第673話「一本刀と竜」
アストラとの修行は、お互いの勝率が五分になったところで区切りが付いた。いつの間にか装備なし、テクニックなしという条件の元で戦っていたため、ほとんど差が付かなくなったのだ。互いに有効打を与えられず、また相手からの攻撃を避けられるようになり、事態が膠着した。
真剣勝負をするのならば、装備マシマシ、テクニックもりもりの激しい戦いになるのだろうが、今回はあくまで修練である。
額の汗を拭うアストラを見て、俺はいつの間にかスキンまで剥げていたことに気がついた。
「お疲れさまです、レッジさん。まさか物の数時間でここまで上達されるとは」
「教え方が上手かったからさ。それに条件が整えば、また動き方も変わる。ネヴァに頼んだ装備ができたら、またそこから組み立てないとな」
「ははは。そうも簡単に言われると、こちらも負けていられませんね」
アストラが爽やかに笑い、いつもの鎧を装備する。
ふと周囲を見渡せば、空だった観客席が無数のプレイヤーに埋め尽くされているのが見えた。
「うわっ。なんだこの人!」
「気付いてなかったんですか……。アリーナの入場制限をロックするの忘れてたので、沢山入ってこられたみたいです」
闘技場の小アリーナは身内以外を立ち入り禁止にする、いわゆる鍵を掛けることもできるらしいが、特に設定しなければ誰でもふらりと中を覗くことができるようだ。
「良かったのか? アストラのテクニックがかなり丸裸にされてたはずだが」
俺はともかく、アストラとしては都合が悪いのではないだろうか。そう思って確かめると、彼は眉を寄せて渇いた笑いを上げた。
「別にいいですよ。レッジさんに習得されたあとで言うのもなんですが、普通は見様見真似でできることでもないですし」
「そうか? まあ、アストラがいいならいいんだが」
そうは言っているが、アストラも持つ技全てをここで見せた訳ではないだろう。相手が使ってきても、彼自身が対処できる範囲内であるはずだ。彼の表情からは、そんな余裕が感じられた。
ともかく、そろそろお開きにしようかと出入り口の方に爪先を向けた、ちょうどその時のことだった。
「うおおおおおおっ! レッジさぁぁあああん! なんか、レッジさんのスケスケな映像が大公開されてますよぉぉおお!」
「うおわああっ!?」
頑丈な鉄扉が勢いよく撥ね除けられる。轟音がアリーナに響き、観衆たちの悲鳴と驚愕の声が上がる中、赤い影が飛び込んできた。
「レティ!?」
「レッジさん! なんかネットに半裸のアストラさんとスケルトンなレッジさんの組んずほぐれつしてる映像が! レティがいないところで何やってるんですか!」
「落ち着け落ち着け!」
鼻息を荒くして耳をぶんぶんと振りながら迫るレティの肩を慌てて押さえつける。
客席を見れば、慌ててカメラを隠すプレイヤーが何人か見て取れた。俺とアストラの戦いが、配信されていたらしい。
「レティというものがありながら、知らないところで逢瀬を重ねていたなんて。それを偶然配信チャンネルで知ったレティの気持ち分かりますか!?」
「いやもう、何もかも分からん。俺はアストラに修行を付けて貰ってただけだよ」
「……修行?」
何を勘違いしたのか、頬を紅潮させて詰め寄ってくるレティ。彼女に事情を説明すると、だんだん赤いうさ耳が塩を振ったように垂れてきた。
「す、すみません。てっきりついにアストラさんが攻略をしたのかと……」
「攻略? まあ、アストラは攻略組ではあるけども」
もにょもにょと口の中で何か呟くレティに首を傾げる。彼が攻略組であることが何か関係あるのだろうか。
「と、ともかく無事なら良かったです。急に乱入してしまってすみませんでした」
「まあもう終わる所だったから良かったよ」
驚きはしたが、迷惑はしていない。そのことを伝えると、彼女はほっと胸を撫で下ろした。
「それじゃあアストラ、今日はありがとうな」
「いえ。レッジさんの頼みとあらば何時でも馳せ参じますよ」
「そりゃありがたい」
そんな冗談を交わしつつ、アストラと別れる。
レティの言うとおり、彼はゲーム内でも指折りの攻略組だ。〈大鷲の騎士団〉の管理もあり、忙しいはずだ。そんな合間を縫ってこうして付き合ってくれたのは本当に助かった。
「またなんか、俺にできることがあったら何でも言ってくれ」
「なんっ……。こほん、分かりました。それなら考えておきます」
去り際にそんな事を言って、俺はレティと共に〈アマツマラ地下闘技場〉から出る。
「結構配信されてたのか?」
〈アマツマラ〉のスキンショップでスキンを張り直し、装備を着直す。別荘までの帰路、ヤタガラスに揺られながらレティに話しかける。
「凄い同接数でしたよ。何か大会でもあったのかと思いました」
いつものようにログインしてきたレティは、日頃のルーティンになっている情報収集も兼ねて各種情報系サイトを巡っていた。そうしたら、闘技場で戦う俺とアストラの映像が流れてきたようだ。
「どうしてアストラさんに稽古を付けて貰ってたんです?」
「〈歩行〉と〈武装〉を無くしたからな。その分は技術で埋め合わせるしかないだろ」
「なるほど……。悔しいですが、レティは教えるのが苦手らしいですからね」
彼女はそう言って唇を噛む。
シフォンに色々と教えていた時もそうだったが、彼女は自分の動きは本能的に捉えている節がある。言語化や理論立てすることを普段からやっておらず、無意識的に体を動かしているのだ。そのため、他の人に教える時もかなり感覚的な話になってしまう。
彼女自身もそのことに薄々気付いているようで、うんうんと唸っていた。
「そういえば、トーカは来てるのか?」
「いると思いますよ。別荘には居ませんでしたけど、ログイン自体は確認しましたので」
何か用事があるのかと首を傾げるレティに、受身について教わりたい旨を伝える。
「受身ですか」
「ああ。アストラが言うには、トーカとシフォンはトッププレイヤーレベルの受身の達人らしいからな」
「ほほう。それはそれは。ちなみにレティは受身とかあんまり分かんないです」
感心して声を漏らしたあと、レティは何故か堂々と胸を張る。彼女も戦いの最中は問題なく――むしろかなり上手く受身を取っているはずだが、こちらも同じく意識しているわけでもないのだろう。
無意識下であれだけ動けるというのも、それはそれで天性の才能なのかもしれない。
「ああ、トーカは〈奇竜の霧森〉にいるみたいだな」
「ほんとですね。直接行ってみますか」
バンドメンバーの現在地は離れていてもおおよそ確認できる。見てみると、彼女はエイミーと共に〈奇竜の霧森〉にいるようだ。
ヤタガラスと土蜘蛛を乗り継ぎ、オノコロ高地の下層にある深い森の中に入る。地図上に表示されるトーカたちの現在地を確認すると、ボスの巣に居るようだった。
「当たり前だけど、俺が居ない時のレティたちが何をしてるのかってあんまり知らないな」
森の中を歩きながら、ふと思う。
〈白鹿庵〉のメンバーが揃っている時は、大体その場に居る面々で狩りに出掛ける。ボスツアーをしたり、依頼を回したり、その時々によって変わるが大体は一緒にいる。
しかし、自分が居ない時に他のメンバーが何をやっているのかは、あまり知らない。
「レティは基本狩りですかね。ボス相手のタイムアタックとかもしますけど」
「なんとなくイメージ通りだなぁ」
いつだったか、〈鎧魚の瀑布〉のボスでタイムアタックをしたことがある。あれ以来、レティは速度を重視した戦闘をやっているらしい。
「エイミーはガレージで雑誌読んでることも多いですね。たまにエネミー殴りにいってますけど」
「運動不足解消くらいの扱いなのかねぇ」
「ラクトは相変わらずチップ集めとかしてますし、シフォンは町の散策とかもしてるみたいですよ。ミカゲは……気付いたらいないのでよく分かんないですね」
レティが普段のメンバーの様子を挙げていく。なんとなくイメージ通りというか、彼女たちがそれをやっているのは俺も知っているので、当然と言えば当然だった。
ミカゲは三術連合の付き合いとかもあるのだろう。あとは〈呪術〉スキルの研究も兼ねて、呪具職人のホタルにも良く会いに行っているはずだ。
「トーカは、そうですねぇ。〈アマツマラ地下闘技場〉でプレイヤー百人斬りしたり、〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉で目隠しチャレンジしてたり。あとは各地のボス斬殺ツアーとかしてたり?」
「斬ってばっかりじゃないか」
「まあ、トーカですから」
レティもボス討伐TAをしているわけだが、トーカもなかなかだ。〈白鹿庵〉のアタッカー二人が随分と血生臭い。だからこそアタッカーなのだろうか?
「あれ、じゃあ今回も……」
「もしかしたらそうかもしれませんねぇ」
話しているうちに森が開ける。
無数の骨がうずたかく積み上げられた巨大な巣の真ん中に、無数の触手と首を生やした異形の黒竜が立っている。
雄叫びを上げ、口から灼熱の唾液を垂らし、凶悪な牙で襲い掛かる。その伸びた首がスパリと断ち切られ、呆気なく落ちていく。
「あれ、レッジとレティじゃない。何か用事でもあった?」
巣の淵にエイミーが立っていた。彼女は何をするわけでもなく、巣の中で繰り広げられている戦いを見ていたようだ。
「トーカに頼みたいことがあったんだが、今は忙しそうだな」
「ふふ、そうかもね。まあ、すぐ終わるわ」
苦笑するエイミーと共に、視線を巣の中央へと移す。
「はああああっ!」
斬撃が嵐のように巻き起こり、無数の首を滑らかに切り落としていく。
妖しく輝く大太刀を振るのは、和装に身を包んだ少女だ。
彼女は両目を厚い布で覆い隠している。その状態でボスを圧倒しているだけでも圧巻だが、それだけではない。
「また変なことやってますねぇ」
トーカは大太刀を右手で握り、左足一本で立っていた。その案山子のような姿を見て、レティが眉を上げる。
明らかに過剰な縛りプレイだ。だが、その状態でなお、彼女は自分よりも遙かに巨大で手数も多い“饑渇のヴァーリテイン”を完封していた。
奇竜の攻撃は全て刀でいなし、吹き飛ばされてもクルクルと転がり何事も無かったかのように起き上がる。時には地形すら活用し、まるで見えているかのような戦いぶりだ。
「四肢欠損時の戦いに慣れたいって話よ」
「そんな状態になったら戦わずに後方に下がるべきだと思うんだが……」
「とりあえずレッジが言えたことじゃないでしょ」
エイミーにじろりと睨まれる。
……胴体だけで戦っていたのは必要に迫られたからで、それができるだけの用意もあったのだ。
「ま、そろそろ終わると思うわよ」
エイミーの言うとおり、ヴァーリテインは随分と傷が多い。首もほとんど根元から切り落とされ、頭上に表示されたHPも残り僅かだ。
対するトーカはアンプルも使っているとはいえ、目立った傷はなくLPも十分にある。
「やっぱりヴァーリテインは新しい戦法試したり肩慣らししたりにちょうど良い相手よねぇ。今度シフォンもソロ討伐させてみようかしら」
「最初の大規模決戦が嘘みたいな話だなぁ」
初めて対敵した時は、多くのプレイヤーの総力を結して戦ったものだが、今やおやつのような感覚である。あの時からスキルはあまり変わっていないはずだが、武装やテクニック、あとは敵の情報が揃ったのが原因だろうか。
そんなことを言っているうちに、巨大な黒竜が壮絶な断末魔を上げて倒れる。白い骨粉がもうもうと舞い上がる中、トーカがこちらに駆け寄ってきた。
「レッジさん、レティ! 来てたんですね」
「お疲れ。随分と凄いことしてたじゃないか」
刀をしまい、二本の足で駆けてくるトーカは、どこも傷付いた様子がない。本当にあの巨大なボスを完封してしまったらしい。
そのことに感心して賞賛を送ると、剣士は花のように口元を綻ばせた。
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Tips
◇遮断の覆い布
饑渇の奇竜の黒色繊毛と闇食み羊の羊毛の混紡糸を音斬草の染色液で染めた、漆黒の覆い布。どれほど強い光であろうと完璧に遮断し、周囲の音も吸収してしまう。通常は精密な高感度センサーなどに使用される部品だが、それを大胆に目隠しへと加工した。
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