第645話「暗森に眠る遺跡」

 ただひたすらに走り続ける。そこにある全ての敵をなぎ倒し、中心に向かって進み続ける。


「スイッチ!」

「任されましたッ」

「ほら、シフォンも行ってきなさい」

「はええええっ!?」


 立ちはだかる原生生物を見極め、最も効果的な者を当てる。誰かが傷付けばすぐさま別の者が前に出て、戦闘を受け継ぐ。負傷した者はテントとユーリの〈支援機術〉によってすぐさま治療が施される。

 綿密な連携を取りながら、その全てを走り続けながら行う。

 少数精鋭故の高い機動力を遺憾なく発揮し、今まで温存していた物資も無制限に放出し、俺たちは〈花猿の大島〉深奥部の中心へと向かっていた。


「ッ! 止まって!」

「総員停止ッ!」


 急速に強くなっていく敵を倒しながら進んでいたその時、突如ミカゲが声を張り上げる。それを受けてアイが全体に指示を下し、俺とレティは慌ててそれぞれの乗り物を停止させる。


「何があったんです?」

「とりあえず防御は固めておいたけど」


 すぐさまエイミーとラピスラズリが俺たちをすっぽりと包む防御陣地を形成する。

 普段は俺がテントを出すためあまり出番がないが、エイミーの〈防御機術〉はこういうことにも使われるのだ。


「5メートル先のエリアから、急に呪力の濃度が高まってる」

「確かに、霊力も膨大すぎて白飛びしていますね」

「眩しくて見てられないわ」


 クリスティーナと共に少し先行していたミカゲが前方を指さして言う。確認するぽんとアリエスも顔を顰めながら頷いた。

 これほど接近するまで感知できなかったのは、ミカゲの不注意ではなく『呪力視』の限界だろう。


「つまり、この先が中心部ということですね」


 アイの言葉に全員が気を引き締める。

 事前に送られてきた座標を確認してみれば、ここからそう離れていない場所を示している。恐らく、これを送ってきたパーティもここで覚悟を決めたのだろう。


「ここまでのルートを纏めて、データを解析部に送りました。道中のKPで現れた敵の情報も全てアップロードしています」


 道中支援に徹していたユーリは、今回の偵察における成果を後方で主力部隊を編成しながら待機している仲間に送る。

 これで、俺たちが全滅しても最低限の仕事は果たせるというわけだ。


「白月はいつもと変わらないな。まったく、何があるんだか」


 “地走蜘蛛”の傍らに密着して併走していた白月は、息も乱さず立っている。インベントリから青リンゴを出してやると、ポリポリと囓り始める。緊張感のない奴め。


「これより先は、今までを遙かに越える危険が予測されます。入念に準備を行ってから、進みましょう」


 緊張の面持ちでアイが言う。

 未知の領域、それも外から見るだけで異常と分かるような場所だ。どんな事態が起こっても不思議ではない。いくら準備しても、し過ぎということはないだろう。


「恐らく、かなり強固な“禁忌領域”ですね。一つでも強力な龍脈レイラインが無数に絡み合って作られた、異常な土地です」


 莫大なエネルギーが集積されたフィールドの側に立ち、ラピスラズリが簡単な検分を行う。“禁忌領域”の専門家である彼女が言うのならば、確かなのだろう。


「とはいえ、これほどのものが自然発生するとは。もはや龍脈がここに集まっているのではなく、ここから無数に枝分かれしているような気さえしますよ」


 恐らくは、360度あらゆる方向から龍脈が集まっているのだろう。だからこそ、そこに秘められた力は想像を絶し、それだけの土地ができた理由が謎めいている。


「様々な力が入り乱れすぎて、外からでは詳しく調べることもできませんね」


 ラピスラズリが眉を顰める。

 強い力は眩しい光のようなものらしく、それが集まれば個々を判別することすら難しい。絡まった糸玉を解くためには、それを直に触りながら調べる他ない。


「つまり、内部に入ってじっくり見て回ればいいんですよね。任せて下さいよ!」


 それに対し、レティは鎚を担いで息巻く。彼女だけではない。トーカも、ラクトも、エイミーも、シフォンも、ミカゲも。この場に居る全てが同じ考えを表していた。


「そもそも、ここまできてノコノコ帰る訳にもいかないだろ」

「それもそうですね。では――」


 最後にアイが頷き、行動を促す。

 俺たちは決意を胸に、中心部へと爪先を向ける。


「行きます」


 長槍を突き出して、クリスティーナがゆっくりすすむ。彼女の身体よりも先に、槍の穂先がフィールドへと入り、そして――。


「これは……」


 水面に突き刺したかのように、空間上に波紋が広がる。一見すると何も変わらない森の中だが、明確な境界があるようだった。


「ユーリ」

「すでに報告しています」


 アイの短い呼びかけに、ユーリも鋭く答える。

 明らかに異常な現象を、彼女はリアルタイムで後方の本隊に伝えていた。

 クリスティーナが槍を引き抜き、状態を確かめる。その結果、問題はないことがわかった。

 この不可視の壁は侵入を拒んでいるわけではないようだ。


「ふぅ」


 気を取り直し、クリスティーナが足を踏み出す。

 彼女はゆっくりと、しかし躊躇うことなく進み、やがて身体が境界の向こうへと消える。まるで光学迷彩を施したかのように、暗い森の中で彼女の姿だけがなくなった。


「しまった。先にドローンで調査するべきだったか」

「ひとまずクリスティーナが死亡したという報告はありません。我々も後に続きましょう」


 僅かな後悔を残しながら、続いてレティとアイを乗せたしもふりが進む。

 その巨体故か波紋は大きく垂直に広がったが、やがてそれも消える。


「レッジさん」

「どうした?」


 その時、ユーリが声を上げる。

 彼女はフレンドリストのウィンドウを開いたまま、こちらを見上げて言った。


「アイさんとクリスティーナさんとの通信が不可能になりました」

「なるほど……」


 どうやら、あの境界の先は圏外となるらしい。

 通信の拠点となる〈ミズハノメ〉の圏内に入っているはずだが、TEL機能が使えない。どうやら、何か別の原因があるようだ。初到達を果たしたパーティが死に戻りはせず音信不通のままというのも、それが理由だろう。


「それじゃあとっとと追いかけるか」


 TELができないのなら、待っている必要もない。

 俺はテントを動かし森の中を進む。

 途中、冷たい水に顔を付けるような感覚があったあと、突如として周囲の光景が一変した。


「これは……」

「レッジさん。これで全員揃いましたね」


 境界内部に入ってすぐの場所に、レティは居た。彼女たちもこの光景に迎えられ、呆気に取られていたのだろう。

 灰色に朽ちた石の壁が広大な円形を形成していた。取り囲むのは、階段状の客席だろうか。壁際には、恐らく猿を模したものと思しき巨大な石像が並んでいる。ほとんどが大きく破損していたり風化しているため、詳細は分からない。

 そしてなにより、中心部には石畳の舞台がある。広大で平らな、円形の舞台。それはそのまま円形闘技場と称するのが最も適していた。

 そこで、四人のプレイヤーが黒い靄に覆われた獣と戦っていた。


「あれは!」

「先行していたパーティです。報告にあった人数とも合致しています」


 努めて冷静な声でアイが言う。

 四人はタイプ-ライカンスロープで統一されたパーティを組んでいるようだった。犬型で重装戦士の少年、猫型で盾役の青年と機術師の少女、兎型で軽装戦士の少女。バランスの取れた構成だろう。

 彼らは俺たちがやってきたことにも気付かず、黒い霞で包まれ輪郭の定かではない大柄な獣と戦い続けている。


「援護に入らないのか」

「できません。あの円形舞台とは透明な障壁で隔たれているらしく、クリスティーナの突進でも破壊できませんでした」


 すでにアイも試みていたのだろう。俺の問いは即座に返される。俺たちの眼前で、四人のプレイヤーは傷付きながらも戦っている。

 すでに青年の盾は欠け、少年の剣は折れている。恐らく、機術師の触媒も尽きているのだろう。三人が一人の少女を守るようにして囲んでいる。


「恐らく、マジックミラーのような構造になっているのでしょう。こちらからのアプローチは全て伝わりませんでした」


 固い声でアイが言う。

 その間にも、獣の太い腕が兎の少女を吹き飛ばし、蹂躙していく。


「アイさん。これを見て下さい」


 ユーリが地図ウィンドウを広げる。

 現在地の情報が書き換わっていた。


「〈最重要奪還目標地域;看守のコシュア=エタグノイの監獄闘技場〉、侵蝕度89%……?」


 そこに書かれていたのは、どれをとっても馴染みのない単語ばかりの羅列だった。

 だが、分かることが一つある。


「落ち着け、白月」


 傍らでガリガリと蹄を擦りつけている白月。彼の目つきは鋭く、明らかに怒りを覚えている。

 地名に記されている名前は、これまでに出てきた白神獣のものと共通している。つまり、白月とも関連があるということだろう。彼が気がつかなかったのは、あの不思議なヴェールによって秘匿されていたからだ。

 怒りを露わにする白月の白い毛並みを撫で、落ち着かせる。その時だ。


「ああっ!?」


 レティが悲鳴を上げる。

 彼女の視線の先で、四つの機体がついに完全に動きを止めた。その直後、歪でノイズ混じりのアナウンスが闘技場全体に響き渡る。


『挑……者の敗退……定し……た。次…………者は…………へ……さい』


 色々と謎は残っている。

 だが、やるべきことは一つだろう。


「行きましょう、レッジさん」

「そうだな」


 レティが真剣な眼差しだ。

 彼女と共に、俺たちはすぐさま走り出す。高い壁を飛び越え、下方に広がる円形舞台へと殴り込む。

 少し心配だったが、1パーティ6人までという制限はないらしい。1人も欠けることなく、全員が舞台に降り立った。


『新た……者……現れ……ッ! 次…………が始まります!』


 アナウンスが流れ、舞台中央に立っていた獣は黒い靄となって消える。そして現れたのは、それよりもかなり小さな、弱々しい黒獣だった。


「弱いのからドンドン倒していけば良いって事ですね」

「腕が鳴ります。すぐにあの化け物と再会しましょう」


 レティたちが気炎を上げる。

 彼女たちに向かって、小さな黒獣がキャンと吠える。

 それを合図に、戦いが始まった。


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Tips

◇〈最重要奪還目標地域;看守のコシュア=エタグノイの監獄闘技場〉

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