第670話「構成改造談義」

 紆余曲折があったものの、結果的に俺たちは大勝利を収めることとなった。なんといっても排出率0.03%のレアスキル源石を三つ、それもピタリと嵌まったように俺たちが望んでいた三種が出てきたのだ。副産物として手に入った大量の上級源石も、俺たちで使うぶんや知人に譲るぶん、そして売りさばく分で無駄にはならない。

 〈白き深淵の神殿〉から別荘に向けて帰る間も、俺たちは勝利の余韻に浸っていた。


「ふふふー。いやぁ、シフォンは可愛い子ですねぇ。お姉さんがなんでも買ってあげますよ! あ、でも今はお金がないので、なんでも狩ってあげます!」

「いや、それは別にいいよ……」


 特にレティの喜びようはかなりのものだ。万策尽きたところでシフォンが行った最後の一回で、彼女が望んでいた〈破壊〉の源石が手に入ったのだから。シフォンを溺愛する姉のように、ぎゅっと抱きしめて頬を撫でている。シフォンの方が若干嫌そうな顔で腕を突き出しているが、腕力の差かまるで離れる様子がない。


「まあまあ、そのあたりにしとこう。それよりも、〈破壊〉スキルの詳細を教えてくれないか」


 視線で必死にSOSを発するシフォンに苦笑しつつ、助け船を出す。新スキルの実態が知りたいというのも事実なので、ちょうど良い。

 レティはまだ絡み足りなさそうだったが、渋々シフォンから離れてステータスウィンドウを開く。彼女は早速〈破壊〉スキルの源石を使用していて、レベルゼロではあるが上限10までのバーが追加されている。


「〈破壊〉スキルは、予想通り〈切断〉や〈貫通〉と同じものみたいですね。基本的には行動系と同じパッシブスキルで、レベル分だけ打撃属性の攻撃に補正が乗るようです」

「純粋に強くなるスキルですね。私も頑張って〈切断〉スキルを上げなければ」


 レティの隣で気炎を上げるのは〈切断〉スキルを伸ばすつもりのトーカだ。二人がそれらのスキルを鍛えていけば、〈白鹿庵〉の戦力は更に上昇する。


「レッジさんは槍ですけど、〈貫通〉スキルは習得しないんですか?」


 当然のように話の矛先が俺に向く。素直に考えれば、俺は槍を使っているわけで、その刺突属性攻撃を底上げしてくれる〈貫通〉スキルはかなりのシナジーがある。とはいえ、俺はレティの問いに首を横に振るしかない。


「無理だな。スキルがカツカツすぎて、どうにも首が回らん」


 正直、〈生存〉スキルもどれだけ伸ばせるか不安なのだ。

 一応、以前にスキル整理をしたのだが、いつの間にかまた上限値に達してしまっている。このままでは〈生存〉スキルを入れるどころか、メインスキルを85にする余裕すらない。


「そういえばレッジは節操無しだったね」

「酷いこというなぁ」


 ラクトの躊躇いのない言葉に、事実だから反論できない。


「レッジさんはもうちょっと取捨選択を覚えた方がいいですね」

「前もそんな事言われた気がするぞ」


 とはいえ悩んでいても現実は変わらない。上級源石が実装されたのを機会に、本格的なスキル改革を行わなければならないだろう。


「レッジさん、ステータス見せて下さいよ」

「いいぞ。なんかアドバイスも欲しいしな」


 俺一人では無限に悩み続けてしまうため、レティたちに現状を公開する。

 ステータスウィンドウを可視化させて提出すると、それを覗き込んだレティたちの顔が一斉に渋くなる。


「うわぁ……」

「よくもまあ、これだけ詰め込みましたね」

「ていうか〈換装〉スキルあれだけ使っておいて29なの?」

「〈制御〉も40しかないんですか」


 色々と言われるが、ここまでスキルがギチギチになったのはやはり〈機械操作〉スキルが三種に分かれたのが大きい。どれも満遍なく使うスタイルなので、その影響をもろに受けてしまうのだ。

 一応、泣く泣く〈釣り〉スキルを消して抗ってはいるのだが、やはり厳しい。


「レッジさんってたぶん、今までできていたことができなくなるのが嫌なんですよね。だから、なかなかスキル構成が変更できないんですよ」

「それはまあ……そうかもしれないな」


 レティの直接的な言葉に思わず怯んでしまうが、事実だ。あれもこれもと色々なスキルに手を伸ばす割に、それらを捨てることができない。結果として、身動きが取れなくなってしまっている。


「自分で全部賄おうとせず、まわりにも頼って下さいよ」

「ううむ……」


 ステータスウィンドウに目を落とし、そこに羅列されたスキルを睨む。この中から削れるものなど、何もないように見えてしまう。


「〈歩行〉スキルとかいらないんじゃないの? テント張ってるなら動かないし」

「〈旅人ウォーカー〉の要件スキルなんだが」


 ラクトの指摘に反論する。たしかにテントを張っている時は役に立たないが、移動中などは〈歩行〉スキルはかなり重要だ。悪路でも素早く動けるというのは、戦いの上でもかなり有利になる。


「レッジ、普段から戦闘職じゃないって言ってるじゃん。それに、わたしは〈歩行〉スキル持ってないけどなんとかなってるよ」

「そうですね。ロールも色々ありますし、他のを検討してもいいんじゃないですか?」

「ぐぬぬ……」


 二方向から説得され、心が揺らぐ。

 〈旅人〉はアビリティが〈野営〉スキルの強化であるため、かなり便利だ。しかし、スキルレベルの上限を拡張できるようになった今なら、その補正がなくなってもいいかもしれない。


「〈収獲〉スキルも外していいんじゃないですか? 〈栽培〉とシナジーがあるのは知ってますが、それが必要不可欠というわけでもないですよね」

「それはそうだが」


 こういった時頼りになる仲間たちは、容赦なくスキルを検証していく。俺は泣きそうになりながら、その鋭い指摘を受け止めた。


「カートリッジに移しておいて、やっぱり必要だと思ったら戻せばいいんですよ。せっかくのスキル制なんですから、色々と試すのが吉ですよ」

「そうか……。そうだな」


 そして、レティの言葉に勇気づけられる。

 FPOは個人が自由にスキルを上げ下げできる自由なシステムだ。ならばカチコチに固まってしまうよりも、柔軟になる方が良いだろう。そちらの方が、より楽しくなるはずだ。


「ありがとう。希望が見えてきた」

「それは良かったです」


 やはり人に相談するのは大事だ。すっと肩の荷が下りたような心地になる。

 ちょうど話が落ち着いた時、ヤヒロワニが〈ワダツミ〉に到着する。シャフトから降りた俺たちは、新スキルについての予想を語り合いながら、別荘へと帰宅した。


「ただいまです!」

「聞いて下さい、レアスキル三つとも手に入りましたよ!」


 扉を開けて中に飛び込むなり、トーカが喜色の混じった声を上げる。


「そう。それは良かったわね」

「ひっ」


 奥から出てきたのは微笑を湛えたエイミーだ。しかし、彼女の全身からは物凄い圧が放たれている。俺とレティとトーカの三人は本能的に背筋を伸ばし、ダラダラと脂汗を流す。


「貴方たちのこと、それはそれは話題になってたわよ。珍妙な姿で練り歩いて、景気よく源石を買い取ってたそうじゃない」

「は、はええ……」


 危険を察知したシフォンとラクトが足音を忍ばせて逃げていく。俺たち三人だけが取り残された。


「アリエスの所にも行ったんですってね。その水晶玉とか、いくらしたのかしら?」

「あ、あの、エイミー」

「何回研磨して、いくらかかったの?」

「はひっ」


 すっと薄くしたエイミーの目が光る。

 三つ指を揃えたレティが全身を震わせる。


「その、上級源石は私どもの戦力増強には必要不可欠と判断いたしまして、その研磨に掛かる源石や補助素材の購入費用は正当な経費であると――」

「普通に上級源石も売りに出てるんだから、それを買った方が安かったんじゃない?」

「おっしゃるとおりです……」


 有無を言わせぬエイミーの気迫に、レティは完全に屈服する。彼女が口にした残金は、コーヒー一杯も飲めないほどのものだった。


「ほんとに有り金全部溶かしてたのか……」

「だからあんなに消耗してたんですね」


 まさかの事実に俺とトーカも思わず呆れてしまう。

 何だかんだ言いつつ、俺たちは少しくらいはビットも残している。研磨の最終盤、どうにもレティの様子が消耗しすぎていると思ったが、後に退けなかったからだったのか。

 話を聞いたエイミーは腰に手を当て、深いため息をつく。


「レティ、普段はレッジに厳しくしてるんだから、自分でもちゃんとしないと示しがつかないじゃない」

「はいぃ」

「とにかく、今後は研磨は控えること。耐性が無いのに手を出しちゃだめ」

「き、肝に銘じます」


 さっきまでの活気はどこへやら、青菜に塩を振ったかのようにしょんぼりとするレティ。可哀想に、と見ていると、エイミーの矛先が俺にも向けられた。


「レッジも年長者なんだからちゃんと見てないとだめじゃない」

「ぐぅ」

「レティだけ我慢するのも良くないからね。今後〈白鹿庵〉は無色源石の研磨禁止です」

「そ、そんなぁ」

「そんなもこんなもない! 分かったわね?」

「はい……」


 エイミーは有無を言わせぬ力強さで念押しする。俺もレティもトーカも、素直に頷くほかなかった。

 彼女の言うとおり、上級源石が欲しければ売られているものを買えばいいのだ。どれだけ高くても、そちらの方が安い。それがダメなら、鑑定済みの源石で必要なものを必要なだけ磨けばいい。

 圧倒的な正論の前に、俺たちは無力だ。レアスキルも全て手に入れてしまった以上何も言うことができない。


『ほんとに仕方ないわね……』


 エイミーが去ったあと、入れ替わりでカミルがやってきた。彼女も話は聞いていたようで、呆れた顔で見下ろしてくる。


「本当に申し訳ない」

『そう思ってるなら掃除でもしてちょうだい。誠意を見せればエイミーも許してくれるんじゃない?』


 そう言って、彼女は俺たちの前に掃除道具を置いた。

 これも彼女なりの優しさだろう。俺たちはその思いを噛み締めながら、いそいそと掃除を始めた。


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Tips

◇〈破壊〉スキル

 三種の物質系スキルのひとつ。対象を砕き、潰し、無数の破片に変化させる。物理系、打撃属性攻撃の威力が上昇する。


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