第676話「暖かい我が家」

 トーカとの組み手のあと、俺は“貪食のレヴァーレン”“饑渇のヴァーリテイン”と順調に対戦相手の格を上げていった。トーカの言ったとおり、レヴァーレンからは体も大きく、一撃が重いため、俺の紙のような防御力では一撃でやられてしまう。しかし、彼女との組み手の中でコツを掴んだことにより、なんとか即死だけは免れる程度にはなっていた。

 自分よりも大きな相手との戦いの中で更に受身の感覚を研ぎ澄ませていき、自分よりも遙かに手数の多い相手と戦うことで柔軟さを伸ばしていく。

 トーカが練習相手として選定しただけあって、暴食蛇三兄弟との戦いを通して、俺はかなりの成長を実感できた。


「いや、明らかに異常な成長速度なんですけど」


 ノーダメでヴァーリテインを討伐できた所で、トーカにお礼を言う。そうすると、意外にも渇いた声が返ってきた。


「最初の予定では、今日中に暴食蛇が卒業できたらいいと思ってたんですよ。なのに私を倒して、あまつさえボスまで完封するとは……」

「レッジさん、なんで〈歩行〉と〈武装〉を捨てたのに強くなってるんですか」

「〈成長〉みたいなスキル持ってたりしない?」


 トーカだけでなく、側で見ていたレティたちからも口々に言われる。特にそういうのは無いんだが。


「ほら、俺がVR適合者ってやつだからじゃないか?」

「一応レティもそれらしいですけど、レッジさんほどぶっ飛んでないですよ」


 それらしい予想を立ててみるが、冷ややかな眼をしたレティに一蹴される。彼女も大概ぶっ飛んでると思うのだが、それを言ったら更なる泥沼になりそうだ。


「とにかく、日も暮れてきたし帰りましょうか」

「そうですね。私もそろそろログアウトしたいですし」


 エイミーの一言で、俺たちは〈ワダツミ〉に向けて歩き出す。森を抜け、町を通り、そのまま別荘に帰る。いつものように家事に精を出していたカミルたちに迎えられ、そこで人心地つくことができた。


「あ、おかえりなさい」

「ただいま。っと、シフォンだけか」


 リビングに入ると、シフォンがひとりテーブルについていた。何やらウィンドウを広げて、ココアを飲みつつ読み物をしているようだ。


「あら、ログインしてたのね。こっちに来たら一緒に遊んだのに」

「遊びってヴァーリテインに揉まれること? 絶対嫌だからここにいたんだよ」


 残念がるエイミーに、シフォンは目を尖らせる。

 たしかにあの場にシフォンがやってきていたら、エイミーがヴァーリテインの巣の中に放り込んでいたことだろう。彼女の悲鳴が明瞭に聞こえるようだ。


「ていうか、知ってたのか」

「まあ話題になってたからねぇ」


 少し驚いて聞くと、シフォンは呆れたように肩を竦めながらウィンドウを可視化して見せてくる。

 それは掲示板のとあるスレッドのようで、何やら俺についての話題が書きこまれているようだ。


「そういえば妙にまわりからの視線が多いと思ったよ」

「レッジもだいぶ感覚麻痺してきたわねぇ」


 エイミーがそういうが仕方ないだろう。ログインして町にでも出れば、少なからず視線が向けられる。別荘以外では常時そのような状態なのだ。

 別に活動の邪魔をされないのであれば、特に気にすることもない。


「あ、それじゃあ私はこのあたりで。お疲れさまでした」

「おつかれ。ありがとうな」

「おつかれさまですー」


 トーカがログアウトし、姿を消す。ミカゲはまだログインしているようだが、彼女は何か用事ができたらしい。


『はい、コーヒー』

「ありがとう」


 そこへカミルがお盆を抱えてやってくる。載っているのは人数分の飲み物で、それぞれが普段よく飲んでいるものだ。


『あれ、トーカがいないじゃない』

「用事があるらしい。すまんな、淹れて貰ったのに」

『別に良いわよ。アタシが飲むわ』


 レティはココア、エイミーは紅茶、シフォンはコーラ、トーカは緑茶である。トーカは一足早くログアウトしてしまったため、カミルは湯飲みを抱えて自分で飲み始めた。


「それで、レッジさんはこの後どうするんですか?」

「とりあえずやりたいことは終わったからな。ネヴァに頼んだ装備ができるまで前線には行けないし……。〈生存〉スキルについて調べるかな」


 今日予定していた事は全て終わり、一段落付いた。

 外に出るのも疲れるし、家の中でゆっくりしようと思う。新しく手を出した〈生存〉スキルについては、まだ何も分かっていないのだ。


「それなら、レティも〈破壊〉スキルについて調べますかねぇ」

「新しく出てきたスキルって、レベル上げの方法は分かってるの?」


 ソファに背中を預けるレティに、エイミーが尋ねる。以前に三術スキルが実装された際には、そのスキルの使い方もレベルを上げる方法も分からず苦労していた逸話を思い出したのだろう。


「〈破壊〉スキルは簡単ですよ。原生生物を撲殺したら経験値が入るので」

「なるほど? まあ、確かにそんな感じでしょうね」


 物騒な会話だが、二人とも至って真剣だ。

 〈切断〉〈貫通〉〈破壊〉の物質系と呼ばれる三スキルは、既に研究が始まっている。

 それらのレベルを上げる方法は至って単純で、対応した物理攻撃属性で原生生物を倒せば良い。


「とはいえ、必要な経験値が多すぎて大変なんですけどね。レティなんてまだレベル3すらいってないですから」


 物質系スキルの特徴として、レベルアップに必要な経験値が他のスキルとは比較にならないほど多いことが挙げられる。レティも〈破壊〉スキルの上級源石を使用してから各地のエネミーを撲殺してきたようだが、それでもまだ全然成長は実感できていない。

 物質系三種と、〈賭博〉と〈生存〉。これらは源石を研磨することで手に入る上級源石しか存在しない。そのため、纏めて上級スキルと称されていた。

 必要な経験値が他より多いという特徴は、上級スキル全てに言えるようだ。


「〈生存〉スキルは被弾すれば経験値が入るらしい」

「微妙にめんどい条件ですねぇ」


 俺が伸ばそうとしている〈生存〉スキルは、危機的な状況に陥った際に経験値が入る。一番分かりやすいのが、原生生物から攻撃を受けた時だ。


「別にLPを削る必要はないみたいだけどな。受身で完全回避しても多少経験値は入る」


 ヴァーリテインとの戦いの中で、少し経験値バーが動いている。とはいえ、まだまだレベルアップにはほど遠い。

 1ヴァーリテインで、大体バーの5%ほどだろうか。


「レッジさんもかなりぶっ飛んできたね。いつも通りといえばそうだけど」

「別にそういうのじゃないんだけどなぁ」


 シフォンがポテトを摘まみつつこちらを見る。

 ヴァーリテイン相手に受身を取り続けたことをいっているのだと思うが、彼女もヴァーリテイン単独完封撃破は達成している。というか、〈白鹿庵〉は全員、俺より強いのだ。


「問題なのは、それだけしても〈生存〉スキルの効果がいまいち実感できないってところだな」


 必要経験値が多いため、現在の〈生存〉スキルはまだレベル1にすらなっていない。レティ以上に低いレベルであるため、まだまだ分からないことだらけだ。

 恐らく、今も検証を続けているプレイヤーがいるだろうし、彼らの研究結果がwikiに掲載されてからでもいいかもしれない。


「死んだら分かるんじゃないの?」

「嫌だよ。面倒くさい」


 エイミーがなかなか酷いことを言ってくる。

 とはいえ、この惑星では死が軽いのも事実だ。検証班の中には何度も死に続けている者もいるのだろう。


「て言うか、さっきからシフォンだけいいもの食べてますね?」


 話題の切れ目にレティが鋭く指摘する。

 確かに、シフォンだけが揚げたてのフライドポテトを食べつつコーラを飲んでいる。

 以前の強化合宿の後からか、彼女は普段でもジャンキーな食べ物を良く手に持っていた。


「カミルちゃんが揚げてくれたんだよ。芋ならいくらでもあるからって」

「まあ、農園に行けば無限に取れるな」


 別荘の隣の農園では、ジャガイモも育てている。ジャガイモと言っても、直径30センチほどのかなり大型のものだが。ついでに引き抜く時に絶叫するし、地面から出た蔓が暴れ回るが、まあそれ以外は普通のジャガイモだ。

 無人販売でもかなり人気の商品で、農園でも量産体制を整えている。


「カレー味、だし醤油味、コンソメ味。いろいろあるけどやっぱり王道の塩だよね。マヨとケチャップを付けると更に美味しい!」

「そんなに食べて、太っても知りませんよ」


 長いポテトをもりもりと食べるシフォンを、レティが諫める。そんな姿をエイミーが複雑そうな顔で見ていた。


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Tips

◇マンドラポテト

 外気に触れると爆音を放つ地下茎と、素早く暴れ回る蔓を持つ大型の芋。扱いは非常に難しく、量産は困難。しかし非常に栄養価が高く、美味。焼いても蒸しても、どのように調理しても美味しく食べられる。ただし、生の状態では猛毒があるため注意が必要。


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