第643話「青天の霹靂」
攻略班の一部隊が〈花猿の大島〉深奥部、その中心へと到達した。
急報は雷鳴のように響き渡り、俺たちが拠点としている前線基地にも激震が走った。回し車で走っていた者は足を止め、食事を楽しんでいた者は箸を落とす。一瞬の空白の後、館は蜂の巣を突いたような騒ぎに包まれた。
「もたもたするな! 後れを取るんじゃねぇぞ!」
「さっさと出発するよ! ぐーすか寝てる奴はたたき起こせ!」
「ま、待ってよ。まずは情報の確認を――」
「そんなことしてる暇あるか!」
血の気の多いプレイヤーたちが慌ただしく玄関に殺到する。我先にと互いに争いながら外を目指すため、身体の小さなタイプ-フェアリーなどはもみくちゃにされている。
騎士団員が混乱を収めようと必死に呼びかけているが、聞く耳を持つものは誰も居ない。その時だった。
「ちゅうもぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっ! ――く!」
館を揺るがすような大音声。混乱を抑えるため放たれた声は、文字通り群衆を押しつけた。
物理的な圧を持ち、パニックに陥っていた人々を床に押し倒す。テーブルに並んでいた食器類が儚くも飛び散り、データの粒子となって粉々に砕けていく。
「速報は秘匿スレッドで共有されています。詳報は現在、解析部が作成中。そちらが公開され次第、全体としての作戦を検討します。ただし、現時点より深奥部中心に挑みたい者は自由に出発してもらっても構いません。その場合、騎士団からの支援は前線基地利用を除いて受けられないので、その点をご理解ください」
大階段の上で朗々と宣言するのは、〈大鷲の騎士団〉副団長のアイだ。
彼女の毅然とした態度を見て、階下のプレイヤーたちも平静を取り戻す。よろよろと立ち上がり、ひとまず出発の準備を整えるために動き出した。
アイのおかげで秩序が取り戻された。騎士団員たちも緊張の面持ちながら既に動き出している。
俺は誰も居なくなったテーブルを見渡し、カミルとT-1に肩を竦めて見せた。
「レッジさん!」
「分かってるよ。すぐ準備する」
そこへ飛び込んできたのは、既に装備を整えたレティたちだ。早く中心に向かいたいと、全身から感情が滲み出している。
「とはいえ、まずは情報を集めないとな。その中心に到達したパーティは帰ってきてるのか?」
「――いいえ。“中心部へ向かう”というメッセージと、座標が送られてきて以降音信不通です。〈ミズハノメ〉へ死に戻ってもいません」
問いに答えてくれたのは、階段から降りてきたアイだった。彼女も少し固い表情で、緊張しているのが見て取れる。
「死に戻りもしていない。てことは、まだ戦ってるってこと?」
「恐らくは。しかもメッセージやTELを行えないほどの状況です」
それはあまり良い情報ではない。
中心部に到達できたということは、かなりの実力を持つパーティであるはずだ。彼らが連絡すら取れないほどの状況とは、一体どれほど逼迫しているのか。予想もつかない。
「団長が主力部隊の編成を進めています。しかし、それを投入するにはあまりにも情報が足りません」
中心地到達という速報は、攻略作戦に参加している全てのプレイヤーにとって青天の霹靂だった。まだ龍脈の地図は完成とは言えず、騎士団も主力部隊の構成を検討している段階なのだ。
中心地に向かったパーティはかなり勇敢、もしくは向こう見ずな性格が揃っていたのだろう。
「ただ、幸い送られてきた座標を元におおよその経路を予測することができました。それを用いて緊急偵察を行います」
「緊急偵察?」
「機動力の高い少数で経路を検証し、可能なら中心地の情報を獲得します」
アイは真っ直ぐにこちらを見つめて、強い口調で断言する。これを好機に、何が何でも中心部へと到達するという強い意志を感じる。
そして、彼女が何を求めているのかも。
「しもふりの準備は整ってますよ。いつでもいけます」
「
少数精鋭、高機動力、堅牢性、柔軟性。それらを全て備えている自負はある。そして、彼女もそれを認めてくれているはずだ。
「緊急偵察は騎士団から私と二名、三術連合の四名、そして〈白鹿庵〉の皆さんで行います。総勢は十四名ですが、大丈夫ですか?」
「いけるはずだ。こっちの南瓜も強化を続けてる」
素早く言葉を交わし、動き出す。
まずは厨房で待っている二人のところだ。
「カミル、T-1」
『分かってるわ。付いていっても足手まといにしかならないし、ここも撤収するんでしょ』
『妾らは〈ミズハノメ〉でゆっくりと待っておるからな』
二人を危険な場所へ連れていくわけにはいかない。特にカミルは、失えば取り返しがつかない。
俺は二人を騎士団の運搬部隊に預ける。彼らがカミルの機体を、〈ミズハノメ〉まで送り届けてくれるだろう。
『気をつけるのよ。バックアップセンターから出てきたら、承知しないからね』
「分かってるさ。ま、気楽に待っててくれ」
機獣の牽く荷車に乗ったカミルが、森の中の道を進んでいく。じっと俺の方を見ていた彼女は、やがて距離が離れ、機体が休眠状態に入った。
T-1の肩に頭を載せるカミルを見送り、館の方へ振り返る。
「さあ、撤収だ」
館を畳み、小さなテントセットに戻す。
ちょうどその時、しもふりに跨がったレティがやってきた。足下にはラクトたちも揃っている。
「準備オッケーです! いつでもいけますよ!」
「騎士団も揃いました。本日はよろしくお願いします」
アイ、クリスティーナ、そして即応部隊として三術連合の四人と共にやって来た少女――ユーリが並ぶ。
「ユーリ!? キミも参加するんだね」
その姿に、ラクトが目を丸くする。彼女は即応部隊で行動を共にしていたはずだ。
「第二戦闘班、軽装戦士隊所属です。片手剣使いですが、〈支援機術〉も扱う〈
短く切りそろえた茶髪の少女は、そう言ってペコリと頭を下げる。
彼女は第二戦闘班だが、戦力的には十分であると判断されたようだ。第一戦闘班は偵察後の主力部隊へ極力集中させたいという思惑からだろう。
「ここが集合場所? もうみんな揃ってるわね」
「アリエスがのろのろしてるからでしょう」
「遅れて申し訳ありません。お呼び頂き、ありがとうございます」
「……がんばる」
最後にやってきたのは、アリエス、ぽん、ラピスラズリ、ろーしょんの四人。三術連合の精鋭たちだ。
「こちらこそ、招集に応じて頂きありがとうございます」
全員が揃ったことを確認し、アイが頷く。
そして、これから始まる緊急偵察作戦について説明を始めた。
「クリスティーナが先陣を切り、そのあとをしもふりとレッジさんのテントに乗って追いかけます。三術連合の皆さんは予備戦力として待機しつつ、龍脈の記録を行って下さい」
今回の主力となるのは、レティたち〈白鹿庵〉の攻撃職だ。騎士団のアイとユーリは支援型で、クリスティーナは斥候を務める。
三術連合の四人はミカゲと共に龍脈を確認し、ルートの構築を行う手筈となった。
俺はもちろん、テントの維持と管理。それによる部隊全員の保護だ。
「それじゃあ、準備するからもう少し待っててくれ」
そう言って、俺はしもふりのコンテナから別のテントセットを取り出す。この時のために用意していた、特別製だ。
「『野営地設置』“肋蜘蛛”。『強制発芽』“黒鉄瓜”“花衣”」
始めに展開されたのは、十二対の金属フレーム。簡素な形状だが、上質精錬鉄鉱を用いており、高い耐久性を有している。
肋骨のような形をした奇形のテントの中にすっぽりと収まるのは、内部が空洞になっている流線型の黒い瓜だ。更に、固く結合したそれの表面を緑の蔦が覆い尽くす。そうして、八本の脚が左右から飛び出した。
「植物複合式自走テント“地走蜘蛛”だ」
胸を張って高らかに宣言する。
ネヴァによるテントと、農園で品種改良を重ねた植物を複合させた、渾身の力作だ。
だというのに、周囲の反応は思っていたほど盛り上がらない。
「うわぁ……」
「なんだよ。走行時の安定性と頑丈性を追及した最新型だぞ」
丸く、僅かに反った形状は茄子で作った精霊馬のようにも見える。脚は八本で、全身を蠢く蔦で覆われているが。
「これの半径15メートル以内なら、秒間100ポイントのペースで常にLPが回復しつづける。ついでに防御力500、攻撃力700、麻痺耐性15%、毒耐性20%、気絶耐性10%アップの常時バフ。原生生物の恐怖値30デバフも出してるし、もし攻撃を受けたら自動的に毒花が弾けて反撃するようになってる」
「もうこれだけで支援機術師いらないレベルのバフが掛かるんですね……」
軽く新型テントの説明をすると、支援要員のユーリとアイが呆然とした顔になる。とはいえ、これだけでどうにかなるほど深奥部は甘くないだろう。
「走行性能も高いから、しもふりの全力にも追いつけるはずだ。レティは遠慮無く暴れ回ってくれ」
「ありがとうございます。では、遠慮なくいかせてもらいましょう」
このメンバーの中で最も火力と機動力の水準が高いのはしもふりに跨がったレティだ。自動的に、彼女がメインアタッカーとなる。
支援も彼女を最優先に行われる。
「それでは、早速出発しましょう」
気を取り直し、アイが仕切る。
彼女の呼びかけに応じ、ラクトたちは“地走蜘蛛”の上に乗り込んでいく。蔦のおかげで掴むところには困らず、振り落とされてもすぐに復帰できるようになっている。
「行きますよ! しもふり、『
全員が揃ったことを確認し、レティがしもふりに指示を出す。それを待ちわびていた鋼鉄の機獣は、三つの首で一斉に咆哮を上げると、地面を揺らして走り出した。
「クリスティーナ」
「分かりました。――穿馮流、一の蹄、『地駆け草薙ぐ赤き駿馬』ッ!」
少し遅れて、クリスティーナが槍を構えて走り出す。
彼女は一瞬で最高速に達し、軽快に駆けるしもふりを追い越す。
それを見て、俺も“地走蜘蛛”を動かした。
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Tips
◇地走蜘蛛
特殊テント“肋蜘蛛”、植物戎衣“花衣”“黒鉄瓜”を用いる植物複合式自走テント。四対八本の多脚走行方式により、悪路走破性と姿勢安定性を高い水準で両立させた。上質精錬合金フレームにより頑丈性も高く、“花衣”によって自動的な反撃も行える。
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