第672話「切磋琢磨」※

 アストラの両手剣がこちらに迫る。それを槍の柄で受けようとして、直前に思いとどまる。


「いいですね!」

「そりゃどーも!」


 空中で剣を受ければ、そのまま力尽くで叩き落とされる。

 俺は背中を丸め、体を球状にして刃を避ける。更にその勢いでぐるりと縦に一回転し、槍の穂先をアストラの肩に叩き付ける。


「少し力んでますね」

「うん? うおっ!?」


 完璧に捉えたと思ったが、槍が届く寸前にアストラの姿がぐにゃりと歪む。驚いているうちに両手剣が下から飛び上がり、俺の胸を裂いた。


「ぐわばっ!」

「力をこめると、止まります。あくまでも流れを意識してください。力を制御できるようになると力む必要もなくなりますから」

「なんか、武道家みたいなことを言うなぁ」


 アリーナで死んだ場合、リングの側にある復活ポイントに戻される。機体の回収や修理なども必要ないため、なかなか便利だ。


「でも、流石に柔らかすぎますね」

「そうか? 柔軟性には自信があるんだが」


 胸を張って言うと、アストラは即座に首を振った。


「そうじゃなくて、防御力の話です。いくら俺が攻撃力偏重のビルドだとしても、胸を掠ったくらいで殺せるほどじゃないと思いますが」

「ああ、それなら別に不思議でもない。〈武装〉スキルも抜いてるからな」

「ええ……」


 俺が事情を説明すると、アストラはぽかんと口を半開きにする。

 アストラの攻撃力が高い以前に、俺の防御力がないのだ。一切合切、数値的にもゼロである。


「レッジさんも一応近接職ですよね?」

「当たらなけりゃいいんだろ?」

「それはそうですが……」


 今は他に着る物がないため、ネヴァに作って貰った“牙獣猩猩衣レッドビースト”を着ているが、必要な〈武装〉スキルを満たしていないので防御力は加算されない。LPの補正などは乗るため、完全な重りというわけでもないが。


「レッジさん、その装備も更新したばっかりですよね。ネヴァさんに怒られませんか?」

「むしろ売り上げが伸びるって喜ばれたよ」


 当然、〈武装〉スキル無しの構成に合わせた装備も新規発注済みだ。彼女には各種生産系スキルの上級源石を献上したのだが、それでもかなりの金額を持って行かれた。


「単純に防御力上げるなら金属素材を使えばいいんだけどな。能力補正を積むのは大変らしい」

騎士団ウチの装備部も同じようなことを言ってましたね」


 〈武装〉スキルなしで防御を固める方法は三種類。一つは〈盾〉スキルを上げたり、回避を極めて、能動的な防御を行うこと。二つめは〈防御アーツ〉を使うこと。最後は装備の特殊能力で防御を固めることだ。

 後者二つは〈武装〉スキルを積めない機術師などがよく採用している。


「スキルがカツカツだからな。少しでも節約しないといけないんだ」

「レッジさんも大変ですね」

「だから色々教えてくれよ」


 リングに入り、直上へ跳び上がる。

 この跳躍の仕方はなんとなく分かった。床オブジェクトに足先を干渉させて、システム的な反発を受けるのだ。恐らくは、壁にめり込むような状況を防ぐための仕様だろう。

 とはいえ、それを予備動作無しで行うのはまだ難しい。


「ふっ!」

「教える前にハイパージャンプを習得しないでくださいよ!」

「見たら分かるだろ、あれくらいなら!」


 再びアストラと絡み合う。

 互いに反発はしない。敢えて相手を受け入れ、その後ろへと回り込む。

 タコやら水やらとイメージはするものの、所詮俺たちは金属製の機体だ。人間の骨格を模している以上、関節には可動域というものがある。


「とりゃ!」

「そういう先入観が邪魔になるんですよ」


 突き出した槍は必ず当たるはずだった。

 しかしアストラはボキリと気持ちの悪い音を立てて、肩をぐるりと回す。不自然な動きで剣が振り上げられ、槍の穂先を弾いた。


「うおわっ!? 関節外すのは卑怯じゃないか?」

「できるということは、やってもいいということです。手足を爆発させたレッジさんには言われたくないです」

「ぐぅ」


 そう毅然とした態度で言われてしまえば、納得せざるを得ない。

 しかし、関節を外すのは一種の自傷行為だ。いかに仮想現実空間の中とはいえ、そう躊躇なく行えるものでもないだろうに。


「なあ、それはどうやるんだ?」

「簡単ですよ。遠心力を意識して、こうスポンと」

「はあ……」


 アストラは軽く腕を揺らし、右肩、右肘、右手首の関節を一気に外す。だらりと下がった腕は、左と比べて少し長くなっていた。


「本当にタコみたいだな」

「とはいえ、あんまり実践では使いませんよ。対人戦で相手の不意を突く時くらいですかね」

「性格が悪い……!」


 確かに驚いたけども。

 心臓が悪い人なら、そのまま強制ログアウトまでいってしまうんじゃないだろうか。

 コココッと小刻みに音を立てて、アストラは右腕の関節を付けたり外したりしている。慣れてくると面白く見えるが、やっていることはかなり狂気の沙汰だ。


「あとは、受身ですね」

「受身?」


 戦闘の中で何か気付いたのか、アストラが指摘してくる。

 受身といえば、そのままのスキルがあるくらいには戦闘中も重要な動作の一つだ。


「敵から攻撃を受けたり、高所から落下したり。そう言う時に適切な受身が取れていたらダメージを回避できます。試しに落ちてみて下さい」


 和やかな顔で残酷な事を指示される。

 俺が今立っているのは、柱の中程にあるステージだ。そこから床までおよそ5メートルほどはある。めちゃくちゃ高いわけではないが、ダメージは覚悟しなければならない。


「ほっ……ぐえっ」


 当然ダメージを受けて、死亡する。なぜ俺は投身自殺をしなければならなかったのだろう。


「じゃあ、見てて下さい」


 そう言って、アストラが空中に足を踏み出す。

 彼が立っているのは俺よりも更に高い場所だ。そこから無防備に落ちていき――。


「こんな感じですね」

「おおー」


 接地する直前に体を丸め、くるりと前転する。それだけでエネルギーを全て横に発散させ、衝撃を殺したようだ。

 本当に現実でそうなるかどうかは知らないが、この惑星ではこうなるのだ。


「アストラはアレだな、物理エンジンの扱いが上手いんだな」

「まあそうかもしれませんね。ずっと意識してると、慣れてきますから」


 彼の動きはおそらく現実では通用しない。しかし、FPOの世界なら通用する。それは、彼がこの世界での動き方、力の作用の法則を体得しているからだ。

 ならば、俺もそれを覚えなければ、同じ段階には到達できない。


「ちなみに受身については俺よりトーカさんの方が上手いですよ」

「そうなのか?」


 突然、意外な名前が飛び出して驚く。

 確かに彼女は何度吹っ飛ばされても元気に戻ってきていたが、受身の方はあまり意識していなかった。


「次いでシフォンさん。あとはケットも上手いです。まあ、アレはネコですからね」

「〈白鹿庵〉が二人も入ってるのか」


 なかなか誇らしいことではないか。帰ったら二人にも教えてやろう。


「なので、トーカさんに教えて貰う方が上手くなると思いますよ」

「なるほど。とはいえ、その前にある程度はできるようにならんとな」

「それもそうですね。……では、もう一戦」


 アストラがハイパージャンプで柱の上のステージに立つ。……さっき飛び下りたところよりも高く登っているのだが、やはり物理法則が息をしていない。

 簡単そうに見えるハイパージャンプだが、足先のがかなりシビアなのだ。少し傾くと射出する角度もズレるし、浅いと高度も取れない上、深すぎると制御ができない。


「ほっ、とと」

「はは。まあ、何度もやってれば慣れますよ」

「だと良いけどな」


 俺もなんとか5メートルほど上のステージに戻り、槍を構える。

 アストラはかなり手加減してくれているようだが、それでも強い。常に高い集中力を必要とする。

 だからこそ、上達も早くなる。

 俺は精神を研ぎ澄ませ、アストラを睨む。

 彼もまた剣を抜き、好戦的な笑みを浮かべた。


_/_/_/_/_/


◇ななしの調査隊員

キヨウちゃんかわよ


◇ななしの調査隊員

つまりウェイド×スサノオってことなんだよな


◇ななしの調査隊員

何勝手に結論出してんだよ。死に急ぎてえのか?


◇ななしの調査隊員

うおおおおーい! おっさんとアストラが闘技場で戦ってるんだが!


◇ななしの調査隊員

やっぱりおっさん黒神獣だったのか・・・


◇ななしの調査隊員

ついに収監されてしまったのかぁ


◇ななしの調査隊員

良い奴だったよ


◇ななしの調査隊員

そうじゃなくて、アマツマラ闘技場な。普通に考えれば分かるだろ。


◇ななしの調査隊員

おっさんなら不思議じゃないからなあ


◇ななしの調査隊員

ていうかおっさんとアストラ、また戦ってんのか


◇ななしの調査隊員

今回はなんかちょっと様子が違うんだ。

なんというか、こう、キモイ


◇ななしの調査隊員

は???


◇ななしの調査隊員

二人の性能がキモいのはいつものことでは?


◇ななしの調査隊員

そうじゃなくてだな・・・

とりあえず部屋の鍵掛かってないから来いって。ウェブロープのとこ


◇ななしの調査隊員

うわぁキモい


◇ななしの調査隊員

マジでキモくて笑う


◇ななしの調査隊員

誰かSSあげてくれんか


◇ななしの調査隊員

SSじゃ分からんのよ。撮影班呼んできてくれ。


◇ななしの調査隊員

簡単に言うと、おっさんとアストラが滅茶苦茶激しく、静かに戦ってる。


◇ななしの調査隊員

矛盾してない?


◇ななしの調査隊員

してないんだよ。

二人ともめちゃくちゃ激突してんのに一切音がならない。テクニックも縛ってるみたいだから、まじで無音。たまに二人の吐息が聞こえるくらい。


◇ななしの調査隊員

なんかエロいな


◇ななしの調査隊員

エロいか?


◇ななしの調査隊員

なんというか、全体的に動作が不自然だな。何がどうなってるんだ?


◇ななしの調査隊員

多分バグ技スレスレのテクニック使ってるんだろ。

あ、テクニックってのはシステム的なのじゃなくて、裏技とか小技とかそういうやつ


◇ななしの調査隊員

あの高くジャンプするのも?


◇ななしの調査隊員

ハイパージャンプだな。強引にオブジェクトに干渉して、めり込み防止の反発を受けて跳び上がるやつ。意識的にできるとは言ってない。


◇ななしの調査隊員

ゴーレム女が飛んだりするやつもアレが悪さしてるんだっけ


◇ななしの調査隊員

最近のだとゴーレム砲だな。フェアリーが飛ばされる奴。修正されたけど。


◇ななしの調査隊員

なんであの二人吹き飛ばされて柱に激突しても音ならねぇの?

ていうかダメージ受けてなくない?


◇ななしの調査隊員

受身かなぁ? スキル依存じゃなくて、能動的というか自分の動きで受身取る奴


◇ななしの調査隊員

受身ってレベルじゃねーだろ


◇ななしの調査隊員

アストラはたしか、アマツマラ深層洞窟内の溶岩湖を前転で渡ったことあったはず


◇ななしの調査隊員

どうして地形ダメージが受身で避けられるんですか?


◇ななしの調査隊員

水の上を歩く時のことを考えれば分かりやすい。

足が付く前に次の足を出すってのを繰り返せば、溶岩に触れずに歩けるってこと。


◇ななしの調査隊員

言うほど分かりやすいか?


◇ななしの調査隊員

イメージはできたけど納得はできてない


◇ななしの調査隊員

それやったら死んだぞ


◇ななしの調査隊員


◇ななしの調査隊員

なんか二人とも動き速すぎて飛んでるみたいだな

昔のバトル系のアニメっぽい


◇ななしの調査隊員

実際飛んでるんだろうな。遠心力とかで。

飛んでるってか跳んでる?


◇ななしの調査隊員

そのわりにまわりのロープがいっさい動いてないのもキモいよ。雑な合成見せられてる気分


◇ななしの調査隊員

ちわーっす騎士団員でーす。

ウチの団長がすんませんね。あのロープが動いてないのは、ロープ動かすエネルギーも全部推進力に使ってるからなんですねぇ


◇ななしの調査隊員

野生の騎士団員だ。解説たすかる


◇ななしの調査隊員

解説されても分からないんだが?


◇ななしの調査隊員

まあ団長さん、重力も横に流せば加速できるとか意味分からんこと言ってる人なんで。俺も理解してないよ。


◇ななしの調査隊員

?????


◇ななしの調査隊員

重力を? 横に?



◇ななしの調査隊員

ここでアクセル全開!重力を横に!


◇ななしの調査隊員

そうはできんやろ


◇ななしの調査隊員

できとるやろがい


◇ななしの調査隊員

実際飛びながら加速してるんだよなぁ

なんでおっさんもできてるのか知らんけど


◇ななしの調査隊員

多分だんちょから習ってるんじゃない?

真剣勝負って感じもしないし


◇ななしの調査隊員

バッチバチ殺気飛んできてるんだけど


◇ななしの調査隊員

二人がマジでやり合うなら、小アリーナは狭すぎるだろ。テクニックも使ってないし。


◇ななしの調査隊員

それはそう


◇ななしの調査隊員

うわあああ


◇ななしの調査隊員

なに、あれ?


◇ななしの調査隊員

今何がどうなっtんだ?


◇ななしの調査隊員

なんかおっさんの腕が伸びたな


◇ななしの調査隊員

あれも団長の技っすね。関節外して可動域増やすやつ。


◇ななしの調査隊員

やってることが世界びっくり人間なのよ


◇ななしの調査隊員

言うは易し行うは難しすぎるだろ


◇ななしの調査隊員

そもそも関節って外せるのか


◇ななしの調査隊員

おおおお!?


◇ななしの調査隊員

すっげ。

おっさんがアストラ吹き飛ばしたぞ


◇ななしの調査隊員

あれただのパンチ?

てかおっさん〈格闘〉スキル持ってたっけ?


◇ななしの調査隊員

持ってないはずだけど


◇ななしの調査隊員

ハイパージャンプの応用っぽいな

いや、言ってて意味分かってないけど


◇ななしの調査隊員

拳をアストラにめり込ませたって事?


◇ななしの調査隊員

正確にはアストラの着てる鎧だと思う。機体同士の干渉はかなりシビアに調整されてるはずだし。


◇ななしの調査隊員

にしても能動的にできるもんなのか


◇ななしの調査隊員

ハイパーパンチってところか?


◇ななしの調査隊員

これが広まったら対人戦変わるぞ


◇ななしの調査隊員

広まるかなぁ・・・


◇ななしの調査隊員

修正されそう


◇ななしの調査隊員

おおお、アストラ脱いだ!


◇ななしの調査隊員

白銀の鎧を捨て、インナー姿に!


◇ななしの調査隊員

いい男じゃん


◇ななしの調査隊員

干渉されるの分かって装備外したな。一撃でも喰らえば終わるんじゃない?


◇ななしの調査隊員

おっさんそんな攻撃力高かったっけ?

っておっさんも脱ぐんかい!


◇ななしの調査隊員

インナー姿の男と男が激しくぶつかり合ってる・・・


◇ななしの調査隊員

観戦席ごった返してて笑う

二人とも人気だなぁ


◇ななしの調査隊員

そらそうよ

むしろ大アリーナでやれという


◇ななしの調査隊員

うおおおお!

凄い熱い戦いだ!


◇ななしの調査隊員

観客席からの黄色い歓声もあがっております!


◇ななしの調査隊員

野次馬チャンネル来てないか?


◇ななしの調査隊員

生放送されてるよ


◇ななしの調査隊員

おおっとここで団長のハイパーパンチ! どうしてその剣を使わないのか!

壁にめり込んだおっさんは当然の如く無傷! むしろその衝撃を利用してハイパージャンプ! もう何がどうなっているのか分からない!


◇ななしの調査隊員

実況たすかる


◇ななしの調査隊員

ほんまに事実に即した実況か?


◇ななしの調査隊員

おっさんがスキンを脱いだぁぁあああ!

スケルトン姿だ!


◇ななしの調査隊員

そこまで脱がんでいい


◇ななしの調査隊員

脱ぎすぎ


◇ななしの調査隊員

おっさん自重して


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_/_/_/_/_/

Tips

◇〈受身〉スキル

 行動系スキルの一つ。己に向かう衝撃を巧みに躱し、受け流す。レベルが上がるほど多くのダメージを回避することができるようになる。


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