第706話「祝勝会の席で」

「かんぱーい!」


 “老鎧のヘルム”討伐後、カエデたちはミツルギを誘い、〈ウェイド〉のとあるレンタルルームで祝勝会を開いていた。

 テーブルの上には豪勢な中華料理がずらりと並び、フゥが更に次々と作り続けている。光は目を輝かせて食べ始め、それを見ながらモミジたちも各々料理に手を伸ばしていた。


「いやぁ、ついにヘルムも討伐しちゃったか。これでいよいよ〈ワダツミ〉に行けるね」


 キャラメルソーダを飲みながら、ミツルギはしみじみと四人の成果を称える。彼女が光の盾を強化してから数日。パーティが安定したとはいえ、かなり早いペースでのボス攻略達成だった。


「フゥと光が活躍してくれたよ。もちろん、モミジもな」


 カエデはエビチリを摘まみつつ仲間を称える。

 分厚い鱗によって守りを固めたヘルムに対し、カエデの斬撃属性は不利だ。打撃属性の攻撃を行うフゥと光、グレネードによって一定のダメージを与えられるモミジ。カエデはこの三人の力が勝利の要因だと考えていた。


「私としては、モミジちゃんが使ってた毒液にかなり助けられた気がするけどね」

「あれは良かったですね。ヘルムのお肉もちゃんと食べられますし」


 広いテーブルの中央に置かれているのは、こんがりと焼いたヘルムの肉だ。切り身だというのに異様な程の大きさで強い存在感を放っている。

 ヘルムの肉はふんわりと柔らかい白身で、淡泊な味だからこそ様々な食材に合う。毒液の影響はなく、カエデも美味しく頂けた。


「それで、もうすぐに〈奇竜の霧森〉に降りるの?」


 ミツルギがグラスを傾けつつカエデに尋ねる。

 彼らが町を移動するならば、彼女もそれについていくつもりだった。

 しかし、彼女の予想に反してカエデは首を横に振る。


「もう少し、瀑布でスキルを鍛える。今の段階で降りても、〈ワダツミ〉まで辿り着けないだろ」

「そっかぁ。まあ確かに、〈奇竜の霧森〉の原生生物は上とは桁違いに強いらしいもんね」


 少し残念そうな顔でミツルギは頷く。


「カエデ君の事だから、てっきりすぐに降りると思ってたけど。意外だね」


 この場で初めてカエデの考えを知ったモミジも、目を丸くして言う。彼女はカエデが一刻も早く〈ワダツミ〉に辿り着き、〈白鹿庵〉のレッジに会いたいのだと思っていた。


「とりあえず、ヘルムも倒せないようじゃな」

「ええ。今回ちゃんと倒せたじゃない」

「俺が無力すぎたんだ。何か成果を残さないことには、自分に納得できない」


 眉を下げるフゥに対しカエデはきっぱりと言う。


「妙なところで頑固だよねぇ」

「ふふふ。お兄ちゃんらしいですね」


 早くミカゲ君に会いたいのに、とフゥは唇を尖らせる。だがカエデの言うことも一理ある。勇み足で〈奇竜の霧森〉へと向かっても、そこで死ねば〈ウェイド〉に戻される。更に、機体の回収も難しくなってしまう。

 これまでのフィールド進出とオノコロ高地の崖下へと向かうのには、大きな違いがあるのだ。


「それで、カエデさんは何をしようと思っていますの? たしかにヘルムに斬撃属性は効きにくいですが、パーティとして倒すことができれば、私は十分だと思いますが」


 山盛りの炒飯を平らげて、満足げな顔をして光が尋ねる。

 確かにヘルムとカエデの相性は悪い。しかし、それはフゥや光と他の原生生物にも言えることだ。彼女としては、四人で倒すことができるのならば、それで問題はないと考えていた。


「相性の有利不利があるのは分かってる。しかし、そうなった時に何も動けないようじゃ、申し訳ないからな」

「別に良いんだけどなぁ」

「俺が納得できないんだ」


 カエデはそう前置きして、自らの考えを披露する。


「――〈霊術〉スキルを伸ばそうと思う」


 彼の放った言葉に、その場に居た全員が硬直する。フゥたちは目を丸くして耳を疑った。

 彼女たちの持つカエデという少年のイメージは、卓越した剣技で敵を圧倒する、純粋な物理型の戦士だ。まさか、FPOでも珍しいファンタジーやオカルトに寄った性質の三術系スキルに手を出すとは、思いも寄らなかった。


「ええと、とりあえず理由を聞いてもいい?」


 焼いていた餃子を焦がさないように気をつけながら、フゥが尋ねる。


「色々調べたんだ。そうしたら、〈霊術〉スキルがかなり便利なことに気がついた。特に複数の霊獣を使役する“召喚師”タイプは、手軽に手数が増やせるし相手に合わせて臨機応変に戦える」


 他のスキルがそうであるように、〈霊術〉スキルも内部でいくつかの系統に分けられる。メジャーなものは“召喚師”“霊獣使い”“霊装師”の三つだ。

 “霊獣使い”は一体、多くても数体の霊獣を集中的に育成し、強力な相棒とする霊術師だ。霊術の特性上、育てた霊獣も死ねば消えてしまうが、育った霊獣はプレイヤーに匹敵するほど強い。巨大で禍々しい霊獣、ポチを使役するハニトーがこの分野の有名人だ。

 “霊装師”は霊装と呼ばれる特殊な装備を用いる、三術系では珍しい物理攻撃を主軸とした系統だ。“奪魂”という唯一無二の効果を持つ攻撃を行える。巨大な骨の大剣を使うカルパスなどが代表格である。

 そして“召喚師”は〈霊術〉スキルの最も王道的な系統だ。霊獣使いとは違い、コストの安い霊獣を大量に使役する霊術師である。霊獣を使い捨てることができるぶん霊獣使いよりも気楽で、多数の霊獣を使い分けることで臨機応変に戦える。この分野のトッププレイヤーであるろーしょんは、“数は力”という考えを体現したようなプレイスタイルだ。


「カエデ君が霊術師ねぇ。しかも“召喚師”とは。てっきり“霊装師”選んで、あたしはお役御免になるのかと思ったよ」


 驚きと安堵の入り交じった表情でミツルギが言う。


「いやまあ、霊装も使うと思うぞ」

「えっ」


 カエデの返答にミツルギは硬直する。持っていたグラスが手から滑り落ち、光の欠片となって砕ける。


「なんでええええ!? あ、あたしの作った武器、ダメだった? やっぱり未熟な鍛冶師じゃヘボヘボだった!?」


 ミツルギは涙目になってカエデに詰め寄る。彼の肩をがっちりと掴み、大きく前後に揺らした。カエデは目を回しながら、慌てて首を振る。


「そうじゃない! 使えるモンは使うってだけだ。そもそも霊装を使おうが、芯になる武器は強い方がいいだろ。それに、常に霊装を展開するわけにもいかん」


 霊装師の扱う武器は特殊な攻撃ができる代わりに展開中は常にLPを消費していく。奪魂攻撃は、制限時間を延長するためのものだ。

 その性質上、普通の霊装師も平時は普通の武器で戦うことが多い。ボス戦のような特別な場合、ここぞというタイミングで霊装を展開するのだ。カルパスのように常時霊装を展開して戦うプレイヤーの方が少数派であり、異常なのだ。


「別に系統を選んだからと言って、他の系統に手を出せないというわけでもないだろ。まだ〈霊術〉スキルのことを詳しく知ってるわけでもないからな。色々試しながら、自分なりの使い方を模索するだけだ」

「うっうっ。これからもよろしくおねがいします」

「こ、こちらこそ」


 目を赤く腫らすミツルギに戸惑いつつも、カエデは頷く。彼としても、密に相談に乗ってくれて、要望通りの武器を作ってくれる彼女をそう易々と失うつもりは毛頭なかった。


「それじゃあ、〈ワダツミ〉の前に〈キヨウ〉に行くことになるの?」


 話を聞いていたフゥが首を傾げる。

 三術系のスキルを始めたいのなら、地上前衛拠点シード03-スサノオ、通称〈キヨウ〉が定番だ。あそこには三術系スキルに関連したユニークショップや、プレイヤーショップが多く軒を連ねている。


「そういうことになる。少し回り道になって申し訳ないが……」

「私は問題ありませんの。カエデさんたちが強くなることは、私が強くなることと同じですからね」

「私もいいよ。ちょうど〈キヨウ〉も前々から行ってみたかったし。それにあの町はミカゲ君のお気に入りらしいからね、もしかしたらそこで会えるかも」


 カエデは非難の声を覚悟の上だったが、彼の仲間はそれほど冷酷ではなかった。光たちはカエデの方針を受け止め、快く了承する。

 ただひとり、モミジだけが複雑な表情でカエデを見ていた。


「あれ、モミジちゃんは納得できない?」

「そういうわけではありませんが……。すみません、少しお兄ちゃんと話していいですか?」


 モミジはそう言って、カエデの腕を引っ張りながらレンタルルームの外に出る。残されたフゥたち三人はきょとんとして顔を見合わせた。


「お兄ちゃん」

「な、なんだモミジ」


 廊下に出たモミジは、カエデに疑念の目を向ける。

 彼女のその視線に居心地の悪いものを感じたカエデは、身を捩り逃れようとする。しかし、体格で勝るタイプ-ゴーレムのモミジががっちりと固定し、逃れられない。


「嘘ですよね」

「な、なんのことだ……」


 モミジの追及にカエデは視線を逸らしながら言う。


「嘘というか、理由は別にありますよね。すぐに〈奇竜の霧森〉へ降りない理由」

「…………」

「黙っていても分かりますよ。何年一緒にいると思ってるんですか」

「…………くっ」


 沈黙に耐えきれず、カエデは奥歯を噛み締める。そんな彼を見て、モミジは呆れた様子で眉を下げた。


「別に言ってもいいじゃないですか。誰も笑いませんよ」

「それは、そうかもしれないが……」


 カエデは渋い顔で絞り出すように声を漏らす。強情な夫に対し、妻はなんとも言えない表情を浮かべていた。


「どうせいつかは分かることでしょう? 高所恐怖症なんて、珍しくも恥ずかしくもないでしょうに」

「ぐぬぬ……」


 目にも止まらぬ素早さの華麗な剣技で敵を圧倒する若き少年剣士カエデ。彼の数少ない弱点の一つが、高所恐怖症だった。

 カエデは起伏に富んだオノコロ島の地形を恨む。なぜこのような、トンチキな断崖絶壁ができてしまったのか。正直、静止軌道上からポッドで投下された時も、その恐怖で強制ログアウトされそうになっていた。


「……もう少しだけ、黙っててくれないか」


 汗を滲ませながらカエデはモミジに頼み込む。崖を降りるその時までにその恐怖心が和らぐ可能性は限りなくゼロに近いが、彼はまだその事実に対峙したくなかった。


「仕方ないですねぇ」


 モミジは軽くため息をついて頷く。

 少し見栄っ張りなのが玉に瑕である。もう少し素直になっても良いのにと思うが、それができれば苦労はしないのだろう。


「そういえばお兄ちゃん、どうして〈霊術〉にしたんです。〈呪術〉スキルの方が、用途としては近いと思うのですが」


 部屋に戻る間際、ふと気になってモミジが尋ねる。

 純粋に斬撃属性以外の攻撃能力を獲得するならば、複雑な〈霊術〉ではなく〈呪術〉スキルで直接武器に呪力を乗せた方が手っ取り早い。少なくとも、wikiを見た限りモミジはそう判断した。

 そんな彼女の問いに対し、カエデは少し唸ってから答える。


「呪術は空眼流でも多少やってるからな。そっちと混ざって変な影響が出ても困る。それなら丸っきり別なスキルにしたほうが安全だろ」

「ええ……」


 予想の斜め上を行く理由に、モミジは絶句する。

 20年近く彼の側でそれなりに空眼流を見てきたはずだが、今更になってその流派について分からなくなってきた。


「空眼流って……」

「ただの古くさい武術だよ」


 眉を顰めるモミジに対し、カエデは短く言葉を返す。そして、何事もなかったかのような顔でフゥたちの待つ部屋に戻っていった。


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Tips

◇〈霊術〉スキル

 生を終えた霊を呼び起こし、意のままに操作するスキル。霊核を基にした召喚獣を使役したり、骸を霊装として纏う。


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