第700話「カエデの悩み」

 〈水蛇の湖沼〉を抜け、次なるフィールド〈鎧魚の瀑布〉へ足を踏み入れたカエデたち。彼らはここの攻略を始める足がかりとして、まずは地上前衛拠点シード02-スサノオ、通称〈ウェイド〉を訪れた。


「ここが〈ウェイド〉ですか。〈スサノオ〉とは随分雰囲気が違いますね」


 都市防壁をくぐり抜け、そこに広がる西洋風の瀟洒な町並みを見渡したモミジが思わず声を漏らす。

 金属とネオンに彩られた近未来風の〈スサノオ〉とは異なり、建物はレンガ積みの可愛らしいものが並び、白い石畳が道を舗装している。

 道行く調査開拓員たちも、心なしかスケルトンが少ないような印象がある。


「ここの建設にもレッジが関わってるんだったか」


 緑の鮮やかな街路樹を見上げながらカエデが零す。

 レッジが執筆しているブログだけでなく、wikiに纏められたレッジの業績などでも、ここ〈ウェイド〉誕生について触れられていた。


「中央制御塔の隣にある公園がその記念に残されてるみたいだよ。なんなら、公園の屋根になってるテントもレッジさんが使ってた奴らしいし」

「どこまで存在感があるんだ。全く」


 この世界のどこに居てもその名を聞かないということがない。一体娘はどんな男と出会ったのだ。カエデは腕を組み、眉間に皺を寄せて唸る。


「とりあえず〈ウェイド〉には辿り着いたわけだけど、この後はどうする? 私はアイテムの精算をしてこようと思うけど」

「私も使ったアイテムの補充がしたいですね」


 〈スサノオ〉から〈ウェイド〉まで、できる限り寄り道せずに移動したとはいえ、道中無視できない原生生物の襲撃もあった。特に〈鎧魚の瀑布〉に入ってからの襲撃は強烈で、三人ともそれなりの消耗を強いられた。

 フゥは得られた原生生物のドロップアイテムを売りに中央制御塔へ、モミジは消費したアンプルや道具類の補充のためレンタル作業スペースへ向かうことになった。


「俺も刀の手入れをしたいが、ミツルギに任せたいからな。今のところはモミジについていく」

「了解。じゃああとで場所教えてね。そこで合流しよう」


 フゥが二人と分かれ、町の中央へと歩いて行く。その背中を見送って、カエデとモミジは工業区画の方へと足を進めた。


「生産広場じゃダメなのか?」

「もうあそこの設備では性能が心許ないんです。少しお金は掛かりますが、レンタル作業スペースを借りた方が効率がよいので」


 フゥの〈料理〉スキルもモミジの〈調剤〉〈道具製作〉スキルも順調に伸びていた。初心者向けの簡単で扱いやすい設備が置かれた生産広場では彼女たちは満足できず、有料の設備を求めるほどに成長している。

 それだけ高度な技術と設備を要求する、強力なアイテムを製作できるようになったということだ。


「俺たちもバンドを組んで、どこかに家を買った方が良いか?」


 カエデは腕を組み、首を傾げる。

 レンタル作業スペースは当然利用するたびに金が掛かる。それをわざわざ支払うのは勿体ないように思えた。


「私が必要なレベルの設備だと、1時間300ビットくらいですよ。毎日何時間も使うわけでもないですし、バンド結成費とガレージ契約費、設備購入費でむしろ高くつきます」

「それもそうか。どうも金勘定は苦手だ」


 難しい顔をするカエデを見て、モミジはくすくすと笑う。楓矢は昔から空眼流一筋で、それ以外のことにほとんど頓着しなかった。そのころから何も変わっていないのが、むしろ嬉しい。


「ここが中級者向け作業スペースですね」


 事前にある程度目星を付けていたのだろう。モミジは特に迷うこともなく目的のレンタル作業スペースへと辿り着く。

 町並みに溶け込む西洋風の建築で、看板には〈グリーンピース〉という店名が書かれている。微かにただよってくるのは、製材所のような木の香りだ。

 二人がドアをくぐると、そこはまさしく製材所のような場所だった。材木と丸太が壁際に積まれ、石打の床には木の粉が薄く積もっている。巨大な加工機がいくつも並び、NPCの作業員たちが忙しなく働いていた。

 そんな中で、デニム地のエプロンを着けた初老の男性型NPCが立っていた。


「こんにちは。中級の調合台と道具製作作業台が使いたいんです。二つ合わせて、1時間で」

『あいよ。二階のクヌギの部屋を使いな』


 男は素っ気なく答えながら、作業場の隅にある階段を指さす。モミジはお礼を言って、早速二階へと向かった。


「ああいう作業場もあるんだな」


 階段を登りながら、カエデは少し意外そうな顔で言う。彼はレンタル作業スペースという施設を訪れたことがなく、その騒々しさに驚いたようだった。


「〈スサノオ〉の作業場だと、鉄工所を間借りする所もありますよ。基本的に私たちが利用しなくてもNPCの皆さんが使っていて、都市リソースを作っているらしいです」


 これもフゥちゃんの受け売りなんですけど、とはにかみながらモミジは言う。

 この〈グリーンピース〉も、一階の作業場で働いているNPCたちはただのフレーバーではない。上級NPCである彼らは実際に労働し、その報酬を得て生活している。プレイヤーがフィールドで伐採し任務によって納品した丸太が運び込まれ、それを製材に加工するのだ。


「良くできてるというか、よくやるというか……」

「ふふふ。おもしろいですよね」


 ゲーム的なことを言えば、そのような処理はただ負荷を増やすだけだ。だが、FPOでは世界をより彩るため、巨大なデータセンターのパワーを存分に注ぎ込んでいた。


「それじゃあ私は作業をしますけど。お兄ちゃんはどうします?」

「適当にして待ってるよ。椅子くらいはあるだろう?」


 クヌギの部屋に入り、モミジは早速生産活動の準備に入る。カエデは部屋の隅に置かれた椅子を一つ引っ張りだし、そこに腰を落ち着けた。

 後で合流するフゥに〈グリーンピース〉の場所を伝えたついでに、ブラウザを開いて掲示板を流し読みしていく。

 カエデ自身が何か書きこむことはないが、そこには日々様々な情報が流れている。内容は玉石混淆で、中には眉唾ものの話も珍しくないが、ゴシップ誌のようなものだと思えばなかなか面白い。

 しかし、最近カエデが良く見ているのは、とあるスレッドで――。


「誰かいい人は見つかりましたか?」

「んぐっ!?」


 壺に突っ込んだ摩り棒を回しながら、モミジが唐突に口を開く。それを聞いたカエデは思わず喉を詰まらせた。


「ごほっ。な、なんのことだ……」

「パーティ募集のページを良く見ているでしょう?」


 冷や汗を流すカエデに対し、顔を上げたモミジはきょとんとして小首を傾げる。

 たしかに、カエデはここ数日――〈鎧魚の瀑布〉へ足を踏み入れてから――パーティメンバーのマッチングを目的にしたスレッドを良く見ていた。しかし、まさかそれを気取られているとは思わず、ただただ驚くしかない。


「そんなに目を丸くしなくても。大方、〈鎧魚の瀑布〉の原生生物が強くて手詰まり感が出てきたんでしょう」

「よく分かったな……」

「私も一緒に戦っているんですもの。それくらい分かりますよ」


 何年一緒に居ると思ってるんですか。とモミジは唇を尖らせる。彼女とは既に10年以上の付き合いだ。カエデが考えていることなど、手に取るように分かるのだろう。


「しかしその、どうなんだ?」

「私は別に構いませんよ。パーティが強くなれば、それだけお兄ちゃんの目的が達成されるのも早くなるんでしょう?」


 歯切れ悪く尋ねるカエデにモミジはさっぱりとした顔で答える。意外なほどすんなりと理解を示す彼女に、驚いたのはカエデの方だった。

 何故とカエデが問う前に、モミジは薄く笑んで答える。


「何人増えようと、私の名字は変わりませんからね」

「あっはい」


 そこに言外の気迫を感じ、カエデは何も言えず頷くしかなかった。


「それで、お兄ちゃんはどんな人材を探しているんですか?」

「そうだなぁ。やっぱり、専門の盾役が欲しい」


 カエデがそう考えたのは、ある意味モミジがいるからだ。

 カエデだけで戦うのならば、自分が相手の攻撃を避ければそれで良い。当たらなければ何も問題はない。しかし、モミジはカエデほど機敏に動けるわけではい。カエデが避けた攻撃が、モミジに流れないとも限らない。

 更に、原生生物の数が多くなった時も問題だった。カエデやフゥに狙いが集中していればいいが、モミジが狙われるとそこからパーティが瓦解しかねない。

 そんな理由から、原生生物の攻撃を一手に引き受ける盾役の必要性を感じていた。


「なるほど、盾役ですか……」


 モミジも自身の脆弱さはよく分かっているのだろう。いかに耐久力に秀でるタイプ-ゴーレムとはいえ、装備やBBが伴ってなければほとんど差は無い。

 更に、モミジは回復と支援、更に敵への妨害も行うマルチなプレイヤーだ。彼女がパーティ内で占めている要素は大きく、それだけに弱点になりえる。


「ですが、そう簡単に見つかりますか?」

「なかなか難しいな。大抵の人は大手のバンドとかもっと実力が上のパーティに売り込んでるし、一時契約でも行き先が最前線だったり雪山の頂上にある〈アマツマラ〉だったりだ」


 カエデが探しているのは、〈ワダツミ〉までの旅程に付き合ってくれるプレイヤーだ。しかし、大抵のプレイヤーは更に先のフィールドを目指すか、対人戦の聖地である〈アマツマラ〉を望んでいる。

 更に切実な問題もあった。


「ほとんどのプレイヤーは、金が必要なんだ」

「……それは本当にパーティメンバーですか?」


 絞り出すような声にモミジが眉を顰める。

 カエデは頷き、自分が見ていたスレッドを見せる。


「ほら。日当5,000ビットとか、次の町まで30,000ビットとか。結構良い値段がするんだ」

「それは……。お兄ちゃんが傭兵募集の所を見ているからでしょう」

「えっ」


 呆れた顔で指摘され、カエデは慌ててスレッドを確認する。その掲示板のタイトルには“【強者求む】傭兵募集掲示板”としっかり記されていた。


「よ、傭兵募集はパーティメンバー募集とは違うのか?」

「傭兵は一時的に加入するメンバーばかりですよ。長くても数日程度しか行動しません。固定パーティのメンバーを探したいなら、それ専用のスレッドを探さないとダメじゃないですか?」

「そうだったのか……」


 淡々と指摘されたカエデはがっくりと膝を突く。まさか、そんなところに落とし穴があったとは。何より、いつの間にかモミジの方がゲームについて詳しくなっている。


「私はフゥちゃんに色々教えて貰ってますから。お兄ちゃんも格好付けてないで、色々聞いたらいいんですよ」

「別に格好付けてるわけじゃないんだが」


 三人で町を歩いている時も、モミジとフゥは常に楽しそうに話している。カエデは二人の後ろについて、静かに歩いているだけだ。本人的には、二人の邪魔をしないように見守っているつもりだった。


「とにかく、傭兵が欲しいなら〈大鷲の騎士団〉の支部にでも行った方が早いですよ」

「そうなのか……」


 傭兵募集スレッドのすぐ下に、固定パーティメンバー募集のスレッドを見つける。また一から色々と検分しなければならない事実に、カエデは気が遠くなった。

 その時、二人の元にTELがかかってくる。フレンドの少ない彼らに連絡してくるのは、ほとんど決まっている。今回発信してきたのは、制御塔に行ったフゥだった。


『もしもし、二人ともまだ〈グリーンピース〉にいる?』

「いるけど、どうかしたか?」

『いやぁ。ちょっとね』


 スピーカーの向こう側でフゥは困ったように笑い、簡単に事情を説明した。


『行き倒れてたメイドさんを保護しちゃって。とりあえずこっちに来てくれない?』


_/_/_/_/_/

Tips

◇木工所〈グリーンピース〉

 地上前衛拠点シード02-スサノオ工業区画にある木工作業場。調査開拓員によって集められた丸太を製材に加工する。所長のサブロウは少し気難しいが、カラクリ細工の得意な名工。

 中級生産職向けのレンタル作業スペースとしても営業されている。


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