離に輸送できるため、調査開拓活動の様々な場面での活躍が期待されている。


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