第681話「金策はつきもの」

「ぐふぅ。腹がはち切れそうだ……」

「ごめんね、私がちゃんと確認しなかったから」


 二人がかりでなんとか巨大オムライスを食べきったカエデとフゥは、膨れた腹を抱えて〈新天地〉を出る。

 どう考えても物理的に収まる量ではなかったはずだが、長年の鍛錬で培った気合いで乗り越えることができたのは、ここが仮想現実の世界だからだろう。


「普通に制限時間越えちゃったなぁ。お金……」


 腹は満たされたが、フゥの懐は寒々しい。

 チャレンジメニューは時間内に食べ終えれば料金は無料になる。しかし、二人がかりでも余裕で1時間以上掛かったため、当然数千ビットが消し飛んだ。

 まだまだ初心者の域を出ないフゥにとっては、かなり手痛い出費である。


「なんでそんなものを……。別に俺は緑茶だけで良かったんだが」

「せっかく二人でパーティ結成したのに、飲み物だけって寂しいじゃん」


 胸を張って言うフゥに、カエデは思わず肩を竦める。

 彼女がそんなことを言うのは、料理屋の娘だからだろうか、と少し考えを巡らせた。

 村では数少ない飲食店ということもあり、龍々亭はちょっとした祝い事の時にも利用することがある。満漢全席とまでは行かないが、かなり豪勢なコース料理まで対応してくれるのはありがたかった。


「〈白鹿庵〉のレティって人は、あれを一人で食べるのか?」

「それどころか、毎週ミスリル級を達成してるらしいよ」

「バケモンかよ」


 カエデたちが食べたのはチャレンジメニューでも最も易しいブロンズ級だ。それよりも更に五段階上のミスリル級となれば、いったいどれほどの量なのか。彼はぶるりと震えた。


「とりあえず、腹ごしらえもしたしフィールドに出掛けようよ」

「そうだな。……もうだいぶ苦しくなくなったな」

「現実の胃袋に何か入ったわけじゃないからね。どれだけ食べても太らないし、仮想現実っていいよねぇ」


 あれだけ食べたのにもうそんな事が言えるのか。とカエデは戦慄を覚える。妻もたまに言っている、甘い物は別腹というやつだろうか。

 それはともかく、二人はいよいよフィールドへと繰り出すこととなった。


「〈スサノオ〉の町は、どの方角の門から出ても〈始まりの草原〉ってフィールドに繋がってるんだ。とりあえず、そこで戦ってみよう。お姉さんが案内してあげるよ」

「お姉さんって、俺の方が年上だと思うんだが……」


 足取り軽く大通りを歩くフゥの言葉に、カエデは思わず首筋に手を当てる。

 中身はいい年をしたおっさんだが、外見は十代の若々しいものだ。傍から見れば若干、フゥの方が年上にも見える。


VRここじゃリアルの話は関係ないんでしょ? それなら、FPO歴の長い私の方がお姉さんだよ」

「そういうもんかね。じゃあまあ、よろしく頼むよ」


 二人は町を囲む背の高い都市防壁を越え、なだらかな地形の広がる草原へと出る。燦々と明るい陽光が降り注ぐ〈始まりの草原〉には、カエデと同じような出で立ちの初心者プレイヤーと、大きな鶏のような原生生物が散在していた。


「あの鶏は“コックビーク”っていうエネミーね。めちゃくちゃ強いわけじゃないけど、最初はやっぱり戦うのが怖いと思うし、お姉さんがお手本を見せてあげるよ」

「うん? 別にいいんだが……」

「まあまあ、任せてちょうだい!」


 鶏なら何度も絞めたことがあるし、大きいぶん現実より戦いやすい。とはいえ、張り切るフゥを前にしてはそれを理由に断るのも忍びなく、カエデは素直に見学することにした。


「私の武器はこれだよ。“ウッドポール”っていうの」


 フゥは腰のベルトに吊っていた天叢雲剣を手に取り、武器形態へと変形させる。それは焦げ茶色のシンプルな杖だった。長さはおよそ1.5メートルほどで、特に装飾などもない。ゲームに慣れた者が見れば、いかにもと思うような初期の武器である。

 実際、フゥが〈杖術〉スキルがレベル10になったのを機に〈スサノオ〉の市場で買ったばかりの新顔だ。彼女自身、まだ数回しか使っていない。


「よし、じゃあ行くよ!」


 近くにいたコックビークに狙いを定め、フゥは戦闘を始める。


「『威圧』ッ! やああっ!」


 威勢の良い声を上げ、草を突いていたコックビークを驚かせる。突然の恐怖に混乱する相手に向けて、フゥは杖を振り上げる。


「『破砕打』ッ!」


 勢いよく振り下ろされた杖は、側面で鳥の背中を叩く。しかし、大きな体を支える強靱な骨格と羽毛によって、あまり効果は発揮されない。

 それを元々想定していたフゥは、間髪入れず次の“型”へと移った。


「『三連どぅわっ!?」


 しかし、“発声”のタイミングでコックビークが反撃に出る。野生の世界で鍛え上げられた強靱な脚力を遺憾なく発揮し、茶褐色の翼を広げて跳躍する。

 体のサイズが大きいだけに、それだけでフゥは驚き動きを鈍らせてしまった。

 その明確な隙を見逃すはずもなく、コックビークは鋭利な鉤爪を彼女に向けた。


「――『スラッシュ』ッ!」


 だが、その凶刃がフゥの顔を裂くよりも早く、鋭い斬撃が鳥を叩き落とす。


「うわっ!? カエデ君!」

「相手の正面に立つのは不利だ。できれば背後、そうでなくとも体側から攻撃した方がいい」


 いつもの癖でフゥの行動の問題点を指摘しながら、カエデは刀を正面に構える。フゥの『破砕打』とカエデの『スラッシュ』を受けたものの、コックビークは今だ半分ほどのHPを残している。


「コックビークは嘴と爪が武器だから、それだけを注意してればいい。羽を広げるのは――」


 戦闘に乱入してきたカエデを睨み、コックビークが翼を広げる。威嚇のポーズだったが、カエデは臆する様子もなく刀を振り上げる。


「むしろ弱点を曝け出している」


 振り下ろし、振り上げる。瞬時に放たれた二連の斬撃が、コックビークの羽の根元を裂く。

 赤いエフェクトが吹き出し、コックビークのHPが大きく削れた。けたたましい鳴き声を上げるが、それでもまだ絶命には至らない。


「くっ! リアルならこれで切れてるはずなんだがな」


 カエデがコックビークを倒しきれない理由は単純で、彼のスキルとステータスが低いからだ。ほぼ初期値の能力に攻撃力が最低限しかない初期装備では、最初のフィールドの最弱の原生生物といえど易々とは倒せない。

 しかし――。


「とりゃあああっ! 『三連打』ッ!」


 カエデに怒りを向けるコックビークの死角から、矢継ぎ早に杖が叩き込まれる。三回連続の殴打は鳥を地面に落とし、ガリガリとHPを削っていく。


「とどめはシンプルに、殴る!」


 残り僅かになったHPを見て、フゥはとどめの攻撃を放つ。テクニックですらない通常攻撃で、コックビークは事切れた。


「ふぅ。いっちょ上がりってね」


 やり遂げた顔で額の汗を拭うフゥは、刀を鞘に納めていたカエデの方へ振り返る。


「ありがとう、カエデ君。ほんとに強いんだね」

「まあな。けどまあ、最後の攻撃は良かったよ」


 羽を切った後もカエデはそのまま戦えただろう。しかし、攻撃力が足りないため戦闘は長引いたはずだ。

 数日だけとは言え自分よりも先を行くフゥの攻撃力があったからこそ、早期に戦いを終えられた。


「でも凄かったよ! 私、初めて無傷で勝てたから」

「ええ……。今まで負けてたのか」

「ま、負けてたわけじゃないけど、1度か2度くらいは攻撃受けてたね。だからほら」


 そう言って、フゥはベルトを見せる。

 そこにはガラス製の試験管のようなものが数本挿さっており、そこには薄緑色の薬液が封入されていた。


「LP回復アンプルも常備してるんだよね」

「戦いの度にそれを使ってるのか」

「うん。だからなかなかお金も貯まんないんだよねぇ」


 フゥは苦笑して頬を掻く。

 LP回復アンプルは一番安い等級のものだが、それでも戦闘ごとに一つ使うとなればそれなりの出費だ。


「〈料理〉スキルに手を出したのは、その辺も理由なんだよ。自分で狩った鶏肉とか鼠肉を焼けば食費も浮くし、生肉そのままより少し高く売れるし」


 調査開拓員には満腹度と潤喉度というステータスが存在する。腹の満たされ具合と喉の乾き具合を示すもので、どちらも一定値を下回ると行動に制限が掛かる。

 本当に初期の頃であれば中央制御区域にいるNPCから標準支給レーションと水筒を貰えるのだが、スキルが一つでもレベル10を越えるとそれも貰えなくなる。

 金策も兼ねて一時的にでも〈料理〉スキルを取るのは、駆け出し戦闘職の定石でもあった。


「カエデ君もアンプルホルダーは買った方がいいよ。アンプル自体はウォーリアーパックを選んでたら何本か持ってるはずだけど」

「そうだなぁ。……今のところは別に良いかな」

「ええっ!?」


 アドバイスをするフゥだったが、カエデは少し考えて首を横に振る。不満そうに頬を膨らせるフゥに対して、彼は苦笑しながら理由を話した。


「見たところ、コックビークくらいの動きなら対応できそうだ。当たらなけりゃ、LPを回復することもないだろう?」

「それは……。いやいや、ダメだよ! LPはテクニックを使っても消費するんだからね。一応、アンプルはいつでも使えるようにしないと」


 自信に満ちたカエデの言葉に納得しかけたフゥだったが、直前で思いとどまる。

 調査開拓員にとってLPは命の量であると同時に、行動の量でもある。攻撃を受けても放っても、どちらにしろ減ってしまうのだ。


「そう言えばそうだったか……」


 そのことをすっかり忘れていたカエデは、視界の端に表示されている自分のLPを確認する。

 コックビークからの攻撃は受けていないが、『スラッシュ』を使ったために少し減少していた。


「後で売ってるところを教えてくれ。それと、装備なんかで攻撃力を上げたりできないか?」

「もちろん! お姉さんに任せて! 少しだけど攻撃力が上がるアクセサリが貰える任務もあるんだ」


 素直に従うカエデに、フゥも満足げに頷く。

 そうと決まれば、先立つものは金である。フゥは倒したコックビークへと近付き、ドロップアイテムを回収する。


「ほんとは〈解体〉スキルも上げたいんだよね。でも、解体ナイフが買えなくて」

「〈解体〉スキル……。これか、“原生生物を捌き、効率的に糧を得る”。要はドロップアイテムが増えるスキルか」

「そうそう。それがあれば、金策効率ももっと上がるんだよ」


 お金貯めないとなぁ、とフゥがぼやく。

 それならば〈新天地〉でチャレンジメニューなど頼まなければ、と再び思うカエデだったが、その言葉は飲み込む。あれは彼女なりの歓迎の仕方だったのだ。


「金は稼げばいいさ。今度は俺一人に任せてくれ」

「そっか、そうだね。うん、じゃあお姉さんが見守ってあげよう」


 次は自分の実力を確かめたい。そんな思いでカエデが進言する。フゥもそれに頷き、立ち上がる。

 二人は次なる獲物を探して、草原を歩き出した。


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Tips

◇“ウッドポール”

 若木の枝を整えただけのシンプルな杖。軽量で扱いやすいが、威力は低い。修繕がしやすい。


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最近全然17:05の定期更新が守れていないのと、レッジではない別視点がしばらく続きますので、17章は(私の怠惰がない限り)朝夕の2回更新の2倍速でお送りします。朝は大体06:05、夕はおよそ17:05に投稿します。

また、第16章は短いですが第676話で完結とし、カエデ視点は第17章として扱います。変則的になりますが、ご理解いただけると幸いです。

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