第663話「闇満ちる道の先」
目隠しを着けたまま、トーカは洞窟の奥へと泳ぎ始める。既に頭の中に詳細な地図ができているようだ。俺たちは彼女を見失わないように、そのあとを追いかける。
『まさか本当に見つけるとは……』
『ていうか、これなら結局レッジの買い物って――』
「ええい。終わりよければ全てよしだ。ほら、行くぞ!」
テントの方から疑念の視線を向けられ、それから逃げるようにバタバタと泳ぐ。その途中でマーカーの回収も忘れない。10万ビット近く出して買った大切なアイテムだ。気安く使い捨てにはできない。
「トーカ、鮫が泳いでるかもしれないから気をつけろよ」
『大丈夫です。近くにそういったものはいないようですので』
「原生生物の存在も感知できるのか……。超能力じみた能力だなぁ」
以前までのトーカもトッププレイヤーに匹敵する強さを誇っていたが、あくまで現実での剣技の巧みさがそのまま仮想現実でも活かされていただけだ。それが今では目を隠した方が周囲をより詳細に認知できるという、びっくりな能力が頭角を現してきた。
彼女は欠片も迷う様子を見せず、いくつもの分岐を超えて進む。最初に居た場所、〈白き深淵の神殿〉に最も接近する場所からはかなり離れてしまったが、大丈夫だろうか。
そう不安を覚えた時、ようやくトーカが立ち止まった。
「着いたのか」
『はい。ああ、でも私じゃ壁は壊せませんね……』
目的地に辿り着き、トーカはようやく目隠しを外す。彼女が手で触れた壁は他と同様にゴツゴツとした岩肌で、特段脆そうな様子もない。シンゴとイサミの二人は〈採掘〉スキルで破壊したようだが、生憎ここにいるメンバーの誰もそれを鍛えていない。
レティがハンマーをぶちかませば壊せるだろうが、困ったことに彼女用の潜水服がない。
「まあ任せろ。今度こそマーカーの出番だぞ」
そこで俺の出番というわけだ。
アタッシュケースを携えて、意気揚々と前に出る。トーカに脆い壁の詳しい位置を教えて貰い、そこへマーカーを突き刺していく。
『今度は何をするんですか?』
「単純に発破をかける。こういう時は爆発マーカーの出番だろ」
一度きりの使い捨てマーカーではあるが、こういう場所でこそ活躍できる便利なものだ。壁に直接打ち込むため水中でも流されないし、湿気ってダメになることもない。場所や環境を選ばずに使えるのはマーカーの利点だ。
「みんな離れてろよ」
水中でどれほど爆破の衝撃が広がるか分からない。念のためかなり距離を取り、全員が退避したのを確認してから罠を発動させた。
「『罠発動』」
ゴン、と強い衝撃が広がり、泡の中に赤い炎が一瞬見える。壁が崩れ、瓦礫と砂が舞い上がる。もうもうと舞う煙幕はなかなか晴れず、しばらくやきもきとする時間が過ぎた。
「お? おお、開いたぞ!」
そうして、ようやく穴が姿を現す。
壁の真ん中にぽっかりと開いたのは、テントも楽々と進めそうなほどに大きな穴だ。中は真っ暗でどこまで続いているかも定かではないが、ともかく壁の奥に空間はあった。
『うおお、なんかテンション上がってきたね!』
テントの窓を見れば、ルナが目を輝かせて張り付いているのが見える。彼女は普段、マフと共に各地を旅して回っていると言うし、こうした隠された土地が見つけると嬉しくなるのだろう。
神凪の方も、カグラと睦月が口を開けて歓声を上げている。逆に如月はあまり興味がないようだ。
「とりあえず中の様子を調べて、入ってみよう」
『分かりました。じゃあ、アイさんよろしくお願いします』
トーカが再び目隠しをして、アイが音を発する。
うーむ、これだけで索敵が粗方完了してしまうのだから、なかなか強力だ。
「アイ、〈白鹿庵〉に来ないか?」
『はひっ!? な、何を突然!』
「いやまあ、冗談だけどな。トーカとのシナジーがとても高くて、アイが居てくれると探査が捗りそうだ」
笑いながらそう言うと、驚いていたアイは突然すんと冷静な顔になる。
『そういうことですか。はぁ』
「うん?」
よく分からないが、乗り気ではなさそうだ。そもそも、彼女は天下の〈大鷲の騎士団〉が副団長だし、そうそう他のバンドに乗り換えるようなことはできないのだ。
『〈大鷲の騎士団〉は団員の出張も行ってますからね。スケジュールさえ合えばお貸しできますよ』
『ちょ、バカ兄貴!』
テントの方からからからと笑うアストラの声が届く。そういえば、騎士団は傭兵業のようなこともやっていたな。危険なフィールドにアイテム採集に行くプレイヤーなんかが護衛のために雇うのだ。
とはいえ、副団長を雇うのは半日でもかなりの高額になるだろう。
『レッジさん、女の子を前にしてなんて話をしてるんですか?』
「ちが、そういうわけでは……」
冷めた目のレティに言われ、慌てて腕を振る。冷静になれば、確かにかなり危ない台詞だった気がする。
『こほん。内部はほとんど一本道で、原生生物も居ないようです。暗いことには変わりないので、ゆっくり進んでいきましょう』
『そ、そうですね。早く行きましょう』
周囲の様子を
『ひゃあ、ほんとに暗いね』
「ドトウとハトウの探照灯を点けるか」
〈ワダツミ海底洞窟〉の大部分は薄暗いながらも壁面に繁茂した発光する水苔のおかげで多少は視界が通る。しかし、壁の向こうに続く通路はそういったものもなく、一切の光が存在しなかった。
ドトウとハトウの光を強めて先を見通そうとするが、ゆっくりと曲がりながら下へと下っていく地形のために全体像は定かではない。
『しかし、ほんとに静かな場所ですね』
原生生物どころか、あらゆる生命の気配がしない殺風景な通路を進みながら、レティはテントの中でぼやく。戦闘らしい戦闘もなく、分かれ道もない。同じような光景が延々と続き、確かに少し気が滅入る。
『そんなことないわよ。ほら、あそこの壁とかよく見て』
力なく耳を垂れるレティの肩に手を置くのは、そわそわと落ち着かない様子のルナだった。彼女は指先で窓の外を指し示し、爛々と目を輝かせる。
『壁……? ちょっとひび割れてるところですか?』
『そうそう。あれ、鉱脈よ。きっと上質な黒鉄鉱ね』
『はえー。海中にも鉱脈ってあるんですねぇ』
ルナの動きに誘われて、窓際にやってきたシフォンが感嘆の声を上げる。たしかに、言われてみれば周囲の壁にはそれらしい亀裂がいくつも入っている。
『海中は金属採掘の穴場なのよ。それ専用のビルドを組む採掘師もいるくらいにね』
『はええ。そうなんですか』
口を大きく開けて驚くシフォンに、ルナはどこか自慢げに頷く。彼女自身は採掘師ではないはずだが、フィールドワークを趣味にしていると自然とそのあたりも目につくようになるのだろうか。
俺も以前は〈採掘〉スキルを持っていたが、流石にこんなところまで掘りに来ることはなかったからな。鉱脈に気付かなかったのは不覚だった。
『黒鉄鉱だけじゃなくて白鉄鉱、青鉄鉱の鉱脈もあるわね。宝石類も埋まってそうだし、もしかしたらオイルもあるかも。例え奥が行き止まりでも、十分なお宝が沢山あるわ』
『は、はえええ……!』
目をキラキラと光らせるルナにつられて、シフォンも鳴き声を上げている。
「ツルハシを持ってきてないのが悔やまれるな。その前に〈採掘〉スキルもないし」
『ああ、そうだった。うーん、残念ねぇ』
目の前に宝が眠っているのに、それを手に入れる手段がない。ルナもそのことに気付いたのか、一転してしょんぼりと肩を落とした。
『皆さん、一喜一憂してる暇はありませんよ』
先行していたトーカの声が聞こえる。
慌ててそちらに意識を向けると、細い通路が突然大きく広がっていた。
「これは……」
そして、広がる空間の奥に不自然なほど垂直な白い壁が薄らと見える。表面は長い年月の中で洗われたのか、無数の傷が付いている。
『〈白き深淵の神殿〉です。座標的にも、間違いないかと』
地図を見ていたアイが声を震わせる。
そこにあったのは、俺たちが目指していた〈白き深淵の神殿〉――その外側だ。
『レッジさん、あちらを見て下さい』
タルトが声を上擦らせて前を指さす。その先には白い壁――いや、そこに開けられた小さな穴が見えた。
「裏側、闇側、水中、小さい、風穴……」
暗号文に書かれていた通りだ。
だとするなら、あの穴の奥に目指すものがある。
『ッ! レッジ、気をつけて!』
「なにっ!?」
突然、ルナが声を張り上げる。彼女は広い洞窟の天井を見上げていた。視線の先を追って顔を上げると、濃い闇の向こうで何かが動いた。
「そう簡単に辿り着かせてくれないか。トーカ、アイ!」
『任せて下さい!』
『ふふっ。いくらでもぶった切ってあげますよ!』
俺が名前を呼ぶが早いか、二つの影が水の中を駆け抜ける。
『わ、わたしたちも!』
『行きますよ!』
神凪の四人もすぐさま戦闘の体勢を整える。
『くぅぅぅぅ! レティも、レティも行かせて下さい!』
『ちょ、ダメだって! 溺れちゃうよ!』
『俺なら気合いでなんとかできます!』
『いくらアストラでもダメでしょ。大人しく見ときなさい』
テントの方が騒がしいが、そちらに気を向けている暇は無い。
闇の中から現れたのは足先まで真っ黒な巨大なタコだ。目だけが金色に光り、こちらを睨み付けている。
「こりゃ、普通の原生生物じゃないぞ……」
見ただけで分かる、その異質さ。決して自然には存在しないであろう、存在感。なにより、そんなものがこれほど近くに現れるまで気付くことすらできなかった。
『レッジさん、そいつは!』
「――黒神獣だな」
レティが鑑定をするまでもなく分かった。
その黒い大蛸は八本の太い触手をうねらせ、剣を構えるトーカとアイに迫った。
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Tips
◇鉱脈
フィールド上に存在する、採集オブジェクト。〈採掘〉スキルのテクニックを使用することで、鉱石系アイテムを採集することができる。一定量を採掘すると消滅し、再度復活するまで採掘することができなくなる。
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