第707話「丘陵の都市」

 カエデが〈霊術〉スキルに手を付けるにあたり、一行は〈角馬の丘陵〉にある地上前衛拠点シード03-スサノオ〈キヨウ〉を目指すこととなった。〈ウェイド〉から〈キヨウ〉までの道はいくつかあるが、カエデたちは最も手っ取り早い第四域を横に進むルートを選んだ。


「あ、暑い……」

「砂の上は踏ん張りが効きませんの」


 〈鎧魚の瀑布〉から、オノコロ高地東方に広がる〈鳴竜の断崖〉へ。そこのボス“鋼鱗のタトリ”を討伐し、南方の〈角馬の丘陵〉を目指す。

 その道中、急激に変化する気候にフゥはぐったりとしていた。


「ライカンスロープは暑さに弱いのか?」

「毛量が多いからね。頭とかぼふぼふしないと熱気が籠もっちゃって」


 フゥはオレンジ色の髪の毛に指を突っ込み、中の熱気を逃がす。それでも急場凌ぎにしかならないようで、彼女はぺたんと耳を伏せて力なく尻尾を垂らしていた。


「丘陵に入れば暑さも落ち着くでしょうし、もう少し頑張りましょう」

「そうだね。とりあえず水飲んで歩くよ」


 モミジに励まされ、フゥは腰の水筒から水を飲む。

 東方第三域の〈毒蟲の荒野〉ほどではないが、〈鳴竜の断崖〉もジリジリと照りつける日差しによって喉がすぐに乾く。

 カエデたちはタトリ討伐後に立ち寄った〈サカオ〉で飲料水をたっぷりと補充していたため、こまめに水分を補給しながら延々と続く崖際を歩き続けた。


「しっかし、どうしてこんな狭い高地の中でこうも気候が違うんだろうね?」


 ぱたぱたと手扇で顔を煽ぎつつ、フゥが首を傾げる。

 オノコロ高地は広大とはいえ13のフィールドに分割されているため、それぞれの面積はそれほど大きなものではない。だというのに、西には豊富な水源により一帯が泥濘んだ湖沼地帯が広がり、かと思えば東はカラカラに乾いた砂漠地帯に急変する。西方は比較的穏やかだが、第二域には荒涼とした原野もある。北に至っては天を衝くような雪山が聳え、吹雪が頻繁に巻き起こっている。


「なんでも、地中を走る龍脈レイラインというものの影響が強いらしいですよ」

「龍脈ねぇ」


 モミジが聞きかじった知識を披露すると、カエデは胡乱な目をして首を傾げる。

 オノコロ島の外、海を越えた第二開拓領域と呼ばれる最前線では、その龍脈レイラインが重要な要素として現れるようだが、このあたりではほとんど意識することがない。


「〈霊術〉スキルとか、三術系のスキルは龍脈との関係も強いらしいですよ。色々調べてみても良いのでは?」

「そういうもんかね」


 モミジの提案にカエデは気の抜けた声を返す。彼としては、新しい攻撃手段が手に入ればそれでいい。頭を使うのはその必要性を感じてからでいいと考えていた。


「あら、あそこがフィールドの境界ですわね」

「ほんとだ。結構くっきり見えるもんだね」


 光が顔を上げて前方を指さす。

 そこでは乾いた砂原と、青々とした草原が混じり、大まかな境界線ができていた。遠目から見ればかなり明確な差ができており、その線上に細い柱の標識が疎らに立っていた。


「“この先〈角馬の丘陵〉”か。いよいよだな」


 この標識の列を越えると、正式にフィールドが変わる。それ以外には特に変化はない。

 ちなみにフィールドのボスを倒しておらず、進入権限を持っていない場合はこの標識の場所で阻まれることになる。

 ともかくカエデたちは順調に歩き続け、ついに目指していたフィールドへと足を踏み入れた。


「〈キヨウ〉はフィールドの真ん中あたりだったか」

「そだね。まだ少し歩く必要はあるけど、かなり涼しくなったし頑張れるよ」


 境界を越えれば、次第に熱気も収まってくる。フゥも一歩進むごとに活力を取り戻し、やがて耳もぴんと直立しはじめた。


「ライカンスロープは分かりやすいなぁ」

「え、何が?」


 面白いくらいに動く彼女の尻尾と耳を見て、カエデが思わず吹き出す。それらの動きはフゥの意思とは関係なく行われているようで、彼女は戸惑った様子で首を傾げた。


「お兄ちゃん、見えましたよ」


 なだらかな丘の頂上に登り、周囲を眺望してモミジが声を上げる。

 〈角馬の丘陵〉は遮蔽物も少なく、少し高いところに立てばかなり遠方まで見通せる。豊かに生えた低草を食む原生生物たちが散在するなか、遠くの方に町の影があった。

 昼間の丘陵で活動する原生生物はほとんどが温厚な気性のものばかりだ。カエデたちは積極的に戦闘を行うこともなく、真っ直ぐに歩いて町へ辿り着いた。


「ここが〈キヨウ〉ですのね!」


 都市防壁の大きな門をくぐり抜け、そこに広がる町並みを見て光が歓声を上げる。

 そこは木造瓦葺きの古風な和の色が滲む建物が連なり、土の晒された広い通りは多くの人々で賑わっていた。


「和風の町とは聞いてたが、ここまでとはなぁ」

「まるで時代劇に出てくる町のようですね」


 〈ウェイド〉は西洋風、〈サカオ〉は中東風ときて、ここ〈キヨウ〉はカエデたちにもなじみ深い景観だ。それを目の当たりにした一行の気持ちも高揚する。


「心なしか、着物を着た方が多いように見えますね」

「逆にスケルトンはかなり目立つなぁ」


 ひとまず軽く町を見て回ろうとカエデたちは歩き出す。

 一階か二階建ての建物が多いためか、空が広く開放感のある雰囲気だ。町の中心、中央制御区域に立つ背の高い制御塔の近未来的なビジュアルが、ずいぶんと異彩を放っている。


「なるほど。確かにミカゲ君が好きそうな町だね」


 周囲に忙しなく視線を巡らせながらフゥが小さく言葉を零す。

 彼女はレッジの日誌を読み込み、ミカゲがこの町を頻繁に訪れていることも知っていた。なにより、この町は彼がまとめ上げた非バンド組織、三術連合の本拠地としても知られているのだ。

 フゥは往来の中に忍者が居ないか、鋭く目を光らせる。


「和風の町並みも良いですわね。私もお屋敷の一部を模様替えしてみようかしら」

「和室や縁側はいいですものね」


 光とモミジは並んで歩きながら、和の雰囲気を存分に楽しんでいた。

 カエデは二人の会話のスケール感が若干違うような気がしたが、軽く首を傾げるだけで深くは追及しなかった。それよりも、まずは〈霊術〉スキルを始めるために、ある施設へ向かわなければならない。


「カエデ君、ちょっと良いかな」


 マップを開き目的の場所を探していたカエデに、フゥが話しかける。


「なんだ?」

「私ちょっと行きたいところがあって。ここから別行動でもいいかな?」

「ああ、別に良いぞ。なんなら、モミジたちも自由行動にするか」


 フゥは〈ウェイド〉での祝勝会でも、この町に興味を示していた。そのことを思い出し、カエデは快く頷く。

 そもそも、この町に来たのはカエデの我が儘が発端だ。モミジたちも自分に付き合わせる必要はないと、観光でもすることを勧める。


「そういうことなら、少し散策しようかしら」

「あらあら。それなら私もぜひご一緒させてくださいな」


 モミジも早速この町を気に入ったようで、上機嫌でマップを開く。光も彼女についていくつもりで、その隣からウィンドウを覗き込んだ。


「それじゃあ、そういうことで。こっちの用事が終わったら連絡するが、好きに過ごしてくれ。適当なところで、適当に合流しよう」

「ありがとう。カエデ君も頑張ってね」

「行きたいお店が沢山ありますね。1日じゃ足りないわ」

「数日滞在するのも良いかもしれませんの」


 そういうわけで、四人はそれぞれ別々の方向へと歩き出した。フゥは工業区画、モミジと光は商業区画を目指す。


「さて、〈霊術〉でどこまで強くなれるかね……」


 カエデは期待と不安を胸に、町の中央へ向かった。


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Tips

◇フィールド境界標識

 フィールドの境界線上に設置された標識。現在地と隣り合うフィールドを示す。進入権限を持たない調査開拓員は、この標識の奥に立ち入ることが禁じられている。

 フィールドの監視装置としての役割もあり、猛獣侵攻スタンピードの予兆などを検知すれば、迅速に管轄の中枢演算装置〈クサナギ〉へと通報する。


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