第680話「結成と初戦闘」

 数奇な出会いから行動を共にすることになったカエデとフゥの二人は、ひとまず今後の活動について話し合うため場所を移動することにした。


「喫茶〈新天地〉?」

「うん。あの〈白鹿庵〉も御用達のお店なんだって」


 フゥがカエデを連れてやって来たのは、商業区画の一角に建つ瀟洒な店構えの喫茶店だった。ひとけの疎らな路地にあり、静かな雰囲気の中で佇んでいる。

 フゥがドアを押し開けると、乾いたベルの音が店内に鳴り響いた。


『いらっしゃいませ。喫茶〈新天地〉へようこそ』

「ほああ。可愛いメイドさんだ!」


 店内に立ち入った二人を出迎えたのは、シックなメイド服に身を包んだNPCだ。滑らかな口調と共に恭しく頭を下げる店員に、フゥが琥珀色の目を輝かせる。


『こちらのお席をどうぞご利用下さい』

「ありがとうございます!」


 ボックス席のソファに座り、向かい合う二人。着席と同時に現れたメニューウィンドウを眺め、カエデが眉を動かした。


「ただの純喫茶かと思ったが、料理が多いな」

「その料理がウリのお店なんだよ。サイズもS、M、L、DX、DXG,DXGEXの六種類展開! Mでもかなり大きくて、大食いの聖地とも言われてるんだ」

「へぇ。また随分変わった店だな。どうしてまた〈白鹿庵〉がこの店を気に入ってるんだ」

「副リーダーのレティさんが沢山食べる人なんだって。その筋では有名らしいよ」


 どうやらフゥは〈白鹿庵〉について深く知っている様子だ。それを察したカエデは、この機会に色々と聞いてみようと画策する。


「〈白鹿庵〉について、色々教えてくれないか?」

「そうだね。まずはバンドってシステムからかな」


 カエデが全くの初心者であることを思い出し、フゥは基本的な所から説明する。バンドとは5人以上のプレイヤーで結成される集団であること、ガレージや専用通話回線などの機能が解放されることなど。

 それらの知識を共有したうえで、〈白鹿庵〉についての説明を始める。


「〈白鹿庵〉はレッジさんっていうプレイヤーが作ったバンドだね。副リーダーはレティさん。メンバーは七人だよ」

「七人っていうのは、少ないのか?」

「まあそうだと思うよ。極端な例だけど、〈大鷲の騎士団〉なんかは数百人規模らしいし」


 本当に極端だけどね、とフゥは苦笑する。

 ともかく、〈白鹿庵〉というバンドはレッジが設立した少数精鋭の集団のようだ。


「ああ、そうだ。レッジさんがブログを書いてるんだよ。そこにメンバーの写真も載ってるよ」


 ぱちんと手を叩き、フゥはウィンドウを開く。ゲーム内から接続できるブラウザアプリで、個人ユーザーのブログサイトが表示されていた。

 デザインも素っ気ないシンプルなサイトだが、右カラムに表示された閲覧数カウントが物凄い数字になっている。

 フゥがサイトのトップに固定された記事を選択すると、〈白鹿庵〉についての紹介文が書かれたページが開かれた。


「なっ! なんだこれは!」


 それを見て、カエデは思わず声を上げる。

 記事に貼られた一枚の写真。それはゲーム内で撮られたスクリーンショットだった。海沿いらしい砂浜に、七人のプレイヤーが立っている。

 そのうちの二人――袴姿の剣士の少女と忍装束の青年については敢えて触れない。それよりもカエデが無視できなかったのは、その男女比だった。


「女の子ばっかりじゃないか!」

「あはは。そうだよねぇ。でもミカゲ君はあんまり意識してないみたいだからいいかなって」

「つまりこれ、レッジが誑かしてるってことなのか?」


 場合によってはすぐさま斬りに行かねばならぬ。グツグツと沸騰を始める腸を抑えながら、カエデは震える。

 そんな彼の内心を知ってか知らずか、フゥは明るい声で笑い飛ばした。


「そういうわけでもないみたい。レッジさんと他のメンバーの浮いた話も聞かないし」

「そ、そうか……」


 フゥの声を聞いて、カエデも落ち着きを取り戻す。

 そもそも、ここはFPOの世界だ。リアルではない以上、そう恋愛関係が発展することもないだろう。

 今のところはひとまず、レッジが女性プレイヤーを誑かす不埒な輩ではないと思っておく。


「そういえば、カエデ君はどうしてレッジさんに会いたいの?」

「強い奴だと聞いたからな。ぜひ手合わせしてもらいたい」

「へぇ。カエデ君、実力の自信ありって感じなんだ」


 驚くフゥに、カエデは曖昧に笑って誤魔化す。長い歴史を持つ古武術流派の当主であると伝えると、それを切っ掛けに正体がバレてしまう可能性もある。


「そういえば、ウチの近所にも大きい道場があってね――」

「うおっほん! フゥ、そういうリアルに関わることはあまり言わない方がいいぞ」

「ああ、そっか。ごめんごめん」


 軽率な発言をしかけたフゥを、カエデは慌てて止める。内心冷や汗が止まらないが、当の本人は分かっているのかいないのかいまいち判別できない。


「フゥは生産職にも手を出してると言ってたが、どういうスキル構成なんだ?」


 話題を自分から遠ざけるため、カエデは新たな話を切り出す。とはいえ、こちらも重要な話だ。これから二人は共に行動するのだから、お互いにできる事とできない事を把握しておく必要がある。

 フゥもよくぞ聞いてくれましたと三角の耳を揺らし、スキルウィンドウを開いた。


「戦闘系は〈杖術〉スキルだよ。一通り武器は使ってみたんだけど、刃物は怖くって。それと〈料理〉スキル! 実は料理も得意なんだー」

「なるほど。その中華鍋はそのためか」


 カエデはフゥが背負っていた大きな中華鍋を思い出す。今はソファに乗せられているものだ。


「うん。“背負い大鍋”って言って、調理道具にも防具にもなる優れものなんだよ」


 彼女は自慢げに鍋をテーブルの上に載せる。

 黒く油の艶が全体にある鍋は、滑らかに湾曲している。家庭用とは到底思えないサイズで、重量感があった。


「実は私、リアルだと中華屋の――」

「ごほん! げほん!」

「あっ、ごめんごめん。なんかカエデ君とは初めて会った気がしなくて、つい口が緩んじゃうよ」

「……まあ、気をつけてくれ」


 これはログアウトしたら胃薬を買った方がいいかもしれない、とカエデは遠い目をして思う。まさかこんな所でこんなプレッシャーを受けるとは。


「ともかく、私リアルでも結構料理は得意だからね。カエデ君にもご馳走してあげるよ」

「そりゃ嬉しいね。楽しみにしてるよ」


 龍々亭はそれなりに古い創業の店だ。カエデ自身、幼少期から親や門下生に連れられてよく通っていた。

 流石にその味がゲームで再現できるとは思わないが、信頼は置いている。


「とにかく、〈杖術〉スキルと〈料理〉スキルの二足のわらじなんだ。迷惑掛けちゃうかもしれないけど……」

「別に良い。むしろ、料理ができる人がいた方が心強いだろ」


 戦力は自分だけでなんとかなるだろう。そんな考えのもと、カエデは頷く。FPOはリアルな世界であるが故に、現実での技量がかなり有利に働く。そのことは基礎訓練プログラムの中で分かっていた。

 カエデがあっさりと受け入れたのを見て、フゥは硬直する。そして、中華鍋を脇に置いて彼の手を掴んだ。


「ありがとう! よろしくね!」

「ああ。うん」


 そう言えば昔から元気な子だったなぁ。と、カエデは目をそらしながら思い出す。夏も息子たちと一緒に遊んで、良く日に焼けていた。


「それで、カエデ君の構成は? もう決まってたりするの?」

「とりあえず、刀を使おうかと。別に他の武器でも良いんだが……ちょっとした意地だ」

「なるほど?」


 鞘を撫でながら言うカエデを見て、フゥは僅かに首を傾げる。言葉の意味するところはともかく、カエデが剣士としてスキルを鍛える事は分かったようだ。


「となると杖使いに剣士か。アタッカーとアタッカーで、アタッカーが被っちゃったね」

「アタッカー?」

「いわゆる攻撃職だね。一応、後衛から回復とかしてくれる支援職バッファーとか、敵からの攻撃を引き受ける盾職タンクなんかがいると、バランスが良いらしいんだけど」


 説明を聞き、カエデは一つ頷く。多人数で協力してプレイできるオンラインゲームならではの役割分けなのだろう。


「しかし、見境無く仲間を募っても統率が取れなくなる。俺たちはたまたま、〈白鹿庵〉のメンバーに会いたいという目的が一致してたけどな」

「それもそっか。とりあえず二人で一緒にフィールドに出てみて、どうにもならなそうなら考えてみるくらいがいいのかな」


 フゥの示した方針にカエデも賛同する。

 そもそも、カエデは敵からの攻撃は全て躱すつもりでいるため、他のメンバーはいらないと考えていた。


「それなら、この後フィールドに出てみよう」

「そうだな。俺はまだ町の外に出てないし」


 緑茶が冷めない間に話は纏まった。

 早速席を立とうとするカエデだったが、フゥがそれを引き留める。


「まあまあ。それよりも、腹が減っては戦ができぬって言うでしょ。今日はフゥさんの奢りだからドーンと食べようよ!」

「ドーンとって……」


 パーティの結成記念も兼ねてか、フゥは上機嫌でメニューウィンドウをタップする。


「お、“新天地特製週替わりチャレンジメニュー”なんてあるみたいだよ!」

「それってヤバいんじゃ――」


 止めようとするカエデの手は僅かに届かず、フゥのウィンドウをタップする指の方が早かった。


『お待たせしました。今週の〈新天地〉特製週替わりチャレンジメニュー、“超ド級要塞オムライス~二種のソースあいがけ、ハンバーグと唐揚げの石垣造り風~”でございます』


 直後、メイド姿のNPCが二人がかりで大皿を運んできた。

 山のように巨大なオムライスが載っており、周囲には拳のようなハンバーグと唐揚げが石垣のように並んでいる。デミグラスソースとクリームソースが金色の卵にたっぷりと掛けられ、とても豪勢な一品だ。


「お、おい。フゥ、ちゃんとサイズを見て頼んだのか?」

「あ、あれえ……。おっかしいなぁ」


 優にテーブルの半分を占有する巨大な卵の山を見て、二人は絶句する。どう考えても、常識的な量ではない。


『こちら、チャレンジメニューのブロンズ級となります。1時間以内に完食できれば次のシルバー級へと挑戦可能です』

「ほあああ……」


 メイドの説明を聞きながら、カエデは慌ててメニューを確認する。

 〈新天地〉のチャレンジメニューは大食いプレイヤーたちにとって実力を示すバロメーターのようだ。ブロンズからミスリルまでの5等級に分かれており、恐ろしいことにこの巨大オムライスが最低等級である。

 初心者がいきなり無謀なメニューを頼むという事故を防止するためのシステムだと書いてあるが、どう考えても見積もりがあまい。


「フゥ、大食いは得意だったりするのか?」

「……へ、平均的な女子よりは食べられると思うけど」


 申し訳なさそうな顔でしょんぼりと耳を倒すフゥ。彼女を見て、再びオムライスの山を見て、くらりとよろめきそうになりながらもスプーンに手を伸ばす。


「とりあえず、食べられるだけ食べるぞ」

「う、うん。頑張ろう」


 そうして二人は、本当の戦いの前に別の戦いに挑む。

 前途多難な滑り出しに頭を抱えながら、カエデはデミグラスソースのかかった場所を掬い取って口に運ぶ。


「……美味いなぁ」


 普段は和食が中心のカエデにとって、洋食は物珍しいものだ。味自体はとてもよく、むしろ食欲が湧いてくる。

 これならいけるかもしれない。そんな淡い期待を胸に、カエデはフゥと共に城を攻めていった。


_/_/_/_/_/

Tips

◇“背負い大鍋”

 大きくて頑丈な黒鉄鋼製の中華鍋。よく油が染みこんでおり、初心者でも扱いやすい。背負えば背後を守る簡易的な防具にもなるため、戦う料理人におすすめ。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る