第668話「低確率の魔力」※
上級源石の製造方法が発見された。その情報は〈大鷲の騎士団〉の報告書と共に惑星の隅々まで知れ渡った。
更に、その話を聞きつけた歴戦の検証班たちが源石製造――“玉磨き”や“源石研磨”と呼ぶらしい――の詳しい仕様を調べ上げた。
結果として分かったことは以下の通りだ。
必要なものは源石、“隕鉄の欠片”、各種ボスエネミーのレアドロップ、上級精密機械部品。源石以外のものは補助素材と呼称される。“隕鉄の欠片”以外の二種はそれぞれの分類の範囲内でランダムに決定され、必要数も1から10程度で変動する。
源石は鑑定済みの色石だけでなく、未鑑定品も使用できる。その場合はランダムなスキルの上級源石へと研磨される。
そして――。
「未鑑定源石を研磨したら、非常に稀ですが未確認なスキルの源石が手に入るんですよ!」
勢いよくテーブルに手を突いて、レティが迫真の顔を近づける。彼女の話を聞いていた俺は、そのあまりの熱気に仰け反った。
「未確認の源石ってなんなんだ?」
「今のところ確認されてるのは〈賭博〉〈切断〉〈貫通〉〈生存〉の四種です」
レティは四本の指を立てて言う。それを聞いて思わず眉間に皺が寄る。
「また随分と……。変わったスキルばっかりだな」
「そうなんですよねぇ。新規実装されるにしても、かなりの量がありますし」
「運営の設定ミスで、構想段階の没スキルが出てきたって噂もあるよ」
隣で話を聞いていたラクトが口を開く。なるほど確かにそう考えるのも無理はない。そもそも、一つ気になることがある。
「研磨で出てくるのは上級源石なんだろ? 全く未知なスキルなのに使えるのか?」
上級源石はレベル80に到達したスキルのレベルキャップを85に拡張するアイテムだ。未知のスキルというのは、考え方を変えればレベルキャップがゼロのスキルとも言える。
だが、レティはそんな俺の疑問も予想していたようで、不敵な笑みを崩さない。
「そこは当然、真っ先に検証されましたよ。〈賭博〉スキルの上級源石を手に入れたプレイヤーが、それを使用しました」
「そしたら、どうなったんだ?」
話を聞くにつれて俺も興味が出てきた。自然と体が前のめりになる。
「レベルキャップが10の〈賭博〉スキルがステータス画面に表示されたんです」
「なるほど」
通常、源石を使うとレベルキャップは5ずつ拡張される。それが10拡張されるということでバランスを取っているらしい。それでもレベル80までには8個の上級源石が必要になるのだが。
「そうなると没データってのもちょっと揺らいでくるな。使用が想定されてるんだろ?」
「そういうことです。というわけで、現在〈白き深淵の神殿〉は大変なことになってるんですよ」
ウサ耳を折り、レティは肩を竦める。
「レアスキルの上級源石は一攫千金、需要の高いメイン級スキルのものでもかなり高値ですから。未鑑定源石を握って長蛇の列ができました。あまりに混雑したせいで、ワダツミさんが空間拡張複製設備を置いたくらいです」
研磨部屋はもちろん、その周囲には源石や補助素材を売り込む露店が犇めいていた。その混雑は想像を絶し、フィールドの管轄であるワダツミにも少なくない意見が寄せられたのだろう。
空間拡張複製設備というのは、一部の店舗や施設などにも使われているものだ。内部の空間を複製することで、外観以上の収容数を持つことができる。都市のエネルギーグリッドを前提にした設備だから、〈白き深淵の神殿〉に配置するのは難しかっただろうに、ワダツミもよくやったもんだ。
「それじゃあ、混雑は解消されたの?」
「解消されはしたんですけどね……。今度はまた別の問題が出てきまして」
そう言って、レティはウィンドウを開く。可視化されたそれは、とある掲示板のスレッドを表示しているようだった。
_/_/_/_/_/
◇ななしの調査隊員
でねえええええええ!
◇ななしの調査隊員
ぜんっぜん出ねぇ。マジで入ってんのかこれ
◇ななしの調査隊員
次で出る次で出る次で出る次で出る次で出る次で出る次で出る次で出る次で出る次で出る次で出る次で出る次で出る
◇ななしの調査隊員
無心で磨け。物欲センサーに悟られるな。
◇ななしの調査隊員
玉磨きやめられないんだけど!!!
◇ななしの調査隊員
クソ、剣術槍術銃術弓術全部出てんのに杖術だけ出ねぇ
◇ななしの調査隊員
今度こそ来るはずなんだ。次で出るんだ
◇ななしの調査隊員
金なくなった
◇ななしの調査隊員
はーマジつら。なんやこのクソゲー。FPOやめます。
◇ななしの調査隊員
金なくなった。遊戯区画でスロ回してくる。
◇ななしの調査隊員
なんだこの地獄・・・
◇ななしの調査隊員
お前も玉磨きをやらないか?
◇ななしの調査隊員
メインスキル出たら大金持ちやで
◇ななしの調査隊員
これ賭博出して使ったら確率あがるんじゃねーの?
◇ななしの調査隊員
研磨部屋に入った友人がまだ帰ってきません。誰か知りませんか?
◇ななしの調査隊員
入った時点でそこは個室になるからな。俺たちにはどうすることもできねんだ
◇ななしの調査隊員
ただ己と向き合い玉を磨くのみよ・・・
_/_/_/_/_/
「なんだこの地獄……」
「現在の研磨部屋の惨状ですね」
聞くところによると、鑑定済みの源石を使えばそれに対応した上級源石が確定で出るようだが、専らそちらは使われていないらしい。無色の源石を使えばランダムになる代わりに必要な補助素材も少し安くなる上、運が良ければかなり高価な上級源石が出てくるからだ。
その結果として起こったのが、研磨部屋に籠もるプレイヤーの続出だった。
彼らはありったけの補助素材を溜め込み、無色の源石を溶かしながら一攫千金を狙い続けている。
「新スキルの源石はどれくらいの確率で出るもんなんだ?」
「明確に統計が取れてるわけじゃないですけど、wikiを見ると0.03%以下とか」
「ひええ。昔のガチャゲーもびっくりの低確率だね」
話を聞いたラクトが顔を青くする。
1%を切るとはなかなか凶悪な設定になっている。そもそも運営としては出したくないのかもしれないが、下手に出る可能性があるため性質が悪い。
「とはいえ、そんなムキになって出したいもんかね? 金を稼ぐならもっと良い方法があるだろうに」
「それはそうなんですが……。皆さん狙ってるのは〈賭博〉スキルらしいんですね」
「その理由は?」
「〈賭博〉スキルを上げれば遊戯区画のギャンブルで勝てる。そしたらお金が簡単に稼げる。そしたらもっとギャンブルができる。という勝利の方程式を描いているようです」
「その方程式は破綻してないか……?」
レティもラクトも顔を背ける。
どう考えても無謀というか、夢想に近い話だ。そんなものに囚われてしまうとは賭博とは恐ろしい。
『全く、嘆かわしい話じゃな。調査開拓員の本分は調査開拓にあるというのに。これでは領域拡張プロトコルも進まぬではないか』
そこへ口を挟んできたのは、呆れた顔で箒を抱えたT-1だった。領域拡張プロトコルを力強く推し進めるべき、という主張を持つ彼女にとってはあまり良いニュースではないようだ。
『ほんとうね。アンタはそんなのにハマっちゃダメよ』
T-1を追いかけてきたカミルもそんなことを言う。どうやら、俺が上級源石ギャンブルに熱中してしまうとでも思っているらしい。
「俺はあんまり興味ないから安心してくれ。そもそも〈槍術〉や〈野営〉スキルなんかも落ち着いてからにするつもりなんだから」
『だと良いけどねぇ……』
胸を叩いて宣言するが、カミルはじっとりとした疑念の目をやめない。そんなに俺は信用できないだろうか?
カミルの俺に対する評価に疑念を覚えていると、ラクトが不意に声を上げる。
「でも〈賭博〉はともかく、他のスキルは便利そうだよね。〈生存〉とかレッジが好きそうな感じがするよ」
「うん?」
思わず耳が動いてしまう。
ラクトはwikiで未確認スキルの鑑定情報を見ているようだった。彼女の肩越しにそれを覗かせてもらい、内容を追う。
「“フィールド上での危機対応に関連するスキル。立ちはだかる危険をくぐり抜け、迫り来る窮地から逃走する。平和主義のためのスキル”……。なるほど?」
『ちょっと、レッジ?』
駆け寄ってきたカミルが俺の腕を引く。
俺は彼女の頬を撫で、頭をぽんぽんと叩いてあしらう。なにやらうにゃうにゃと言っているが、ちょっと今は構っている暇がない。
「なあ、レティ」
「なんですか? お金なら出しませんよ」
「そうじゃなくて。これ、〈切断〉と〈貫通〉スキルがあるんなら、〈破壊〉もあるんじゃないか?」
「……〈破壊〉?」
見たところ、〈切断〉と〈貫通〉のスキルはそれぞれ、切断属性や貫通属性の威力を増強させるタイプのスキルらしい。となれば、三大物理属性の一つである打撃に関するものもあるはずだ。
俺がそう予想を口にしたところ、レティの赤い瞳がキラリと光る。
「話は聞かせて貰いました! 〈切断〉スキルはぜひ習得したいですね!」
そこへ突然、ドアを蹴破る勢いでトーカが現れた。彼女も目を爛々と輝かせ、愛刀をぎゅっと握りしめている。
「ちょっとトーカ? 突然走り出して何を――はえええっ!?」
思った時には既に行動していた。
トーカを追いかけてきたらしいシフォンにぶつかりそうになりながら、俺とレティは部屋から駆け出す。
『レッジ!? ちょっと、アンタ、どこに行くのよ!』
「夢を買いに行ってくる!」
『はぁ!?』
カミルに留守番を頼み、別荘を飛び出す。
今日はエイミーが居ないため、残念ながら“水鏡”で直接向かうことはできない。しかし素晴らしいことに、〈白き深淵の神殿〉には高速海中輸送管ヤヒロワニが繋がっているのだ。
「レッジ、わたしが言うのもなんだけど、ほんとに大丈夫?」
ラクトが俺を追いかけながら憂いの表情を浮かべる。
たしかに0.03%という確率は絶望的だ。普通に考えれば手を出すべきではない。しかし俺には秘策が二つもある。
「ラクト、俺もそこまで考えなしじゃない。まずはサカオに行くぞ」
「うん? どうしてそっちにいくの? うわぷっ!?」
首を傾げるラクトを抱え上げる。彼女は俺やレティたちの全速力に追いつけない。
「ほら、サカオにはあの人がいるだろう?」
高速航空輸送網イカルガを使い、三術の町キヨウへと降り立つ。和風の町並みが広がるなかを歩き、市場の片隅にある簡素なテントへと入る。
「いらっしゃーい。って〈白鹿庵〉じゃない。突然どうしたのよ?」
薄暗いテントの中に座っていたのは、スピリチュアルな雰囲気を纏った美女だ。濃い青髪を腰まで伸ばし、ゆったりとしたドレスを纏っている。顔は薄い紗に覆われているが、赤い口元が驚きを覗かせていた。
「よう、アリエス。ちょっと頼み事があってな」
彼女の名はアリエス。普段はこうして占いを生業にしているが、〈占術〉スキルの第一人者であり、戦闘でも第一線で通用する実力を持つトッププレイヤーだ。
ミカゲが設立した非バンド組織、三術連合の一員でもあり、その関係で交流もある。
「もう営業時間は終わったんだけど……」
「すみません、アリエスさん。でもどうしてもお願いしたいことがありまして」
「失礼は重々承知の上、折り入って頼みたいことがあるんです」
唇を尖らせるアリエスの両手をレティとトーカがぎゅっと握りしめる。アリエスは驚いた様子で二人の顔を見て、大きなため息をついた。
「まあ、知らない仲でもないし、特別よ」
「ありがとう、アリエス!」
「ただし、料金は倍取るからね」
しっかりと釘を刺しつつも、アリエスは居住まいを正す。そうして、何を占って欲しいか要望を問うてくる。
「賭けに勝てる幸運が欲しいんです」
「望んだ物を手に入れる力を!」
「勝負に勝てる運命力をくれ」
一斉に口を開く俺たちの、揃った要望にアリエスは一瞬固まる。その後、呆れたように唇を突き出した。
「……まあ、深い理由は聞かないわ。とりあえず運勢を視ていきましょう」
アリエスは何事かつぶやき、テクニックを発動させる。
〈占術〉スキルは対象の運勢や運命を確認し、それを操作することができる。それを使えば、0.03%も3%くらいにはなるはずだ。
「最近あなたたちみたいな依頼が多いのよねぇ。理由はなんとなく分かるけど……」
アリエスの目の前にウィンドウが展開される。そこに俺たちの運勢が書かれているのだろう。
「私が言うのもアレだけど、あんまりこういうのに頼っても仕方ないわよ。当たるも八卦、当たらぬも八卦って言うでしょ」
「それならレティは当たる方に賭けます」
「そっか……」
鼻息を荒くするレティの言葉に、アリエスはそれ以上何も言わなかった。その代わり、鑑定した運勢について伝える。
「一番運勢が良いのはレティちゃんね。次にレッジで、最後にトーカちゃん。レティちゃんが突出してて、レッジとトーカちゃんはトントン。下手に三人で何かするより、レティちゃんに任せた方がいいわ」
「な、なるほど……」
アリエスの言葉を、レティはいつになく熱心な顔で聞いている。耳も前のめりになり、一言一句聞き逃さないという決意を感じる。
「一番運命力が高くなるのはこの後2時間と12分後からの30分間ね。勝負をするなら、その時間がいいわ」
「ふむふむ……。あの、何か運勢を補強するようなアイテムってありますか?」
メモをしながら、レティが尋ねる。その言葉にアリエスはぎょっとして、苦笑しながら答えた。
「まさかそっちからそんなの望まれるとは……。一応あるけど」
「み、見せて貰っても!?」
「良いわよ。ま、好きにしてちょうだい」
そう言って、アリエスは一度テントの奥へと引っ込む。ここでは幸運のアクセサリーなども売っているようで、その在庫を持ってきてくれるようだった。
「レッジさん、絶対獲りましょうね」
「もちろん。やるからには全力だ」
「ふふふ、この日のためにビットを貯めてきたんです」
俺はともかく、レティもトーカも普段あまりビットを使わない。幸運のアイテムを買うくらいの余裕はあるだろう。
アリエスがそれを持ってくるまでの間、俺たちは決意を固めて情熱を燃やしていた。
_/_/_/_/_/
Tips
◇八尺瓊勾玉機能拡張パーツⅠ
八尺瓊勾玉に接続することで、既存の機能を拡張することができる精密部品。〈白き深淵の神殿〉内の研磨部屋にて作成可能。
素材となる源石の研磨の仕方によって、様々な性質を得る。
壊れ、砕け、薄れ、拡散された、彼らの残滓。色を失い、色に染まり、意思が砕け、本能が作られた、悠久の時間の中でも連綿と継承され、今に運ばれたいつかの証。それを掬い、再構築し、その身に宿す。忘れられた彼らの意思を引き継ぐために。
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