第704話「メイド服の謎」

 生産系バンドで最大の規模を誇る〈ダマスカス組合〉は、各都市に拠点を持っている。当然、〈ウェイド〉にも大きな工房があり、組合に属するプレイヤーはその充実した設備を自由に使うことができる。


「――というわけで、はい。完成したよ」

「ありがとうございます!」


 ミツルギは〈ウェイド〉にある喫茶〈新天地〉二号店にやってくると、そこのボックス席にたむろしていたモミジたちに声を掛ける。彼女が懐からウェポンデータカートリッジを取り出して見せると、メイド服姿の光が嬉しそうに声を上げる。

 カエデたちは光の加入と同時に〈鎧魚の瀑布〉での活動を本格化させた。その際にネックとなったのが、光の持つ盾が性能不足だったことだ。


「カエデ君たちの武器もお手入れできてるよ」

「わーい! ありがとう、ミツルギちゃん」

「いつも助かるよ」


 ミツルギはカエデたちが〈ウェイド〉へ拠点を移したことを知ると、至極あっさりと付いてきた。モミジたちにとってはありがたいことだったが、あまりにもすんなりと移動してしまうため、逆に驚いたくらいだ。

 専属の職人がやってきたことにより、消耗した武器の手入れもやりやすくなった。更に光が扱う両手盾も、〈鎧魚の瀑布〉で通用するものを作って貰えた。


「それで、どんな盾に仕上がったんだ?」

「もともとの“森狼の両手盾”が生物系だったからね。そのまま順当に強化していった感じだよ」


 ミツルギの説明を聞きながら、光が早速データを天叢雲剣にインストールする。光り輝きながら武器が展開されると、それは以前の両手盾よりも更に頑丈そうなものになった。


「“鰐鱗の堅牢盾”。“鎚顎クラッシャークロコダイルの堅革”に“鱗魚スケイルフィッシュの鱗”を付けた大型の両手盾だね。“アヒューの逆鱗”と“カロストロの鋭牙”を表面に取り付けてるから、カウンターダメージは脅威の15%だよ!」


 店内では些か大きすぎる両手盾を掲げる光を見て、ミツルギは自慢げに説明する。“鰐鱗の堅牢盾”は、モミジたちが狩りで得た〈鎧魚の瀑布〉の原生生物のドロップアイテムを中心に仕上げたものだ。

 当然、その性能は十分ここで通用するものになっている。


「ありがとうございます、カエデさん、モミジさん、フゥさん」


 盾をしまい、光は深々とカエデたちに頭を下げる。

 彼女一人では到底為し得ないことだった。攻撃役として、支援役として、協力してくれる三人がいなければ、彼女はまだ路頭を彷徨っていたはずだ。


「前も言ったが、光が強くなるのは俺たちにとってもメリットがあるんだ。パーティの共有資産から必要なアイテムとビットを出しただけだから、気にしなくていい」


 カエデの言葉に、フゥたちも揃って頷く。

 光が攻撃を受け止めることで、カエデたちは十全に能力を発揮することができる。光の被ダメージが減ると、モミジの負担も減るのだ。


「バランスのいいパーティになって来たんじゃない? メイドさんを拾ったって話を聞いた時はびっくりしたけど」


 そんな四人を微笑ましく見ていたミツルギが言う。

 彼女の目から見ても、カエデたちは攻守のバランスが取れた良いパーティだ。


「そういえば、光ちゃんはどうしてメイドさんの姿なんですか?」


 良い機会だとモミジはずっと温めていた疑問を投げる。光は武器更新もままならないほどの金欠だったはずだ。それでもわざわざ、防具的にさほど性能が良いわけでもないメイド服を買うのには、特別の理由があるのだろう。

 フゥたちも同じ疑問を抱いており、好奇心の宿った目を向ける。彼女たちに対し、光は胸を張って答えた。


「潜入任務と言えば、メイドさんですから」


 むん、と擬音が聞こえてきそうなほどしっかりと、光は胸を反らせて断言する。しかし、その言葉になるほどと頷く者はいなかった。


「どゆこと?」


 むしろフゥが全員の心を断言する。

 光はきょとんとしながら詳しく説明を始める。


「メイド服というものは、装飾を排し個性を消すために作られた服装ですの。大勢の使用人はその群でもって個となり、主人を支えるため精力を尽くすのです。私、レティちゃんのことはひっそりと影ながら応援したいと思っていますの。だから、こうして目立たない姿をしていますのよ」

「……なるほど?」

「なるほど、なのかなぁ」


 早口で語られた言葉を十分理解したとは言えないが、フゥもミツルギもとりあえず頷く。メイド姿はこの世界でもバリバリ目立つだろ、と飛び出しかけた言葉をカエデはぐっと飲み込んだ。


「流石に我が家のメイドさんの服はありませんでしたが、いつかそちらに揃えたいんですの」

「我が家のメイドさんって言葉、初めて聞いたよ」

「光さんのご家庭にはメイドさんが……?」


 困り眉でさらりと言う光に、フゥたちは戦慄する。

 もしかして、このお嬢様はかなりお嬢様力の高いご家庭の生まれなのかもしれない。リアルの事に関しては詮索しないのがマナーとはいえ、好奇心が疼くのは四人とも同様だった。


「しかし、ミツルギがこっちに来てくれて助かった。でも、生産職なのに良くボスを倒せたな」


 話題を変えるため、カエデはミツルギに矛先を向ける。


「ああ、それはねぇ。〈ダマスカス組合〉は〈大鷲の騎士団〉と提携してるから、定期的にボス討伐ツアーが開かれるんだよ。戦闘能力のない生産職を集めて、ヤタガラスの路線拡張だけしてもらうの」

「なるほど。バンドぐるみの傭兵業みたいな感じだね」


 メンバーのほとんどが生産職である〈ダマスカス組合〉だが、勢力は最前線の〈ミズハノメ〉まで及んでいる。そのため、〈大鷲の騎士団〉に引率してもらい、フィールド侵入権を得るためのツアーを催している。


「とはいえ、そのツアーに参加できるのは一定の業績を上げた人だけなんだ。あたしは、常連さんが三人もいたから余裕で条件満たせたけど」

「一応そういうのも決まってるんだなぁ」

「タダで路線拡張だけ済ませて、終わったら組合抜けるって人もいたみたいだからね」


 少し世知辛い話をしつつも、ミツルギは光のパーティ加入を喜んだ。自分を指名してくれるプレイヤーが増えれば、彼女もまた次の都市へ足を伸ばせるのだ。


「せっかくだし、今日はあたしが何か奢ってあげるよ」


 気を良くしたミツルギ、四人に向けて言う。


「いいんですの?」

「いいよいいよ。光ちゃんのパーティ加入記念&あたしの合流記念ってことで」


 目を輝かせて確認する光に、ミツルギは笑って頷く。彼女は普段、それほど金を使うこともなく貯まる一方なのだと言った。


「あの、ミツルギ。俺からも少し出すぞ……」

「そうだね。全額出して貰うのは悪いし」


 カラカラと笑うミツルギに対し、カエデとフゥが進言する。


「いいよいいよ。みんなのぶん奢ってあげるから、好きなだけ頼んじゃって。それに二人は〈取引〉スキル持ってないでしょ。会計が面倒だし」

「ありがとうございます!」


 ミツルギはメニューを開き、遠慮しないでと光に渡す。それを見て、カエデたちはか細く声を上げた。


「とりあえず、この“デラックスジャンボピラフオムライス”と“ビーフビーフ&ビーフタワーマンションバーガー”、今週のチャレンジメニューは“爆盛りチョモランマナポリタン”ですのね。これはひとまずゴールド級でいいでしょうか」

「……えっ」


 光が次々と選んでいく商品の数々に、ミツルギは笑顔のまま硬直する。どれもこの〈新天地〉の悪癖とでも言うべき、現実離れした大盛り料理ばかりだ。


「あの、光ちゃんはこれ食べれるの?」

「多分いけると思うよ……」


 戦々恐々としながら、ミツルギは声を震わせる。

 光の胃袋の無尽蔵ぶりは、フゥも身を以て知っている。空腹時だったとはいえ、彼女が次々と作る料理を彼女は吸い込むように食べ尽くしたのだ。


「……ちょっとお金借りるかも」

「いや、普通に出すから。ごめんな」


 顔色を悪くするミツルギに、カエデも憐憫の目で頷く。


「私は羊羹パフェにしましょう」


 そんな二人の隣で、モミジは自分の好きなものを選んでいた。


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Tips

◇“鰐鱗の堅牢盾”

 鎚顎鰐と鱗魚を素材に作り上げた巨大な両手盾。非常に重く、支えるだけでも強い力が必要となる。分厚い革と鱗は頑丈で、強い衝撃も阻む。表面には鋭い逆鱗と牙が並び、攻撃者を傷つける。

 防御力+70、回避率+3%、カウンターダメージ15%


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