第697話「彼女の秘策」

 レッジの手がかりを求めて訪れたはずのネヴァ工房で、カエデはむしろレッジの正体について分からなくなってきた。結局、工房ではフゥがいくつか野菜を買っただけで、すごすごと去ることにした。


「なあ、フゥ。レッジってのは何人かのプレイヤーの集団なのか?」


 商業区画へと向かいながら、カエデは不安になってフゥに尋ねた。品質のいい野菜を仕入れたフゥは上機嫌のまま苦笑して答える。


「違うと思うけど……。考察スレッドなんかでもギリギリスキルレベルも1050の範囲内に収まる試算が出てるらしいし」


 レッジについては彼自身のブログやトッププレイヤーたちの証言から実在が証明されている。専用のスレッドも立てられており、そこでは日夜彼の正体やスキル構成に関する考察も進められているのだ。


「一プレイヤーにそこまでするというのも凄い話だと思うけどね。っと、ようやく目的地だね」


 先頭を歩いていたフゥが立ち止まり、尻尾を揺らす。

 そこは商業区画の通りに面したユニークショップで、彼女がぜひともモミジを連れていきたいと言った店だった。


「投擲物専門店〈てなげ屋〉?」


 デフォルメされた白い手袋の形をした看板を見上げて、モミジが店名を読み上げる。

 そこは〈投擲〉スキルで使用するアイテムを専門的に揃えた店だった。


「モミジちゃん、こういうお店好きかなって。投げ物のレシピも売ってるみたいだし」

「好きです! 他にも色々投げてみたいと思ってたんです。ほら、お兄ちゃんも早く入りましょう」

「分かったから、袖を引っ張るな」


 瞳を輝かせ、興奮したモミジ。彼女はカエデの着物の袖を引き、店内へと足を踏み入れた。


「ほおおお……!」


 全体的にモスグリーンの調度品で揃えられた店内は、ミリタリー色の滲む様相を呈していた。金属製のラックや壁面のフックに様々な道具が並べられている。

 モミジはドアの前でそれを見渡し、感激の声を漏らした。


「これは毒ナイフですね。効きの早さと毒の強さでこんなに種類が。あちらはノイズグレネードにニードルグレネードですか。私にはまだ作れなさそうな物ですね」


 大きなリュックサックを背負ったまま、モミジは店内を歩き回って商品を検分する。カエデもちらりと陳列台を覗いてみるが、ずらりと並んだ無数のナイフの違いがピンとこない。


「いやぁ、まさかこんなに喜んで貰えるとは」

「俺もこんなモミジを見るのは初めてだよ」


 店内にはひとけも少なく、モミジは思う存分商品を眺めることができた。

 そんな彼女を見守って、カエデたちは笑みを浮かべる。モミジ――香織がこれほど楽しげにしているところは、楓矢もあまり見たことがない。普段は稽古で忙しく、彼女にも家の仕事を任せきりだが、たまには町の方へショッピングに行くのも良いかも知れない。そんなことを考えた。

 しかし、数十分掛けてひとしきり店内を見て回った後、モミジは一変してしょんぼりと肩を落としてカエデたちのもとへ戻ってくる。様子の変わった彼女を見て、カエデは少し心配する。


「どうしたんだ?」

「ぜんぜんダメですね……」


 様子を窺うカエデに、モミジはそう答える。

 この店の品物が彼女のお眼鏡に適わなかったはずはないと、カエデとフゥは首を傾げる。二人の反応を見て、モミジは慌てて付け加えた。


「その、このお店の商品はとても素晴らしいのですが……。どれもとても高価で使えそうにありません」

「そっかぁ。まあ、ウチはずっと金欠だしね」


 フゥは得心がいった様子で耳を揺らす。だが、モミジが落ち込んでいるのはそれだけが理由ではない。


「あと、どのアイテムも重いです。今の私の腕力だと、あんまり沢山は持てないみたいで」

「それは……。まあフェアリーだし仕方ないな」


 モミジの機体、タイプ-フェアリーは小型軽量だ。装甲を大胆に省き、浮いたリソースを頭脳に向けている。そのため、機術行使や精密動作に秀でる反面、防御力と所持重量に劣る。

 彼女はフェアリーの非力さを巨大なリュックサックで補っているが、そもそもの腕力値が低いとその補正にも限界がある。


「うぅ、残念です」


 モミジは綺麗に並べられた商品の数々を見て、深い悲しみに嘆く。その落胆ぶりは、以前桃華が彼女の秘蔵の酒を筑前煮にぶち込んだ時に匹敵した。


「タイプ-ゴーレムなら、重量問題も多少解決するんだけどねぇ」

「っ!」


 そんな様子を見て言ったフゥの言葉に、モミジは細長い耳をぴくりと動かす。カエデが首を傾げる前で、彼女は素早くウィンドウを開いた。


「モミジ?」

「すみません、少し調べ物をしますね」


 モミジは公式wikiに接続し、情報を求める。更に有志が作成したステータスシミュレータと重量計算ツールにデータを打ち込んでいく。


「いつの間にそんな使いこなせるように……」


 何枚ものウィンドウを周囲に展開し、忙しなく仮想キーボードを叩くモミジを見てカエデは驚く。電子機器が大の苦手だったはずの彼女が、ここまで成長していたとは露ほども知らなかった。


「アイテム生産ってwikiとか計算機と睨めっこしながら作ることも多いからね。必要なら慣れちゃうもんだよ」

「そういうものなのか?」


 フゥの言葉にカエデは怪訝な顔をする。しかし、腕を組んでよくよく考えてみると、思い当たることもある。

 楓矢たちの家は最近、大規模なリフォームを施した。それまでは古式ゆかしい和風の邸宅だったものを、洋室を追加したり風呂を電化したりした。その一環で、香織の領土たる台所も立派なシステムキッチンにしたのだ。

 日々門下生たちのぶんも含めて大量の料理を作る香織のことを考えてリフォームをしたが、最新鋭のシステムキッチンは香織の苦手とする電子機器も多く内蔵されている。だが、楓矢の知る限りでは香織が困っているという話は聞かず、むしろ以前より料理がしやすくなったと良い評判が伝わってきていた。


「なんだ、やればできるんじゃないか」

「何かいいました?」

「いいや。……モミジ、お前は自分が思ってるよりずっと、いろんな事ができるよ」


 カエデは優しい笑みを浮かべてモミジの頭を撫でる。突然の行動に疑問を浮かべながら、彼女も甘んじてそれを受け止めた。


「それでモミジちゃん、何か思いついたの?」


 仲睦まじい兄妹に口を挟むのを勿体なく感じながら、フゥが尋ねる。モミジははっと思い出したように、背筋を伸ばして頷いた。


「今からアップデートセンターに行きましょう!」





 アップデートセンターは、ベースラインに属する施設の1つだ。各都市に必ず存在し、調査開拓活動に置ける重要な役割を担っている。

 1つは、スキルレベルの上昇によって獲得するBBを各部位に振り分ける作業。これにより、プレイヤーは若干ではあるがステータスを変化させることができる。

 2つめは、フィールド上で行動不能となった場合の復活点としての機能。LPを全損し、生物でいうところの死亡状態になった調査開拓員は、アップデートセンター内のスペア機体に意識がインストールされる。


「モミジはBBの振り分けをしてるのか?」

「どうだろうね?」


 モミジに言われ、アップデートセンターの前で待つことになったカエデたちは、彼女の真意を探れずやきもきとしていた。

 BBの振り分けは微妙なバランスをとるためのちょっとした要素だ。それを全て腕力に振り直したところで、重量問題が解決するとは思えなかった。

 一体彼女はどんな秘策を編み出したのかとカエデたちが首を捻りながら待つこと数分。二人の背後からモミジが声を掛けた。


「お待たせしました」

「おう。結局なにをし、たん……だ……?」

「うわあっ!? ちょ、モミジちゃん!?」


 待ちわびた二人が振り返る。だが、そこに立っていたのは小柄なタイプ-フェアリーの少女ではなかった。カエデやフゥよりも遙かに背の高い、200cmに迫る長身の女性だ。

 紅葉色の長髪も、緑の瞳も、色白な肌も変わらない。ピンク色の看護服や、物々しいアンプルホルダーもそのままだ。

 ただ、身長だけが伸びていた。


「ふふふ、驚きました?」

「驚くだろそりゃ! これ、タイプ-ゴーレムか?」


 開いた口が塞がらないカエデ。彼の問いにモミジはあっさりと頷く。

 彼女は小さなタイプ-フェアリーから、大きなタイプ-ゴーレムへと機体を入れ替えていた。


「機体交換、最初の一回は無料なんですよ。だから一度タイプ-ゴーレムも試してみようと思って。重量はかなり余裕ができましたよ」


 楽しげにその場でくるりと回ってみせるモミジ。彼女を見上げ、カエデは呆気に取られていた。


「フェアリーじゃなくても良かったのか」

「あっちも可愛かったけど、こっちも大人の魅力があっていいと思いません? ね、お兄ちゃん」


 口元を猫のように緩め、モミジは小さくなったカエデの頭を撫でる。今まで彼からされていたことをそのままやり返した形だ。


「カエデ君がお兄ちゃんで、モミジちゃんが妹ちゃんなんだよね。こうやって見るとモミジちゃんがお姉ちゃんみたいだけど……」

「や、ややこしい!」


 困惑するフゥの言葉に、カエデはもっと混乱してしまう。もともと楓矢は香織より三歳年下だった。元に戻ったと言えばそうなのだが、フゥはそのことを知らない。つまり、彼女の前では外見年齢が姉弟になったが実際には兄妹で、現実ではまた年齢差が逆転するという三重の捻れ構造になっている。


「それに、フェアリーの視点は結構動きにくかったんですよ。こちらもかなり高いので慣れは必要ですけど」

「動きの練習は勝手にやってくれよ……」


 カエデの言葉に、モミジは元気に頷く。

 もともと、彼女のプレイスタイルである支援投擲師はタイプ-フェアリーよりもタイプ-ゴーレムの方が適しているのだ。多くのアイテムを持ち込む故に嵩む重量をカバーでき、多少の被弾も無視できる頑丈さがあり、更に視点が高いためより遠くへ投擲の狙いが定められる。


「どう、お兄ちゃん。妖艶な私もいいでしょう?」

「何を言ってるんだ……」


 ノリノリでポーズを決めるモミジを見て、カエデはどっと疲れが押し寄せてくる。

 普段は和服ばかりの香織は、その反動かゲームの中では随分と攻めた服装をしている。全体的に平坦なタイプ-フェアリーの時はまだ良かったが、タイプ-ゴーレムの女性型はより凹凸の目立つ体型だ。


「ふふふ。モミジちゃんもおませな年頃なのかな?」

「……そうかもなぁ」


 無邪気に笑うフゥの言葉に、カエデは何も言えず話を合わせる。絶対に、彼女には自分たちの正体がバレてはならない。カエデは改めて決意した。


_/_/_/_/_/

Tips

◇機体の変更について

 機体のモデルチェンジはアップデートセンターで行えます。“ボディコンバートライセンス”をセンター内のカウンターで提出し、50,000ビットを支払って下さい。

 なお、プレイ開始から一ヶ月以内、初回に限り無料でモデルチェンジを行えます。現実の体格との差異で不調が生じた際は、別の機体を試用することをおすすめします。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る