第660話「ある暗号」

 激震が走ったのは、トーカが花猿の目隠し単独撃破を成し遂げた翌日のことだった。その日俺はカミルを連れて、〈ワダツミ〉の市場にある自分の無人販売所へ、商品の補充に出ていた。


「よしよし、今日もよく売れてるな」

『毎日沢山稼いでるのに、それでも足りなくなるのは不思議よね』


 暗に散財しすぎだとカミルに突かれながら、代金を回収し商品を並べる。カミルやT-1に渡す給料以外にも、ガレージの修繕費や普段の活動で使う消耗品の補充など、色々と必要な出費は多いのだ。別に、俺が無駄遣いしているわけではない。


『アンタ、この前も変なパーツ付けたでしょ』

「うぐ」

『それに必要経費はほとんどバンドの共有口座から出してるじゃない』

「それもそうだけどなぁ。稼いでるんだから自由に使ってもいいだろ」


 カミルやレティに財布の管理を任せている手前、あまり強いことは言えない。とはいえ、きちんと稼いでいるのだから収支がマイナスにならないうちは悪びれる必要もないはずだ。


「そうだ。何か甘いもん食べたくないか? レティたちのぶんも合わせて、何か饅頭でも――」

『そういうのが無駄遣いだって言ってるのよ!』


 日頃の感謝をこめて提案してみたが、素気なく一蹴されてしまう。しかたない、今度一人で色々探してこよう。

 商品の補充を終えたあと、少し町を散策しないかと提案してみたが、むっと眉間に皺を寄せて睨まれる。カミルはこの後、別荘の掃除を予定にいれているようだ。


「大人しく帰るよ」

『そうすればいいのよ』


 観念して足を別荘の方へ向ける。ちょうどその時のことだった。


「レッジさーん!」

「レティ?」


 人混みの向こうから、ぴこんと立った赤い耳が見えた。それはだんだんとこちらに近づいてきて、聞き慣れた声で俺の名を呼ぶ。

 現れたのは、街中だというのに武装を整えたレティだった。


「どうしたんだ、レティ。そんな物騒な格好して」

「どうしたもこうしたもないですよ。と、とりあえず早く来て下さい!」

「え、うおっとと」


 焦る様子のレティにむんずと手首を掴まれ、そのまま連れ去られそうになる。慌ててカミルを別の手で抱き寄せて、小脇に抱えた。


『ちょっと!? なによ、この持ち方!』

「だって片腕塞がってるんだから仕方ないだろ。文句はレティに言ってくれ」

「すみませんが今は急ぎますよ!」

『ふにゃああっ!』


 市街地を風のように抜けて、別荘地に入る。レティはそれでも速度を落とさず、一息に〈白鹿庵〉の小屋の前までやってきた。


「レティ、いったい何が……」

「話は安全な室内で」


 いつになく緊迫した空気だ。

 俺はカミルと顔を見合わせ、彼女に従うことにした。


「来たね」

「待ってたわよ」


 小屋の中には、すでにラクトたちが揃っていた。全員、レティと同じく完全武装だ。白月までキッチンの影から起き出してきて、こちらに非難の目を向けている。別に遅れたわけでもないだろうに……。


「それで、何があったんだ?」

「重大ニュースです。掲示板の比較的小規模なスレッドで情報が公開されてたんですが……」


 レティは慎重に周囲を見渡しながら、ウィンドウを開く。


「スキルのレベルキャップを、80以上に解放する手段が見つかりました」


 レティの言葉。同時に見せられたウィンドウに表示されていた、アイテムの情報。それらが電流のように頭を貫く。それほどの衝撃を受けた。


「本当に重大ニュースじゃないか……」

「だからそう言ったじゃないですか!」


 思わず言葉を零すと、レティは拗ねた顔で抗議する。信じていなかったわけじゃないが、もっとこう、美味しい食べ放題の店を見つけたとかだと思っていた。

 この話はそんなレベルではない。今まで全プレイヤーが血眼になって探し、喉から手が出る程求めていたものだ。それが突然現れた。


「ソースは確かなのか?」

「書きこまれたのは、匿名個人のプレイヤーが小ネタを投げるスレッドです。ただ、その公開方法が特殊でして……」


 レティはそう言って、一枚のスクリーンショットを見せる。掲示板のスレッドの一部を切り取ったそれには、数十桁の数字の羅列が記されていた。


「なんだこれ?」

「暗号です。たまに、重大な発見をしたけど人には教えたくない、でも一人で抱え込むのも嫌だ、というような方が居て、そういった方はこうして暗号を投げる文化があるんですよ」

「難儀な性格の人もいたもんだな……。それで解読できたのか」

「ふふん、もちろん」


 レティに代わり、前に出てきたのは得意げな顔をしたラクトだった。


「見た感じ、暗号と言っても簡単なもんだよ。0から9までの数字が揃ってるけど、2桁ずつに分けると26が最大だから、英語アルファベットに置換できる。でもそれだけだと意味が取れない。でも全体の数字の数は奇数だから、最後か最初の数字が鍵になった。二つのパターンで、前後どちらかの数字の分だけアルファベットを前後に動かす。四つのパターンができた。それでも意味にはならなかったんだけど、今度はスレッドに書きこまれた文章の改行が手がかりになったんだ。その改行の通りに文字を置いて、右上から左下へ縦読みすると、文字列が文章になったってわけ。さらに数列の前10個は“オモイカネ”の限定公開ページのURL、後ろ10個はそこの閲覧パスワードになってたの」

「お、おう……」


 珍しく饒舌なラクトに若干気圧されながら、彼女の言葉に従って数字の羅列を読んでいく。


「“神殿、入り口、ふたつめ、右側、次なる、源石”。なるほど、意味は通ってるな」

「そうでしょう! 行ってみる価値はありますよ!」


 興奮するレティに迫られ、苦笑しつつも納得する。

 どこの誰だか知らないが、こうして情報を伝えてくれたのだ。ありがたく受け取るのが礼儀というものだろう。


「カミル」

『はいはい。行ってらっしゃい』


 ひらひらと手を振るカミルは、すでに箒を携えて掃除モードに入っている。俺たちは彼女に別荘を任せ、早速外へ飛び出した。


「どうします? 港で船を借りるか、一度〈ミズハノメ〉まで行くか」

「面倒くさい。ラクトもエイミーもいるし、“水鏡”に乗っていこう。あとは“驟雨”で沈んで、ドトウとハトウに引っ張って貰えばいい」


 町へは向かわず、前方に広がる砂浜に向かう。

 そこでラクト、エイミーと協力し小型の氷造船を生成する。“水鏡”も久しぶりの出番だが、〈白鹿庵〉だけで行動するならこちらの方が小回りが利く。


「レッジさん、投げますよ!」

「おう」


 別荘の倉庫に置いてあった、大きな長方形の金属塊を、レティは軽々と持ち上げてやってくる。彼女はそれを威勢の良い声と共に海に向かって投げ入れた。

 水の中で変形機構が動き出し、鉄塊は鋼鉄の鮫へと姿を変える。続いてトーカによって投げ入れられたもう一つの金属塊も同様に展開される。

 機械鮫のドトウとハトウも、久しぶりに力一杯泳いで貰うことになる。彼らは冷たい海のなかで白い飛沫を上げて、楽しそうに身をくねらせた。


「はーい、乗ってちょうだい」


 エイミーの呼びかけで“水鏡”の甲板に乗り込んでいく。ドトウとハトウを船首に固定したワイヤーと繋ぎ、動力になってもらう。

 ラクトの『水流操作』でも動かせるが、道中は全員で色々と話し合いたいこともあった。機獣たちに任せておけば、ほぼ自動的に進んでくれる。


「それじゃあ、出発だ」

「おーう!」


 七人と一匹が揃っているのを確認し、“水鏡”は水面を切るようにして進み出した。


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Tips

◇わだつみ饅頭

 海洋資源採集拠点シード01-ワダツミで売られているお饅頭。表面に管理者ワダツミのイラストが焼き付けられている。中身は粒あん、こしあん、カスタード、チョコ、抹茶、生クリームの六種類。30個入り2,980ビットで販売中。


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