第684話「突飛な噂」
〈猛獣の森〉でフォレストウルフ狩りを続けたカエデとフゥの二人は、日が暮れる前に森を脱した。
所持重量や物資には余裕があるが、夜の森は狼たちが活性化するため手に余る。安全を第一に考え、無理のないような行動を心がけていた。
「いやぁ、結構稼げたね」
「流石に〈始まりの草原〉と比べると効率が段違いだな」
二人はいつものように獲得したドロップアイテムを換金し、稼ぎを確認する。〈始まりの草原〉で1日籠もった時よりも遙かに多い金額が入っているのを見て、彼らは同時に口元を緩めた。
「もう少し貯めれば、新しい武器も買えるかな」
「そうだな。早く戦力を整えて、ボスを倒したい」
ここのところ、二人は思い切り調査開拓活動を楽しんでいるが、本来の目的は〈ワダツミ〉にある〈白鹿庵〉の拠点を訪れることだ。そのためには〈猛獣の森〉〈水蛇の湖沼〉〈鎧魚の瀑布〉〈奇竜の霧森〉という四つのフィールドのボスを倒して進む必要がある。
「ほわぁ。カエデ君今でも滅茶苦茶強いんだよね。私、足手まといになってない?」
「そんなことはない。俺は戦い以外からきしだからな。助かってる」
「えへへ。そっかそっか!」
ころころと表情を変えるフゥを見て、カエデは苦笑する。
ともあれ、カエデもフゥも〈猛獣の森〉のボスと戦うには武器が心許ないのは同じだった。
「カエデ君はとりあえず、“青鞘の太刀”をもう一本買うの?」
「そのつもりだが、フゥは何か武器を買い換えるのか?」
「せっかくだし、そろそろプレイヤーメイドの武器も使ってみたいんだよね。ダマスカス組合とか、プロメテウス工業とか」
フゥはトランペットに憧れる少年のような顔で、有名な生産系バンドの名前を挙げる。
二つのバンドはどちらも品質の良いアイテムを作り販売しており、初心者向けのものもしっかりと取り揃えている。しかし、性能が高いぶん値段も張るため、今の彼女たちにはおいそれと手が出せる代物ではなかった。
現在、二人が使っている武器はNPCが販売している量産品である。
「それに、せっかくだから調理戦闘系を伸ばしてみたいんだよね」
「戦闘用のフライパンにするのか」
どうやら、フゥは現在のフライパンを用いた戦い方が気に入っているようだった。できればこのスタイルを崩さずに進めたいという彼女に、カエデは眉を上げる。
「そういうのって売ってるのか?」
「あんまりメジャーではないかな。だから、やっぱり生産職の人と相談して作ってもらった方がいいんだけど……」
そこまで言って、フゥは眉を寄せる。
「やっぱり金か」
「そうなんだよねぇ」
NPC製の武器よりも、プレイヤー製の武器の方が性能が良いぶん高価になる。更に武器に使用できる調理道具となれば、特殊なものになるため更に値段が上がる。
〈猛獣の森〉で稼ぎが良くなったとはいえ、まだまだ初心者の域を出ないフゥには大きすぎる出費になるのは容易に予想できた。
「ふむ……。もしかしたら〈スサノオ〉にも調理武器の専門店があるかもしれない。そうでなくとも、一度生産職に相談したらいいんじゃないか」
深いため息をつくフゥを見て、カエデは提案する。
最初の町ではあるが、〈スサノオ〉も広大だ。商業区画には様々なユニークショップが揃っている。その中にはニッチな武器を扱う店がある可能性も無いとは言えない。
仮にプレイヤーに作って貰うしかなかったとしても、一度見積もりを取って具体的な金額を知っておけば色々と動くことができる。
そんな助言を受けて、フゥはぱっと表情を明るくする。
「そっか! カエデ君、頭良いね!」
「そ、そうか。そりゃどうも」
娘と同じ年齢の少女に褒められたカエデは、どう反応したものか困る。
「そういえば〈白鹿庵〉が贔屓にしてる生産者が、〈スサノオ〉に工房を構えてるんじゃなかったか」
話題から記憶を掘り返し、カエデが言う。
「ネヴァさんね。たしかにこの町で活動してる人だよ」
「その人に頼めば、〈白鹿庵〉と連絡が取れるんじゃないか?」
どうして今まで気付かなかったのだろう、とカエデは自分に驚く。
レッジとも深い繋がりのあるネヴァと接触できれば、わざわざ四体のボスを倒さずとも直接レッジに話を付けられる。
だが、早速ネヴァの工房を探すカエデを、フゥが止めた。
「ダメだよ。ネヴァさん、〈白鹿庵〉への取り次ぎとかは一切拒否してるんだ」
「そうなのか……」
衝撃の事実に、カエデは愕然とする。
よくよく考えてみれば、フゥがそのことを検討しないはずがなかった。
「ネヴァさんに〈白鹿庵〉の人を紹介してくれって話が殺到してたみたい。でも、〈白鹿庵〉って元々あんまりそういうの受け入れないバンドだからね。ネヴァさんも人気な生産者で、自分の仕事が忙しいみたいだし」
「なるほど……。確かに早計だったな」
〈白鹿庵〉は良くも悪くも知名度の高いバンドだ。自分もそこに加わりたいと考えるプレイヤーは星の数ほどいる。
だがメンバーの中では比較的コンタクトを取りやすいレッジでさえ、直接話せる機会を得る者は少ない。そもそも〈白鹿庵〉に新メンバーが加入するのはかなり稀なことなのだ。バンド創設から現在に至るまで、途中で加入したのはシフォン以外にいない。
そのことを知ってなおしつこく食い下がるプレイヤーは、〈白鹿庵〉の関係者を経由しようと考える。そのため、ネヴァのところへ人が殺到するのだ。
「ごめん。忘れてくれ」
「別に謝ることじゃないよ。私も一度考えたしね」
それほどの行動を起こす者が出てくるほど、〈白鹿庵〉とは存在感の大きなバンドだった。
それを纏めるレッジという人物に、カエデはますます興味を惹かれた。最初はトーカにも春がやってきたか、などと冗談交じりに考えていたものだが、今では是非手合わせ願いたいと真剣に思っている。
「伝手といえば、管理者なんかもレッジさんと仲良いみたいだよ」
「管理者ねぇ。俺はまだ見たこともないんだが……」
管理者というのは、各地の都市を管理する上位の権限を持ったNPCのことだ。本体は中央制御塔の内部にある中枢演算装置〈クサナギ〉で、そこから派生した仮想人格のことを言う。
〈スサノオ〉にも都市と同名の少女がいるということはカエデも知っていたが、直接その姿を見たことはない。
「NPCと仲良くなるなんて、ほんとにどんな奴なんだ」
「あはは。かなりぶっ飛んでるっていうのは確からしいよ」
FPOの世界でレッジや〈白鹿庵〉に関する情報を集めれば集めるほど、その存在感と特異性が浮き彫りになってくる。その破天荒な行動の軌跡に、カエデはすでに理解することすら疲れるようになっていた。
「噂によれば、嵐を操るスキルを持ってるとか。あとは神の使いの白い鹿を連れてるって話も。八本脚で縦横無尽に動き回って、自分よりも遙かに大きいボスを倒したとかいう話もあるよ」
「絶対尾ひれが付いてるだろ。もう少し現実味のある話にしないと説得力がないぞ」
「掲示板に“レッジ討伐法検討スレ”とかあるし、ラスボスだって噂もあるんだよ」
「一プレイヤーに関する話題じゃないだろ……」
フゥの口から飛び出す突飛な話の数々に、カエデは胡乱な顔をする。
トーカも色々と言ってはいるが、レッジは一般プレイヤーであることには変わりないはずだ。宇宙に飛び出して開拓司令船アマテラスに穴を開けたとか、1670万色に光り輝きながら嵐の中を進んだとか、三段階の変身を残しているとか、そんな話は俄には信じられない。
「その辺の真偽を確かめるためにも、そしてミカゲ君に会うためにも、早く〈ワダツミ〉に行かないとねぇ」
「そうだな……っと。やっぱりユニークショップにも調理武器の店はなさそうだな」
wikiを眺めていたカエデは、〈スサノオ〉にめぼしい店がないことを見て肩を落とす。
「仕方ないね。それじゃあ、〈ダマスカス組合〉の工房に行ってみようよ。相談だけなら無料だってさ」
落胆するカエデの肩を叩き、フゥが次の策を提示する。懐は心許ないが、話を聞くだけなら無料とあれば、使わない手はない。
カエデもそれに賛同し、再び背筋を伸ばす。
そうして二人は工業区画にある〈ダマスカス組合〉の工房を目指して歩き出した。
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Tips
◇青鞘の太刀
青い鞘に納められた小ぶりな太刀。白鉄鋼製の刀身は軽く、駆け出しの剣士でも扱いやすい。
装備時、LP回復速度が5%増加する。
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