第695話「喫茶店談義」

 カイザーを打ち倒し、第三域〈水蛇の湖沼〉への通行権を獲得したカエデたちは、しかしすぐには先に進まず他の第二域フィールドへと足を伸ばしていた。まだ倒していないボスエネミーを狩り、源石を手に入れ、それを使って能力の強化を図っていた。

 源石を用いた能力強化は二種類。LPの生産量を増やすコア強化と、LPの最大量を増やすセル増設だ。

 カエデはそのうち、前者を重点的に高めていた。


「カエデ君、前衛職なのに。ほんとにコア強化で良かったの?」


 第一域のフィールドボスを三回ずつ討伐し、人数分の源石を集め終えた後。カエデたちは〈新天地〉のボックス席で寛いでいた。

 フゥがコーラパフェのストローを指先で掴みながら尋ねる。通常、カエデのように前に出て直接ダメージを受ける機会が多い戦闘スタイルのプレイヤーは、一撃死を避けるためにLPの最大量増加――セル増設を推奨されている。フゥはその定石に従っており、我が道を行くカエデを心配しているようだ。


「いいんだ。二刀流系のテクニックはLPコストも低いものが揃ってるらしいからな」

「そうじゃなくて、ダメージ受けた時に死んじゃうんだけど……」

「攻撃は全部避ければいいだろ」


 あっけらかんと言い放つカエデに、フゥは思わず絶句する。

 そもそも、カエデは装備からして布製の軽装だ。端から被弾することなど考えておらず、それよりも技の連発を重視しているようだった。


「大丈夫ですよ。お兄ちゃんのことは私が守るので」


 そう言って張り切るのは、あんみつパフェと格闘していたモミジだった。


「守るも何も、一撃でやられちゃおしまいなんだけどねぇ」


 フゥはそうぼやきつつ、モミジの口元に付いたクリームを拭ってやる。

 ちなみに、モミジはカエデとは逆に、後衛でありながらセル増設に重点を置いている。機術師と違ってLP消費がかなり少なく、また回復速度に重点を置く必要が無いというのが理由だ。

 ゲームにおいて最もLP管理がシビアなのが機術師であり、彼らは大量のLPを湯水のように消費する。LPがあれば何でも――それこそ海原を凍結させることすら――できるが、逆に言えばLPが無ければ何もできない。そのため、自身が使いたい術式のコスト分を確保した後は、生産速度に全振りするのが定石だ。


「LPのことをあんまり考えなくて良いのは、投擲師の利点かもしれないね」

「そうですね。私、あんまり難しいことを考えるのは得意じゃないので」


 モミジは戦闘中、『投擲』のテクニックを使う以外にLPを消費することがほぼ皆無だ。アンプルが投げられさえすれば、その等級を変えるだけで効果が調節できる。最上級でも最下級でもLP消費量は変わらない。

 言ってしまえばLP管理の煩わしさから解放されたプレイスタイルなのだ。


「その代わり、アイテム選択の瞬発力は必要なんだけどね」

「それは仕方ないですね」


 現在、モミジの装備は更に追加されている。

 ピンク色のナース服には物々しいベルトが巻き付き、肩からも襷のように掛けられている。全てアイテムを迅速に使用するためのものだ。

 モミジ自身が小柄なフェアリーということもあり、戦闘時はベルトの足をもじゃもじゃと動かす巨大なリュックという、かなり奇異な姿になる。


「モミジちゃんが投げる物も結構増えてきたよね。おかげで助かってるよぉ」

「ふふふ。それは良かったです」


 各地のボスを回る間にも、モミジやフゥは生産スキルのレベル上げを続けていた。モミジは更に品質のいいアンプルや強力な投げ物を作れるようになっており、フゥもまた料理のレパートリーが増えている。


「そういえばカエデ君、そろそろ〈剣術〉スキルも上がってるんじゃないの?」


 モミジの柔らかい頬をむにむにと揉んでいたフゥが、唐突にカエデの方を向く。緑茶を飲んで穏やかな表情をしていたカエデは、戸惑いつつも頷く。


「一応、レベル27にはなったな」

「それなら、もう赤鞘から次の奴に変えちゃっていいんじゃない? どうせ〈水蛇の湖沼〉に入ったら、すぐ上がるでしょ」


 フゥの提案にカエデはなるほどと頷く。

 彼が使っている二振りの“赤鞘の太刀”は、必要な〈剣術〉スキルレベルが21のものだ。この武器を強化すれば、次は10レベルほど上の能力が要求される。

 とはいえ、要求スキルレベルを満たしていなければ使えないかと言えばそうでもなく、その8割のレベルがあれば性能が弱体化するとはいえ使えないことはない。

 一足先に新しい武器へ更新して、スキルレベルを後から追いつかせるというのも、よくある選択の1つだ。


「とはいえ、強化するなら一度ミツルギに相談しないとな」


 彼が示したのは、三人の専属鍛冶師となった少女だ。彼女は普段、〈ダマスカス組合〉の工房で働いている。そのため、もし相談するなら前もって連絡する必要があった。


「そっかぁ。赤鞘の派生先って何があるんだっけ?」


 フゥはテーブルに突っ伏し、wikiを開く。 


「色々あるよ。重量系、軽量系、金属系、生物系その他諸々。赤鞘は何にでもなれる良い刀だよ」

「へぇ……。って、うわあっ!?」


 wikiのページが読み込まれるよりも早く、フゥの背後から声がする。素直に頷いた彼女は、驚きながら振り向いた。


「やあ、呼ばれて飛び出ておまちどう。ミツルギだよ」

「み、ミツルギちゃん!? なんでここに……」


 突如三人の元に現れたのは、正に話をしていた渦中の人物、ミツルギだった。

 いつものように作業着を着崩し、白いタンクトップの下に小麦色の肌が覗いている。ただし、いつもは腰に巻いている工具を吊ったベルトはない。上の方で一束に纏めていた金髪も、今日は肩下までおろしている。


「組合員って言っても、ずっと働いてるわけじゃないからね。むしろ一人で町を歩いてることも多いし。今は休憩中ってところかな」


 そう言って、ミツルギは鳶色の瞳を細める。


「一人でコーヒー飲むのも退屈だったし、良ければ相談に乗るよ?」

「いいのか? 突然で悪いが……」

「いいのいいの。じゃ、失礼して」


 ミツルギは手を振り、カエデの隣に腰を下ろす。そうして早速、“赤鞘の太刀”の強化先についてヒアリングを始めた。


「青鞘の時は軽すぎるって言ってたけど、赤鞘はどんな感じ?」

「まだ軽いな。もっと重くていい。あと長くしてくれ」

「了解。腕力は足りてるの?」

「脚力と腕力に半々ずつ振ってるからな。割と余裕はあるぞ」


 カエデから聞き取った意見や要望を、彼女はメモウィンドウに打ち込んでいく。その姿を見ながら、フゥとモミジは邪魔をしないよう静かにそれぞれ食事をしていた。


「重量と攻撃力増やすなら、基本は金属系かな。正統進化って感じで、普通に強いよ。ただ、インゴット持ち込みとかじゃないなら結構お金が掛かるかも」

「金か。あんまり持ち合わせてないな……」


 パーティの主な回復手段がモミジのアンプルであり、手作りするとはいえ金が掛かる。更に、カエデが二刀流であるのも、金がなかなか貯まらない原因の1つだ。


「連撃系は修理費用も嵩むよね。二本だし」


 武器の修理も担当しているミツルギは、身をもって体感していた。カエデは一撃の重さより、手数で戦うスタイルだ。それ故に武器の損傷も激しく、また二本を同時に扱うため単純に倍の修理費が掛かる。

 更に言えば、パーティメンバーの誰も〈採掘〉スキルは持っていないため、材料の持ち込みも見込めない。


「それなら、生物系で行ってみる?」

「生物系とは、また禍々しそうな響きですね」


 白玉の載ったスプーンを口に運びながら、モミジが口を挟む。ミツルギはそれを一笑して、言葉を重ねた。


「要は原生生物のドロップアイテムを使った強化だよ。かなり種類が多いから、要望にも柔軟に対応できると思うよ」

「なるほど……」

「とりあえず、手持ちのアイテムで強そうなのとかない?」


 ミツルギの問いに反応したのは、パーティの財布を握っているフゥだった。

 いつの間にか、狩りが終わると得たアイテムは全てフゥに集められ、彼女が一括で精算し、残ったアイテムも彼女のストレージで保管するという流れが定まっていた。そのため、カエデやモミジはほとんどドロップアイテムというものを持っていない。


「最近第一域のボス巡りしたから、そのドロップアイテムはいくつか纏めて置いてるよ」

「ふむふむ。レアドロップとかあれば、それを軸に組み立てられるんだけど」

「それなら……」


 フゥはwikiに纏められた各ボスのドロップアイテムを参照しつつ、何を持っていたのか思い出す。


「“ルボスの炎角”と“カイザーの剛爪”かな。あとはボスじゃないけど“グナウの黒堅骨”ってのもあるね」


 フゥの〈解体〉スキルも順調に上がっているため、レアドロップの出現率も高い。各地のボスを三回討伐しただけにも関わらず、ミツルギの予想よりも多くのレアドロップがあった。


「それって、全部使ってもいいの?」

「私はいいよ。使うかもしれないって取っといたやつだし」


 フゥの許可が出れば、モミジは何も言わない。カエデからすればありがたいことだ。そして、ミツルギにとっても嬉しい言葉のようだった。彼女は目を輝かせて手を合わせる。


「それなら色々できるわね! そうだ、せっかくの二刀流だし、別種の刀にしてみない?」

「強くなるなら、それでいい」

「よしよし。じゃあ、いくつか案を考えてみるわ」


 カエデの素っ気ない言葉に信頼を見出し、ミツルギは気合いを入れる。彼女は早速、いくつもウィンドウを開いて武器の構想を練り始めた。


「フゥちゃん、後でアイテムデータを送ってくれない? せっかくだから、均一化しないで使いたいわ」

「いいよ。パフェも食べ終わったし、ちょっと制御塔に行って、実物取ってくるよ」

「うわー、ありがと!」


 空になったパフェの器を消して、フゥは立ち上がる。ミツルギは感激した様子で彼女を拝む。


「均一化ってなんだ?」


 話を聞いていたカエデが首を傾げる。


「素材の均一化だね。ドロップアイテムだと特にそうだけど、普通は個体差があるじゃない。武器なんかはまだいいけど、量産が必要な防具類とかだと品質を一定に揃える処理をした方がいいのよ」


 生産活動に関しては何も知らないカエデに対し、ミツルギは丁寧な説明を施す。

 そもそも、FPOでの武器や防具は素材をそのまま使っているわけではない。そのデータを用いているのだ。そのため、天叢雲剣はコンパクトに変形させることができ、応急修理用マルチマテリアルで簡単に修理ができる。

 通常、武具を作る際には素材のデータを方が都合がいい。完成品のデータ量を圧縮できるうえ、性能も安定する。


「でも、生データを使うのにも利点があるの。素材そのものが持つ尖った所をそのまま活かせるし、均一化したものより総合的にもちょっと良いものに仕上がるから」

「そうか。なら、そっちで頼む」


 熱心に訴えるミツルギに、カエデはあっさりと頷く。その抵抗の無さは、逆にミツルギの方が不安になってくるほどだった。


「い、いいの? 生データはかなり重いから、天叢雲剣のデータ容量圧迫するし、品質の良し悪しは鍛冶師の技量にかかってくるんだけど……」

「その二振り以外の武器は使わない予定だからな。それに、俺はミツルギに任せたい」


 狼狽えるミツルギを真っ直ぐに見つめて、カエデが断言する。それを聞いて、彼女ははっとした。


「――分かった。責任持って仕上げるよ!」

「よろしく頼む」


 ぎゅっと固く拳を握るミツルギに、カエデは軽く頭を下げる。

 そんな二人の様子を見ながら、モミジは仏頂面であんみつパフェを食べていた。


「お待たせー! って、何この温度差のあるテーブル!?」


 アイテムをインベントリに入れて戻ってきたフゥが耳をピンと立てる。

 気炎を上げるミツルギと、それを見るモミジ。二人の間で乱気流が発生しそうなほどの温度差が生じていた。


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Tips

◇緑茶

 ほっと一息つく優しい味わい。温かくても冷たくても美味しい。

 短時間、LP回復速度がごく僅かに上昇する。


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