第709話「腐臭漂う蛇」
〈霊術〉道場“召喚師”初心者コース、実践編。という題目でマジョリカは町の外に広がる〈角馬の丘陵〉へとカエデを連れ出した。なだらかな傾斜の連なる穏やかな草原では、温厚な気性の原生生物たちがのびのびと暮らしている。
「とりあえず、デモンストレーションも兼ねて霊装師の戦い方を見せますね」
「分かった。見学させて貰おう」
マジョリカは近くを歩いていた牛のような原生生物に狙いを定める。
“
カエデが見守るなか、マジョリカは杖を取り出して声を発する。
「『霊装展開』“骨蛇剣アバラ”」
彼女の声に応じて、杖が白く輝く。そして、細長いそれを包み込むように灰がかった白色の骨が現れた。
「蛇腹剣みたいなもんか? にしても随分でかいな」
それは長い大蛇の骨格をそのまま転用した奇怪な剣だった。マジョリカの背丈よりも遙かに長く、絶えずぐねぐねと揺れ動いている。剣の先端には、虚ろな眼窩をした蛇の頭蓋もあった。
「これが私の主力武器、“骨蛇剣アバラ”です。今は昼間なのでかなり弱体化していますが、それでも結構な代物ですよ」
マジョリカは振り返り、自慢げに言う。
「とはいえ、霊装は展開中継続的にLPを消費します。何もしなければ数十秒で強制的に霊核へと戻ってしまいます。なので――」
彼女は長い剣を構え、鎧牛の方へ向き直った。
「霊技、『ウワバミ』」
おもむろに骨蛇剣アバラが突き出される。蛇の頭蓋骨がガラガラと音を立て、刀身が曲がりくねりながら牛の胴体に巻き付いた。
マジョリカが剣を引くと、巻き付いた刀身が牛を締め付ける。鎧牛の硬い外皮がそれを阻むが、アバラの力の方が強い。
拘束から逃れようと蹄で地面を削る牛の背骨が、鈍い音を立てて粉砕された。
「――とまあ、こんな感じです。霊装を展開していると霊技という特殊なテクニックが使えます。そして、全ての攻撃にドレイン効果のある“奪魂”状態が付与されます」
倒れた鎧牛をアバラは執拗に締め付け、噛み付いている。そんな愛剣を放置して、マジョリカは霊装についての説明をした。
「基本的には“奪魂”の効果でLPを回復させつつ、霊装の展開時間を稼ぐのが基本戦法ですね。条件が整えば、もっと強いですよ」
どうですか、“霊装師”になってみませんか。とマジョリカは青い瞳を輝かせてカエデに迫る。召喚師の講座だというのに、彼女は霊装師が一押しだったようだ。
「まあ、霊装は後々余裕があればだな。とりあえず、今日の所は召喚師の戦い方について教えてくれ」
「そういえばそうでしたね。すみません……」
カエデが苦笑して言うと、マジョリカははっとして俯く。
しかしすぐに気を取り直して、霊装を解除するとインベントリから小さな骨の欠片を取り出した。
「これは“腐れ蛇”の霊核です。今回はこれを使って召喚してみましょう」
「ふむ。“腐れ蛇”ね……」
マジョリカは周囲に何もないことを確認し、白い霊核をぎゅっと握りしめる。
「『霊獣召喚』“腐れ蛇”」
テクニックの発動と共に、霊核が地面に落とされる。
それはカエデの予想に反して、まるで泥の中に落ちたかのように地中へ沈んでいった。彼は驚き、思わず足下の土を確認する。草に覆われた地面は乾いていて、とても骨片が沈むようには思えない。
「うおっ!?」
更にその直後、骨片が沈んだ地面が盛り上がる。それと同時に、鼻の曲がるような腐臭が漂ってきた。
「ま、マジョリカ、なんだこの臭いは!」
「ああ、すみません。この子ちょっと臭いがきついんですよ。気をつけて下さいね」
今更思い出したように忠告するマジョリカだが、どうしようもないほど遅い。カエデは鼻を摘まみ、その腐臭に耐えながら盛り上がった地面を見る。
「“腐れ蛇”は耐久も高くて、攻撃力もあって、更に毒も持っているんです。おすすめですよ」
土の中から這いだしてきたのは、肉が腐り、所々で骨が覗く大蛇だった。大きく開いた口から泡立った毒液を垂らし、目は生気を宿していない。
言うならば、蛇のゾンビだろうか。それは主人の指示を求めるように、頭を上げてマジョリカの方を見た。
「霊獣ってのは、どれもこんななのか?」
「いいえ。お肉が付いてるのは少数派ですね。やっぱり臭いがネックになるので」
あっさりと否定するマジョリカに、カエデは眉間に皺を寄せる。
ならばなぜそんなゾンビ蛇を見本に選んだのだろうか。
「でもゾンビ系はいいですよぉ。お肉があるから骨系よりタフなんです。動きは遅いですけどね」
マジョリカの言葉通り、腐れ蛇の動きはのたのたとしていて緩慢だ。筋肉が腐っているから、当然と言えば当然なのかもしれない。
「あと、これくらいの子なら霊核の調達も簡単です。〈霊術〉スキルのレベルが上がれば沢山出せるようになるし」
「うおおおっ!?」
マジョリカがそう言って、更に霊核を地面に落とす。
その後に現れたのは更に三匹の腐れ蛇で、周辺一帯に広がる腐臭が更に強くなった。
カエデは目に涙を浮かべ、苦くなった唾を飲み込む。周囲を見渡せば、安穏と佇んでいた原生生物たちが全て逃げ出していた。
「召喚獣の良いところは、ペットや機獣にも共通していますが、ある程度自分で動いてくれる点ですね。狩り場に放置しておけば、適当に原生生物を倒してくれます」
「そうか……?」
腐れ蛇の臭いがきついせいで、原生生物たちは遠ざかっている。これでは狩れる獲物も少ないだろう。
「まあ、大抵の人は骨系の召喚獣を中心に使っていますよ。素早いし、臭いもしないし。耐久は低いですけど、そもそも使い捨てみたいなものですからね」
腐れ蛇たちを地面に戻しながら、マジョリカが言う。
それならばなぜ、とカエデは思ったが、恐らく彼女の趣味なのだろうと納得する。
「特に定番なのは“白骸”ですね。これはどんな霊核を使っても召喚できて、霊核の強さによって数が増えるタイプの霊獣です」
マジョリカはそう言って、回収したばかりの霊核を再び地面に落とす。そして今度はまた別のテクニックを発動する。
「『白骸召喚』」
再び地面が盛り上がり、土の下から小さな白い骨の手が飛び出す。次に頭が現れ、やがて全身が露わになる。
それはカエデの膝下ほどの背丈の、小さな人型の骨だった。
顎を揺らしてカラカラと乾いた音を立て、時々粉々に崩れ落ちては再生を繰り返している。
「一番弱くて脆いけど、一番数を揃えやすい霊獣ですよ。これを数千単位で召喚して、数の力で圧倒するのが、“孤群”のろーしょんさんの戦い方ですね」
「なるほど……」
例え個々が脆弱でも、それが相手の処理能力を越えて殺到すれば勝敗は決する。
カエデは“孤群”のろーしょんというプレイヤーのことは何も知らないが、その厄介さだけはなんとなく理解した。
「“召喚師”は大量の霊核を用意して、コストを掛けず安価な霊獣を使い捨てにするタイプ。“霊獣使い”は霊核を大事に育てて、強い個体に育てるタイプ。どっちも霊核を使うことには変わりはないから、ある程度育てた霊獣を数十体用意するっていうハイブリッドタイプの霊術師もいますよ」
「なるほどな。色々と奥が深そうだ」
マジョリカの説明を聞いて、カエデは考え込む。
当初は手っ取り早く新たな攻撃手段を得られればそれで良かったのだが、やはり色々とできることが分かるとやってみたくなる。自分が考えた最強の霊獣を従えるというのも、なかなか楽しそうだった。
「ま、霊獣の種類も無限にありますからね。色々試してみるのが良いですよ。というわけで、まずは第一歩を踏み出してみましょう」
そんなカエデを見て、マジョリカは嬉しそうにしていた。彼女も同好の士が増えるのは大歓迎のようだ。カエデの手を取り、近くにいる原生生物の方へと連れていく。
今度はいよいよ、カエデが〈霊術〉を始める時だった。
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Tips
◇腐れ蛇
中級霊獣。強い恨みを残したまま死んだ蛇が、その怨念に囚われたまま仮初めの命を吹き込まれた姿。肉は腐れ、骨は脆いが、その身から滲む毒液は生前よりも強くなっている。動きは緩慢だが力は強く、主の命令のままどんな相手も絞め殺す。
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