第685話「相談と呼出」

 地上前衛拠点シード01-スサノオの工業区画には、数多くの工房が建ち並んでいる。その中でも一際一目を引くのは、大通りに面した〈ダマスカス組合〉の大工房群だ。


「ずいぶんと人が多いな、このあたりは」

「天下の〈ダマスカス組合〉の本拠地だからね。私たちみたいな駆け出しから、最前線で活躍するトッププレイヤーまで、いろんな人のいろんな武器を作って売ってるから」


 カエデが通りを埋め尽くす人の多さに瞠目していると、フゥがその理由を話す。

 〈ダマスカス組合〉は生産系バンドの中で最大規模を誇る職人集団で、武器や防具に限らず薬品、料理、機械、木工品などありとあらゆるアイテムを作り、販売している。取り扱う品の多さから、顧客の幅も広く、特に本拠地である〈スサノオ〉の大工房には絶えず人が訪れているのだ。


「工房長のクロウリさんは、元々〈プロメテウス工業〉のタンガン=スキーさんの弟子だったんだよ。でも、プロメテウスは〈鍛冶〉専門のバンドだったから、他の生産系スキルも纏めた〈ダマスカス組合〉を作ったんだって」

「ほう。また複雑な人間関係だな」


 フゥの話に相槌を打ちつつ、カエデは人混みの中を歩く。

 正面のシャッターが開け放たれた工房では、精悍な顔つきの職人たちが一心不乱に作業をしている。その様子を見渡していると、カエデは初心者らしいプレイヤーが多く集まっている一角を見つけた。


「あそこは?」

「私たちの目的地だね。〈ダマスカス組合〉がやってる、武器製作相談窓口だよ」


 カエデたちがやってきたのは、工房の一角に長机を並べたブースだ。作業着姿のプレイヤーが、初々しいプレイヤーと熱心に言葉を交わしている。

 〈ダマスカス組合〉が行っている事業の一つで、初心者支援も兼ねたオーダーメイド武器の相談窓口だ。


「ずいぶんと並んでるな」

「そりゃあ、組合の武器は品質も良いからね。話だけでも聞きたいって人は私たち以外にもいるんだよ」


 〈ダマスカス組合〉の武器製作相談窓口は、話をするだけなら金も掛からない。希望と予算が合致すれば、そのまま注文を出すこともできるし、そうでない場合も他の適切な生産者を斡旋してくれることもあった。

 そのため、窓口には連日多くの初心者が詰め掛けていた。

 カエデとフゥも、今日の所は相談だけに留めるつもりだ。そもそも先立つものがない。二人は長蛇の列の最後尾に並び、自分たちの順番がやってくるのを待つ。

 窓口に立つ組合員も慣れたもので、次々と相談者を捌いている。そのため、列の長さからカエデが予想していたよりも早く、順番は回ってきた。


「こんにちは! 今日はどのような相談ですか?」


 二人を出迎えたのは、作業着の上を腰に巻き、白いタンクトップを露わにした活発そうな女性だった。腰には上着の他に大きなベルトも巻かれ、そこにレンチやハンマーなどの物々しい工具類が吊られている。


「こんにちは。その、今日は相談だけなんですけど……」

「大丈夫ですよ。ご要望からおおよその見積もりを出すこともできるんで、ジャンジャン言って下さい」


 緊張気味に切り出すフゥに、女性は明るく頷く。そのさっぱりとした雰囲気に安心したのか、フゥは肩の力を抜いて口元を綻ばせた。


「実は、戦闘調理器具が欲しいんです。武器種は鎚か杖で、フライパンなんかを使いたいんですが……」

「ふむふむ。フライパンなら鎚になりますね。普段はどんな武器を使ってるんですか?」


 女性はウィンドウを開き、ヒアリングシートを記入しながら質問を飛ばす。フゥは腰に吊った天叢雲剣をフライパンに変えて取り出した。


「今は普通のフライパンですね。ただ、射程とかが心許なくて」

「あはは、そりゃあそうですよね。安心して下さい、ウチは戦闘調理武器も色々取り揃えてますから」


 フゥが出した要望は二つ。現在使っているフライパンよりも大きく、そして攻撃力の高いものだ。シンプルな求めに対し、組合員の女性はなるほどと頷く。


「機械組み込みとかじゃないなら、結構お手軽価格でできますよ。鎚系統なら重量がそのまま攻撃力になると考えて良いから、大きくすればそのぶん攻撃力も高くなるね。フライパンの形状もオーダーメイドなら色々変えられるけど、希望はありますか?」

「そうですね……。中華鍋とか、できますか?」

「もちろん! そっちの方が大きいし、性能も安定して出せると思う。ただ、重量が増えると必要な腕力値も増えてくるけど」

「そこは、頑張ります!」


 ぐっと拳を握りしめるフゥ。彼女を見て、組合員も白い歯を覗かせて笑う。


「中華鍋型、両手持ち、重量級の鎚ね。戦闘調理器具ってことは、調理器具としての能力も持たせる必要があるから……。うん、大体これくらいの金額になるね」


 女性はヒアリングシートを見つつ、電卓ウィンドウで指を踊らせる。そうして弾き出された金額は、やはり即座に払えるものではなかった。


「うぐぅ。結構しますね……」

「総金属製だとこれくらいが下限だね。でも、ウチの製鉄能力は高いから品質も良いよぉ」


 長机から身を乗り出し、女性はフゥの耳元で囁く。

 フゥは一人では決心が付かない様子で、チラチラと横に立つカエデに視線を送る。


「ほらほら、彼氏君も背中押してあげたら? 彼女が強くなると、一緒にいろんなトコ行けるよ?」

「彼氏じゃないが、まあそうだな。今は手持ちが足りないが、もう一回〈猛獣の森〉に行けば十分稼げる量だ。料金は前払いなのか?」

「ウチは専属の会計士がいるからね。契約書にサインしてくれたら後払いでも大丈夫だよ!」


 ぐっと親指を立てる組合員。

 〈取引〉スキルを伸ばした会計士は契約書というアイテムを作成でき、それを使うことでより柔軟な取引を行うことができる。〈ダマスカス組合〉ほどの規模であれば、当然そのような制度も完備されていた。


「それならサインしよう」

「ほああっ!? ちょ、カエデ君、いいの?」


 あっさりと即決するカエデに、驚いたのは当事者であるフゥの方だった。彼女は彼に詰め寄り、あわあわと取り乱す。


「お、お金だってないし、これ買っちゃったら、しばらく貧乏だよ」

「今はないから契約するんだろ。武器は良いものに更新したほうが、そのあとの稼ぎも効率がいいだろ」

「おお、彼氏君なかなか良いこと言うね!」

「彼氏じゃないが」


 女性とカエデの双方向から説得され、フゥも最後には頷く。すぐさま窓口の後方で待機していた会計士が飛び出してきて契約書を作成すると、そこに署名を施した。


「毎度あり! 武器はもう作り始めてるから、すぐに受け取れるよ。支払期限はリアル時間で一週間以内ね」


 〈ダマスカス組合〉の受注から製造、製品受け渡しまでの流れは高度に効率化されていた。フゥが契約書にサインした瞬間に職人が動き始め、ものの数分で武器は完成するという。


「その間に彼氏君も何か相談したいこととかあれば聞くよ?」

「彼氏じゃないが。そうだな……二刀流の刀を検討してる。今のところはこの刀をもう一本買うつもりだけどな」


 隙間時間も逃さず商談に繋げようとする組合員に関心しつつ、カエデは腰に佩いていた刀を見せる。


「“青鞘の太刀”はNPC売りだね。〈スサノオ〉で買えるものだと、まあ初心者の最初の入れ替え武器で定番だね。とはいえ、〈猛獣の森〉だと厳しいんじゃない?」

「だから二本に増やそうと思ってるんだ」

「そう単純な話でもないと思うけど……。ま、私は戦闘は門外漢だからね。“青鞘の太刀”は強化して“赤鞘の太刀”にしたら、そこからまた色々と派生できるから、もう一本増やしてもいいと思うよ」


 カエデの扱う“青鞘の太刀”は、良くも悪くも平均的な性能の刀だ。それ故に生産職の手で様々なものへと派生させることができる。


「双刀にするなら、青鞘から赤鞘、そこからフォレストウルフの素材を使って牙獣刀にするのもおすすめだよ。金属武器より軽いし、ディレイも短いし」


 相談窓口に立つだけあって、女性は武器についても詳しかった。何か資料を見ることもなく、すらすらと今後の強化ルートについて案内をする。


「むしろ、今の段階でも軽すぎるくらいなんだ。できればもっと重くて長い刀にしたい」

「そうなの? それなら金属強化が妥当かな。ちょっと値段は嵩むけど」

「そっちの方がいいな。とりあえず青鞘を一本買い足して、金ができたら赤鞘にしてもらう。そのあとのことは、その時考えてもいいだろう?」

「それもそうだ。〈ダマスカス組合〉は武器の持ち込み強化も請け負ってるからね、ぜひご贔屓に!」


 カエデの中でしっかりと道筋が立っているのを察すると、組合員も無理な押し売りはしようとしない。あっさりと引き下がりつつ、少しの宣伝をするだけにとどめた。

 こうした謙虚さも組合が多くのプレイヤーに認められる要因の一つなのだろう、とカエデは内心で好感を覚えた。


「っと、早速新しい武器ができたね」


 ちょうどその時、工房の奥から職人が一人やってくる。彼が携えているのは、直径40センチほどの大ぶりな黒い中華鍋だ。武器として使用しやすいよう、長めの取っ手が付いている。


「“黒鉄鋼製45式打衝中華鍋”だよ」

「ほああ……! ありがとうございます!」


 新しい武器を受け取ったフゥは、琥珀色の目をキラキラと輝かせる。耳を忙しなく揺らし、尻尾も歓喜に震えていた。

 相談だけと思っていただけに、新しい武器を早くも手に入れてしまった喜びは一入だった。


「しっかり使って、また持ってきてくれると嬉しいな。修理も強化もやってるからね」

「はいっ! 大切に使います!」


 感極まり涙を溜めるフゥの姿を見れば、組合員たちも冥利に尽きるようだ。隣の長机で別のプレイヤーの応対をしていた組合員たちも、フゥを見て笑みを浮かべている。


「それじゃ、カエデ君。早速フィールドに行ってみようよ!」


 早く新しい武器を使いたいと全身で表しながら、フゥはカエデの腕を引く。そこに年相応の溌剌さを感じながら、彼は組合員の女性に感謝を伝え、長机から離れようとした。その時だった。


『ヘッドセットの呼び出しボタンが押されました』

『安全なログアウトを行って下さい』


 突然ウィンドウが現れ、メッセージが表示される。

 見慣れないその文面に首を傾げていると、彼の耳元に聞き慣れた声が届いた。


『――楓矢さん、お話があります。起きてください』

「ひっ!?」


 TEL機能と同じく、カエデ以外には届かない声だ。

 突然悲鳴を上げたカエデに、フゥが不思議そうに首を傾げる。


「どうしたの?」

「ああ、いや。ちょっと家族が呼んでるみたいだから、ログアウトしないと」


 背中が冷たくなるのを感じながら、カエデは口早に伝える。それを聞いたフゥは、残念そうに肩を落としつつ頷いた。


「そっか、じゃあ仕方ないね。今日はもう遅いし、お開きにしよっか」

「そ、そうだな……」


 じゃあ、また明日ね、と言ってログアウトを始めるフゥ。彼女の隣でログアウトのカウントダウンを見つつ、カエデは胸中に重いものを感じていた。


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Tips

◇黒鉄鋼製45式打衝中華鍋

 ダマスカス組合製戦闘調理器具。中型の中華鍋を戦闘用に調整した、分類上は鎚に該当する武器。総金属製で重量を上げることで攻撃力を高めている。取っ手は戦闘時の取り回しを考えて、通常の鍋よりも長くなっている。


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