第711話「月庭に集う四人」
「『白骸召喚』」
カエデの声に応じて、地面が盛り上がる。
土の下から現れたのは小さな骸骨だ。カラカラと顎を鳴らし、両腕を上げて戦意を見せる。
「よし、行ってこい!」
カエデは目の前で無防備に眠っているピンク色のまんまるとした豚に向けて、召喚した白骸を嗾けた。
指示を受け、小さな骨が豚を襲う。安眠を邪魔された豚は甲高い悲鳴を上げて逃れようとするが、白骸はその体にしがみついて離れない。豚の背中をボコボコと叩き、少しずつダメージを与えていく。
「まだまだ弱いな……」
「それはそうですよ。白骸が一番弱い霊獣っていうこともありますけど、カエデさんの〈霊術〉スキルのレベルも低いですからね」
一向に減らない丸豚のHPを見て、カエデは口をへの字に曲げる。不満げな彼に対してマジョリカは笑顔で励ました。
「〈霊術〉スキルのレベルが上がれば、霊獣のステータスも底上げされます。そもそも、白骸の主な使い道は『霊爆』ですから」
「『霊爆』?」
「霊獣を自爆特攻させる技です。コストと性能の低い白骸は、このための存在と言っても過言ではないですからね」
コストの安い白骸を沢山送り込み、敵の至近距離で爆発させる。それによって、瞬間的に高い破壊力を生み出す。まさに“召喚師”の真骨頂とも言える戦い方だった。
しかし、『霊爆』が使用できるのはスキルレベルが5以上になった時だ。カエデはまだそこには達しておらず、そもそも白骸ですら一体召喚するのが限界である。
「道は長そうだな」
「どんなスキルでも最初はそんなものですよ。諦めずレベルを上げていけば、ドラゴンゾンビだって召喚できます」
「そんなのがいるのか?」
「たぶん、ですけどね。〈鳴竜の断崖〉のタトリとかを霊獣化させようとしてる人もいますけど、成功の噂を聞いたことはないです」
マジョリカの言葉に、カエデは思わず少し落胆する。
やはり、男というのは何才になってもドラゴンが好きな生き物なのだ。
「とりあえず、霊術道場の“召喚師”初心者講座はこれで完了です。何か質問があれば受け付けますが」
カエデが白骸の召喚に成功したところで、マジョリカの講座は終了する。まだ白骸は丸豚を倒せていないが、それは条件に含まれていないようだった。
「ありがとう。勉強になった」
「いえいえ。霊術師が増えるのは大歓迎ですからね。他の系統についても初心者、中級者、上級者コースを用意してますから、興味があれば是非。もし霊術を止めて、またやりたくなったら再度受講することもできますからね」
細かな宣伝も忘れないマジョリカに苦笑しつつ、カエデは頭の片隅に覚えておくと言って頷いた。またなにか、〈霊術〉に関して困ることがあれば彼女を頼ればいい。そう思えただけで収獲だった。
「っと、白骸の方が時間切れか」
二人が話している間も丸豚の背に跨がって攻撃を続けていた白骸が、さらさらと灰となって消えていく。
霊獣は召喚に制限時間があり、昼間や召喚者のレベルが低いとそれも相応に短くなる。カエデの召喚した白骸は、丸豚を倒すこともできなかった。
「じゃあ、ちゃちゃっと片付けちゃいますね。――『霊獣召喚』“土顎”」
カエデが丸豚にとどめを刺すよりも早く、マジョリカが杖を振る。すると、丸豚の足下の地面が盛り上がり、巨大な白い骨の顎が現れた。
「うわっ!?」
それは周囲の土ごと丸豚を飲み込み、そのまま消える。顕現時間は数秒とかなり短いが、その分かなり高位の霊獣であったことは、カエデにもはっきりと理解できた。
小さな丸豚一匹を始末するには、どう考えてもオーバーキルだ。
「ふふん。優れた霊術師になるとあれくらいできるようになるのですよ」
唖然とするカエデを見て、マジョリカは誇らしげに鼻を鳴らす。彼女もまた、霊術師としてはトップレベルの実力を持つプレイヤーなのだった。
「それでは、カエデさんがいつか百鬼夜行を連れてきてくれるのを期待していますよ」
「まあ、気長に待っててくれ」
フィールドから道場の前まで戻ってきた二人は、そこで別れる。三角帽のつばの下から笑みを浮かべるマジョリカに見送られ、カエデは別行動をしている仲間たちと合流すべく歩き出した。
†
カエデがモミジに連絡を取ると、彼女は商業区画の一角にある和風喫茶〈月庭〉という店にいた。もちろん、彼女と共に行動していた光も一緒である。
「お兄ちゃん! どうでしたか?」
カエデが落ち着いた和楽器の音が流れる店内に入ると、すぐにモミジが見つけて手を振る。
「とりあえず第一歩は踏み出せた。丁寧に教えて貰えたよ」
「それは良かったです」
カエデはテーブルに加わり、緑茶を注文する。
「カエデさんも一切れいかがですか? このカステラ、とても美味しいですのよ」
そう言うのは、黙々と丸いカステラを頬張っていた光である。テーブルの半分以上を占める巨大なもので、鮮やかな黄色が美しい。
「満月カステラといって、このお店の目玉商品なんですって」
「はぁ……。またずいぶんとでかいな」
光が切り分けたカステラは一人分として十分なサイズだが、元の大きさを考えると小指の爪ほどに見えてしまう。
カエデがそれを口に放り込むと、ふんわりと柔らかい食感と優しい甘さが口の中に広がる。美味しいカステラである。
「フゥは何してるんだ?」
「工業区画にある〈月夜蛍〉というお店の方と仲良くなったみたいで、そちらでまだお話をしてるようです。落ち着いたらこのお店で合流する予定ですが」
「なるほど。じゃあ、のんびり待とうか」
モミジからフゥのことを聞き、カエデは軽く息を吐く。自分の我が儘でこの町へ来た以上、彼女を急かすつもりもなかった。
「二人は何してたんだ?」
「いろんなお店を回っていました。この町は着物や簪のお店が多くて」
モミジは光と共に町を巡った時のことを楽しそうに話す。二人は女同士ということもあり、商業区画を中心に散策を楽しんだようだった。
「着物を貸してくれるバンドがありまして、二人で着替えて町を歩きましたの。普段、着物はあまり着ないから、新鮮で楽しかったですの」
「光ちゃんの着物姿も可愛かったですね」
〈キヨウ〉の町は和の景観ということもあり、拠点としているバンドもそれを好むところが多い。とある裁縫系の生産バンドが着物のレンタルを行っており、二人はそれを利用していた。
「町に和装の人が多かったのは、そういうことだったか」
カエデはこの町にやって来た時に抱いた印象を思い出し、辻褄が合うことにすっきりとした。彼自身は普段から袴を履いているわけだが、この町にいる和装の者の何割かは、そういった観光目的のプレイヤーなのだろう。
「着物は買ったのか?」
「いえ、流石に買うほどのお金はなかったので」
「そうか……」
モミジの言葉に、カエデは眉を寄せる。
そんな彼の胸の内を見透かしたかのように、彼女は笑って首を振った。
「別に欲しいわけでもないですよ。着物は現実でも沢山着ていますし」
「そ、そうか」
今回付き合わせた礼も兼ねて何か買おうかと考えていたカエデは、それをすっぱりと当てられてたじろぐ。彼女には隠し事などできないのだ。
「でも、この町はいいところですね」
湯飲みをテーブルに置き、しみじみとモミジが言う。
「回りの丘陵もそうですが、全体的に穏やかな時間が流れていて。最近はずっと戦い続きで忙しかったですし、良い息抜きになりましたよ」
「そうか? なら良かったが」
光もいつの間にかあれだけあったカステラを食べ終え、巨大な丼鉢に入った山のような抹茶白玉金時パフェを食べながら頷いている。
〈キヨウ〉に用事があったフゥはともかく、二人も満足してくれているのなら、カエデとしても心が軽くなる。逆に、光の食べているものを見ているだけで胃は重たくなってくるが。
「光、それ全部食べられるのか?」
「任せて下さいですの! 現実の方では小食なのですが、こちらの世界だとまだまだ食べられますの」
「そりゃすごい……」
一切ペースを落とすことなく匙を往復させる光に、カエデは呆気に取られる。
たしかに、仮想現実内で物を食べても現実の腹が膨れるわけではない。満腹感は擬似的に満腹中枢が刺激されたことによる錯覚であり、ログアウトした際には夢化処理が行われて曖昧になる。
とはいえ、仮想現実内で食べられる量は現実の習慣に強く影響されるのも事実だ。普通の人は現実でも食べられる量程度しか、仮想現実でも食べることはできない。
光のように自分の体の体積を越えて食べ続けられるのは、また特別な才能が必要なことなのだ。
「そういえば、光ちゃんが探しているレティさんも大食いで有名でしたね」
ウィンドウを開き、FPO日誌のページを見ながらモミジが言う。カエデもそのことはよく知っていた。
レッジの相棒とも称される〈白鹿庵〉の副リーダーで、巨大なハンマーを使う破壊の権化だ。そんな彼女も〈新天地〉をはじめとした大食い系の店に通い詰め、行く先々で圧倒的な記録を打ち立てているという噂がある。
「あらあら、レティちゃんもそんなことをしているのね」
それを聞いた光は嬉しそうに笑いながら、拳のような白玉を口に運ぶ。
するすると溶けるように丼鉢の中身が消えていくのは、いっそ爽快だった。
「ごめーん! ちょっと話し込んじゃって遅れちゃった。ってなにこのでっかい丼鉢!?」
そこへ慌てた様子でフゥがやってくる。彼女はテーブルのど真ん中に鎮座する巨大な丼鉢を見て目を丸くしていた。
彼女の反応に思わず吹き出しつつ、カエデは優しく声を掛けて迎えた。
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Tips
◇満月カステラ
和風喫茶〈月庭〉の看板商品。直径1メートル、高さ70センチの巨大なカステラ。表面には〈月庭〉の印である兎のマークが焼き付けられている。
ふんわり優しい卵味で、ほのかに温かい。できたてふわふわ、極上の一品を心ゆくまで楽しめる。
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