第682話「狩りの仕上げ」
しばらく〈始まりの草原〉を歩き回りつつコックビークやグラスイーターを狩ったカエデたちは、所持重量限界を迎えたタイミングで〈スサノオ〉へと帰還することとなった。その道中、フゥは上機嫌で弾むように歩いていた。
「いやぁ、カエデ君って本当に強いんだね。こんなにいっぱい狩れたのは初めてだよ!」
いつもは重量限界よりも先にアンプルが尽きると言うフゥは、刀を携えて歩くカエデの肩をぽんぽんと叩く。
「これはリュックも買わないといけないかなぁ。背負うと移動速度が少し下がるんだけど、一度に沢山持って帰れた方がいいよね」
「その辺はよく分からん。任せてもいいか?」
「もちろん! お姉さんに任せてちょうだい!」
浮かれた顔で胸を叩き、フゥは請け合う。町の中に入った彼女は、カエデを連れて次の目的地に向かった。
「ここは……?」
訪れたのは建物に囲まれた広場だ。屋外にも関わらず、調理場や木工作業台といった生産設備が置かれている。
「生産広場だよ。無料で使える生産設備が揃ってるの。そこのキッチンを使わせて貰おう」
フゥは人のいない調理場を見つけ、席を確保する。
調理場は一口コンロと作業台と水場がコンパクトに纏まっており、最低限の料理ができるだけのものだ。
「コックビークとグラスイーターのお肉は焼いてから売った方が高いからね。塩とかも使わない素焼きでも、5ビットくらいは違うんだ」
「ほうほう」
たかが5ビット、されど5ビットである。
特に稼ぐ能力が乏しい序盤のプレイヤーにとっては、この僅かな差も相対的に大きなものになるのだ。
カエデの目の前で、フゥは背負っていた中華鍋を火に掛ける。そして、作業台の上に置いた肉を次々と鍋の中へ投入していった。
「随分豪快だな」
「リアルとは結構違うからね。具材をお鍋に入れて、タイミング良く振ればできるんだ」
〈料理〉スキルのテクニックが発動したのか、賑やかな音楽が流れ始める。
フゥはそのテンポに合わせて鍋を振り、肉に焼き目を付けていった。
「一度に作れるのは10個ずつ。〈料理〉スキルのレベルにもよるけどね。っと、完成!」
音楽が終わり、料理ができあがる。
調理場の収納から無限に出てくる皿に乗せれば、無事にアイテムとしてインベントリに納めることもできるようになった。
「せっかくだから食べて、と言いたいところだけどまだお腹いっぱいだよね」
「そうだな。また別の機会に頼む」
簡単に焼いただけの鶏肉だが、皮もパリッとしていて上手く仕上がっている。
とはいえ、二人ともまだオムライスが腹の中に残っているため、すぐに食べようという気は起きなかった。
フゥはそのまま残りの肉も焼き始め、手持ち無沙汰なカエデはwikiを開く。先の戦闘のなかで、気になるスキルがいくつかあった。
「〈戦闘技能〉と〈武装〉は、戦闘職なら必須のスキルなのか」
「そうだねぇ。あんまり取らない人はいないんじゃないかな」
〈戦闘技能〉スキルは〈補助アーツ〉よりも短時間ではあるが効果量の高い、爆発的な自己強化を行うテクニックが多く揃っている。攻撃力を上げたり、防御力を補強したり、戦闘に関連するものが多いのも特徴だ。
〈武装〉スキルはテクニックが少ないパッシブ系のものであり、レベルに応じて装備できる防具が変わってくる。より高性能な防具を身に着けるなら、取らなければならない。
どちらも戦闘職にとっては重要なものだ。
「〈戦闘技能〉はカートリッジを買わないとね。ウォーリアーパックなら『威圧』のカートリッジ持ってるはずだけど」
「ふむ……。これか」
カエデはインベントリの中を確認し、テクニックカートリッジを見つける。〈戦闘技能〉スキルの最初のテクニックである『威圧』を習得するためのものだ。
「行動系スキルっていうのもあるんだな」
「〈歩行〉とか〈水泳〉とかね。まあ、対応する動きをしてれば勝手に上がるから、あまり意識しなくてもいいと思うよ」
現在、カエデの合計スキルレベルは10を少し超えたところだ。一つのスキルでレベル10を超えてはいないため、まだ食料の支援は受けられる。
まだまだスキルには余裕があるため、上がるものは上がるに任せていた方がいい、とフゥは助言した。
「上限に引っかかってから、いらないスキルを下げていけばいいんだよ。って、wikiの受け売りなんだけどね」
そう言って彼女はぺろりと赤い舌を見せる。気がつけば料理は終わったようだった。
「それじゃあお肉とか売って、必要なものを買いそろえようか」
「分かった」
歩き出すフゥに続き、カエデは場所を移動する。次に向かったのは〈スサノオ〉の中心、中央制御塔のロビーだった。
ずらりと並ぶ制御端末の一つを選び、フゥは任務を受けていく。
「納品系の依頼はアイテムを揃えてから受けても良いからね。普通にNPCに売るよりも報酬が美味しいから、良い任務があるかこまめに確認したほうがいいよ」
「任務はいつも同じものが出てるわけじゃないのか?」
「リアルタイムで変わってくよ。別の人が受けちゃったらそれはもう受けられないし。大体何時でも出てる任務もあるけどね」
結局フゥは、コックビークの羽5枚とグラスイーターの生皮3枚、更にそれぞれの焼き肉5つずつという任務を受注し、すぐに完了させる。それだけでも纏まった金額を得られたのか、ほくほく顔だ。
「今日は運が良かったね。依頼報酬がビットじゃなくて現物の時もあるんだけど」
そんなことを言いながら、彼女は制御塔の周辺に広がるベースラインへと向かう。
「この辺に揃ってるのは、スキルカートリッジショップとかスキンショップとかバックアップセンターとか。まあ、必要不可欠な施設ばっかりなんだ。他の町でも同じお店があるみたいだよ」
「ほうほう」
まだプレイ開始から数時間程度しか経っていないカエデに、フゥは丁寧に町のことを教えてやる。カエデもそれをしっかりと記憶するように、まわりの景色を見渡しながら頷いた。
「商業区画の専門店で売ればアイテムも高く買い取ってもらえるんだけど、面倒だからベースラインの総合ショップで全部売っちゃう方が多いかな」
「色々芸が細かいんだなあ」
「そう言うのも面白いよね。たまに難しくて混乱しちゃうけど」
二人はベースラインにあるショップへ入り、そこでドロップアイテムを全て売り払う。ここでようやく、一回の狩りでの稼ぎが確定するのだ。
「とまあ、こんな感じの流れだね」
「これは……リュックを買った方がいいな」
フィールドで狩りをして、ドロップアイテムを集め、加工できるものは加工して、任務があればそれを使い、残ったドロップアイテムは売り払う。
なかなかに手順が多いことを実感したカエデは、所持重量の補強が急務であると結論を出した。一度に運べる量を多くした方が、より効率的にこのサイクルを回すことができる。
「だよね。これなら、クリエイターパックかサバイバーパックを選んでおけば良かったよ」
開拓司令船アマテラスの中で事前に選択できる支援物資は、個人のおおよその希望に応じて中身が変わる。
カエデとフゥが選んだウォーリアーパックは近接戦闘職向けのもので、LP回復アンプルや応急修理マルチマテリアルなどが入っていた。
「今更言ってもしかたがない。どうせ、いつでも買えるんだろ?」
「まあね。とりあえず私は解体ナイフと『解体』のカートリッジ、あとはリュックを買いたいな」
「解体ナイフを買いたいな、と。あっ」
「はははっ! カエデ君もそういうこと言うんだね」
カエデがつい零れた駄洒落に、思わず口を抑える。それを聞いたフゥは無邪気に笑い、意外そうな顔で彼を見た。
「クールな剣士って感じがしてたから、ちょっと驚いちゃった。でも良いと思うよ」
「お、おう……。そうか」
いつも家族の前で言うと冷ややかな視線に晒されていただけに、カエデは逆に戸惑ってしまう。フゥはそんな彼の肩を叩き、尻尾を揺らして歩き出す。
「それじゃあ買い物に行こうか。カエデ君も欲しいのがあったら遠慮無く言ってね」
お姉さんに任せなさい、と胸を叩くフゥ。
今回の狩りの稼ぎは彼女が全て持っているためだろうが、今後も財布係は彼女になりそうだ。
「ふむ……」
いつの間にか、今後もフゥと活動することを自然に考えていたカエデは、そのことに気付いて驚く。息子たちの幼馴染みであるということを抜きにしても、気さくなフゥの隣は過ごしやすかった。
この年になって、久しく忘れていた友人との日々を思い出す。
「カエデ君、こっちだよー」
「ああ、すまん」
先へ行くフゥの後を追って、カエデは歩き出す。
彼の中でようやく惑星イザナミでの生活が始まったような気がした。
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Tips
◇コックビークの焼き肉
コックビークの肉をこんがりと焼いたもの。野趣溢れる味わいで、噛み応えもある。僅かに満腹度を回復する。
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