第679話「不意の遭遇」
『イラッシャイマセ!』
スキンショップを訪れたカエデを出迎えたのは、スケルトンのNPCだった。
「スキンショップのくせに、店員はスキンを張ってないのか」
『スキンヲ試着サレル場合ハ、アチラノ試着室ヲ、ゴリヨウクダサイ!』
会話も微妙に合わず、声も合成音声っぽい無機質なものだ。ポッド着地点にいたガイドNPCよりも更に低級なNPCなのかもしれない、とカエデは予想する。
ともかく、ショップの中には更衣室がずらりと並び、カエデと同じく初心者らしいスケルトンのプレイヤーが次々と中に入っていく。同じ更衣室に何人も入っているようだが、特に問題はないらしい。
カエデは周囲の流れのまま、適当な更衣室へと入る。
「とはいえ、こういうのは苦手だな……」
スキンはかなり自由に設定できるが、それだけにカエデのようなセンスのない者は途方にくれてしまう。しかし、彼のような者を想定してか、プリセットや便利な機能も実装されていた。
「ほう、リアルの顔面を再現できるのか」
その内の一つとして、現実の顔をトレースするというものもある。トレースといっても、限られたパーツの中から近いものを選ぶためそっくりそのままとはいかないが、ボタン一つで慣れた顔になれるのはカエデにもありがたい機能だ。
「おお、若くしたり老けさせたりもできるんだな」
更にシミュレーション機能により、年齢を変えることもできた。皺を増やしたり、逆に張りを持たせたり、毛を太くしっかりとさせたり、白髪を増やしてみたり。次々と変わる自分の顔に、カエデは思わず口元を緩める。
「ふむふむ……。これなんか、学生時代に近いんじゃないか」
そう言ってカエデはスキンを決定する。
わざわざ仮想現実でまで、薄くなってきた頭髪や皺の増えた頬を再現する必要は無い。それも味かも知れないが、せっかくだから若々しくしてみよう。
そんな思いでスキンを張ったカエデは、足取り軽くショップを出る。腰には刀を佩き、スキンを張ったことで初期装備の白い服も自動的に装備した。
「ふんふん。長い髪も久々だな」
ショップから現れた彼は、艶のある長い黒髪を一束に纏めた、童顔の青年だった。肌は白く、線は細く、一見すれば少女のように見えなくもない。
「昔はこの顔のせいで絡まれたりもしたが、手加減の練習ができたと思えば良い経験だったな」
通りに面した建物のガラス窓に映る自分の顔を見て、思わずにやついてしまう。
生来の童顔に、体格にも恵まれず、更に名前もどちらかというと女に多いものだった。それだけに色々とトラブルもあったが、からかってきた奴は全員返り討ちにした。
こんな姿を子供たちや妻に見られでもしたら、その瞬間に家庭内地位が地に落ちるが、大丈夫だとカエデは自信を持っている。
そもそも、家族にもバレないようにこの相貌にしたということもある。妻とも出会う前であるし、娘や息子に至っては存在すらしなかった時代の顔だ。
「ともかく、レッジとかいう奴の顔を一目見てやらんとな」
ぎゅっと刀の柄を握り、カエデは改めて気合いを入れる。
彼が家族に隠れ、長年貯め込んできたへそくりを崩してまで高価なヘッドセットを購入し、瞑想用の離れに電気とネット回線を引き込み、こうしてFPOの世界へとやってきたのは、ただ一人のプレイヤーをその目で見るためだった。
「ともかく、レッジに会うにはどうすればいいか……。その前に奴を叩きのめせるくらいに強くならんといかんか」
現実ならともかく、仮想現実ではシステムが全てを支配する。いくら上手く動けても、そもそものスキルレベルやステータスが低ければ弱い。
カエデもいい年ではあるが、若かりし頃は稽古の合間に少しくらいはゲームに興じていたこともある。なので分かるのだ。ゲームで戦うのなら、レベルを上げて物理で殴る必要があると。
「さて、どうしたもんか」
中央制御区域の真ん中で、カエデは立ち止まる。
すぐに町の外に出て原生生物とやらと戦っても良いが、先に中央制御塔で任務を受ける方が効率的かもしれない。しかし、自分がどの程度戦えるかもよく分からない。
「あのー、もしかしてお困りですか?」
その時、不意にカエデへ声が掛けられた。若い少女の声に首を傾げながら振り向いた彼は、その正体を見て思わず目を見開く。
「マッ!? ごほっげほっ」
「ちょっ!? 大丈夫ですか? すみません、突然驚かせちゃって」
「い、いや。大丈夫。問題ない。ごめんね、ちょっと知り合いに似てたもんだから……」
急いで呼吸を落ち着けながら、カエデはぶんぶんと首を振る。目を擦り、もう一度正面に立つ少女を見る。
タイプ-ライカンスロープ。それも猫型の機体だろうか。淡いオレンジ色の髪に黒い筋が入った様子は虎のようにも見える。獣濃度は薄めで、腕や体は人間に近い。良く焼けた小麦色の肌で、活発そうな大きな瞳は琥珀色だ。
色々と違っているものの、分かる者には分かってしまう。
(この子、
カエデは口を塞ぎ、言葉が飛び出さないように抑えながら驚く。オンラインゲームでリアルについて言及すること、特にリアバレに関してはシビアな問題だ。
(なんで真ちゃんが……。ていうか、どんな確率だよ!)
内心穏やかではないカエデに、少女はきょとんと首を傾げる。彼女の方はカエデの正体に気付いていないようだった。
「えっと、私はフゥっていうの。中国語で虎って意味だよ」
「な、なるほどー。俺はカエデだ」
「カエデ? へぇ、私の知り合いにもカエデって人がいるんだよ。幼馴染みのお父さんなんだけどね――」
「そ、そっか-! それで、まっ――フゥさんはどうして俺に声を掛けてきたんだ?」
思わず口が滑りそうになり、頬を叩いて言い直す。そんなカエデの様子に驚きつつも、フゥは答えた。
「えへへ。実は私もカエデ君のこと他人とは思えなくて。全然知らない人なんだけど、ごめんね」
「いや、うん。まあ、お互い様だしな」
冷や汗で背中を濡らしながら、カエデは曖昧に頷く。できることなら、今すぐこの場から走って逃げたい。
「それで、カエデ君は何をしようとしてたの? 私も始めたばかりだけど、良かったら案内するよ」
フゥはカエデの出で立ちを見て初心者であると判断したようだ。初期装備に身を包み、きょろきょろと周囲を見渡して落ち着かない様子なのだから、一目見れば分かる。
彼女の方もプレイから日は浅いものの、初期装備を脱してはいるようだった。
「実はレッジってプレイヤーを探してるんだが……」
どうせ言ったところで分からないだろう。そんな思いで探し人の名を口にする。
すると、フゥは驚いた様子で目を丸くした。
「嘘!? レッジって、あのレッジ? えっと〈白鹿庵〉の……」
「それは分からんが、強いらしいな」
非常に癪だが、娘が認めているのだ。その実力は確かだろう。あまり納得したくないが、恐らくは強いはずだ。
カエデは、フゥの様子からレッジがかなりの有名人であると察する。まだプレイ歴の浅い彼女でさえ知っているのだ。
「実は、私も〈白鹿庵〉のメンバーに会いたくてFPOを始めたんだ。ミカゲ君って言うらしいんだけど」
「ごふっ!?」
「ちょ、カエデ君!?」
突然むせる少年に、フゥが慌てる。カエデはよろよろと立ち上がり、遠のく意識を必死に抑えた。
「いや、うん。なんでもない。……もしかしてだが、〈白鹿庵〉というグループには剣士の女の子もいたりするのか?」
「わあ、カエデ君も〈白鹿庵〉は知ってるんだね。ミカゲ君とトーカさんは姉弟なんだよ」
「へー、そっかー」
もはや大きなリアクションすら取れなかった。
カエデが言えたことではないが、二人とも名前が安直すぎる。一人は名字、一人は本名そのままとは。
ついでに言えば、レッジとやらはトーカと同じグループに所属しているらしい。これはなかなか、許せない。
「ね、カエデ君。良かったらしばらく一緒に行動しない? 〈白鹿庵〉の拠点は離れた町にあるらしくて、そこまでいくにはフィールドのボスを倒さないといけないんだよね」
「なるほど……」
カエデはフゥの提案にぴくりと反応する。
二人とも〈白鹿庵〉のメンバーを目指していることが判明した以上、バラバラに進む理由もない。向こうはともかく、こちらは相手の素性もなんとなく察してしまっているのが気がかりだが、まあ問題はないだろう。
「よし、じゃあそうしよう」
「やったぁ! 私、生産の方にも手を出しちゃって、戦力的に心許なかったんだよね」
カエデが頷くと、フゥは跳び上がって喜ぶ。よくよく見てみれば、フゥは背中に大きな中華鍋を背負っていた。
なるほど、
龍々亭は一家でよくお世話になっている店だ。最近は娘の暴走で飯当番がダウンした際に出前を頼んだ。
「それじゃあフレンド登録して、パーティも組もっか」
「ああ。よろしく頼む」
嬉しそうにフレンドカードを差し出すフゥに、カエデも表情を崩しながら応じる。
外見で言えば二人は姉弟と言っても通じそうなほどだが、中身の年齢はそれこそ親子ほど離れている。カエデはまるで保護者のような気持ちで、フゥに付いていくことを決めたのだった。
_/_/_/_/_/
Tips
◇リアルフェイストレースシステム
スキンショップで行えるカスタマイズ機能の一つ。ヘッドセットによるスキャンデータを元に、現実に似通った容姿を自動で設定します。有限の組み合わせの中から近似値を選択するため、全く同じ容姿とはなりませんが、その後で多少の加工を行うことを推奨しています。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます