第678話「基礎訓練」

 惑星イザナミに降り立ったばかりの新米調査開拓員カエデ。彼は直剣を携えたNPCに連れられるまま、金属造の建物の中へと入っていく。そこは広いロビーにいくつもの扉が並んでおり、カエデと同じ初心者らしいスケルトンのプレイヤーから、プレイからしばらく経った様子の熟れたプレイヤーまで多くの調査開拓員で賑わっていた。


『〈剣術〉スキル基礎訓練プログラムはこちらの部屋で行います。中にいる教官NPCの指示に従って下さい』

「なるほど。アンタが教えてくれるわけじゃないんだな」

『〈剣術〉スキル基礎訓練プログラムはこちらの部屋で行います。中にいる教官NPCの指示に従って下さい』


 定型文を繰り返すNPCに肩を竦め、カエデは示された部屋の中へと足を踏み入れる。


「ほう」


 そこは白い壁と床以外に何もない、殺風景な部屋だった。天井も例外なく真っ白で、それ自身が発光しているのか照明器具が見当たらないにも関わらず、部屋の中は明るい。


『ようこそ、〈剣術〉スキル基礎訓練プログラムブースへ。私が担当教官です』

「うおっ!? おお、よろしく頼む」

『はい。よろしくお願いします。調査開拓員カエデ』


 カエデの耳元で突然声がした。彼が驚いて振り返ると、ドアの側にスケルトンのNPCが立っていた。

 先ほどのガイドと外見的な差異は見当たらなかったが、カエデは会話が成立したことに気がつく。


『私は上級NPCです。コストの関係からスキンなどは装着しておりませんが、内蔵されたAIは調査開拓員用の物に準じております』

「ははあ、そういうことか。AIとかよく分からんが、外の奴よりは賢いってことだな」

『その認識で問題ありません。私の事はぜひ、ソードとお呼び下さい』


 教官NPCはひとつ頷き、名前を告げる。製造番号以外の名称を持っていることも上級NPCの証ではあるが、カエデはそのことを知らない。

 そもそも、FPOの世界感もいまいち分かっていないのだ。あれこれ考える必要もないと判断し、素朴にその提案を受け入れる。


「じゃあ、ソード。その何とかプログラムってのを始めてくれ」

『承知しました。では、早速〈剣術〉スキル基礎訓練プログラムを開始します』


 いよいよ仮想現実で剣が振れる。そう思ってカエデが拳を握る。

 しかし、ソード教官はその場から動かず、カエデの目の前に大きなウィンドウを展開させた。


『まずはスキルの説明から行います。スキルシステムについてはご存じですか?』

「え、いや、ご存じないが……」

『承知しました。では説明します』


 確認を取った後、ソード教官は話し始める。

 内容はFPOに於ける基本的なシステムである、スキルに関してだ。戦闘系、生活系、生産系など様々な分野のスキルが多数存在すること。調査開拓員はその中から好きなスキルを好きなだけ選択し、合計スキルレベル1,050の範囲内で自由に構成を決定できること。今後のプレイにおいて、どのようなスタイルを取るにしても必須の知識だ。

 カエデも少々面食らったものの、何事においても知識は重要であると思い直し、真剣に座学を受ける。ソード教官の説明に耳を傾け、分からないことがあれば逐一質問した。


『――というわけで、スキルシステムに関しては以上となります。不明瞭な点があれば質問してください』

「だいたい分かったはずだ。とりあえず、〈剣術〉スキルは戦闘系スキルに入るってことか」

『そうです。では、次に〈剣術〉スキルについて説明しましょう』


 その言葉と共に、ソード教官がパチンと指を鳴らす。すると、それを合図に部屋の壁が一面動き出し、ずらりと並んだ様々な形状の刀剣が現れる。


「おお! こりゃ凄い」

『ふふふ。私の秘蔵コレクションです』


 一気に興奮するカエデに、ソード教官も得意げだ。教官は壁に掛けられた刀剣たちへと歩み寄り、それらを指差しながら説明する。


『〈剣術〉スキルは刀剣類を扱うための技術体系です。斬撃属性の物理攻撃を中心としたテクニックの習得を効率的に行えます。

 とはいえ、一口に刀剣と言ってもその内容は様々。スキルシステム上では、重量別に超軽量級、軽量級、中量級、重量級、超重量級の五種、更に扱い方から片手と両手の二種類で刀剣を分類しています』


 そう言って、ソード教官は壁に掛けられた小さなナイフを手に取る。刃渡り10センチほどのもので、戦闘用に扱うのはなかなかに厳しそうだ。


『こちらは超軽量級、片手武器の短剣種です。これを二つ揃えると、超軽量級、両手武器の双短剣種になります』

「なるほど、なるほど……」


 壁には小型のナイフから大型の直剣まで、実に多種多様な刀剣が飾られている。壁に掛けられた武器を見るだけで男の子の心はくすぐられるものだが、その中でも特にカエデの興味を惹くものがあった。


「あの刀はどうだ?」

『あちらは中量級、両手武器の太刀種になります。近いものに軽量級、片手武器の脇差、超軽量級、片手武器の短刀、重量級、両手武器の大太刀、中量級、両手武器の双刀などが存在します』

「ははぁ。なかなかいいじゃないか」


 ぜひ握ってみて下さい、とソード教官が壁から太刀を取る。それを受け取ったカエデは、鞘から刀身を引き抜き、滑らかな刃を眺める。波打つ波紋が美しく、紙を落とせば切れそうなほど鋭利だ。


「振ってみても良いか?」

『構いませんが、その前に。こちらの刀剣類は厳密には武器ではありません。調査開拓員は三種の神器である天叢雲剣を用いた武力行使しか許可されていませんから』

「そうなのか……」

『ですので、今から調査開拓員カエデの天叢雲剣に〈剣術〉スキルスターターデータパックをインストールします』

「うん?」


 首を傾げるカエデの目の前に、同意と拒否のボタンが付いたウィンドウが現れる。考えることなく反射的に同意を選択すると、カエデの腰に吊られていた銀色の棒が淡く光った。


『〈剣術〉スキルスターターデータパックのインストールが完了しました。ビギナーズソード以外の刀剣類が一通り展開できますので、確かめて下さい』

「なるほどなるほど」


 カエデが天叢雲剣のステータスウィンドウを確認すると、最初から入っていた五種の武器データ以外にも刀剣類のものが追加されていた。


『天叢雲剣にはデータ容量が存在します。プリインストールされた武器以外はデータ容量を圧迫するため、慎重に管理してください。天叢雲剣のデータ容量は中央制御区域中央制御塔で受注できる任務で拡張することができます』

「はいはい。ともかく、ちょっと振ってみるぞ」


 ソード教官の説明を聞き流しつつ、カエデはベーシックカタナを展開する。細い円筒形だった天叢雲剣が延伸し、白い金属製の刀へと変わった。


「若干軽いな。中空なのか? しかし、切れ味は良さそうだ」


 カエデはブンブンと振りながら、感覚を確かめる。その様子は妙に熟れていて異様だったが、ソード教官は何も言わない。

 カエデが一通り素振りを終えたところで、教官はデータカートリッジを一つ取り出して口を開いた。


『では、まずはテクニックを習得してみましょう。こちらは〈剣術〉スキルレベル1のテクニック『スラッシュ』のテクニックデータカートリッジです。インベントリ内から選択して使用するか、直接噛み砕いて下さい』

「これを噛み砕くのか……」


 渡されたカード型の物体をまじまじと見て、カエデが眉を顰める。どう考えても食べ物には見えない。おそらく、ほとんどのプレイヤーはインベントリ経由で使用しているはずだ。

 彼も大人しくインベントリに入れて、そこから使用する。

 青いプログレスバーが一瞬表示され、すぐにインストールが完了する。カエデのテクニックウィンドウに『スラッシュ』が入っていた。


『テクニックの発動には“型”と“発声”の二つの条件を満たす必要があります。手本を行いますので、見ていて下さい』


 ソード教官がベーシックカタナを携え、部屋の中央に立つ。カエデが背後から見つめる中、彼はカタナを鞘から引き抜き、中段に構える。


『――『スラッシュ』ッ!』


 声を張り上げ、カタナを振り上げて落とす。

 たったそれだけの動作だが、刀身に青いエフェクトが乗り、何かを斬ったような効果音SEが鳴る。

 現実味のない光景に、カエデは思わず手を叩いていた。


「おお! なかなか格好いいじゃないか」

『ふふふ。私は『スラッシュ』のみでこの仕事を行っていますからね』


 自慢げに胸を張るソード教官。彼は教官職であるため、NPCながらこのブース内でのみテクニックの使用が許されている。『スラッシュ』以外のテクニックを使用する必要はないため、それ以外のものは何も習得していないが、それでも彼の『スラッシュ』は研ぎ澄まされていた。


『では、調査開拓員カエデも行ってください』

「よしきた」


 ソード教官が場所を譲り、カエデが部屋の中央に立つ。カタナを引き抜き、白い刀身を正面に構える。

 仮想現実といえど、剣を振ることには変わりない。カエデは呼吸を整え、精神を集中させる。


「『スラッシュ』」


 静かに剣が振り下ろされる。青いエフェクトと共に斬撃が発生し、派手な効果音が奏でられる。

 その姿勢がおよそカタギの者とは思えないほど堂に入っていたが、ソード教官がそれを指摘することはない。


『素晴らしい! 調査開拓員カエデには、剣士の才能があるようですね』

「はっはっは! だといいんだがな」


 代わりに賞賛の声を上げる教官に、カエデも豪快に笑って答える。


『それでは、最後に〈剣術〉スキル基礎訓練プログラムの完了試験を行います』

「む、もう終わりか」

『あくまで基礎訓練プログラムですので。試験の内容は、これから配置する三機の練習用戦闘機獣“Raptor”を破壊することです。一定以上の被弾によりLPがなくなった場合は失格となりますが、何度でも挑戦できますのであまり気負わず挑んで下さい』


 そう言ってソード教官が再び指を鳴らす。刀剣コレクションが収納され、代わりに三機の小さな恐竜のようなロボットが現れた。白い金属製の体を二本の後ろ足で支え、長い尻尾と短い前足も付いている。目が赤く光り輝き、ギイギイと鳴いていた。


『準備ができれば、合図してください』

「いつでもいいぞ」

『では、完了試験開始です』


 教官の声で、機械獣が動き出す。一体が真正面から飛び掛かり、二体はその場に待機している。初心者向けのチュートリアルということもあり、三体が一斉に襲い掛かるということはない。


「『スラッシュ』ッ!」


 愚直に飛び込んできた機械獣を、カエデは振り下ろしたカタナで斬る。火花が上がり、脳天を割られた機械獣が呆気なく倒れた。

 それを見て、次は二体同時に動き出す。


「別にテクニックを使う必要はないんだよな?」

『倒すことができれば合格です。テクニックを使用しない場合は、どのような攻撃も通常攻撃となります』

「はいよっ」


 カエデが剣を横に薙ぐ。

 一体の機械獣の首を断つが、その衝撃で刃が欠ける。


「脆すぎないか!?」

『武器には耐久値が設定されています。応急修理用マルチマテリアルなどを使用することで、耐久値を回復することができます』

「それは知ってる!」


 先ほどの座学のおさらいを受けながら、カエデは剣を構え直す。刃が一部欠けたが、戦闘不能になったわけではない。


「それなら――!」


 飛び掛かる機械獣に、カエデは果敢に近づいた。

 頭の横で水平に構えた刀の切っ先を、機械獣の胸に突き刺す。


「こうだっ!」


 華々しい火花が上がり、三体目の機械獣も無事に機能停止へと追い込んだ。白い床に倒れる機械獣を見て、ソード教官が拍手した。


『素晴らしい! 調査開拓員カエデ、貴方は自慢の生徒です』

「そりゃどうも」


 結局、どの機械獣も一撃だった。

 それはカエデが無意識のうちに頭部や胸部といったクリティカルゾーンに攻撃を当てていたからなのだが、それに気付かない彼は少し物足りない様子だ。


『これにて〈剣術〉スキル基礎訓練プログラムは終了です。この後は他の基礎訓練プログラムに参加するもよし、町やフィールドに繰り出すもよし、貴方の自由です。スキンショップでスキンを貼る方も多いですよ』

「スキンショップ?」

『この“トレーニングセンター”の隣にある施設です。調査開拓員は機体にスキンを貼ることが許可されています。初回は無料で行えますよ』

「なるほど、とりあえずそこに行ってみるか」


 ソード教官の勧めに従い、カエデは今後の予定を決める。

 人を探している以上、自分も何かしら容姿を得ていた方がやりやすいはずだ。無個性なスケルトンよりは、よほど目立つ。

 なにせ、カエデ自身は目的の人物について名前以外なにも知らないのだ。


「ありがとうな。丁寧に教えて貰って、助かった」

『いえいえ。また分からないことがあれば、いつでも来て下さい』


 丁寧に感謝を告げた後、カエデは部屋を出る。

 ソード教官に見送られながら、彼はトレーニングセンターの隣にあるスキンショップへと足を向けた。


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Tips

◇練習用戦闘機獣“Raptor”

 トレーニングセンターで参加できる戦闘系スキルの基礎訓練プログラムにおいて、完了試験の相手となる練習用の戦闘機獣。小型の恐竜のような外見をしており、跳躍力が高い。一方で装甲は脆く、急所を上手く捉えれば一撃で破壊可能。

 勝利の秘訣は常に冷静を保つこと。それができれば、この先に続く長い旅路も安泰だろう。


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