第693話「旅路はここから」

 双刀から繰り出される連撃がカイザーの胸を斬りつける。だが、予想したほど滑らかに刃が通るわけではない。

 熊の剛毛は天然の鎧である。皮脂がにじみ、固く纏まったそれは、おいそれと破れるものではなかった。


「思ってた5倍は固いな!」

「フォレストベアの5倍の防御力はあるからね。――『強打』ッ!」


 フゥが中華鍋を振り上げ、再びカイザーの頭頂に叩き付ける。鈍い音がして、熊は大きくよろめいた。


「よっし、スタン入ったよ!」

「でかした!」


 目を焼かれ、それが回復したかと思えば、次は頭を揺らされる。踏んだり蹴ったりのカイザーだが、それでも野生の底力を出して踏ん張っていた。

 しかし、両腕を振り上げて威嚇する熊を、絶え間ない斬撃が襲う。


「これだけ動きが鈍けりゃ、いくらでも斬れる!」


 カエデは2つの剣を巧みに使い、無数の傷を刻みつけていく。赤い刃が走るたび、鮮血のエフェクトが吹き出し、僅かにカイザーのHPバーが削れる。


「『肉叩き』ッ!」


 フゥもまた、我武者羅なカイザーの攻撃を掻い潜りながら鍋をふるう。彼女は攻撃の主軸をカエデに任せ、自身はあくまで補助に徹していた。

 そもそも、彼女が好んで使っている戦闘調理術は、原生生物の弱体化が副次的に発生するテクニックが多い。『熱鍋叩き』で“火傷”を付与することで継続的に体力を漸減させ、『肉叩き』で防御力を下げていく。頭部を集中的に狙うことで、打撃属性による“気絶”もしくは“目眩”を発生させるのだ。


「『投擲』ッ! 『投擲』ッ! ポイズンアンプルも投げますよっ! えいっ!」


 後方に立つモミジも忙しなく動いている。

 彼女は前衛二人のLPを常に注視し、テクニックの発動や被弾によって減少すれば回復アンプルを投げつける。更に、その合間を縫ってカイザーにも毒液の封入されたアンプルを投げていた。


「4,5,6,7,8,9――。えいっ!」


 アンプルホルダーに挿したガラス管を投げながら、モミジは絶えず時間を数えていた。

 『投擲』の再使用可能時間ではない。カエデたちに投与する薬剤の量が、適正範囲を超えないようにするためだ。

 アンプルを使用する際に留意すべき点として、過剰摂取オーバードーズという概念がある。アンプルを一定期間内に大量摂取した場合、機体に悪影響が出るというものだ。

 LP回復アンプルの場合、短時間のうちに連続で使用すると徐々に効果量が減少していき、やがて逆にダメージを受けてしまう。


「フゥちゃん、ちょっと攻撃受けすぎです! 20秒ほど被弾減らして下さい!」

「ごめーん!」


 モミジは過剰摂取の危険ありと判断した場合、ダメージを避けるように指示を飛ばす。

 カエデは縦横無尽に動き紙一重のところでカイザーの攻撃を避けているが、フゥは高さのある頭頂部を狙っていることもあり攻撃を受けることが多かった。

 モミジが着ている看護服は過剰摂取を抑制する効果があるが、それでも僅かに追いつかない。


「フゥは後ろに下がれ。俺が引き受ける!」

「ええっ!? 大丈夫なの?」

「“火傷”が切れる頃に戻ってきてくれ」


 フゥを後方へ逃がしながら、カエデはカイザーのラリアットを二本の刀で受ける。


「うおっと! 大型トラックに真正面からぶつかったかと思ったぞ」

「カエデ君、そんな経験あるの……?」

「若い頃ちょっとな」


 タイプ-ヒューマノイドのカエデと、森の主であるカイザー。両者の体格にはかなりの差があった。

 盾を持たないカエデは、刀でその攻撃を受けるのには無理があると判断する。


「だったら、受け流しつつ登るか」


 カイザーが咆哮を上げ、太い腕で叩き潰そうとする。

 カエデはそれを間一髪のところで避けつつ、地面を叩いた腕を蹴って高く跳び上がる。


「『攻めの姿勢』――」


 空中という不安定な場所にも関わらず、彼は華麗に“型”と“発声”を決める。全身から炎のようなエフェクトがゆらめき、彼の攻撃力を一時的に増大させる。


「『烈風斬』ッ!」


 鋭い刀がカイザーの右肩へ切り込む。初撃は浅く、剛毛に阻まれ体表を滑る。しかし、立て続けの次撃が傷口を捉え、一気に深く肉へ食い込んだ。


「硬ってぇな! でも――」


 熊の肩口の半ばまで入った刃は、太く硬い骨によって阻まれる。膨張した筋肉によって締め付けられ、引き抜くこともできない。

 カエデはあっさりと柄から手を離すと、再びカイザーの体を蹴って跳躍する。


「押してダメなら、更に押す!」


 跳躍の頂点で彼はくるりと縦回転する。勢いを付け、重力のままに落下した彼は、熊の肩に食い込んだ刀の背に思い切り踵を落とした。


「オラァ!」


 強い衝撃が加えられ、熊が絶叫する。

 骨を斬り、そのまま腕を落とす。


「どんなもんだ。俺は素手でもヒグマを倒せるぞ」


 強引な切断による部位破壊。傷はヒグマのHPを猛烈な勢いで削る。

 軽やかな着地を決めたカエデは、刀を拾って誇らしげに笑う。


「カエデ君! 後ろ!」


 その時、フゥの鋭い声が飛ぶ。

 驚き振り返ったカエデの眼前に迫っていたのは、カイザーの左腕だ。風前の灯火だった巨熊は、森の支配者の意地を賭けて一矢報いようとした。

 油断していたカエデに迫る、回避不能の攻撃。彼が死を覚悟し目を閉じようとした瞬間。


「てやあああい!」


 柔らかい声と共に、後方からパイナップル型の物が投げられる。

 それは一直線に熊の鼻先へ迫り、そこで弾けた。


「ぐわあっ!?」


 爆風は周囲に広がり、カエデは思い切り吹き飛ばされる。カイザーも同様に、爆発を全身に浴びせられた。残り僅かだったHPはその一撃で消滅し、巨体が地に落ちる。


「カエデ君! 大丈夫?」

「ぐ、おお……」


 地面に転がり、土に汚れながらもカエデは立ち上がる。至近距離で爆発を受けたにもかかわらず、彼のLPは欠片も減っていない。


「助かった、モミジ」


 カエデはふらふらと半身を起こしながら、駆け寄ってくる少女の方を見る。

 最後に炸裂したグレネード。それを投げた張本人は、唇を突き出して眉間に皺を寄せていた。


「しっかりトドメを刺すまで油断しないで下さい。ただでさえ軽装なんですから」

「すまんすまん」


 軽く笑いながら頭を掻くカエデに、モミジは呆れた顔で腰に手を当てる。

 グレネードは彼女の攻撃だったため、カエデにはダメージが入らない。そのことを利用して、彼女はカイザーにトドメを刺しつつ、カエデを強制回避させたのだ。


「いやぁ、モミジちゃんすごいね。流石の判断力だよ」

「こんなことやりたくないんですけどね」


 フゥが手を叩いて賞賛の声を上げるが、モミジはむっすりとしたままだ。カエデはよろよろと立ち上がると、そんな彼女の頭を優しく撫でる。


「ごめんな。今度からは気をつける」

「そ、そんなことで許すほど、私は安い女では。うむむむ」


 口では色々と言いつつも、モミジも頭をカエデの手へと押しつける。

 そんな二人の様子を見て、フゥが温かい目で微笑んでいた。


「とにかく、今は無事にカイザーを倒せたことを祝おうよ。これで次のフィールドに進めるよ」

「そうだな。この先は〈水蛇の湖沼〉だったか」


 三人は晴れて〈猛獣の森〉のボスを打ち倒し、その先に広がる湖沼地帯へと進む権限を得た。つまり、〈白鹿庵〉のいる〈ワダツミ〉に向けて、一歩前進したのだ。


「第三域はまた厳しい場所みたいだからね。しばらくは森で修行かな?」

「カイザーから源石も集める必要がある。ついでに他の第二域のボスも回って、八尺瓊勾玉の強化をした方がいいかもな」


 フゥがカイザーの解体に取りかかるなか、カエデが早速今後のことについて考える。

 〈水蛇の湖沼〉は〈猛獣の森〉よりも更に強い原生生物が生息している。また土地自体も歩きにくく、戦いづらい場所になっていた。そこに入るためには、三人の能力を底上げするのが不可欠だ。

 各地のボスからドロップする源石というアイテムは、使用することで八尺瓊勾玉の性能を強化することができる。LPの生産量増加か、LPの最大値拡張、どちらにしても今後の活動に置いて重要な要素だ。


「ホントは一直線に〈ワダツミ〉まで行って、早くミカゲ君に会いたいんだけどなぁ」

「急がば回れ、というものでしょう。私は楽しいので問題ないですよ」


 やきもきとするフゥに対し、モミジは気楽な表情で答える。

 三人の中で唯一、彼女だけが特に目的もなく純粋にゲームを楽しんでいるのだ。


「ま、〈白鹿庵〉は逃げないだろうし、自分たちのペースで行けば良いさ」


 汚れを落とし、さっぱりとした表情で言うカエデに、二人も頷く。

 彼女たちの旅路は、まだ始まったばかりである。


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Tips

◇『烈風斬』

 〈剣術〉スキルレベル20のテクニック。二振りの剣を素早く動かし、傷を重ねるように連続で斬る。

 最初の攻撃がヒットした後、同じ場所に次の攻撃がヒットした場合、攻撃力が10%増加する。部位切断力が僅かに増加する。

 風の如き鋭い斬撃。始めは優しく撫でるように。次は苛烈に裂くように。


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