第683話「野外飯の味」

 カエデが惑星イザナミに降り立ち、フゥと行動を共にするようになってから、現実時間で3日が経過した。二人ともリアルでも忙しくしているため、時間が合うのは数時間程度だったが、仮想現実内では1日程度にまで引き延ばされる。

 フルダイブ式VR技術の発達に感心しながら、カエデはフゥと共にスキルを磨き、装備を拡充し、そして第二域と呼ばれる〈猛獣の森〉へと足を踏み入れるまでに至った。


「来るぞ!」

「ばっちこい!」


 木々が乱立し、倒木が横たわる森の中をカエデは風のように駆け抜ける。背後からは荒々しい吐息が迫り、腐葉土を踏み抜く力強い足音が響く。

 カエデは脇目も振らずに走り、そして木々の疎らな場所へと飛び出す。そこに待ち構えていたのは、大きなフライパンを携えたフゥだった。


「てやあああい! 『熱鍋叩き』ッ!」


 カエデとのすれ違いざま、フゥがフライパンを掲げる。瞬間的に加熱された鉄製のフライパンは赤く変色し、カエデを追いかけていたフォレストウルフの顔面を強かに叩いた。

 ジュッと毛を焦がす音と共に、狼の悲鳴が上がる。打撃に加えて顔面に火傷を負ったフォレストウルフは逆上し、フゥに鋭利な牙を向ける。


「――『二連斬り』ッ!」


 だが、その牙が少女に届くよりも早く、狼の脇腹を剣が切り裂く。二連の斬撃は的確に弱点を捉え、鮮やかな赤のエフェクトが吹き出した。


「ほあああっ! 『肉叩き』!」


 空中で体勢を崩し、地面に転がるフォレストウルフ。だがまだHPは削り切れていない。

 すぐさまフゥが近付き、フライパンの底で殴りつける。肉の潰れる音がして、狼は反撃すら許されずに事切れた。


「いよっし! いっちょあがりだね」

「フライパンとは思えない威力だな……」


 狼が完全に動かなくなったのを確認して、フゥは白い歯を零す。刀の血を払って鞘に納めながら、カエデは彼女の元に近づいた。

 二人は初日から装いを変え、随分と成長したことをその出で立ちから示している。

 フゥが着ているのは赤地の中華風の服で、防御力よりも動きやすさを重視したものだ。背中には調理道具やランタンの吊られたリュックを背負い、腰のベルトにはフライパンを提げている。

 荷物の多いフゥに対して、カエデは軽装だ。薄墨色の袴と白い道着を着て、腰に青い鞘の刀を佩いている。足下も足袋と草履と、隅々まで徹底した和装だ。


「〈料理〉スキルと〈杖術〉スキルの複合テク、結構使いやすくてありがたいね」


 腰の解体ナイフを引き抜き、倒したばかりの狼を捌きながらフゥが言う。

 ここ数日のプレイの中で、彼女は〈野営〉スキルも伸ばしていた。その恩恵として野外で調理をすることができるようになり、その最中に戦闘が発生したことで新たなテクニックが覚醒した。

 フライパンのような調理器具を武器として使うタイプのテクニックで、内容も料理に即した物になっている。複合テクニックであるため、序盤の技にしては威力と消費LPのバランスが良く、扱いやすかった。


戦う料理人バトルシェフ構成っていうテンプレもあるらしいな」

「そうなんだよ。私もそれを目指してみようかなぁ」


 序盤の金策として優秀ということもあり、戦闘職ながら〈料理〉スキルを取るプレイヤーは多い。そのため、この調理器具を武器とするテクニック群もよく知られていた。


「しかし、そのフライパンは使いにくくないか? 間合いも攻撃力も物足りないだろう」


 カエデは周囲を警戒しながら言う。

 調理戦闘系、と呼ばれるテクニックが優秀なのは、その発動条件が厳しいから、という理由もある。フライパンは重たい割に射程が短く、ディレイも長い。形状が特殊であるため使いにくい。

 そもそもフライパンからして戦闘を想定して作られていないため、元々の攻撃力は低いのだ。

 しかし、フゥはそんなことないよ、と首を振る。


「まあ小さいし、慣れは必要だけどね。普段からリアルでもフライパンは振ってるし、まあ使えないことはないかな。それに、カエデ君もいるしね」


 流石は料理人の娘と言うべきか、フゥのフライパン捌きは堂に入っていた。先ほどの狼戦でも、カエデが少し引くほどの殴りっぷりだった。

 そしてフゥが言ったように、彼女は一人で戦っているわけではない。カエデの扱う刀はフライパンより射程が広く、そして素早い。

 カエデの刀がメインのダメージソースとなり、フゥのフライパンは“火傷”や“気絶”などの状態異常を発生させる妨害役を担う。そんな分担が自然にできたため、〈猛獣の森〉でも問題なく戦えていた。


「カエデ君はどうなの? 私からみれば、凄い剣捌きだけど」


 フゥが質問を返す。

 カエデもまた装備を初期の“ビギナーズカタナ”から、“青鞘の太刀”というものに替えていた。


「使えないことはない。が、もう少し重さと長さが欲しいな。やっぱり真剣と比べるとおもちゃみたいだ」

「真剣触ったことあるんだ……」

「まあ、少しな」


 唖然とするフゥの言葉に、カエデは曖昧に答える。

 素直に空眼流の当主として日常的に真剣を使っていますと言えば、その瞬間に正体がばれる。何度か明かそうとも思ったが、結局ずるずると隠し通してきてしまった。

 彼女は今のところ、カエデを少々本格的な剣道場に通う剣道少年だと思っていた。


「しかし、これ以上強化するとスキルが足りなくなるんだよな……」


 眉を顰め、柄を撫でながらカエデは言葉を零す。

 “青鞘の太刀”は金額的にも随分無理をしたが、性能的にも今の彼が扱えるギリギリの代物だ。

 〈剣術〉スキルの要求レベルが21であり、彼はまだ17でしかない。まだ太刀の性能を十全に引き出せていないのだ。


「私としては、そのレベルで〈猛獣の森〉で戦えるのが凄いんだけどねぇ」


 〈猛獣の森〉の推奨戦闘スキルレベルは20以上だ。今回もフゥの〈杖術〉スキルが20を超えたのを機に、様子見でやってきただけなのである。

 それなのに、カエデは率先して囮を申し出て、森を徘徊するフォレストウルフを連れてきた。


「一本で足りないなら二本にしてみれば? なんつって」


 冗談交じりのフゥの言葉。しかし、カエデは興味深そうな目をして顎に指を当てた。


「なるほど。となると、ブルーブラッドの腕力値がもう少し必要か……」

「ホントに二刀流するつもりなの!?」


 真剣に考え始めるカエデを見て、フゥは目を丸くする。剣一本を慣れた様子で使うだけでも凄まじいのに、二刀流までできるとなれば、到底一般人とは思えない。


「一応、一通りの武器は使えるからな。刀二本くらいなら守備範囲内だ」

「へ、へえ……」


 フゥはもはやどう反応したらいいかも分からず、ただ乾いた声を出す。仮想現実時間で換算しても数日だけの付き合いだが、すでに彼女はカエデの底知れぬ技量に気づき始めていた。


「なんだか、ホントにトーカさんみたいだね」

「ごほっ! ふぉっほん。そ、そうかな……、どうだろう。よく分からないな」


 尊敬の眼差しを向けるフゥに、カエデはすっと顔を逸らす。似ているも何も、同門だ。それ以前に、彼女はカエデが手ずから育てた愛弟子である。


「トーカは一刀流なんだろう?」

「今はそうみたいだね。少し前までは二刀流もしてたみたいだけど」


 フゥもカエデも、レッジが更新しているブログは一通り読んでいる。その中でトーカが――何故か過去の記事は目元が黒棒で隠されていたりするが――二本の刀を使っていたことも書かれていた。とはいえ、最近の記事では、彼女が一刀流に回帰し、背丈よりも巨大な大太刀を使っていることも記されている。


「まあ、一刀流より二刀流の方が型も変わってくるし、バレる可能性も減るだろ……」


 当然と言えば当然だが、トーカもカエデもテクニック以外の剣の扱いは自然と空眼流のものになる。そのため、見比べれば二人が同じ動きをしていることに気付く者が出てくる可能性もあり、それを彼は危惧していた。

 二刀流を基本とすれば、一刀流を主軸に据えるトーカとの区別もでき、正体が露呈する心配も少しは減るはずだ。


「カエデ君? もう狼の解体終わったよ」

「おわっ!? ご、ごめん、ちょっと考え事をしてた」


 耳元で囁かれ、飛び上がりながら振り返る。カエデの背後に立つフゥは、きょとんとして首を傾げた。


「よし、もう少し狩るか。二刀流にするにしても、金を稼がないと」

「そうだね。っと、その前にせっかくだから狼肉を食べてみようよ」


 大声で誤魔化すカエデに、フゥがフライパンを掲げて提案する。

 今の彼女は〈野営〉スキルも伸ばしており、焚き火を作ることができる。つまり、フィールド上で料理ができるのだ。

 初めての〈猛獣の森〉で手に入れた最初の獲物は、自分たちで食べたいと彼女は考えていた。


「そ、そうだな。そうしよう」

「よしよし、じゃあお姉さんに任せてちょうだい!」


 頷くカエデを見て、フゥは張り切って胸を張る。

 焚き火を設置して五徳にフライパンを載せる。テクニックを使い、手に入れたばかりの狼肉と塩、いくつかの香辛料を投げ入れた。


「良い匂いだな」

「でしょ? 鶏肉とか鼠肉をそのまま焼いたのとはちょっと違うよね」


 フゥの〈料理〉スキルもレベルがあがり、手の込んだものを作れるようになってきた。肉もただ焼くのではなく、調味料で味を付けることができるのだ。

 たちまち森の中に香ばしい食欲をそそる香りが広がり、倒木に腰をおろしたカエデも思わず腹を撫でる。


「はい、おまたせ!」


 すぐに料理は完成し、フゥが皿を持ってカエデの隣に座る。

 シンプルな焼き肉だが、それだけに美味しそうだ。


「いただきます」

「どうぞ召し上がれー」


 カエデは早速、その肉の塊に齧り付く。

 こんがりと焼かれた肉に香辛料が纏われ、鼻腔と口腔が良い香りに満たされた。油と肉汁が渾然一体となり、喉を流れる。そのあとにやってくるのは野趣溢れる狼肉だ。

 筋が硬く、噛み切りにくいのもまた味がある。


「うんうん。カエデ君も良い食べっぷりだね」

「自分で狩った動物を食べるのは、また違った美味しさがあるからな」


 もぐもぐと口を動かしながら頷くカエデを見て、フゥも嬉しそうな顔で食べ始める。

 戦闘のあと、木々に囲まれた森の中で食べる肉。ただそれだけでも筆舌に尽くしがたい美味しさがある。

 更に言えば、肉食獣の焼き肉は攻撃力を上げるバフも付く。今後の狩りでも早速役立ってくれるのだ。


「ごちそうさま」

「お粗末様。はー、美味しかった!」


 二人は瞬く間に完食し、皿を砕く。

 腹も満たしたところでフゥは焚き火を片付け、フライパンを構える。カエデも刀に手を添え、ぐるりと周囲を見渡した。


「それじゃあ、また適当に引っ張ってくる」

「了解! 気をつけてね」


 軽やかな足取りで駆け出すカエデを、フゥはフライパンを振って見送る。

 二人の狩りは、もう少しだけ続く。


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Tips

◇鉄製のフライパン

 鉄製のフライパン。シンプルな形状で、片手で持つことに適している。初心者でも扱いやすく、多少乱暴に使っても壊れない頑丈さがある。

 通常、戦闘には使用できない。


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