第687話「新たなメンバー」

「――と、いうわけで。突然で申し訳ないが、一人加わってもいいか?」

「カエデお兄ちゃんの妹、モミジです。よろしくおねがいします」


 翌日、いつものようにFPOへログインしたフゥは、そこでカエデの隣に立つ見知らぬフェアリーの少女と出会った。

 モミジと名乗ったその少女は、名前の通り秋の森のような紅色の髪を伸ばした小柄な容姿をしていた。初心者らしい白い服に身を包み、カエデの隣でニコニコと笑顔を浮かべている。


「ほああ……。カエデ君、妹さんいたんだ」

「まあ、うん。そういうことになるな」


 唖然とするフゥに、カエデは微妙に歯切れの悪い回答をする。本人の強い希望を受けて、モミジはカエデの実の妹であるという説明をフゥにしていた。


「本当に申し訳ない。俺がFPOをやっているのを知って、自分もやりたいと言いだしてな」

「いやいや、それは大丈夫だよ。よろしくね、モミジちゃん!」

「ええ。よろしくお願いします、フゥさん」


 両手を合わせるカエデの前で、フゥとモミジは握手を交わす。突然の妹の登場に驚いたものの、フゥはモミジの事を嫌っているわけではない様子だ。むしろ仲間が増えたことに喜んでいるようにも見えた。


「見ての通り、かお――モミジは今日プレイを始めたばっかりでな。一応いくつか基礎訓練プログラムは終わらせたが、まだほとんど何も育ってない」

「いいよいいよ。私もめちゃくちゃ育ってるわけじゃないからね。モミジちゃんは何かやりたいこととかあるの?」


 カエデからモミジの現状について聞いたフゥは、今後の進路について軽く尋ねる。


「それが、まだ何にも決まってなくて。お兄ちゃんの役に立ちたいから〈支援アーツ〉っていうスキルの練習はしたんだけど、あんまり上手く使いこなせる自信がないんです」

「なるほどねぇ。良い妹さんじゃない」

「お、おう……」


 よしよし、とモミジの髪を撫でるフゥ。にやりと不敵な笑みを浮かべて流し目を向けてくるモミジに、カエデは胃がきゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。

 モミジはカエデの案内で、事前にいくつかの基礎訓練プログラムを受けている。最初は支援者として〈支援アーツ〉に手を出したが、そちらはあまり性に合わなかった。そのあとにソード教官から〈剣術〉スキルについて教わり、今のところは腰に小ぶりな片手剣を吊っている。


「剣を使えるのは流石兄妹って感じだね」

「私、剣は使えませんよ。薙刀なら少しは自信があるんですが」

「薙刀!? あれも一応刀剣の範囲内だったかなぁ。でも初心者はなかなか使えない武器だよね」


 さらりと言うモミジに若干驚きつつ、フゥは頬に手を添える。

 薙刀は長柄で槍の特徴も持つ特殊な刀剣だ。初心者が扱えるようなレベルのものはなく、最低でもレベル30程度までスキルが育たなければ使えない。


「今のところ、武器は決めてないんです。色々試して、自分に合う武器があればいいなって思っているところですね」

「なるほどなるほど。じゃあ、早速だけどフィールドに出てみる?」


 フゥの提案にモミジは破顔して頷く。

 早速親睦を深めつつある二人を一歩下がったところから見ていたカエデは、嬉しさともどかしさの混ざる複雑な表情をしていた。


「ほら、お兄ちゃんも行きますよ」

「分かった、分かったから……」


 楽しげなモミジに手を引かれ、カエデも歩き出す。


「フィールドに出る前に、物資を補給しないとな」


 昨日はフゥが新しい武器を手に入れた所で急に別れてしまった。そのため、〈猛獣の森〉で使ったLP回復アンプルや包帯といった消耗品の補充もまだできていない。

 カエデはモミジに町の施設を教えつつ、ベースラインの一角に建つアンプルショップへと立ち寄った。


「モミジのインベントリにも何本か入ってるだろ。LPを回復する時は、このアンプルを砕くか、もしくは飲むんだ」

「なるほど。機械なのにお薬が必要なんですね」


 カエデの説明を聞いて、モミジはこくこくと頷く。

 カエデは消費したぶんのアンプルを補充し、モミジにも余分にいくつか買い与える。彼としては、モミジにはできるだけ安全なプレイをして欲しかった。


「できれば、モミジは後衛に立って欲しいんだけどな」

「後衛、ですか?」

「俺とフゥが前に出て、敵の攻撃を引き受ける。後ろから落ち着いて敵を攻撃するなり、俺たちを支援するなり。正直、三人全員が前衛っていうのはバランスが悪い」

「なるほど」


 モミジも集団戦闘における陣形の重要さは少し理解している。空眼流では多対多の稽古なども行っているためだ。


「ねえ、お兄ちゃん」

「ぐふっ。……な、なんだ?」


 未だに慣れない呼びかけに、カエデはなんとか応える。


「このアンプルって、私がお兄ちゃんに投げても大丈夫なの?」

「ああ。たぶん、大丈夫だと思うが……」


 カエデは助けを求め、側にいたフゥに視線を向ける。彼女もそれに気がつき、ひとつ頷いた。


「大丈夫だよ。ただ、投げられる距離とかは〈投擲〉スキルに左右されるし、アンプルの効果量は〈調剤〉スキルで上下するよ」

「なるほど、なるほど。じゃあ私、アンプルを投げるわ」


 フゥの説明から問題はないことを知ったモミジは、目を細めて頷く。とはいえ、細い腕をぐっと折り曲げてみせるも、力こぶはできそうにもないが。


「そういうロールはあるのか?」

「投擲師と調剤師のミックスだよね。多分あると思うけど、調べないと分かんないね」


 アンプルを味方に投げて支援するのは、どちらかというと緊急時の応急処置的な印象が強い。射程や効果量は専門の支援機術師に及ばない上、二つのスキルを組み合わせることになるからだ。


「できるのならそれで十分です。これで、お兄ちゃんやフゥさんを助けられますね」

「いやぁ、モミジちゃんは良い子だなぁ」


 よしよしと再びフゥはモミジの頭を撫でる。ヒューマノイドのカエデとは違い、フェアリーのモミジは頭がちょうどいい位置にあるのだろう。モミジ本人も嫌がる様子はないが、カエデはきつく唇を噛んでいた。


「お兄ちゃんも撫でてくれて良いんですよ」

「お、おう……」


 赤い髪や深緑の瞳こそ現実とは違うが、容姿はカエデと同じく若い頃の香織を再現したものだ。カエデが直接その頃を知っているわけではないが、妙に気恥ずかしい。

 本人は初めての仮想現実ということで、低い視点や若い容姿に上機嫌だが。


「あはは、仲の良い兄妹だね。一人っ子だから羨ましいよ」

「そっか……」


 カエデは一人っ子である。モミジは姉妹がいるが、彼女が長女である。


「モミジちゃんがアンプル投げてくれるなら、ホルダーも買わないとね。せっかくだし、私たちが持ってるのより良い奴にしよっか」


 アンプルを補充したあと、三人は他にもいくつかの店を回る。モミジの希望を元に必要な装備やスキルカートリッジなどを揃えていく。

 そうして、いよいよ〈始まりの草原〉へ出ようという頃。モミジは革製の胸当てと脛当てを着け、額には鉢金を、腰に10本のアンプルを挿せるアンプルホルダーを巻き付けていた。


「いやぁ、完全装備だね。やっぱりカエデ君も、妹思いなんだねぇ」


 装備に着られているといった様子のモミジを見て、フゥはにやにやと口元を緩めながらカエデの脇腹を肘で突く。それに対し、カエデは素っ気なく視線を逸らした。


「そういうわけじゃない」

「ふふふ。素直じゃないんだから」


 〈始まりの草原〉に出る程度、それも既にある程度育った二人が付いているのなら、モミジの装備は過剰なほどだ。更にカエデは半ば強引に装備類を買い与えたため、元々少なかった所持金が底を突いてしまっている。

 それでも万全の対策を施したのは、ひとえにモミジが安全にプレイできるようにという思いからだ。


「こんなに沢山贈り物を貰ったのは久しぶりね。これに応えられるくらい、いっぱい支援するわね」

「お、おう」


 嬉しそうに笑って言うモミジ。カエデは気恥ずかしそうに頬を掻く。

 そんな二人を見て、フゥは少し羨ましそうな顔をしていた。


_/_/_/_/_/

Tips

◇アンプルホルダー

 アンプルを取り付けられるスロットの付いたベルト。激しい戦闘中でも薬剤を即座に使用できるようになる。

 装着可能なアンプルの数に応じて、いくつかのサイズが展開されている。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る