第691話「支援投擲師」
モミジがパーティに加入し、“古牙のグナウ”を狩った日から数日が経過した。その間、カエデたちは〈猛獣の森〉を中心としつつも、〈牧牛の山麓〉や〈彩鳥の密林〉など他の第二域フィールドも回り、武者修行に明け暮れていた。
元々、フゥもカエデとモミジも現実の方が忙しい生活を送る身である。三人がFPOにログインできるのは現実時間で長くとも3時間ほど、仮想現実の加速された時の中でも1日程度だ。
スキルレベルはなかなか思うように上がらず、目的だった〈ワダツミ〉到着の目処も立たないが、それでも彼らは楽しみを見出しつつあった。
「モミジちゃん、真正面に投げて!」
「分かったわ。『投擲』ッ!」
暗闇の森の中、フゥの琥珀色の瞳が輝く。猫型ライカンスロープの彼女は、暗い闇を見通す優れた夜目を持っているのだ。
彼女の指示に従い、モミジが腰のアンプルホルダーからガラス管を引き抜く。勢いよく投げられたそれは、予想された着弾点よりも手前で何かに当たって砕けた。
「ハイライトアンプル。やっぱり便利だな」
「支援は任せて下さい!」
モミジが投げたのは、蛍光染料の調合薬液が封入されたアンプルだった。それはフゥの目論み通り、暗闇に乗じて襲い掛かるフォレストウルフの鼻面にべっとりと付着する。
闇の中でおぼろげに浮かび上がる黄色い光を頼りに、構えていたカエデが飛び出した。
「『烈風斬』ッ!」
赤鞘から解き放たれた長い刃が闇を裂く。二筋の斬撃のあと、狼の断末魔が響く。
「次もうちょい右! そのまた右からも! 左の方は私が対応するよ!」
「はい! 『投擲』、『投擲』ッ!」
モミジにフォレストウルフの位置を示しつつ、フゥもまた大きな中華鍋を掲げて戦う。夜目の利く彼女はハイライトアンプルの補助がなくとも敵の位置を確実に捕捉できるため、夜間戦闘では八面六臂の活躍を上げていた。
「フラッシュグレネード!」
「了解!」
モミジが叫びながら、腰のベルトに吊ったパイナップル型の手榴弾のピンを抜く。
カエデとフゥは即座に戦闘をやめ、回避行動に移りながら目を閉じる。直後に閃光が闇を晴らし、一瞬ではあるが三人を取り囲む狼の群れを丸裸にした。
「ひゃあ、危ないねぇ」
「なに、たったの八匹だ。一人四匹倒せば片付く」
「私も数に入れて下さいよ」
カエデたちは閃光を回避したが、狼はそれをもろに浴びてしまった。一時的に視界を麻痺させ明後日の方向に攻撃を繰り出す狼たちを、三人は着実に倒していく。
「モミジの爆弾は切り札だ。まだ量産も効かないし、今は取っといてくれ」
「そうそう。これくらいならお姉さんたちがちゃちゃっとやっちゃうからさ!」
モミジが先ほどのフラッシュグレネードよりも一回り大きくてゴツゴツとした手榴弾を握るが、カエデとフゥが揃って押し止める。グレネードは強力だが、敵味方が入り乱れる乱戦では使いづらい。ダメージは入らずとも、ノックバックであらぬ方向へ吹き飛ばされる恐れがあるのだ。
モミジが手榴弾をしまうのを見て、カエデはほっと胸を撫で下ろす。
「さあ、これで最後だ」
赤刃の双刀が狼の胸を十字に切り裂く。力を失い腐葉土に倒れる獣を見て、カエデは刀を鞘に納めた。
ちょうど同じ時、フゥも最後のフォレストウルフにとどめを刺す。
合計で10を超えるフォレストウルフの群れ。夜間で凶暴になった狼たちを殲滅せしめたカエデたちは、やはり確実に成長していた。
「それじゃあ解体しちゃうね」
「頼んだ。モミジも休んでいていいぞ」
フゥが焚き火を起こし、フォレストウルフたちにナイフを差し込む。最初は品質が安定しなかった狼の解体も、今では慣れたものだ。
カエデは周囲に警戒を巡らせ、モミジは倒木に腰掛けてホルダーにアンプルを補充していく。各々が自分の役割を自覚し、それを遂行していた。
「モミジ、アンプルはどれくらい使った?」
「ハイライトアンプルが7本、回復アンプルが3本ですね。あとはフラッシュグレネードが1つ」
「消費量も安定してきたな。フルーツスティックを1つくれ」
カエデの問いにモミジは間髪入れず答える。
パーティの支援を一手に担う彼女は、自然と物資管理係に収まっていた。タイプ-フェアリーの非力さを補うため、特別大きなリュックを背負い、そこにアンプル以外にも包帯や携帯食料などの物資を詰め込んでいるのだ。
更に、モミジはアンプルの効果量を上げるため装備も初期の白服から更新していた。赤髪の頭には薄桃色のナースキャップを被り、服も同色の看護服だ。下半身は動きやすさも考慮してミニスカート型になっている。
なお、カエデがズボン型のものを提案すると、強い語気で却下された。
「いやぁ、モミジちゃんのおかげでかなり楽ができるようになったよ。戦利品も沢山持って帰れるようになったし。あ、チョコスティック下さいな」
「はい、どうぞ。お兄ちゃんたちの役に立ててるのなら、私も嬉しいですよ」
解体を終えたフゥにチョコレート味のスティック型携行食を渡しつつ、モミジははにかむ。
和装の二刀流剣士に、チャイナ服の虎少女、そして大きなリュックサックを背負った小柄なナース。統一感のない三人ではあるが、その連携力は日増しに高まっていた。
「しかし、モミジちゃんのグレネードは強力だねぇ」
ポリポリとチョコ味のスティックを囓りつつ、フゥは先ほどの閃光を思い出して言う。フラッシュグレネードのおかげで狼たちの位置を把握し、その上彼らの動きを封じることができた。フゥ自身は夜目が利くため前者の恩恵は薄いが、特にカエデにとってはこの上ない支援だったはずだ。
「〈道具製作〉スキルを上げて正解でしたね。アンプル以外にも投げるものが増えると、支援の幅が広がりますから」
当初、アンプルによって味方を支援する薬剤投擲師を目指していたモミジは、少しその進路を修正していた。投げるものをアンプルに限定せず、グレネードや投げナイフなども用意したのだ。
そのため、新たに〈道具製作〉という生産系スキルにも手を伸ばし、今回使ったフラッシュグレネードなども作っていた。
今の彼女は支援投擲師と呼ぶべきスタイルだ。
「機術を使った方がお手軽なんでしょうけど、私にはこちらの方が性に合っているみたいです。材料を集めて道具やアンプルを手作りするのも楽しいですから」
投げるものがアンプル以外にも増えたことで、そのコストはむしろ増加している。それを少しでも抑えるため、モミジは材料を集めてスキルで作っているのだが、その地道な作業を彼女は好んでいた。
「投擲系支援のメリットも分かってきたね。一番良いのは詠唱時間が必要ないから、すぐに回復が飛んでくるところだよ」
〈支援アーツ〉スキルによる他者のLP回復などの支援は、例外なくコードの詠唱が必要になる。より強力な術式を使うためには、より長い詠唱が必要だ。
更に言えば、機術はLP消費量も多い傾向にあるため、〈機術技能〉スキルのテクニックで消費量を削減したり、詠唱を圧縮したり、術式の効果を底上げしたりと、支援術式発動の為の支援も必要だった。
それに対し、アイテム投擲型の支援は手軽かつ迅速だ。最低等級でも最高等級でもアンプルであれば即座に投げられ、一定の効果を発揮できる。必要なのは的確な判断能力と腕力だけだ。
「アンプルホルダーも二十連のものにできましたし、〈投擲〉スキルのレベルが上がって速度と精度も高まってきました。これからもっともっと、力強い支援ができますよ」
「うんうん。期待してるよ、モミジちゃん!」
気合いを入れるモミジをぎゅっと抱きしめ、フゥは赤い髪の毛をわしゃわしゃと撫でる。モミジもされるがままに身を任せ、くすぐったそうに笑っていた。
「こほん!」
楽しそうにはしゃぐ二人に、カエデの咳払いが割り込む。モミジたちが動きを止めて注目すると、彼は少し疲れた顔で口を開いた。
「俺たちも、こうして夜の〈猛獣の森〉で問題なく狩りができるくらい強くなった。モミジの支援能力も申し分ないレベルだ」
突然褒められたモミジは、驚いた顔で頬を赤くする。
照れくさそうに笑う彼女に、カエデは反応に困りながら話を続ける。
「――だからそろそろ、この森のボスに挑んでみたい」
その提案は、フゥも少し予想していたものだった。
〈猛獣の森〉のボス“豪腕のカイザー”は巨大な熊型の原生生物だ。森に棲む狼たちよりも更に強く、推奨戦闘スキルレベルは25と言われている。
だが、この世界で最初にカイザーを倒した二人組は、共に武器スキルがレベル20に満たない状態でなおかつ初見で打ち勝ったと言う。
ならば、卓越した剣技を持つカエデと、支援能力に長けたモミジが揃った今なら、できるのではないか。そうフゥは考えていた。
「うん、良いと思うよ。私もそろそろ提案しようかと思ってたんだ」
だからこそ、フゥに反対する理由はない。
「私も大丈夫です。ボスが相手でも、お兄ちゃんたちはしっかり生かします」
モミジもまた即答する。巨大な原生生物は恐ろしいが、他ならぬカエデとフゥがいるのならば、臆することはない。
「良かった。それなら話が早い」
彼女たちの返答を聞き、カエデは安心した顔で笑みを浮かべる。
「それじゃあ、今日は町に帰ったらそのままボス戦の準備に入ろう。俺やフゥはともかく、モミジには色々働いて貰うことになるが……」
「任せて下さい。そのためにスキルを鍛えてるんですから」
胸を張り、細い腕を曲げて見せるモミジ。力こぶはできないが、その意気はひしひしと感じ取れた。
カエデはモミジの頭を優しく撫でると、フゥと視線を交わす。
彼女たちはいよいよ最初のボス戦に向けて、準備を始めた。
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Tips
◇ハイライトアンプル
蛍光性のある薬液を封入したアンプル。暗闇の中でよく目立つため、原生生物などをマークする際に使用する。雨天時などは薬液が洗い流されてしまうため、効果が著しく減少してしまう。
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