第690話「薬剤と刀」

 カエデの〈剣術〉スキルレベルが上がったこと、フゥが新しい武器を手に入れたこと、そして何より回復支援要員としてモミジが参加したことにより、〈猛獣の森〉での狩りは順調に進んだ。全体的な攻撃力が底上げされたと同時に、被弾を恐れず戦うことができるようになったのは、カエデやフゥが予想していた以上に心強かった。


「いやぁ、大量大量。〈解体〉スキルも上がってきたし、成功率も7割超えてきたし、今回はかなり稼げたね」


 森からの帰路、〈始まりの草原〉の小道を歩きながら、フゥは背負ったリュックを揺らす。彼女は獲得したBBを主に腕力へ注いでおり、所持重量限界も当初と比べれば増えている。

 今回の狩りでは、そんな成長がはっきりと実感できた。


「これで“青鞘の太刀”が買えるな」

「なんなら、赤鞘まで強化できるんじゃない?」


 大量のドロップアイテムから予想される稼ぎに、カエデも珍しく足取りが軽い。彼の〈剣術〉スキルも晴れてレベル20を超え、“青鞘の太刀”の強化先である“赤鞘の太刀”の要求レベルに達していた。


「私も早く二人に追いつかないと。〈投擲〉スキルはちょっとずつ上がってるけど、〈調剤〉スキルはまだゼロだから」


 笑顔を浮かべる二人の間に挟まり、モミジは一人気合いを入れる。彼女は今回、アンプルを投げる変わった回復役ヒーラーとして参加していた。しかし、この惑星に来たばかりの彼女はまだまだスキルも育っておらず、その回復力は最低限のものしかない。

 今はまだ、その回復量だけでも追いついているが、カエデたちのLP総量が増え、また原生生物の攻撃力が高くなれば、焼け石に水の回復量になる。


「今回は薬草も結構集まったからね。町に帰って荷物を整理したら、〈調剤〉スキル上げもしよっか」

「ええ。せめて使うアンプルを自分で作れるようになりたいですね」


 触媒として消費するナノマシンパウダー以外、実質的にコストが掛からない支援機術師とは異なり、モミジのような薬剤投擲師はコストが嵩む。使用するアンプルがそもそも高いのだ。

 三人が使っている最低等級のアンプルでもかなりの出費となるため、できれば〈調剤〉スキルを持つモミジが自作で全てを賄いたい。


「よし、じゃあ私はアイテムを売ってくるよ。カエデ君はモミジちゃんを生産広場に案内してあげて」

「分かった。よろしく頼む」


 〈スサノオ〉の西門に辿り着いたカエデたちは、そこで二手に分かれる。ドロップアイテムをリュックに詰め込んだフゥが代表して精算に行き、カエデとモミジは〈調剤〉スキルのレベル上げのため生産広場を目指す。


「精算と生産か」

「お兄ちゃん?」

「なんでもない。広場はこっちだ」


 カエデは記憶と地図を頼りに、以前も訪れた広場へと向かう。今回は調理場ではなく、調合台という設備を使うことになる。


「俺は生産に関しては門外漢だからな。適当にやってくれ」

「分かったわ。案内もあるみたいだし、やってみる」


 カエデが所在なさげに腕を組んで広場を見渡している間に、モミジは初めての生産活動に取りかかる。


「ええっと、まずは調合台の前に立って、テクニックを使う。これで良いのかしら。……こほん、ちょ、『調合』!」


 モミジが若干頬を赤くしながらテクニックを発動させると、調合台の前にウィンドウが現れる。彼女はそこに書かれた指示に従い、フィールドで集めてきた薬草類を台に据え付けられた壺の中に入れていく。


「あとは、混ぜ棒を使って、リズムに合わせて混ぜていけば良いのね」


 生産系の行動は基本的に全て、ミニゲームのような形式になっている。

 モミジが混ぜ棒を壺に突っ込むと、途端に軽やかなテンポのリズムが流れ出した。


「あ、わ、わ……!」


 驚きながら、彼女はそのリズムに合わせて混ぜ棒を動かす。

 タイミングが良ければウィンドウに表示された横軸のバーが右へ、悪ければ縦軸のバーが下へ動く。横軸は完成度を示し、縦軸は品質を示す。できるだけ高い品質を保ちつつ完成させるのが、〈調剤〉スキルの目標だった。


「うわっ!?」


 しかし、慣れない作業に手間取りすぎたモミジは、品質バーを削りきってしまう。縦軸がゼロを示した途端、壺の中身が爆発して黒煙が吹き出した。


「大丈夫か?」


 爆発音を聞いたカエデが慌てて振り向く。モミジは頬を黒く汚し、目を丸くしていた。


「ご、ごめんなさい。失敗しちゃったわ」

「初めてなんだから仕方ない。失敗でも経験値は入るんだろう?」


 しょんぼりと肩を落とすモミジの頬を親指で拭い、カエデは笑って励ます。生産活動は結果の成否に関わらず、経験値は入る。何度失敗しても、少しずつ成長するようになっているのだ。


「まだ素材は残ってるんだ。やってみたらいい」

「分かりました。見てて下さい、次こそは成功させますよ」


 カエデの声援を受け、モミジは再び混ぜ棒を握る。

 テクニックを使い、薬草を投げ入れ、リズムに合わせて掻き混ぜていく。何度か失敗もするが、徐々にリズムが体に染みついてくる。


「できました!」


 そうしてついに、薬剤が完成した。

 最低等級のLP回復アンプルだが、彼女が一から手作りした最初の品だ。

 成功報酬として失敗時よりも多い経験値が加算されるが、それよりもモミジを喜ばせたのは見守っていたカエデの反応だった。


「でかした! 流石は俺の――ああ、妹だな」

「ふふふ。ありがとうございます」


 紅葉色の髪を優しく撫でられ、モミジは目を細める。


「尊い……」

「なんて良い兄妹なんだ」

「これがエモってやつか」


 周囲のざわつきに気付いて、カエデはぱっと手を離す。モミジは名残惜しそうにしていたが、ここは衆人環視の場であった。


「別に恥ずかしがることもないでしょうに」

「そんなわけあるか!」


 そもそも、現実でも楓矢が香織の頭を撫でたことなどそうそうない。自分も仮想現実の体に精神が引っ張られているのだろうか、とカエデは眉を寄せた。


「お待たせー! 調子はどう?」


 微妙な雰囲気を打破したのは、荷物をすっきりとさせたフゥだった。手を振りながらやってきた彼女を見て、これ幸いとカエデはそちらへ振り向く。


「なんとか一つ、LP回復アンプルが作れたよ」

「まだ材料は残ってるので、全部使い切ってもいいですか?」

「おお、そりゃすごい! 時間はあるし、ゆっくり作業していいからね」


 結果を聞いたフゥは耳を揺らして喜ぶ。彼女がカエデと共に見守る中、モミジは手持ちの材料分の調剤を行い、数個のアンプルを完成させた。


「まだ、狩り一回分にも満たないですね。もっと精進しないと」

「〈採取〉スキルが上がれば材料集めも捗るし、〈調剤〉スキルを伸ばせば大量生産もできるようになるからね。期待してるよ」


 今回の生産で、モミジの〈調剤〉スキルレベルは3になった。まだまだ道は長い。


「それじゃあ、次は〈ダマスカス組合〉の所かな。その前にウェポンショップに寄って青鞘を買い足すところからか」

「そうだな。モミジも行くぞ」


 カエデはできたばかりのアンプルを眺めていたモミジを呼び寄せ、生産広場から移動する。彼はベースラインにあるNPCのウェポンショップで“青鞘の太刀”を買い、その足で工業区画にある〈ダマスカス組合〉の大工房へと訪れた。


「凄い音ですね。それに、人もこんなに沢山」


 初めて大工房にやってきたモミジは、昨日のカエデと同じような反応をしてみせる。

 〈ダマスカス組合〉の大工房は、今日も今日とて多くのプレイヤーで賑わっていた。生産職と戦闘職の交渉がそこかしこで行われ、工房の奥では巨大な機械が忙しなく動いている。煙突がハリネズミのように建ち並び、黒煙や水蒸気を勢いよく吹き出している。


「とりあえず、昨日の所に行けばいいか」

「そうだね。同じ人がいると嬉しいけど」


 周囲に視線を巡らせるモミジの手を引いて、カエデは人混みの中を歩き進む。彼が目指すのは昨日も訪れた組合の初心者相談窓口だ。


「やあ、また来てくれたんですね!」


 果たして、カエデは幸先良く昨日もフゥの相談に乗ってくれた女性組合員と再会することができた。向こうも二人の顔を覚えていたようで、嬉しそうに笑って声を掛けてくる。

 今日も今日とて日に焼けた肌と白いタンクトップのコントラストがよく目立つ、活発そうなヒューマノイドの女性だ。


「金が貯まったんで、強化の相談をしようと思ってな」

「なるほどなるほど。って、可愛い女の子が一人増えてる?」


 カエデの言葉に頷きつつ、女性は彼の側に立つモミジに気がつく。


「彼女がいるのに別の女の子引っかけるなんて、罪な男だねぇ」

「フゥは彼女じゃない。冗談でもやめてくれ」

「えっ、ああ、うん。ごめんね?」


 昨日の涼しい顔とは打って変わって、真剣な眼差しで語気を強めるカエデに、女性は戸惑いながら謝罪する。


「ふふふ。私、カエデお兄ちゃんの妹です」

「そうだったの。あたしはミツルギ、見ての通り〈ダマスカス組合〉のメンバーで、武器鍛冶師。専門は刀剣カテゴリだけど、広く浅く他の武器も担当してるわ」


 モミジの可憐な笑みを交えた自己紹介を受け、女性も名前と所属を伝える。

 カエデもフゥも、昨日はお互いの名前すら知らなかったことに今更ながら気がついた。


「あはは。普段はこういう相談窓口に立ってるけど、大体の人は一回きりしか会わないからね。わざわざ名刺を渡すこともないし」


 FPOではプレイヤーの頭上に名前が表示されるわけではない。素性が知りたければ、名刺とも通称されるフレンドカードを渡すなどのワンアクションが必要となる。

 だが、この初心者相談窓口には1日に何十人ものプレイヤーがやってくる。その一人一人にカードを渡す時間も必要性もない。


「でもまあ、カエデ君たちはなんか縁がある気がするし、特別に進呈するよ」

「そりゃどうも。俺はカエデ、見ての通り剣士だな」

「フゥでーす。まあ、大体の戦闘スタイルとかは知ってるよね」


 ミツルギからフレンドカードを受け取り、三人もそれぞれのカードを彼女に渡す。少し遅い自己紹介が終わったところで、カエデは早速買ったばかりの“青鞘の太刀”を長机に載せた。


「“青鞘の太刀”を二本揃えて、〈剣術〉スキルもレベル20を超えた」

「オーケー。じゃあもう“赤鞘の太刀”にしちゃう? どうせ、青鞘じゃ〈猛獣の森〉は厳しいだろうし」

「そうしてくれ。金は足りると思うが……」


 話の内容は、ほとんど昨日予めしていた事の確認だ。必要なビットも無事に足り、早速二本の太刀は工房の奥へと運び込まれていく。


「そうだ、中華鍋の代金も貯まったから返しちゃうね」

「あれ、もう貯まったの? 頑張ったのね」


 フゥが思い出したように切り出すと、ミツルギは目を丸くする。フゥが昨日、会計士と契約を交わして手に入れた“黒鉄鋼製45式打衝中華鍋”の代金は、初心者には厳しい額であるはずだった。


「ふふふ、実は今日“古牙のグナウ”を倒したんだよね。そのドロップを売ったら、がっぽり稼げちゃった」

「グナウって名持ちネームド個体よね? 武器を新調したとはいえ、よく倒せたわね……」


 指を曲げて金のマークを作るフゥに、ミツルギは驚きと呆れの混ざった声を漏らす。しかし、そんな彼女に対してフゥは苦笑して首を横に振る。


「倒したのはほとんどカエデ君だよ」

「カエデ君!? だって、青鞘一本しか持ってなかったんだよね?」

「麗しき兄妹愛ってやつですよ」


 明らかにされた事実に、ミツルギは今度こそ口をあんぐりと開けて驚く。

 “青鞘の太刀”の要求〈剣術〉スキルレベルは10。つまり、性能もその程度のものだ。対して〈猛獣の森〉の推奨スキルレベルは20であり、“古牙のグナウ”となれば更に高いレベルが求められる。それをカエデは、さらりと破ったのだ。


「カエデ君、凄いんだねぇ」


 見直したよ、とミツルギはカエデを真っ直ぐ見て言う。

 日頃から多くのプレイヤーを相手にしているミツルギも、彼のような実力を発揮する者に会うことはそうそうない。そして、そのようなプレイヤーは皆、短期間で名を上げていく。


「にひひ。やっぱり名刺交換してて良かったわ。これからもぜひご贔屓に」

「素直というか、何というか……」


 当初よりも更に砕けた様子のミツルギに、カエデは肩を竦める。

 とはいえ、彼女のアドバイスは適切で、フゥも既に助けられている。カエデとしても、ミツルギは信頼に値すると思っていた。


「今度装備を更新する時はぜひ、指名してね」

「そういうこともできるのか」


 〈ダマスカス組合〉では、生産品の注文時に特定の職人を指名することができる。注文側としては信頼の置ける相手に製造を任せることができ、受注側としても太い顧客を確保できる上、指名された職人にはボーナスが出る。正に三方よしの制度なのだ、とミツルギは語った。


「実際、お抱え職人がいると便利だよ。青鞘から赤鞘みたいな基本的な武器強化はともかく、派生強化とかだと結構設定項目も細かいから、よく相談した方がいいし。防具のオーダーメイドなんかだと更に調整が必要だからね」

「なるほど。じゃあ、その時はよろしく頼むよ」

「やった! にひひ、初めてのお得意様だよ」


 ミツルギの売り込みを受け、カエデは特に考えず頷く。

 その後でようやく、自分たちがミツルギにとっても初めての固定客だったことが判明した。


「お兄ちゃん、なんだか嬉しそうですね?」

「いてっ。そ、そんなこともないが……」


 ミツルギが諸手を挙げて喜んでいると、眉を寄せたモミジがカエデの脇腹を抓る。その拗ねた顔を見て、ミツルギは妹が妬いているのだと気がついた。


「大丈夫だよ。モミジちゃんの武器もちゃんと作ってあげるから」

「私は薬剤投擲師志望です」

「あ、そうなんだ? まあ、金属製品なら色々作れるから、相談してくれて良いよ。〈裁縫〉はまだ勉強中なんだよねぇ」


 むぅ、と口をへの字に曲げるモミジを、ミツルギは可愛い子を愛でるような目で見る。彼女からすれば、兄を取られていじける妹なのだから、微笑ましいものである。

 何故か複雑な顔をするカエデには誰も気がつかなかった。


「っと、赤鞘も完成したね」


 そんな話をしているうちに、工房の奥からミツルギと同じ作業着を着た職人がやってくる。彼の手には、二振りの赤い太刀が握られていた。


「はい、“赤鞘の太刀”だよ。基本は片手武器だけど、二刀流をするなら結構腕部のBBが必要だから、気をつけてね」

「分かってる。この後、アップデートセンターで調整する予定だ」

「そりゃ良かった。まあ、手に合わなかったら一本で使ってもいいしね。赤鞘の派生でもっと軽いのにすることもできるし」

「その時はまた相談するよ」


 ミツルギから助言を受けつつ、カエデは二振りの刀を手にする。腰の両側に佩けば、ずっしりとした重みが伝わった。


「良い刀だ。ありがとう」

「どういたしまして。って、あたしが打ったわけじゃないけどね」


 深く頭を下げて感謝を告げるカエデに、ミツルギは笑いながら答える。


「その剣で物足りなくなったり、修理が必要になったらまた来てね。今度はあっちの窓口であたしの名前を言ってくれたら、駆け付けるから」

「分かった。それじゃあ、また今度」


 そう言って、カエデたちはミツルギと別れる。

 彼女はすぐに後続の相談者に応じていたが、またすぐに会えるだろう。そんな予感を胸に、カエデはベースラインの方へ足を向けた。


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Tips

◇赤鞘の太刀

 赤い鞘に納められた小ぶりな太刀。白鉄鋼に微量の赤鉄鋼を合わせた刀身は軽く鋭い。剣の扱いに慣れてきた者が扱うに相応しい一振り。

 装備時、LP回復速度が5%増加する。攻撃力+5。


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