第703話「念願の盾役」
濃霧の立ち込める森の中、地を這い蠢くものがある。それは八つの赤い眼を光らせ、八本の脚を細かに動かし、カエデたちの元へ殺到する。
「『決起の咆哮』ッ!」
その時、少女が声を張り上げた。血気漲る好戦的な声に、
「さあ来なさい。私が相手ですの! ――『守りの姿勢』『専守の盾』ッ!」
八方から迫る屍蜘蛛の攻撃を、光は大きな両手盾で受け止める。分厚い革が衝撃を受け止め、表面に付いた無数の棘が反撃に出る。小さな少女に強い
「『投擲』ッ! 光ちゃん、痛くない?」
「これくらい平気ですの!」
光から離れた木の陰にモミジが隠れている。彼女はじわじわと減っていく光のLPを回復させながら、周囲に視線を巡らせた。
いかに両手盾を持つ光と言えど、〈始まりの草原〉から数段飛ばして〈鎧魚の瀑布〉へやって来て無事であるはずがない。そもそも、彼女の持つ“森狼の両手盾”では性能不足なのだ。
「いよっし、完成! いくよ、『
モミジが二つめのアンプルを投げた直後、霧の中でフゥが歓声を上げる。彼女の熾した焚き火の上に置かれた中華鍋の蓋が開かれ、中から次々と料理が飛び出してきた。
春巻きの弾丸が蜘蛛の頭を貫き、焼豚の塊が押し潰す。海老が爆ぜ、グリーンピースが拡散する。
「あらあらあら! なんて美味しそうなんですの!」
「残念だけど、多分食べられないよ!」
ポップコーンのように料理が飛び出す中華鍋を振りながら、フゥは声を上げる。屍蜘蛛の侵攻を押し止めながら、光は残念そうに眉を下げた。
「しかしまた、現実離れした光景ですね。『鮮血の宴』でしたか」
「なかなか見栄えが良いよね。今はまだ三種類しか料理が仕込めないけど、スキルレベルと熟練度が上がったらもっと品揃えも増えるよ」
『鮮血の宴』はフゥの扱う戦闘調理術の中でも対多数において活躍するテクニックだった。事前に用意した食材を鍋の中に投げ入れ、調理するなかで戦闘用に加工していく。そうして飛び出した料理が、周囲の原生生物を無差別に襲うのだ。
「楽しみですわね。私、フゥさんたちと出会えて良かったですわ!」
飛び掛かってきた屍蜘蛛を盾で吹き飛ばし、光は笑顔で断言する。
フゥたちと出会った彼女は、盾役としてパーティに加入した。三人は攻撃を一手に引き受ける盾役を求めており、光は自分の代わりに戦ってくれる仲間を求めていた。更に彼女は、フゥが作った庶民的な町中華の料理をいたく気に入っていたのだ。
「それで、カエデ君はまだ戻ってこないの?」
屍蜘蛛の群れを粗方片付けた所で、フゥはこの場に居ない一人について口にする。
「もうこちらに戻ってきてますよ。もうすぐ見えると思いますが……」
マップを開き、彼の現在地を確認しながらモミジが答える。カエデを示すマークは、すでに彼女たち三人のすぐ近くまでやって来ていた。
「待たせたなっ!」
ちょうどその時、まるで見計らったかのようなタイミングで霧の奥から和装の少年が現れる。両手に刀を握ったカエデは、木の幹を蹴って光を飛び越えた。
「遅いよ、何やってたの!」
「いやぁ、最初は
頬を膨らませるフゥにカエデが弁明している途中、彼が現れた方向で木々が揺れる。
「光、ちょっとでかい奴が来るぞ」
「任せて下さいですの!」
光が大盾を構え、重心を低くして衝撃に備える。
木々を薙ぎ倒して、巨獣が現れた。
「なぁっ!?」
その姿にフゥが目を丸くする。
「“咬壊のカロストロ”!? レアエネミーじゃない!」
「索敵中に目が合ったんだ。しっかり倒すぞ!」
「ホイホイそんなもの連れてこないでよ!」
カエデを追ってやってきたのは〈鎧魚の瀑布〉を徘徊しているレアエネミー、
それは自身の進路上に立ちはだかる、金髪の少女を睥睨する。その身を覆うほど大きな盾を構えた彼女を、盾ごと粉砕しようと腹でのし掛かる。
「『衝突の盾』ッ!」
巨鰐のボディプレスに合わせて、光は盾を勢いよく前に突き出す。予想だにしない反撃を受けたカロストロは、その力に押されるまま大きく仰け反る。短い前脚をばたばたと動かすが、空を掻くばかりだ。
「『攻めの姿勢』『野獣の牙』ッ! ――『烈風斬』ッ!」
柔らかな腹を露わにしたカロストロに、カエデが刀を構えて肉薄する。立て続けに放たれた二つの斬撃が、鰐の白い腹を掻き裂く。
「『焦がしバター・熱鍋叩き』っ!」
更に木々の影から回り込んだフゥがカロストロの頭を揺らす。だが、火傷は分厚く硬い皮によって阻まれ、効果が思うように発揮されない。
逆に弾かれた反動で体勢を崩すフゥに、カロストロの尻尾が鞭のように撓りながら迫る。
「ッ!」
「グレネード!」
太い尻尾がフゥの脇腹を捉える寸前、モミジの投げた手榴弾が両者の間に滑り込む。
「ぐわああっ!?」
即座に爆発した手榴弾によって、フゥは吹き飛ばされる。鰐の尻尾も表面が焦げ、歪な鉄片がいくつも突き刺さっていた。
「モミジちゃん、投げるの上手くなったね……」
「ありがとうございます」
フゥは尻尾を受ける前にモミジの手榴弾によって吹き飛ばされたため、ノーダメージだ。とはいえ突然爆発に巻き込まれたら驚いてしまう。
そんな彼女の内心を知ってか知らずか、モミジは両手にアンプルと手榴弾を握って誇らしげに鼻を鳴らした。
「フゥ、防御力を下げてくれ。全然刃が通らん!」
「当然でしょ。どれだけ格上の相手だと思ってるの!」
その間も光とカエデはカロストロを相手に熾烈な戦いを続けている。
光が真正面から鰐の体を受け止め、その隙にカエデが切りかかるが、分厚い皮によって思うようにダメージが与えられていなかった。
「ええい。戦闘調理術、『肉叩き』ッ!」
カエデの要請を受け、フゥは再びカロストロの背中に中華鍋を叩き付ける。執拗な連打で、鰐の全身をほぐしていく。肉が柔らかくなるように、丁寧に。
「良い感じだ!」
それにより、カエデの刃も鰐の皮を裂けるようになる。
調子を取り戻した彼は、燃える刃と鋭い刃を携えて一気呵成に畳みかけていく。
「あらあらあら、どんどん攻撃が弱々しくなっていますわね!」
フゥとカエデの攻撃が加速するにつれ、カロストロの勢いは衰えていく。その攻撃を引き受ける光にも余裕が出てきた。
彼女が余裕の笑みを浮かべたその時、カロストロが大きく背中を曲げて反る。
「ッ! 光!」
「光ちゃん、その攻撃は避けて!」
それを見たカエデとフゥが同時に叫ぶ。
悠々と盾を構えていた光は、それを聞いて深く考えることもせず横転してその場を離れた。
「あらあらあら!?」
その直後、カロストロが高く掲げた顎を勢いよく地面に叩き付ける。太く発達した顎は、まるでハンマーのようだ。それを渾身の力で振り下ろせば、地面に巨大な穴が開く。
その場にまだ自分がいたらと考え、光は冷や汗を垂らす。
だが、そうはならなかった。
「こいつ、自分も麻痺してるな」
「頭をしこたまぶつけたわけだしね!」
地面からの反動を受け、カロストロが目を回す。
その隙を逃さず、カエデは鰐の眉間に刀を突き刺した。更にフゥが頭蓋を叩き割り、モミジがありったけの手榴弾を投げつける。
いくつもの爆発が連鎖的に巻き起こり、カロストロは全身を焦がして事切れた。
「ふぅ。なんとかなるもんだなぁ」
「なんとかじゃないよ。いきなりネームド連れてくるなんて、何を考えてるの」
戦闘が終わり、カエデが汗を拭う。早速カロストロの解体を始めながらフゥが苦言を投げるが、涼しい顔だ。
「俺たち4人ならきっと倒せると思ってたからな」
「ほんとかなぁ」
笑みを浮かべて断言するカエデにフゥは疑念の目を向ける。
「凄いですわ! 強いですわ! 4人だとこんなに大きな原生生物さんも倒せるのですね!」
盾を持ち上げて歓喜に震えるのは、新たに3人の元へ加わった光である。
今まで盾を構えて相手が倒れるまで耐え忍ぶ戦い方しかできなかった彼女は、カエデたちが加わったことによる戦闘の変化に驚き喜んでいた。彼女にとってはこの程度の時間で決着が付くことも、初めての経験である。
「俺たちも光が来てくれて助かってるよ。カロストロの攻撃を受け止めるのは、俺たちにはできないからな」
カエデは焚き火の側で身を休めつつ、光に感謝を伝える。
まさかこのような形で盾役と出会うことになるとは思わなかったが、両者にとって幸運だった。
「これなら、すぐにでも〈鎧魚の瀑布〉のボスにも挑めるでしょうか」
「さ、流石にもうちょっと鍛えてからじゃないと。光ちゃんの盾も良い奴に更新したいし」
何より、彼女たちは目的を同じくしている。
レッジたち〈白鹿庵〉がいる〈ワダツミ〉を目指しているのだ。
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Tips
◇『
〈料理〉スキルレベル30、戦闘系スキルレベル30のテクニック。食材を調理し、戦闘用に加工して拡散する。スキルレベルと熟練度が上がることで、使用できる食材の数が増える。
さあ宴を開きましょう。沢山の料理を用意して、沢山のお客を呼び込んで。血の香りと深紅に彩られた、この世で最も楽しいパーティーを。
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