第664話「触手vs触手」

「はあああっ! 『日輪斬』ッ!」

「『烈風突き』!」


 トーカがぐるりと全方位へ刀を回し、迫り来る太く黒い触手を断ち切る。更にアイが腰に吊ったレイピアを引き抜いて、触手の断面を貫き裂く。息の合った連携で、間髪入れぬ熾烈な攻撃を展開し、一方的に黒タコを追い詰めていた。


「トーカさん、おかしいですね」

「黒神獣にしては弱すぎます」


 しかし、だからこそ二人は油断しなかった。

 これまでの経験から、このような海の底――それも通常なら辿り着けないような場所に潜んでいた黒神獣が、これほど呆気なく圧倒されるはずがない。二人は瞬時にそう判断した。


「とはいえ」

「攻撃をやめる訳にもいきませんね」


 二人は連撃を続け深追いすることをやめ、それぞれに“型”へ入る。大技を繰り出し、一気に敵の化けの皮を剥がすつもりらしい。

 しかし、大技に繋げる長い“型”は明確な隙となる。一方的に――文字通りタコ殴りにされていた黒タコがその好機を逃すはずがない。瞬く間に切られた触手を再生させて、二人を包み込むように伸ばす。


「彩花流、漆之型――」

「――『号砲万雷』」


 トーカが鯉口を切り、アイが胸を膨らませる。


『だめだ! レッジさん、衝撃に備えて!』


 それを見たアストラが今までにない切迫した声を上げる。それに間抜けな声を返した直後だった。


「――――――ッ!」


 音の衝撃が水中を駆け巡る。広い洞窟の壁面がグラグラと揺れ、砕けた一部がゆっくりと落ちていく。

 もはや全方位に向けられた打撃と化したアイの音は、大タコの全身を一撃で痺れさせる。巨大な面の攻撃だ。避けることは不可能だった。


「――『菖蒲斬り』」


 更に、そこへトーカが追い打ちをかける。

 普段の抜刀技とは違う、漫然とした動き。滑らかな軌道を描き、剣はゆっくりと大タコの黒い皮の上を滑る。

 トーカが刀を鞘に収める。その涼やかな音が響くと同時に、タコの八本の触手が一度に断ち切られた。

 全身を打ち付ける強力な範囲攻撃と、八本の触手を一瞬で断ち切る尖った斬撃。二つの波状攻撃を受け、大タコはのたうち回る。


「ぐお、おお……」


 俺はと言えば、アイの後方に立っていたのにもかかわらずあの大声が全身に響き渡り、まるで強く叩かれた鐘のように全身を痺れさせていた。

 チカチカと明滅する視界のなか、大タコが黒煙を吐き出すのを見る。それは一瞬で闇の中に紛れ、ドトウとハトウの強力な探照灯すら貫けなくなる。


「逃がしません!」


 トーカが剣を振る。斬撃が煙幕を裂く。

 しかし、そこに黒タコの姿はなかった。


「どこへ――!?」


 アイとトーカが周囲をぐるりと見渡し、俺と目が合う。どうした、と尋ねるよりも早く気付いた。彼女たちは俺の背後を見ている。


「レッジさ――」

「うおおおおおっ!?」


 唐突に背後からにゅるりと黒い触手が現れる。それは瞬く間に俺の手足、胴体、つまりは体中に巻き付き、固く拘束する。


「おおっと、なんだこれは!」


 太い触手が絡みつき、ギリギリと締め付けてくる。タコは全身筋肉というが、なるほど万力のような力強さだ。

 などと悠長に考えている間にも、タコは俺を盾にするようにして持ち上げる。


「おお、賢いな」

『言ってる場合ですか!』


 思わずタコを褒めると、レティから激しい声が飛んでくる。


「レッジさん、今助けますよ!」

「待ってください。普段は同士討ちは発生しませんが、あの場合はその危険があります。……レッジさん、何かデバフは受けてませんか?」


 飛び出そうとするトーカを抑え、アイがこちらに問うてくる。俺は自分のステータスを確認し、彼女の予想通り見慣れないデバフを受けているのを見つけた。


「“人質”ってデバフだな。……デバフなのか?」

「プレイヤーからの攻撃を受け付けてしまうデバフです。珍しいですが、厄介ですよ」


 人型をしていて、知能の高い原生生物がたまに使う掴み攻撃などを受けると掛かるデバフらしい。俺は今回が初めてだが、〈花猿の大島〉の猩猩たちもやってくるのだろう。


「ま、待ってて下さい! 睦月、お願いします!」

「任せて。『絡みつく毒液の大触手』ッ!」


 睦月が杖を掲げ、高らかに詠唱を行う。

 彼女の目の前に現れたのは、タコに勝るとも劣らぬ立派な触手だ。それが合計で十本、タコより多い。

 一斉にこちらへ殺到し、タコの触手に絡みつく。


『おおお、触手と触手がレッジさんを取り合ってる……』

『なんだかよく分かんないですけど、ダメな気がします!』


 テントの窓に張り付いたシフォンとレティが、顔を赤くしてこちらを見ている。

 睦月の使ったアーツは〈支援アーツ〉の妨害系術式だ。直接ダメージを与えるものではないため、俺を纏めて掴まれても傷は受けない。ぬめぬめとした紫色の粘液が体中に付くのは厄介だが。

 毒であれば、テントの効果範囲内であれば無効化される。なるほど考えたもんだ。


「レッジさん、なんとかそこから抜け出せませんか? こちらからは手が出せません」

「そうだな……。まあ、任せろ」


 アイの言葉を受けて、思案する。とはいえ、こういう状況でも慌てない程度には対抗策を用意していた。タコのことを予想していたわけではないが、こんなこともあろうかと、というやつだ。


「『機体部品分離パーツパージ』」


 〈換装〉スキルの数少ないテクニックの一つを発動する。

 指示に応じて、両肩と両足に内蔵されていた機構が発動する。関節部の接合が外され、タコの触手に絡め取られるまま離れていく。


「『機体自爆デストラクト』」


 0.5秒後、胴体から離れた手足が同時に爆発する。

 四箇所で爆炎が上がり、水中の中で衝撃を周囲に拡散させる。強引に触手を押し退け、俺は一気に抜け出した。


『ほあああっ!? な、何やってるんですか、レッジさん!』

「こんなこともあろうかと用意してた分離自爆システムだ。名付けて“蜥蜴の尻尾切り”! ネヴァが一晩で用意してくれた」


 睦月の大触手が剛力でタコを抑える。タコも俺を追いかけようと藻掻くが、そこへ殺到する二つの影があった。


「彩花流、捌之型、三式抜刀ノ型、『百合舞わし』ッ!」


 斬撃が拡散し、タコの触手を根元から断ち切る。傷口からはすぐさま肉が盛り上がり、再生を始めるが、そこへ追撃がかかった。


「『灼雷牙』ッ!」


 アイのレイピアが雷を帯びる。

 鋭い牙となって食らいつき、タコの傷口を焼き焦がしていく。“火傷”と“裂傷”のダブルパンチを受けたタコは、触手の再生も遅々として進まず、その間にもHPを減らしていく。

 その後も二人の攻撃は熾烈に続き、タコを追い詰めていく。だが――。


「またですか!」


 タコが大きく膨らんだかとおもうと、再び黒煙を広げる。直後にトーカたちが煙を切るが、すでにタコの姿はない。


「まあ、こっちに来るよな」


 タコがやってきたのは、俺の背後。手足を失い、ぷかぷかと浮いていた俺は最高の盾になるだろう。


「とはいえ、そう何度も捕まる訳にもいかないんだ。――『強制萌芽』植物戎衣纏装“蟒蛇蕺ウワバミドクダミ”」


 細工を施した奥歯を噛み砕き、封印していた種瓶を使用する。左の奥から二番目の歯に仕込んでいたのは“蟒蛇蕺”という植物の種だ。


「ごばっ」


 口のなかから急成長したドクダミの蔦が飛び出す。それは周囲の水を――例え潮水であろうとも――際限なく飲み乾し、成長を続ける。瞬く間に蔓が絡み合い、巨大な塊となって俺を包み込む。それでも飽きることなく膨張し、黒タコにも絡みついていく。


『しょ、触手が触手と戦ってる……』

『レッジさんはいったい何を目指してるんですか』


 テントからは呆れた声が届くが、俺にもどうしようもない。口のなかに蔦が詰まっている以上“発声”ができないし、そもそも“型”どころか身じろぎ一つできないのだ。


『ちょ、ちょっと、あの蔦こっちに来てない?』

『海水のせいで無制限に成長してるんです! ドトウ、ハトウ、逃げて下さい!』


 視界は緑に包まれて何も見えないが、TELから混乱の様子が伝わってくる。

 ……海中で“蟒蛇蕺”を展開するのは、少し軽率だっただろうか。


『ひぎゃああ! お、押し潰されるぅ!』

『如月! 手を握って!』

『ととと、トーカさん、これなんとか切れませんか!?』

『無茶言わないで下さいよ!?』


 うん、軽率だったな。

 阿鼻叫喚の声を聞く事しかできず、こちらから止めることは叶わない。気がつけば、大タコも締め付けられて急速にHPを削っていった。間もなく死ぬだろう。


『あば、あばばばっ!』

『ちょ、壁が崩れ――』


 広い洞窟内に緑の蔓が密集し、ぎゅうぎゅうと窮屈そうに悲鳴を上げながらも生長を続ける。レティたちは壁際に押しやられ、圧迫されていた。

 まずいな。このままでは全員が機体破損で死に戻る羽目になる。土下座で済むものではない。どうしたものか――。


「ふぁ。ふぉうふぁ」


 その時、突然思い出した。ネヴァに種を仕込んで貰った際に、運用についても色々話し合っていた。


「ふぎぎぎぎっ」


 顎に力を籠め、ブチブチと蔓を噛み切っていく。

 幾度となく続けた品種改良の末、蟒蛇蕺の蔓は非常に強靱になっている。それでも頑張れば噛み切れないこともない。全身全霊の力を籠めて、蔓を切る。


「ふんっ!」


 最後の一本が切れ、口の中にあった根元と外に出ていた蔓が分離する。もごもごと口内で蠢く根元を、俺は顎を高くして飲み込む。

 胸元にある八尺瓊勾玉は、どんなものでも完璧に消化し全てエネルギーに変換してしまう高性能な炉だ。ただの植物など問答無用で溶かしてしまう。

 根元と離れたことで、蔓も急速に枯れていく。褐色になり、萎れていく蔓を掻き分けると、壁際に押しつけられていたレティたちと目が合う。


「……レッジさん」


 蟒蛇蕺が水を吸いながら生長したおかげで、一時的に洞窟内の水が無くなっている。俺たちが入ってきた穴から滝のように水が流入してきているが、再び満ちるには時間が掛かるだろう。

 歩くことも這うこともできず倒れた俺を、歩み寄ってきたレティが持ち上げる。


「何か言うことは?」

「…………本当に申し訳ありませんでした」


 アストラから貸して貰った潜水服は大破、トーカやアイたちが着ていたものも破損している。“驟雨”もフレームが歪んでいるし、ドトウとハトウが陸に揚げられた魚のようにビチビチと跳ねている。

 背後では大ダコが潰れた饅頭のようになっているはずだ。

 弁明する余地など、何もなかった。


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Tips

◇仕込み歯

 換装パーツの一つ。内部にごく少量の薬品などを封入できる特殊な歯。強い力で噛み砕くことで、薬品を使用することができる。ふとした拍子に噛み砕かないよう、注意が必要。


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