第650話「決死の徒競走」

 アストラの剣で切り裂かれた森を、大きくなった白月と共に駆け抜ける。手には白神獣の宝玉を握り、後方からはそれを取り戻そうと唸り声を上げる花猿に追われながら。


「全員、いつでも良いから一斉攻撃!」

「どこ狙っても当たるんだから、とりあえず量と質を優先しろ!」

「弾幕薄いぞ! 何やってんだ!」


 更には花猿を追いかける一団もいる。

 彼らは〈大鷲の騎士団〉の主力部隊と、駆け付けた他の攻略組プレイヤーたちだ。誰も彼もが突然出現したボスの首を獲らんと躍起になって、呆れるほどの猛攻を仕掛けている。


「レッジさん! これはどうなってるんですか!」

「レティか。色々あって、あの花猿からこんなのが出てきたんだ」


 猛進する白月に追いつくケルベロス。しもふりの背に跨がったレティが説明を求めてくる。俺は彼女に宝玉を見せ、白月の首を軽く叩いた。


「白月が色々と知ってるらしい。とりあえず、こいつの案内に従うよ」

「分かりました。では、私たちはその猿を足止めすればいいんですね」


 そういうことだ、と頷き掛けて驚く。しもふりの背で立ち上がり、後方を向いたのはトーカだったのだ。彼女はいまだ頭部の修理をしておらず、視力も戻っていないはず。


「ちょ、トーカ!? とりあえず騎士団の技師さんに診て貰ってから――」

「必要ありません。案外できるものですよ」


 取り乱すレティの手が届くより先に、トーカはしもふりの背から飛び出す。

 彼女の目を覆う白い包帯が風に揺れた。


「『空歩』」


 彼女は宙を踏む。

 〈歩行〉スキルは行動系に分類されるが、少しだけテクニックも存在する。『瞬転』などもその内の1つだ。そして『空歩』はその名の通り、空を歩む術である。


「『鳴子斬り』ッ!」


 花猿の伸ばした緑の大腕を、“大太刀・妖冥華”が滑らかに断ち切る。カランと軽やかな音が響き渡り、直後に花猿の絶叫が森中に広がる。


「よし、捉えました」


 それを聞いて、トーカは口元に笑みを浮かべる。

 彼女が何を求めていたのか、気付くよりも先に行動が始まった。


「すごい、まるで見えてるみたいに……」


 走るしもふりに乗ったまま、後方を振り返ったレティが唖然とする。そこではトーカと花猿が互角の勝負を繰り広げていた。

 彼女は光を失っているにもかかわらず、花猿の腕を掻い潜る。肘から断ち切った腕も瞬時に再生しているが、機敏に木々を蹴り、大地を駆け、時に空すら踏みしめるトーカを捕らえられない。


「トーカは何で判断してるんだ?」

「おそらく、音ですね」


 レティの答えを補強するかのように、再び『鳴子斬り』の軽やかな音色が奏でられる。


「『鳴子斬り』のSEは分かりやすいですから、それで敵の位置を判別しているんでしょう。そのあとの攻撃も派手な音がなるものを選んでます」

「つまり、ソナーセンサーみたいなことを?」

「兎型でもないのに、よくやりますよ」


 立つ瀬がない、と言わんばかりにレティは長いウサ耳をへにゃりと折る。聴覚に優れた彼女がやるのと、平凡な性能をしたヒューマノイドのトーカがやるのとでは、まるで話が違ってくる。


「……たぶん、それだけじゃない」

「うおわっ!? み、ミカゲか」


 突然耳元で囁かれ跳び上がる。慌てて振り向けば、ミカゲが白月の背に乗っていた。


「姉さんは、昔から殺気を見るのが得意だったから」

「殺気?」


 およそ現代には似付かわしくない単語が飛び出し、思わず首を捻る。ミカゲやトーカの家は由緒正しい道場だったと聞いているが、いったいどんな稽古をつけているんだろうか。


「音だけじゃなくて、風の感触とか、匂いとか。周囲の状況を考えて、相手がどう動くのか、予測する。いろいろあるけど、たぶん理論的に考えてるわけじゃない」

「つまり、本能的に従って戦ってるってことですか?」


 レティが簡潔に纏めると、ミカゲはひとつ頷く。

 なるほど、普段のレティだな。


「しかし、味方の攻撃も完全に見切ってるな」


 追いすがる花猿には、トーカだけでなく騎士団主力部隊からの攻撃も加えられている。数十人規模の歴戦攻略組から放たれる熾烈な攻撃であるため、当然トーカの方にも被弾の危険性はあった。同士討ちはないとはいえ、ノックバックで吹き飛ばされることは多いに考えられた。

 だが、彼女はそれら全ても避けている。まるで四方八方から飛んでくる弾や機術の軌道を全て分かっているかのような正確さだ。


「『鳴子斬り』で、花猿の位置だけじゃなくて、木の場所とかプレイヤーの位置、体勢なんかも見てると思う。誰がどう動くか、予測して、それに応じて動いてる」

「言うは易し行うは難しですよね。レティでも無理ゲーですよ」

「だから、考えてない。考えずに、動いてる」


 身体と感覚が完全に結着しているのだろう。感じた瞬間に動き、そこに思考は介在しない。反射のみで戦っている。それができるかどうかと問われれば、目の前で華麗に舞うトーカの姿を見てもらうほかない。


「しかし、花猿は全然倒れませんね」

「それどころかHPは常に満タンだ。何かしら特別なギミック……。ああ、そうか」


 騎士団主力部隊やトーカたちからの猛攻を全て受けているにも関わらず、花猿はそれに怯む様子もなくこちらを追いかけている。ノーガードで、四肢を何度も破壊されているが、そのたびに即座の回復が行われているようだ。


「何か心当たりでも?」

「あの花猿は龍脈と直結してるんだ。だから、いくら攻撃しても倒せない」


 花猿が闘技場で顕現するとき、そこに集められた無数のレイラインが喰われた。あの光の奔流は、今も蔦に覆われた体内で蠢いているのだろう。


「それってつまり勝ち目がないって事では?」

「まあ、攻撃をしてくれてるおかげで俺たちはこうして追いつかれずに走れてる。それに、倒すだけが勝ちじゃないさ」


 別に、奴を倒すことが勝利条件となっているわけではない。いま、白月が向かっているところ、そこに俺が到達すればいいはずだ。


「幸い、道は真っ直ぐ走れるらしい。ありがたいことだ」


 花猿がレイラインを喰ったおかげか、森の中の迷路は破壊されていた。真っ直ぐに通ったアストラの道を駆け抜けても、突然どこかへ飛ばされる心配はないようだ。


「それは向こうもおなじことなんですけどね!」


 不意にレティが立ち上がり、鎚を振るう。

 花猿が伸ばしてきた蔓を打ち返し、ふんと鼻を鳴らした。


「ともかく、背中は任せて下さい。レティがしっかりお守りしましょう」


 そうはっきりと言うレティは、いつにも増して頼りに思えた。彼女はまっすぐに背を伸ばし、走るしもふりの背に乗ったまま後方を見据えていた。


「あらあら。〈白鹿庵〉のタンクは私なんだけど」

「あんまり先に行かないでよね。追いつくのも大変なんだから」

「はえええ……」


 そこへ、白月の足下から声がする。

 そちらへ視線を向けると、“地走蜘蛛”に乗ったエイミーたちと目が合った。


「ラクト!? どうやってここまで――。って、クリスティーナさん!?」


 驚くレティ。

 “地走蜘蛛”を猛烈な勢いで引っ張っていたのは、長槍を携えた長髪の女騎士、アイの副官でもあるクリスティーナその人だった。


「お届け物です、レッジさん。判子は不要ですので」

「お、おう……」


 呆気に取られながら、〈白鹿庵〉の面々を乗せたテントの操縦権を取り戻す。

 引き摺られるがままだった“地走蜘蛛”が再び自らの八本脚で動き出し、クリスティーナは文字通り肩の荷が下りた顔で離れる。


「それでは、私は副団長の元に戻りますので。そちらはそちらのやるべき事をやってください」

「ああ。ありがとう。アイにもよろしく伝えてくれ」


 クリスティーナは軽く頷き、後方へと下がっていく。

 その途中、花猿の胴体に大きな風穴を開けていたが、それもすぐさま塞がれていった。


 巨大化した白月、レティを乗せたしもふり、ラクトたちを乗せた“地走蜘蛛”。三手に分かれて森の中を駆け抜ける。

 アストラの開いてくれた道は障害物もなく走りやすいが、それは向こうも同じ事だ。


「そろそろ森を抜けるぞ」

「抜けたらどうするの?」

「とりあえず、死ぬ気で避ける」

「避け……?」


 ラクトが首を傾げる。

 前方に見えていた城壁樹の欠けた壁――EP1へと飛び込む。

 突如として闇が晴れ、燦然と輝く太陽が現れる。開けた作戦本部には、主力部隊以外の全ての戦力が待ち構えていた。


「ほっほーう!」


 隊列を組んだ彼らを軽々と飛び越える。

 俺たちを追って、花猿も深奥部から飛び出した。


「さあ、ミズハノメ。やっちまえ」


 その瞬間、耳を劈くような爆音が鳴り響く。

 猛火が吹き上がり、極太の光線が森を貫く。巨大な弾丸が風を切り、花猿の四肢を千切り潰す。

 深奥部を取り囲むように、フィールド中に展開された、対〈猛獣侵攻スタンピード〉用積極的迎撃拠点〈フツノミタマ〉。その調査開拓員個人を遙かに凌駕する圧倒的な火力が一斉に放たれたのだ。


『フギュアアアアアッ!??』


 周辺の地形すら変貌させるほどの火力に、流石の花猿も絶叫する。形を保っていられないほどの攻撃だ。四肢が再生するたびに焼かれ、切られ、消滅させられる。

 十分に準備を整えた機術師たちが、一斉にアーツを放つ。刃が迫り、鎚が振り上げられる。弾丸が殺到し、矢が集う。

 だが――。


「さあ、走れ! 気を抜くんじゃないぞ!」


 黒煙を切り裂き、緑の蔦が周囲を薙ぎ払う。

 隊列を組んでいたプレイヤーは無残にも吹き飛ばされ、少なくない数が即死する。〈フツノミタマ〉の剛健な鉄の櫓がやすやすとへし折られ、拉げ潰れる。

 至る所でエネルギーの暴走による爆発が巻き起こり、森中に巨大なクレーターができあがる。

 あれほどの攻撃を受けてなお、花猿は止まらない。大地を流れる莫大なエネルギーを浪費して、しぶとくも生き残る。


『グォォ、ォォォォォオオオオッ!』


 それどころか、窮屈な壁のなかから解放された歓喜に震え、雄叫びすら上げている。空が揺れ、大地が跳ねる。原生生物たちが、圧倒的な強者の出現に怯え、喜び、恭順を誓い、反発を試みる。

 太く長い蔦が鞭のように暴れ回り、もはや近づくことすら困難になっていた。

 残った〈フツノミタマ〉や遠距離攻撃職の妨害を意にも介さず、奴はこちらを真っ直ぐに見据えていた。四肢に力をこめると、数倍に膨張する。全身がブクブクと膨れ上がり、それを抑えるように太い蔦がキツく全身を縛り付けていく。


「やばいんじゃないか、あれは……」

「もはや怪獣ですよ。生物の域を超えてます!」


 全長は周囲の木々を遙かに超え、天高くから俺たちを睥睨している。まるで映画に出てくるような、現実感のない巨大な猿だ。

 奴が一歩あるけば、それだけでこちらとの距離は大きく詰められる。


「走るぞ、白月!」


 それでも、歩みは止まらない。


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Tips

◇フツノミタマ

 〈ホノサワケ群島〉各地に配備される、対〈猛獣侵攻スタンピード〉用積極的迎撃拠点。BB供給ラインによって海洋資源採集拠点シード02-ワダツミと接続し、同中枢演算装置〈クサナギ〉の管理下に置かれる。

 様々な都市防衛設備が搭載され、有事の際には全力攻撃で事態の早期鎮圧を行う。平時は簡易的な拠点として調査開拓員の支援を行う。


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