第705話「環境破壊毒殺法」

 〈鎧魚の瀑布〉を大きく上下に分断する滝の裏側に、ひっそりと暗い洞窟が続いている。かつて、とあるウサ耳の少女が強引に壁を爆破して発見した、隠れ洞窟だ。

 長らく日の光が差し込まなかった暗闇には、その環境に適応した原生生物が生息している。

 上層の沼地から染みこんだ水が足下を浅く流れ、そこに目の無い白い魚が泳いでいる。

 そして、洞窟の奥には巨大な地底湖があった。


「ふふふ……。いいですねぇ。どんどん染み渡っていきますよ」


 そんな地底湖の淵に座り込むタイプ-ゴーレムの少女がひとり。傍らにはランタンを持ったカエデと、焚き火を熾すフゥ。そして大盾を構えて湖面を見つめる光が揃っている。


「なあ、モミジ。それは本当に意味があるのか?」


 カエデはランタンの灯を揺らしながら、先ほどから次々とアンプルの封を切っているナース服の少女を見下ろす。声を掛けられたモミジは、視線を逸らさずに答えた。


「もちろん。ネヴァ工房で売っていたレッジさん特製の毒液ですので」


 モミジが次々と地底湖に注いでいたのは、特濃の猛毒液だった。どろりとした粘度の高い紫色の液体で、ガラス管から流れ出して空気に触れた瞬間、ブクブクと泡立ち始めている。

 どう考えても劇物で、フィールドに垂れ流していい代物ではない。


「多分時間経過で分解される自然に優しい毒なんだよ。植物から抽出したものだから、自然由来らしいし」

「そういうもんか……?」


 楽観的なことを言うフゥだが、カエデは納得のいかない顔で首を傾げる。


「私はボスが倒せるなら、なんでも使うべきだと思いますの」


 盾を構え、襲撃に備えながら光は言い切る。

 カエデも彼女としばらく行動を共にして気がついたが、光は戦闘が不得意というだけで臆病というわけではない。むしろ使える物はなんでも使うという、豪胆さを持ち合わせていた。


「まあ、戦闘が楽に済むならいいか」


 今回、カエデたちが満を持してこの地底湖にやってきたのは、いよいよ〈鎧魚の瀑布〉のボスを倒す準備が整ったと判断したからだ。

 滝の裏に隠されていた洞窟の奥に広がっていた、巨大な地底湖。そこに隠れ潜む、老齢のスケイルフィッシュ“老鎧のヘルム”を倒すため、彼らはここに来ていた。

 元々はこれまでのボス同様正攻法で倒すつもりだったのだが、そこでモミジが手を上げた。彼女は自身の〈調剤〉スキルを使って、ヘルムの弱体化を行うと提案したのだ。


「これ、水の色どうなってるのかな?」

「さてね。俺としては、この水量で希釈しても効果のある毒液が恐ろしいよ」


 モミジが注ぎ続けている毒液は、アンプルで5本目を数えたところだ。とはいえ、アンプル1本分の容量自体は、地底湖の水量と比べればかなり少ない。


「あらあら。浮いてきましたわね」


 だというのに、毒液が広がるにつれて水面に白い魚がぷかぷかと浮き始める。ヘルムよりも体が小さいぶん、毒の回りも早いのだろう。


「回収しないのか? 食材だろ」

「流石に毒殺したのは……。多分品質が悪いからねぇ」


 フゥは焚き火で鍋を温めながら苦笑する。

 食材の品質は入手の過程によって左右される。戦闘が長引き、ストレスが溜まれば品質は低下する。有害な薬剤を投与しても、品質は下がる。


「うふふ。毒がどんどん染み渡っていきますね……。ヘルムからのダメージログも届いていますよ」


 湖面に向かって笑みを浮かべ、毒液を流し続けるモミジ。妻の知らない一面を見て、カエデはぶるりと震えた。


「お兄ちゃん、そろそろ出番ですよ」

「お、おう」


 モミジが声を上げた直後、湖面がざわつく。


「行きますわよ!」


 光が大盾を構える。

 波が大きくなり、水面に浮かんだ小魚たちが流れていく。そして、ゆっくりと水を押し退けながら、巨大な魚が現れた。

 姿が露わになると共に、その頭上に表示されたHPバーも確認できるようになる。モミジが流したレッジ製の毒液により、既に4割ほどが削れていた。


「いきなり体力半減からスタートか。流石の毒液だな」

「凄いですよね。私も薬だけじゃなくて、毒薬の調合も始めようかしら」


 レッジの毒液の効力に、カエデたちが目を見張る。その間にもヘルムは怒りを露わにし、金眼をギラつかせて彼らを押し潰そうとのし掛かってきた。


「『守りの姿勢』『専守の盾』『死すべき者の烙印レッドリスト』!」


 巨大な魚を受け止めるのは、立て続けにテクニックを発動させた光だった。彼女の持つ両手盾が赤く光り輝き、その光はヘルムに焼き付けられる。

 『死すべき者の烙印レッドリスト』は〈盾〉スキルの中でも目標特定マーキング系と呼ばれるテクニックの基本的なものだ。赤いマークを押しつけられた対象は、同パーティのプレイヤーからの攻撃によるダメージが増加する。


「いいね。こっちも準備完了だよ! 『灼熱焦がしニンニク滅多打ち』!」


 フゥは焚き火で温めていた鍋を握り、ヘルムの額を強打する。周囲にニンニクの焦げた香りが広がる中、彼女は間髪入れずに鍋の底で連打し、ヘルムの硬い鱗に亀裂を入れた。


「フゥさんの戦闘調理術はお腹が空きますわね」

「倒せばいくらでも食べられるだろ」


 赤い唇を舐める光。

 カエデは適当に返しながら、腰の刀を引き抜いた。


「『攻めの姿勢』『野獣の牙』『野獣の脚』『鋭利な刃』――」


 彼は力強く地面を蹴り、跳び上がる。

 火傷と傷を負い、水の中へ逃げ込もうとするヘルムに向けて、炎の吹き出す刃を向ける。


「『三爪斬・掬い斬り』ッ!」


 刃の数より一つ多い、三連の斬撃。高速の振り下ろしによる斬撃は、爪のようにヘルムを引っかける。

 湖底へ向かって身を捩るヘルムを逃すまいと、カエデは全力で魚体を引っ張る。


「くっ!」


 だが、ヘルムの全身を覆う鱗は分厚く硬い。

 強かに刃を打ち付け、刀の耐久値が勢いよく減少していく。


「――グレネード!」

「うおわっ!?」


 そこへ投げ込まれるモミジの手榴弾。防水機能が付与された特別製が水中で爆発する。腹の下で起きた爆風によってヘルムが浮き上がる。


「せーーーりゃっ!」


 更にその衝撃を利用して、カエデは腕に力をこめる。

 刀の先端に引っかけられたヘルムは、大きく弧を描いて勢いのまま陸上へと打ち上げられた。


「ぐわっ!?」


 しかし、それと同時に“爪刀・乱れ熊”が真っ二つに折れる。無理な使い方をしたせいで、耐久値が底を突いたのだ。


「好機! まさにまな板の鯉ですの!」

「暴れるから気をつけてね!」


 そこに待ち構えていたのは、完全に食材を見る目になっている光とフゥだった。毒液を飲んだ魚は食材にならないとはなんだったのか。カエデは僅かに眉を顰めた。


「光はヘルムが水に戻らないようにしてくれ。斬撃はかなり通りにくいから、メインはフゥに任せる」


 刀を1本失ったカエデは、先ほどの攻撃から斬撃属性に手応えがないことを感じ、フゥたちに相手を任せる。フゥの鍋はもちろんのこと、光の盾も分類上は打撃属性の攻撃になる。


「お兄ちゃん、武器の耐久は大丈夫?」

「俺は大丈夫だ。それより二人の支援をしてくれ」


 応急修理マルチマテリアルを手に駆け寄ってくるモミジに指示を出し、カエデは刀を鞘に収める。

 ヘルムは猛毒を受けて今もHPを減らしているし、動きも鈍い。光の盾を乗り越えて水の中へ戻ることはできないだろう。

 であれば、ここでカエデが参戦せずとも、既に勝敗は決していた。


「……斬撃だけじゃあ、全ての敵を倒すのは難しいな」


 目の前で繰り広げられる打撃と爆発の嵐を見ながら、カエデは悔しそうに唇を噛んだ。


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Tips

◇レッジおじさんの特濃植物猛毒液アンプル

 蝕毒ウツボカズラや赤鬼トリカブトなど7種類の有毒植物を交配させて完成した、より濃度の高い毒液を作るコドクカズラの毒を採取し、扱いやすいアンプルに封入しました。

 一滴を原生生物誘引用の罠餌に振りかけるだけでも十分な効果が得られます。参考例として、対象とする原生生物が強い毒耐性などを持たない場合、重量の0.01%を10リットルの水に希釈すれば“猛毒”状態を付与するために十分な効果が得られます。

 なお、こちらの毒液は完全に植物由来の自然に優しい性質となっています。この毒を使用した原生生物も、十分な時間を置いた後に解体すれば、品質を落とさず食用することが可能です。

 より強い毒液をご所望の際は、ぜひ〈白鹿庵〉へご相談ください。


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