第708話「霊術道場」

 〈キヨウ〉のベースライン近くの一等地。人々の往来も多く、他の都市からのアクセスも良好なその場所に、三つの道場が並んでいた。


「ここがそれだな」


 地図を頼りにやってきたカエデは、全く同じ外観をした三つの建物を見上げて頷く。

 この道場は三術連合が初心者支援の名目で用意したものだった。連合自体はバンドではないため、道場の所有者は連合に所属する個人ではあるが、ここでは三術スキルに興味を持った全てのプレイヤーを歓迎している。

 カエデは三つの門のうち、〈霊術〉スキルを学ぶことのできる道場のものを確認して敷居を跨ぐ。。


「たのもー」


 踏み石の並んだ小さな庭を抜け、開け放たれた玄関の前に立つ。声を張り上げて存在を示すと、すぐに奥から軽快な足音が聞こえてきた。


「いらっしゃいませ! ようこそ、霊術道場へ。私はここの管理人兼師範のマジョリカです。どうぞよろしく!」

「お、おう。よろしく」


 少女が姿を現したかと思えば、彼女は早口で捲し立てる。

 マジョリカと名乗ったヒューマノイドの彼女は名前の通り濃い紺色のローブに身を包み、背の高くつばの広い三角帽子を被った魔女のような少女だった。長い黒髪は腰まで達し、青い目には星が散らされている。

 カエデは彼女のテンションに少し圧倒されながらも、なんとかぺこりと頭を下げて挨拶をした。


「本日のご用件は、〈霊術〉スキルのチュートリアルでよかったですか?」

「ああ。それを頼みたい」


 カエデが頷くと、マジョリカは目を見開いて跳び上がる。


「やった! ありがとうございます! いやぁ、なかなか居ないんですよねぇ。わざわざ道場まで来てくれる人。だいたい皆さん我流で突き進んじゃって」

「そうなのか……。俺は人に教わった方が楽だと思うんだけどな」

「そうですよ。あ、安心して下さい。私は専門こそ“霊装師”ですけど、他の系統も一通り教えられるので。そうだそうだ、お名前とご希望の系統を教えて貰っていいですか? 系統について分からなければ、そこから説明しますが」


 淀みなく声を発するマジョリカに若干気圧されながらも、カエデは自分の名前を伝える。


「カエデだ。普段は見ての通り二刀流の剣士をやってるんだが、斬撃属性以外の攻撃も増やしたいと思ってな。とりあえず“召喚師”に興味があるが、他の系統も一通り触れてみたい」


 彼が腰の刀を示すと、マジョリカはなるほどと頷く。他のスキルがある程度育ってから三術系スキルに手を出すプレイヤーも多いようで、特に驚かれることはなかった。


「それでは、ひとまず“召喚師”志望者向けの初級コースで進めましょう。受講料として1,000ビット、あとは必要なテクニックのカートリッジ用に600ビット頂きますが……」

「分かった。よろしく頼むよ」


 少し言いにくそうに料金を伝えるマジョリカ。

 カエデからしてみれば当然金が掛かるのは折り込み済みだ。それに、いくら万年金欠パーティに属しているとはいえ、1,600ビット程度ならすぐに支払える。


「ありがとうございます。それでは、まずは中へ。そこで軽く座学から行います」

「分かった」


 マジョリカの案内でカエデは道場の中に入る。

 道場と言っても、空眼流の物々しいものとはまるで違う。どちらかというと、香織が茶や花を嗜んでいるような、小さな和室である。

 マジョリカから受け取った座布団の上に座り、早速講義が始まる。他の生徒はおらず、カエデとマジョリカのマンツーマンだ。


「では、基本のきの字から行きますね。すでに知っていることもあるかと思いますが、確認がてら聞いて下さい。テキストでも纏めてありますので、そちらも合わせてご覧下さい。何か分からないことがあれば、何でも質問してくださいね」


 マジョリカはカエデにテキストデータを渡し、そう前置きしてから話し始めた。


「〈霊術〉スキルというのは、他のスキルとは違った理論体系で動く特殊な三術系スキルに分類されます。早い話が、科学ではなくオカルトやファンタジーの領域に近い、ということです。我々調査開拓員はロボットなのになんで使えてるんでしょうね?」


 ははは、と彼女は笑う。

 たしかに、機械であるプレイヤーがこのようなスキルを使用できるのには少し違和感を覚える。なぜだろうかとカエデは真剣に考えかけたが、その前にマジョリカが話を続けた。先ほどの問い掛けは、ちょっとしたアイスブレイクだったようだ。


「三術系スキルの他二つは端折るとして、〈霊術〉スキルについて説明しましょう。といっても読んで字の如く、霊に関するあれやこれやのスキルです。

 幽霊とか、アンデッドとか、ゾンビとか、そんな感じの存在を使役することができます。一番王道な“召喚師”は、これらを沢山使役することができる系統ですね」


 そう言って、マジョリカは三つの大分類について説明を始める。

 〈霊術〉スキルに内包される“召喚師”“霊獣使い”“霊装師”の三系統に関する説明は、カエデの認識と大きな差はなかった。


「カエデさんは“召喚師”志望とのことなので、まずは“召喚師”が霊獣を手に入れる流れを説明しますね。これは“霊獣使い”も同じですが」


 ここから、更に専門的な話へと展開されていく。

 カエデは居住まいを正し、マジョリカの聞き取りやすい明瞭な声に耳を傾けた。


「霊獣を呼び出すためには、そのコアとなるものが必要です。それが“霊核”というアイテムです。〈霊術〉の第一歩は、それを手に入れる所から始まるんです」


 マジョリカはそう言って、大きなウィンドウに表示した黒板代わりのテキストの霊核という文字を丸で囲った。


「先ほど頂いたカートリッジ用の600ビットは、レベル1テクニックの『霊核採取』と『霊体召喚』の購入に使います。というわけで、こちらをどうぞ」


 すでに必要なカートリッジは揃えてあるのだろう。

 マジョリカはトレードウィンドウを開き、二つのカートリッジをカエデに渡す。


「“霊核”を得るためには、その『霊核採取』というテクニックを使います。後で実践編の時にも言いますが、良い“霊核”を採取するためにはいくつか条件があるので覚えて下さいね」


 マジョリカは人差し指を立てる。


「一つ目は、自身の手で倒した原生生物であること。ドロップアイテムのルート権のない原生生物からは、霊核の採取もできません」


 更に二本目の指を立てる。


「二つ目は、解体などを行っていないこと。ドロップアイテムを取ってしまうと、霊核の品質は著しく下がってしまいます。もし解体したい場合は、霊核を取ってからにしてください」


 更に三本目。

 マジョリカは少し言いにくそうな顔をしてから口を開いた。


「最後、三つ目はより強い恨みを残していることです」

「より強い恨み?」


 突然概念的な話になり、カエデが首を傾げる。

 マジョリカは少し笑って「分かりにくいですよね」と頷いた。


「ほら、幽霊とかって現世に対する強い執着心がそのまま戦闘力みたいなところがあるじゃないですか。つまりはそういうことなんです」

「分かったような、分からないような……。その恨みを強くするにはどうしたらいいんだ?」

「ええと……」


 カエデの問いに、マジョリカは言い淀む。彼女は「引かないで下さいね」と前置きしてからその方法を明らかにした。


「できるだけ戦闘を長引かせて、じわじわと真綿で首を絞める様にじっくりと長い時間を掛けて殺します。傷とストレスを沢山与えれば与えるほど、その原生生物の霊核は強くなるんです」

「なるほど」


 それを聞いて、カエデは色々と納得がいく。

 マジョリカが言いにくそうにしていたこと、道場にあまり人気がなさそうだったこと。

 たしかに少し受け入れにくい要素だ。


「あれ、あんまり驚きませんね?」


 しかしカエデはさほど動じていない。むしろ、色々と説明がつき、すっきりとした顔だ。そんな彼にマジョリカの方が困惑する。


「まあ、霊的なものだとそんな感じだろうな。うん、リアリティはあると思うぞ」

「いや、オカルトにリアリティはあんまりないと思うんだけど……。まあいいや、とりあえず逃げないでくれて嬉しいよ」


 マジョリカはほっと胸を撫で下ろす。

 ここで趣味に合わず引き下がってしまうプレイヤーも多いのだろう。


「ちなみに、長く苦しめながら倒した原生生物の霊核が強いっていうのは結構重要だよ。ハニトーさんのポチとか、基礎になってるのはただのフォレストウルフなんだけどね。彼女、七日かけてじわじわ殺したんだよ」

「それはまた、随分な執念だな」


 ハニトーというのは、“霊獣使い”の代表的なトッププレイヤーだ。ポチという巨大で強力な霊獣を従えており、その強さは“獣帝”ニルマに匹敵するとも言われている。

 ちなみにポチは“三つ首の蛇の尾”“獅子の頭”“四対の竜の翼”“六本の馬の脚”“四本の猿の腕”“無数の眼”という姿の禍々しい混合獣だ。元となった狼の要素はほとんど見られなくなっている。

 これを霊獣使い界隈ではテセウスの船と言う。


「まあ最初はそこまでしなくてもいいよ。〈霊術〉スキルが低いと強い霊核は扱いにくいし、普通に戦って倒すだけでも、それなりの霊核は取れるからね」


 マジョリカはカエデを安心させるように言って立ち上がる。帽子のつばを掴んで、細い杖を握った。


「それじゃあ早速、実践編に行ってみようか」


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Tips

◇『霊核採取』

 〈霊術〉スキルレベル1のテクニック。

 原生生物の骸から、強い怨念の籠もった魂の核を取り出す。核の強さは持ち主の恨みの強さによって変わる。

 魂を取り出す外法。既知の科学技術体系から逸脱した、全く別の理論によるもの。なぜそれが可能なのかは不明である。


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