第669話「玉磨きの深い沼」
アリエスの占い小屋を訪れた二時間後、俺たちは彼女のアドバイスを受け万全の体勢を整えた上で〈白き深淵の神殿〉へと降り立った。高速海中輸送管ヤヒロワニのシャトルから降り立った瞬間に分かる、彼我の差。周囲からの強い羨望の視線が突き刺さる。
「ふふふ、感じますよ。レティたちの圧倒的な運命力に圧倒される皆さんの様子を」
「仕方ない。こればっかりは隠すこともできないからな」
「早く研磨部屋に入りましょう。皆さんには少し眩しすぎるようです……」
今日も今日とて盛況な神殿内をレティとトーカと共に歩く。たったそれだけで群衆が左右へと分かたれ、進むべき道が現れる。
やはり、圧倒的な力を持っている者は
「ねえ、どうするの? わたし、あの三人と歩くの嫌なんだけど……」
「はええ。仕方ないよ。今更隠れるわけにも行かないし」
付いてきたラクトとシフォンは、あまりレアスキルに興味がないらしい。アリエスの指南を受けることもなく、少し離れた後方を歩いている。
「二人とも、こっちだぞ」
「はーい……」
俺たちの圧倒的な幸運力を感じればはぐれることもないだろうが、一応呼び寄せる。二人はびくりと大きく肩を跳ね上げて、何かから隠れるように身を縮めてやってきた。
「二人ともどうしたんだ?」
「挙動不審ですね。もっと堂々としてないと、運命に逃げられますよ?」
「あっはい」
ともかく、もうすぐ運命力が最高潮に達する時間がやってくる。そこからの時間はたったの30分だ。それまでに決めなければならない。
「さ、入ろうか」
「うん……」
何故か元気のない様子のシフォンたちと共に、研磨部屋の中に入る。
空間拡張複製設備が整備された研磨部屋は原則的に一人ずつ別の空間へと飛ばされる。しかし、全員が同一のパーティに入っていれば、纏めて同じ部屋に行くことも可能だ。
アリエス曰く、運勢は共鳴する。極限まで幸運を高めた俺とレティとトーカの三人が同じ空間に存在すれば、それだけで幸運が爆上がりするのである。
「……ねえ、レッジ。それってほんとに意味あるの?」
「なんだ、突然?」
滑らかにスライドする石扉を潜り、小さな部屋へと入る。そこでラクトが俺の顔を見上げてきた。質問の意味が分からず首を傾げると、彼女はシフォンと目を合わせて、揃ってため息をついた。
「その、装備? ファッション? よく分かんないけど、効果あるのかなって」
「そりゃあ、効果あるに決まってるさ。アリエスが売ってくれたやつなんだぞ」
どうやら、ラクトには今の俺たちの格好がしっくりこないらしい。事前にアリエスが詳しく説明してくれたはずだが、聞いていなかったのか。仕方のない奴だ。
俺は胸を張り、両腕を広げて見せる。
「頭から順に説明するぞ。まずは“祈祷師の宝冠”だ」
大粒の宝石がいくつも取り付けられた、ゴールドの冠だ。銀糸で繋げた水晶がジャラリと垂れ下がり、運気を高めてくれる。
「肩装備は“金羽梟の飾り衣”、胸装備は“宝石王の胴衣”、腰装備は“七色七宝短剣帯”、足装備は“宝石王の脚衣”、靴装備は“薔薇路の靴”だ」
煌びやかな金色のケープに、純白のゆったりとした上下。腰には色彩豊かに装飾された短剣が七本、緻密な刺繍の施された帯と共に巻かれ、靴には赤い薔薇が咲き乱れている。
「続いて
アリエスが言うには、装備品よりも装飾品の方が運命力を強化してくれるらしい。耳には手のひらよりも大きく鮮やかな青色の羽飾り、金縁のサングラスを掛け、拳のような宝石を連ねた首飾りを下げている。
小脇に抱えたサッカーボール大の水晶は、アリエスが特別に売ってくれた普段は非売品のものだ。魔力が籠もったそれを持っているだけで、普段の数十から数百倍の運気が舞い込んでくるらしい。
指輪については、金色のスッキリとしたセンスの良いものと、俺の星座に対応した指輪だ。
「分かったか? 更にラッキーアイテムの饅頭も持ってきてるし、ラッキーカラーの赤いトマトもある。風水的にも完璧だぞ」
「あっはい……」
どうだ、この完全無欠、最強の布陣は。
これにはさしものラクトも圧倒されてしまったらしく、口を半開きにして呆然としている。
ちなみにレティとトーカもそれぞれアリエスから指示を受けて装備を変えている。
レティはロングコートを身に纏い、もふもふとした白いファーを首に巻き、俺と同じサングラスを掛けている。手にはワインが少し入ったグラスを持ち、まるで海外のトップモデルのような風格だ。
トーカは兵庫髷に結った黒髪に煌びやかな簪を無数に刺し、顔には白粉を振っている。真っ赤な紅の唇がより印象的だ。打掛は花の咲き誇る煌びやかなもので、帯も太く立派なものだ。根付けの鈴が涼やかな音色を奏で、高い下駄がカランコロンと軽やかに鳴る。桃色の和傘には花弁が散らされ、歩くと長い裾引きが風に揺れる。
おまけに白月までが、額に小さな金の冠を載せていた。
「まさか、レッジさんたちがここまで乗せられやすいとは……」
「止められなかったわたしたちにも責任はあるよ」
胸を張って見せびらかしたのだが、ラクトたちの反応はいまいちだ。何やら顔を寄せ合ってコソコソと小声で話している。
「レッジさん、もうすぐ時間ですよ」
レティの声で思考を戻される。
そうだ、今は申し訳ないが、二人に構っている暇はないのだ。
「レティ、全てを託すぞ」
「私の分もよろしくお願いします……!」
「任せて下さい! 今のレティの運勢は超ウルトラデラックスハイパースペシャルクアトロスーパーマッシブマキシマムビッグビッガービッゲストテラバイト大吉ですからね!」
念と共に幸運を送る俺とトーカ。俺たちの思いを一身に背負い、レティはコートの余った袖を捲る。
時刻はすぐ側まで迫っている。
彼女には、ある分だけの源石と補助素材候補を全て託している。あとはその並々ならぬ運命力で引き寄せるだけだ。
「――始めます」
そして、時間がやってきた。
レティはきゅっと口の端を絞り、台座に源石を乗せる。当然、未鑑定の無色石だ。
それを感知した研磨装置が動き出す。台座の周囲に小さな台座が現れ、補助素材を求める。“隕鉄”をはじめとするそれらを置くと、壁や天井からアームが飛び出し、研磨が始まる。
「〈生存〉スキル〈生存〉スキル〈生存〉スキル〈生存〉スキル〈生存〉スキル〈生存〉スキル〈生存〉スキル〈生存〉スキル〈生存〉スキル」
「〈切断〉お願いします〈切断〉お願いします〈切断〉お願いします〈切断〉お願いします〈切断〉お願いします」
「〈破壊〉下さい〈破壊〉下さい〈破壊〉下さい〈破壊〉下さい〈破壊〉下さい」
あとは祈ることしかできない。
火花を散らしながら削られていく源石を見守り、一心不乱に願い続ける。ラクトとシフォンが背後で何をしているのか気にする余裕などない。
ただひたすらに祈るのみだ。
「――できました」
そして、研磨作業が終わる。
レティが震える手で源石を受け取る。そして、その中身を確認し――。
「ほわっ!?」
「ど、どうしたんだレティ!? 何が出たんだ?」
素っ頓狂な声を上げるレティ。俺とトーカは思わず立ち上がり、彼女に迫る。
「せ……〈生存〉スキルです……」
レティが俺の方へ源石を見せてくる。
その隣に表示されたステータスウィンドウには、“八尺瓊勾玉機能拡張パーツⅠ-〈生存〉”という文字が。
「おおおおおおっ! ありがとうレティ! ありがとうアリエス!」
思わず叫び声を上げてしまう。
まさか一発で出てしまうとは。流石の運命力だ。流石のレティさんだ。流石のアリエス様だ。
何度も間違いや幻覚じゃないことを確認し、ようやく受け取る。なんと素晴らしいことだろう。
「ま、まさか、本当に効果あるの……?」
「はええ……」
ラクトたちも愕然としている。見たか、これが運命というものだ。
「よし、レティ、この調子で〈切断〉と〈破壊〉も出すぞ!」
「任せて下さい!」
これは
レティが再び台座にアイテムをセットする。研磨が始まり、そして終わる。現れたのは――。
「〈鑑定〉スキルです」
「まあ、使わないわけじゃないからな。次だ!」
そう連続して0.03%が引けるわけがない。これは覚悟の上だ。へこたれることなく次に移る。
「〈補助アーツ〉スキルです」
「メルたちに売ろう」
「〈歌唱〉スキルです」
「アイに売ろう」
「〈解錠〉スキルです」
「レングスに売ろう」
「〈杖術〉スキルです」
「レティが使えるからセーフだ!」
「〈料理〉スキルです」
「ぐ、まあ使えるだろ」
「〈投擲〉スキルです」
「オークションに持っていけばいい」
「〈縫製〉スキルです」
「ネヴァに売ろう」
予想はしていたが、やはりなかなか出ないものだ。
とはいえどのスキルにも需要があるのは事実なので、今なら損をすることはない。どんどん回していけば良い。
「秘策の二つ目、“出るまで回せば100%”だ!」
「悪い大人がいるよ……」
ラクトとシフォンの冷ややかな視線が突き刺さるが、構うものか。たまには大人のやり方というものを見せてやらねばなるまい。
例え0.03%だろが0.003%だろうが、0%でなければ、いつかは出てくるものなのだ。
「〈木工〉スキルです」
「もう生産系は全部ネヴァに売るから、大丈夫だ」
「〈鑑定〉スキルです」
「需要が高いスキルだな。いいぞ!」
「〈野営〉スキルです」
「うおおお!? やったぜ!」
「〈機術技能〉スキルです」
「お、ラッキー。わたしも貰って良いんだよね」
「〈異常耐性〉スキルです」
「はえー。わたしは使わないけど、エイミーとか欲しがるんじゃないかな」
「〈解錠〉スキルです」
「さっきも出なかったっけ?」
「〈忍術〉スキルです」
「ミカゲに土産ができたな」
「〈登攀〉スキルです」
「行動系はいいぞ!」
「〈水泳〉スキルです」
「行動系はいいぞ!」
「〈歩行〉スキルです」
「行動系はいいぞ!」
「〈切断〉スキルです」
「レアスキルはいいぞ!」
「〈調剤〉スキルです」
「需要が高いから大丈夫だ」
「〈木工〉スキルです」
「ダマスカスに売ろう」
うん?
「ちょ、ちょっと待って待って待って!」
違和感を少し覚えたその時、ラクトの焦った声で作業が中断される。少し顔色が悪かったレティが、首を傾げたあと、はっとしてインベントリ内を確認する。
「と、トーカ! これ!」
「〈切断〉スキルです!」
なんと、早くも〈切断〉スキルだ。レアスキル二つめがこんな短時間で出てくるとは。
やはりアリエス様は間違っていなかった。
「ほ、ほんとに効果あるんだ……」
ラクトとシフォンも、こうも結果を目の当たりにしては否定できない。俺たちの高い幸運力に慄然としている。
「よし、よしよし。良い感じだぞ。この調子でレティのぶんも出そう!」
「行きますよ! ドンドン出しますよ!」
それから、2時間が経った。
「はひ……はひ……」
「次こそ……次こそ……」
「ねえ、レティ、レッジ! もうラッキータイムも終わってるんだよね? あれ30分だけだったよね!? もう終わってるよ!」
〈生存〉スキルと〈切断〉スキルは出たのに、〈破壊〉スキル(仮称)だけは出ない。
運命力は極限まで高まっていたはずなのに、他ならぬレティのものだけは一向に出てこない。なんだこの研磨台は、壊れているのか?
「トーカも何とか言ってやってよ!」
「今までの揺り戻しがくるはずです。次の一投で来るはずなんです」
「ダメだこの人たち!」
もう何回研磨作業を見届けてきただろう。
だんだんと火花にパターンがあることが分かってきた。おおよそ、出てくるスキルの分類に対応した色なのだ。
戦闘系なら赤、生活系なら緑、アーツは青、生産は黄色だ。そして、レアスキルならば虹色の火花があがる。……あがるハズなのだ。
「あと一回だけ、あと一回だけ」
「レティ! もう素材もないんじゃないの? 帰ろうよ」
「ふふふ。源石を一度外して、再度セットすると要求される素材も変わるんですよ。まだできます」
「もー!」
ラクトとシフォンがぐいぐいと体を引っ張ってくるが、ここで負けるわけにはいかないのだ。今じゃなければ、もう二度と出ない気がする。
しかし、無情にも火花は単色で上がり続ける。
俺たちの用意した膨大な石と素材と時間が溶けていく。
脳まで溶けていくような感覚が全身を痺れさせる。絶望的な状況だというのに、口角が痙攣し、笑みを浮かべてしまう。
「……なくなりました」
しかし、現実は非情である。
レティが真っ白に燃え尽きた灰のようになる。
手持ちの源石が全てなくなったのだ。万策が尽きてしまったのだ。
「そんな……レティだけ……なんで……」
何よりも気まずいのは、俺とトーカの求めるものは出てきた上で、ガチャ――研磨作業をしていたレティのものは出てこなかったことだ。俺もトーカも、なんと声を掛ければいいのか分からない。
「れ、レッジさん、お金貸して下さい」
「えっ?」
「ほら、歩廊で源石売ってますよね。それ使えばまだ磨けます。レティ、まだやれます!」
「ちょ、ちょっとまて。もうビットもほとんどないんだが……」
「全員ぶん合わせればまだ何とか――!」
よろよろとこちらへやってくるレティ。幽鬼のような気迫でせがまれるが、こちらもほとんど金はない。アリエスに勧められるまま、色々と装備類を買ってしまったのだ。
「ラクト、シフォン……」
「だ、ダメだよ! ガチャで溶かすようなお金はないもん!」
「わ、わたしもそんなにお金持ってないよ!」
レティの目がラクトたちに向く。二人は慌てて壁際に下がり逃れようとするが、ここは狭い石室だ。
「お願いします! 一生のお願いです!」
「レティ、この前アイス食べに行った時にも使ってたよね! ダメだよ!」
「そこをなんとか! 後生ですから。一回分でいいんです、次で出る気がするんです。ていうか絶対出ます! 出ないとおかしいんです!」
「だめー!」
必死に縋り付くレティに、ラクトはぶんぶんと首を振る。しかしレティも後に引けなくなっている。瞳は怪しく光り、亡者のように手を伸ばしている。
「うう……」
「泣いてもダメだからね。ていうかレティはもうガチャ禁止! 耐性なさ過ぎてドハマりするタイプじゃん」
「そこをなんとか……」
「なんとかもかんとかもないよ!」
泣き落としに掛かろうとするレティだが、ラクトの牙城は崩せない。
しかし、あれだな。自分よりヤバい人を見ると冷静になってくる。トーカも同じようで、俺たちは互いに憑き物が落ちたような顔を見合わせた。
「ねえ、レッジさん」
「うん? どうした」
レティとラクトが激しい攻防を繰り広げている横で、シフォンがそっと声を抑えて話しかけてくる。彼女が手に持っていたのは、曇った色と歪な形をした源石だ。
「実は、わたしもちょっとやってみたくて。一回分だけ持ってきてるんだ。やってもいいかな?」
「それはまあ、いいけど……。慎重にな」
今、レティに見つかったら強奪しかねない。シフォンもそれは分かっている様子で、そっと足を忍ばせて研磨台へと向かう。
「ダメだよ、絶対ダメ! ていうかエイミーに一度怒られた方が良い!」
「ご無体な! あと一回だけでいいんですよう」
言い争いながら、ラクトがちらりとこちらを見てウィンクを一つする。どうやら、この猛獣は自分に任せておけと言ってくれているらしい。
俺とトーカはすっとシフォンを隠すように立ち、彼女を守る。
そうして、研磨台が動き出す。
「はっ!?」
それに気がついたレティが高速で振り返る。
俺とトーカは覚悟を決めて、彼女を阻む。
「レティ、落ち着け。大丈夫だから!」
「わたしたちが悪かったです。レティ、ごめんなさい!」
「うわーん!」
彼女の目の前で研磨が進む。
アームが伸び、源石を磨き始める。
放たれた火花は――
「なあっ!?」
――虹色だった。
「はえええっ!? どどど、どうすれば?」
「中断せずに見守るんだ。できるまでレティは抑える!」
混乱するシフォンに声を掛け、レティを羽交い締めにする。いや、流石に正気を失いすぎだろう。
腕力が強すぎて、俺だけではどうにもならない。トーカとラクトにも手伝って貰い、なんとか三人がかりでレティを抑える。
彼女の目の前で、研磨が終わる。
「あっ」
そうして、シフォンが声を上げる。
彼女は震えながらこちらに向き直り、レティの元へと歩み寄った。
「その、レティ……これ……」
そうして差し出されたのは、キラキラと輝く赤い源石。表示された小さなステータスウィンドウにシメされていた名前は、“八尺瓊勾玉機能拡張パーツⅠ-〈破壊〉”だった。
_/_/_/_/_/
Tips
◇運命の魔水晶(大)
神秘的なオーラを放つ不思議な水晶。よく見ると薄く紫がかっているように見えなくもないが、これが魔力を帯びている証とする説がある。非常に大きく、艶のある良質の水晶で、その内部に森羅万象を映し出すと言われている。非常に希少なものであり、誰にでも売れるような品ではない。そのため通常は非売品であるが、特別に貴方だけに販売します。サイズは大中小の三段階、当然大きいほど多くの魔力を溜め込む傾向にあるとされています。今なら専用のクッション台座と曇り取りスプレー、マイクロファイバークロス付き。※お客様の使用において発生したいかなるトラブルにおきましても販売者は責任を負いません※魔力や運命力、幸運というものは非常に不安定なものです。常に多くの外的要因に晒されているため一定の効果を発揮することはございません※商品特性をご納得の上でのみ購入して頂けます※その場合返金、返品等のご要望には対応できません
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