第661話「仲間の集合」

 海の中に広がる海底洞窟をくぐり抜け、〈白き深淵の神殿〉を訪れる。以前は熱心な考察班がいただけの古い遺跡には、打って変わって大勢のプレイヤーが詰め掛けている。


「ひええ、混んでますね……」


 神殿の入り口には頑丈な鉄の二重扉が取り付けられており、その中に入って排水処理を受けてから奥に進むことになる。

 ミズハノメが主導し大規模な整備が行われた遺跡の内部は、隅々まで乾ききって動きやすい空間になっていた。


「さて、“神殿、入り口、ふたつめ、右側、次なる、源石”だ」

「普通に考えると、歩廊にある扉よね」


 解読された暗号文を諳んじると、エイミーが周囲を見渡して言う。

 “歩廊”というのは神殿内部を区別するために付けられた名称で、〈ワダツミ深層洞窟〉側から中央の“祭壇”に至るまでの長く立派な通路のことだ。左右に太い柱が連なり、大きく頑丈で開くことのできない扉がずらりと並んでいる。扉のうち一枚だけが既に開放されていて、そこでコノハナサクヤの神核実体を浄化した。

 コノハナサクヤの前例があるため、他の扉の奥にも第零期先行調査開拓団が残した重要な施設が残っているのだろう、というのが大勢の見方である。


「入り口から二つ目、右側の扉。これだな」


 文章にはかなり直接的に場所が示されている。入り口から近いこともあって、俺たちはすぐに目当ての扉の前に立つことができた。

 他の扉と同様、隙間なく閉じられた巨大な二枚板のものだ。浄化装置の部屋を見るに、こちらも引き戸――左右にスライドする方式で開くのだろう。


「取っ手らしいものもないですからねぇ。どうやって開けるべきか……」


 いっそ壊しますか? とレティがハンマーに手を伸ばす。冗談だろが、ぜひやめて頂きたい。周囲には人目もあるし、できれば静かに入るのが理想なのだ。

 とはいえ、今日まで多くのプレイヤーが調査と検証を繰り返し、それでも開かぬ沈黙の扉だ。どう手を付けるべきか考えあぐねる。


「そもそも、この部屋を見つけた人はどうやって開いたの? まだ他に情報が広まってないって事は、ひっそり忍び込んだってことよね」

「もしくは手がかりだけ発見して、実際には入っていないか。あるいはただのデマか」


 前者なら今も近くで扉を開く者が現れるのを見ているかもしれない。後者なら、俺たちは愉快に踊らされただけだ。


「切ってみますか?」

「それとも殴る? 老朽化してるし、案外一発で崩れるかも」

「やめろやめろ」


 扉の前で頭を捻っていると、トーカがウキウキとした顔で提案してくる。更にはエイミーまで悪乗りしてきた。どうしてこう、レティといい彼女たちといい、物騒なことしか言わないんだ。

 俺は助けを求めて〈白鹿庵〉の頭脳担当、ラクトさんに視線を向ける。


「そうだなぁ。凍結と加熱を繰り返して温度差で急速に脆くさせていくっていうのもありだと思うよ」

「なんでみんな強行突破する方向しか考えないんだよ」


 ラクトさんもあっち側だった。ここには物騒な思考の女の子しかいないのか。


「あ、あのー」


 その時、おずおずとシフォンが手を上げる。

 純粋無垢だった彼女までレティたちの色に染まってしまったのか、と少し絶望しながら様子を伺う。


「さっき、新しい暗号文が書きこまれたよ」

「なに!?」


 驚きの一言に目を丸くしながら、あわてて掲示板に接続する。そこには、たしかに新たな数字の羅列が書きこまれていた。


「“裏側、闇側、水中、小さい、風穴、中には、お宝、ゴーレム、わずかに、窮屈”……」


 解読しつつ読み上げる。


「ゴーレム僅かに窮屈ってどういうことよ」


 それを聞いてエイミーが憤慨するが、驚くべきはその文言が書かれていたという事実だ。


「見てるな」


 周囲を見渡す。この暗号文を書きこんだ主は、今この場で俺たちを見ている。でなければこのタイミングにこの内容の文章は書けないのだ。

 だが、周囲では熱心に作業をしているプレイヤーたちが多く、その全員が怪しく見えてしまう。このなかから特定の人物を探し出すのは無茶だった。


「しかたない。この文章に従うとしよう」

「裏側、闇側、水中ってことは、外から回り込むってことですかね?」

「外ってどういうことなの。神殿は地中に埋まってるでしょ」


 ぴこんと耳を揺らすレティに、ラクトが困り顔で返す。彼女の言うとおり、〈白き深淵の神殿〉は前後の出入り口以外全てが海底の岩盤に埋没している。外と言えば、遙か上方にある岩盤の表面まで行かなくてはならない。


「あれ、レッジさんじゃないですか!」

「うん? アストラか。珍しいな、一人で」


 考え込んでいると、不意に名前を呼ばれる。振り返ると、いつもの爽やかな笑みを浮かべたアストラが大きく手を振りながら駆け寄ってきた。

 普段は騎士団員たちと忙しくしている彼だが、今日は武装も簡単なもので気楽な様子だ。


「一人じゃないんですけどね。まあ、ここ数日は忙しかったので息抜きに来てみたんです」


 そう言う彼の肩には、立派な白い鷹がとまっている。アーサーという名の彼は、俺の足下でぐうたらとしている白月と同じ神子だ。

 てっきりアーサーを数えて一人ではないと言っているのだと思ったが、すぐに違うことが分かる。


「いきなり走り出さないでよ! 見失ったらどうするの。ってレッジさん!?」

「アイも来てたのか。こんにちは」


 文句を言いながらアストラを追いかけてやってきたのは、副団長のアイである。彼女は俺たちの存在に気がつくと、驚いた様子で口を開いた。


「ごめんごめん。でも、神殿に入った時レッジさんの気配がして」

「ええ……」


 アストラの言うことはたまによく分からないことがある。アイにとっては慣れたことなのか、適当に聞き流しながら服装を整えていた。今日の彼女はアストラと同じく、簡素で動きやすそうな軽鎧だった。


「そうだ。二人にも見てもらっていいかな」


 思わぬ遭遇だったが、ちょうどいい。俺はレティたちに視線で許可を取り、二人に話しかける。


「また何か見つけましたか?」

「また何かやらかしたんですか?」


 トッププレイヤーの二人が口を揃えて言う。アストラは妙に声を弾ませているが、アイは少し訝しげな顔だ。


「そういうわけじゃないんだけどな――」

「あれ、レッジさんじゃないですか」

「おとっとと!?」


 暗号文のスクリーンショットを二人に見せようとしたその時、ふたたび背後から声を掛けられる。慌ててウィンドウを閉じながら振り返ると、またもや見知った顔の少女たちが立っていた。


「タルト! それに神凪のメンバーも勢揃いじゃないか」

「お久しぶりです。アストラさんたちもこんにちは」


 立っていたのは、亜麻色の髪をした犬型ライカンスロープの少女だ。青灰色の目を細め、にこにこと笑っている。彼女の傍らには白い毛並みの梟がいて、背後にはパーティメンバーのカグラ、睦月、如月の三人も揃っていた。

 彼女も俺やアストラと同じく白神獣の子、しょこらと行動を共にしていて、その関係で一緒に行動したこともある。


「タルトたちも散歩か?」

「はい。カグラちゃんと睦月ちゃんが、こういう遺跡のことが好きで、いろんな所を見て回ってるんです」

「ほほう」


 これはまた、なかなか渋い趣味を持っている。彼女たちなら遺跡の構造についてもよく知っているだろうか。ならば巻き込んでしまってもいいかもしれない。そう思った時だ。


「あ、レッジたちじゃない! 全員揃って、何企んでるの?」

「なんか、この流れなら来ると思ったよ」


 二度あることは三度ある、とはよく言ったものだ。

 声のした方へ顔を向けると、長い金髪にオレンジの瞳を輝かせた、軍服姿の少女が立っていた。背中にコンパクトなリュックを背負い、腰のホルスターに二丁の拳銃を吊り、手には鉄板を縫い付けたグローブをはめている。

 自称“銃格闘家ガンファイター”の少女、ルナの足下には白い毛玉が立っている。彼もまた白月たちと同じ神子、マフだ。


「なになに? なんか企んでるの?」

「企んでるってわけじゃないんだけどな。……ちょっと見て欲しいものがある」


 重要なものを探すなら、人手は多いに越したことは無い。ここにいる〈翼の盟約〉のメンバーならば、信頼にも値するだろう。

 そう考えて、俺はアストラ、タルト、ルナの三人にスクリーンショットを見せた。


「ふむ……。これがレッジさんがここへ来た理由ですか」

「暗号? こういうのあたしはさっぱりなんだけど」

「うええ。数学は苦手なんですよ」


 三人とも、同じような反応だ。

 俺は声を抑えて、これが暗号文であること、内容はスキルキャップを解放する源石について記されていることを話す。

 三人と彼らの仲間たちは一様に驚いた顔になる。当然だろう。本来ならば、すぐさま大々的に公表されてもいい事実なのだから。


「なるほど、わかりました」

「おもしろそうじゃない。ぜひ協力させてちょうだい」


 アストラとアイは〈大鷲の騎士団〉として、無視するはずもなかった。二人とも目を輝かせて、食い入るようにして暗号を確認している。

 ルナも快く協力を申し出てくれた。彼女もこういった事に興味があるようだ。


「あの、わたしたちは力になれるか分からないんですが……」

「たぶん、この中で一番白神獣や未詳文明に関連する遺跡に足を運んでるのはタルトたちだと思うんだ。ついてきてくれると、俺としても心強い」

「そ、そうですか」


 タルトは他のメンバーに気圧された様子だったが、俺としては彼女たちにこそ協力してほしかった。アストラとアイも様々な情報は得ているだろうが、実際にこうした遺跡群に足を運んでいるわけではないはずだ。


「レッジさんにそこまで言われたら、協力しないわけにもいきませんね。私としても、興味があります」


 タルトに代わり答えたのは、神凪のリーダーでもあるカグラだった。睦月もそれに頷き、如月も続く。そうなれば、タルトとしても断る理由はなかった。


「ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

「タルトさん!?」


 ぺこりと頭を下げるタルトに、レティが頓狂な声を上げる。多少の混乱が起きつつも、俺たちはこのメンバーで動き出すことになった。


_/_/_/_/_/

Tips

◇白き深淵の神殿・大扉

 海底に築かれた大規模な施設、〈白き深淵の神殿〉の二箇所の出入り口に設置された止水扉。二重構造になっており、排水機能を有する。これにより施設内への海水の流入を防ぎ、より円滑な調査開拓活動を実現させる。

 外部からの進入時には、海水が全て排出される点にご留意ください。可能であれば海底に立ち安定した状態を保つことを推奨します。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る