第696話「工房訪問」

「それじゃ、赤鞘二本預かるね。完成したら、TELかメッセージで連絡するよ」

「ありがとう。よろしく頼む」


 武器のデータカートリッジをミツルギに託し、カエデたちは彼女を見送る。この後、ミツルギは工房に戻り、そこで早速作業に入ると張り切っていた。


「さて、私たちはどうしようか」

「お兄ちゃんの武器がないと、外で狩りをするわけにもいきませんね」


 ミツルギに武器を預けたため、パーティの火力担当であるカエデが丸腰だ。フゥとモミジだけでは、狩りは少々心許ない。何より、カエデが退屈してしまう。


「町を歩いてみるか。モミジもフィールドに出てばかりで、商業区画をしっかり見たことないだろ」


 この後の行動について思い悩む二人に、カエデは緑茶を飲み乾して提案する。三人ともここ最近はフィールドに出突っ張りで、〈スサノオ〉の内側にはあまり触れてこなかった。この機会に少し羽を伸ばすのも良いだろう、とカエデは伝える。


「いいんですか? 一応、お兄ちゃんたちの目的は早く〈白鹿庵〉の方々に会うことだと思ってましたけど」

「それはそうだけど、カエデ君の武器がないとどうにもできないからね。たまにはいいんじゃない?」


 フゥがカエデに賛同し、多数決で話が進む。

 三人は〈新天地〉を出ると、ひとまず商業区画へと足を向けた。


「町には主に3種類の店がある。1つはベースラインといって、中央制御区域に並んだ店だ。他の都市と同じ機能と品揃えをしている公営の店みたいなイメージだな」


 〈スサノオ〉の近未来的な町の中を歩きつつ、カエデはモミジに簡単な説明をする。とはいえこの説明も、彼が以前フゥから聞いたものをそのまま伝えているだけだが。


「2つ目はユニークショップだ。これは都市固有のもので、他の都市に同じ店はない。系列店なんかはあるらしいけどな。〈新天地〉もユニークショップの1つだ。これはベースラインよりも自由度が高くて、専門的だったり、店員の知能が高かったりする」

「なるほど。商業区画にはユニークショップが沢山あるんですね」


 カエデの説明を聞きつつ、モミジは町の地図を開く。

 円形の都市防壁に囲まれた〈スサノオ〉の町は、制御区域を中心にいくつかの区画が整備されている。商業区画にはユニークショップが数多く建ち並び、オークションハウスや市場などもそこにあった。


「それで、3つ目のお店はなんですか?」

「プレイヤーの持つ店だな。〈ダマスカス組合〉の大工房なんかが分かりやすい」


 町の中には売りに出されている物件も存在する。それらはバンドのガレージとして契約できるほか、プレイヤー個人でも借りることができる。莫大な資金が必要ではあるが、誰でも一国一城の主になれるのだ。


「物件を契約すれば、専用の設備が使えたり、メイドロイドを雇えたりする。ただの拠点として使う奴もいるらしいが、ほとんどは生産職が店も兼ねて使ってることが多いみたいだな」

「ふむふむ。ユニークショップも面白そうですが、プレイヤーのお店も覗いてみたいですね」


 カエデのレクチャーを受けたモミジは、リュックの肩紐を握ってそわそわとする。早く行ってみたいと全身で語っていた。


「おおっ!? こ、これは……!」


 その時、ウィンドウを開いて何やら覗いていたフゥが大きな声を上げる。カエデたちが驚いて振り向くと、彼女はばつの悪そうな顔で尻尾を振りながら言った。


「今、ネヴァさんの工房が開いてるんだって! ここから近いし、ちょっと行ってみない?」

「ネヴァって、レッジの専属職人か」


 聞いたことのある名前に、カエデもすぐに思い当たる。ネヴァは全ての生産系スキルを高いレベルで使いこなす、有名な生産者だ。高い技量を持ちながら、バンドには属さず、オーダーメイドのみを専門とする、生産界隈でのトッププレイヤーである。

 彼女の工房兼店舗はこの町にある。営業は不定期で、質素な個人サイトで告知がなされる。フゥはそれを確認したようだ。


「せっかくだから行ってみましょう」

「そうするか」


 カエデとしても、レッジに繋がる人物とは是非会っておきたかった。三人はすぐさま目的地を定め、そこに向かって歩き出した。


『いらっしゃいませ。ようこそ、ネヴァ工房へ。ごゆっくりご覧下さい』


 暗い路地裏にひっそりとドアがあった。ショーウィンドウどころか普通の窓も、看板すらない殺風景な店構えだ。

 だが、そんな劣悪な立地と欠片も商売っ気のない外観にも関わらず、そこには多くのプレイヤーが詰め掛けていた。

 カエデたちはその多さに驚きつつドアを潜り、シックなメイド服を着たタイプ-ヒューマノイドのメイドロイドに出迎えられた。


「プレイヤーショップなのに、空間拡張複製装置があるんだ……。すごいなぁ」


 店の中に入ると、路地裏に犇めいていたプレイヤーがすっかり消え、モミジたち三人だけになる。空間拡張複製装置という、かなり高額なアセットを使った効果だ。


「色々置いてあるが、ネヴァはいないのか?」


 店内を見渡し、少し落胆してカエデが言う。

 壁際で静かに立っているメイドロイドがいるだけで、他に人の気配はない。店主のネヴァも姿は見えなかった。


『主人は工房にて作業中です。申し訳ありませんが、面会はお断りしております』

「そうか……」


 メイドロイドの返答に、カエデは肩を落とす。

 ネヴァは常に多忙な生産者だ。数多くのトッププレイヤーからアイテム製作の依頼を受けており、予約は数ヶ月先まで埋まっているとも言われている。突然やって来たカエデたちの前に出てこられるほど暇ではない。


「しかたないね。でもほら、商品は色々見れるしおもしろいよ」

「ふむ……」


 フゥがカエデの肩を叩いて慰める。

 ここでネヴァと接触できれば、そこからレッジに直接連絡を取れる可能性もあったが、現実は厳しかった。

 カエデは気を取り直し、飾り気のない商品棚へ向き直る。そこにはネヴァが製作した様々なアイテムが雑多に並べられていた。


「武器も防具もいっぱいありますけど、どれも値段が設定されてないんですね」


 商品を眺めていたモミジが、違和感の正体に気付く。棚に並べられたアイテムのほとんどが、非売設定になっていた。


『陳列してあるのは全てレプリカです。当工房はオーダーメイドを基本としておりますので、製作の際には主人自ら入念なヒアリングを行っております」

「なるほど。これらは商品じゃないのか」


 ネヴァ工房の特殊な販売形態にカエデも気がつく。

 ここの主はオーダーメイドを専門としており、量産品は滅多に作らない。棚に並べられたアイテムを手がかりに、自分が作って貰いたいもののイメージを固めなければならないようだ。


「ちなみに刀を一振り作って貰おうと思ったらいくらいくらいになるんだ?」

『必要スキルレベル、素材、性能、納期などにも依りますが、最低でも50万ビットはご用意頂くことになると思います』

「ひょえっ」


 カエデの興味本位な質問に、メイドロイドは淡々と答える。その金額を聞いたフゥが思わず尻尾をピンと立てた。

 最低金額で50万とは、彼女たちには到底手が届かない金額である。


「流石のネヴァブランド。お高いね」

「そんなに良いものなのか?」

「品質は折り紙付きだよ。なにせ、あの〈白鹿庵〉の装備類を一手に引き受けてるわけだから」


 攻略最前線において、何かと話題に上がり強い存在感を示す〈白鹿庵〉のメンバーたち。彼らが皆、揃ってネヴァの作った装備で身を固めているとなれば、その信頼性の高さはよく分かる。〈白鹿庵〉が暴れ回れば暴れ回るほど、ネヴァブランドの良い広告にもなるのだ。


『店内には〈白鹿庵〉との共同開発商品もございます。ぜひご覧下さい』


 〈白鹿庵〉という単語に反応したのか、メイドロイドが店内の一角を示す。三人が向かうとそこには物々しいドローンやテントセット、更には野菜や加工品がずらりと並べられていた。


「これは……レッジとネヴァが作った奴か」

「みたいだね。これはDAFシステム入門セットだって」


 フゥが指さしたのは、小型のドローンと黒い直方体の金属塊が纏められたセット商品だった。


『こちらは“DAFシステム入門セット”です。〈観測者オブザーバー〉三機、〈狙撃者スナイパー〉三機、〈守護者ガーディアン〉九機、〈統率者リーダー〉三機の最小構成で、自分を中心とした一定範囲内にドローンを展開させます。初心者向けに性能がチューニングされており、三個の並列思考ができれば誰でも扱えます』


 メイドロイドが語る説明に、カエデは唖然とする。

 初心者向けを謳っている割に、使用するために並列思考能力が求められている。


「人間が使うための道具じゃないな?」

「いやでも、レッジさんはこれをかなり大規模に使うらしいよ?」


 フゥが言うが、カエデには俄には信じられない。彼は深く考えることをやめ、入門セットの隣にあった、4つの回転翼を備えたドローンに意識を移した。


「このドローンはDAFシステムの一部なのか?」

『はい。オプションでお付けすることができる〈狂戦士バーサーカー〉です。回転翼には鋭利な刃が付いており、高圧電流スタンブレード、高速射出ミニパイルバンカー、火炎放射器、更には自爆機能を搭載した近接戦闘特化型ドローンです。こちらはより精細な操作を要求するため、初心者にはあまりおすすめできません』

「そうか……」


 聞いているだけでも殺意をそのまま固めたような機械である。カエデは一瞬、レッジという人物に恐怖を覚えた。


「そういえば、レッジさんってテントでも有名なんですよね。テントセットがいっぱいありますよ」


 モミジが指さしたのは、棚に並んだテントセットだ。布製の袋に入った部品の集合で、これをフィールドで展開するとテントになる。


「フゥは〈野営〉スキルを持ってるよな。テントは使ってないが」

「私は野外で焚き火を使えればそれでいいからねぇ」


 フゥが〈野営〉スキルを伸ばしているのは、フィールド上で料理をするためだ。焚き火が使えればそれ以上の能力は必要なく、荷物の削減のためテントも持っていない。


『こちらは“山小屋テント”です。専用の建材を用いることで様々な大きさに細かくカスタムすることが可能で、急峻な斜面や不安定な土地にも建てることができます』

「テントってなんだっけ?」


 メイドロイドの説明にフゥは首を傾げる。

 彼女の常識では山小屋はテントではないはずだが、この世界ではテントに分類されるらしい。


『こちらは“水鏡”です。正確に言えば“水鏡”を展開するためのテントパーツです。“水鏡”は〈野営〉〈罠〉〈防御アーツ〉〈攻性アーツ〉の四種のスキルを複合させた居住型機術装甲蒼氷船であり、船舶によらない航海を可能とします。

 こちらには“水鏡”に搭載可能な“二連装式射銛装置”とそこに装填する“雷撃銛ボルトランス”、“大型光線銃”と専用バッテリーなども取り揃えてあります』

「本当にテントなのか? それはもう船だろ。ていうか戦艦だろ」

『テントです』


 カエデの疑問に即答し、メイドロイドは更に説明をする。


『こちらは“朧雲”です。最低八人のキャンパーが協力して建てる超巨大テントです。その頑丈さは随一で、巨大な龍すら封じ込めることが可能です。

 こちらは“鱗雲”です。“朧雲”を個人用に簡素化したものですが、“特殊多層装甲”や“衝撃反応型攻性装甲”、“自動照準機構搭載機銃”“ドローン射出ユニット”を備え、内部に居ながら周囲の敵性存在を殲滅することが可能です』

「テントじゃないじゃん」

『テントです』


 この場にいる三人全員が同じ結論を出すが、メイドロイドは頑なに認めない。どれだけ頑丈で、どれだけ攻撃力が高かろうと、それはテントなのだ。


「で、でもこのあたりのお野菜は美味しそうですよ。家庭菜園もされているんでしょうか」


 不穏な空気を壊すように、モミジが野菜の並べられた一角へと向かう。

 そこだけ田舎の無人販売所のようになっており、物々しい商品が並ぶ店内では一際異彩を放っている。


「うわ、妙に品質いいね。その分めっちゃ高いけど」


 食材に関してはフゥの出番だった。彼女は棚に並べられた野菜を見て、その品質の良さに驚く。


『食用可能な野菜は、どれも新鮮で美味しいですよ』

「まって、食用不可能なものもあるの?」


 再び不穏な気配が忍び寄ってくる。

 冷や汗を垂らすフゥの問いに、メイドロイドはすんなりと頷いた。


『隣にある白い葉の植物は、0.5mgで“蝕毒”の状態異常が発生します』

「ひえっ」


 “蝕毒”というのは、“毒”“猛毒”“劇毒”に続き現在の所最も強力な毒系の状態異常だ。猛烈な勢いでLPが減り、更に機体がボロボロになっていく。攻略最前線でもそうそう出会えない珍しいものだ。最初の町の店に並べて良いものではない。


『植物関係であれば、種瓶もおすすめのアイテムです。〈栽培〉スキルが必要になりますが、こちらの“蛇頭葛”などは巨大な龍も拘束できるほどの力があります。植物戎衣は自身に装着することで、最大30メートル級まで巨大化することが可能です』

「さっきからなんで想定している敵が巨大な龍なんだ……?」


 メイドロイドの説明の端々から滲む不穏な雰囲気に、カエデが顔を顰める。いったい、レッジは何を相手にしているのだろうかと、一抹の不安が胸を過った。


『最近は換装パーツも多く取り揃えております。最新のものは、こちらの“自爆装置”です』

「なんでそんなものを!?」


 メイドロイドが案内した棚には、機械人形の手足など身体パーツがずらりと並んでいる。それらは全て、内部に特殊な機構を有した換装パーツだ。


「お兄ちゃん、レッジさんって一体どんな人なの……?」


 怒濤の勢いで放出された情報にどっと疲れた様子でモミジが言う。


「俺も分からなくなってきたよ」


 それに対し、カエデもそう返すのが精一杯だった。


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Tips

◇空間拡張複製装置

 設定した領域内を仮想的に複製し、実質的に無制限の収容量を獲得する装置。実際に空間そのものを操作しているわけではなく、空間内に侵入した調査開拓員の意識のみを忠実に再現した拡張複製仮想空間の中へ割り当てる。

 非常に貴重で高価な設備だが、ある任務を遂行すれば手に入れることができる。


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