第641話「魅惑の商品」※

 石盤についての情報共有が終わったあとも、シンゴとイサミの二人にはやるべき事があるようだった。アイの合図で騎士団員たちが木箱を抱えてやって来て、その中に入っていたものをテーブルに広げ始める。


「これは、深奥部ここの地図ですか」

「はい。お二人からは〈ワダツミ海底洞窟〉の地図も提供して頂いたので、こちらも現在判明している深奥部の地図を提出するんです」


 シンゴとイサミは石盤の情報と、〈ワダツミ海底洞窟〉の地図を提供してくれた。海底洞窟も隅々まで調査が済んでいるわけではなく、騎士団としては是非とも手に入れたいものだったのだろう。

 そして、騎士団からも二人に深奥部の地図を公開する。もちろん、今までの調査で判明した龍脈レイラインが追記されたものだ。


「シンゴさんたちは今後も海底洞窟の方で活動されるんですよね。深奥部の地図って必要なんですか?」


 レティが疑問を口にすると、シンゴとイサミは揃って頷いた。


「海底洞窟とここに繋がりがあることが示唆されたっすからね。情報はあればあるだけ嬉しいっす」

「地図なら俺の専門だ。第三者が検証したら分かることもあるかもしれない」


 そう言って、シンゴはテーブルに並べられた地図の一枚を手に取る。わざわざ地図をデータではなく紙として用意したのは、彼がこうして全体を俯瞰して分析を行うためだったようだ。

 紙としてテーブルに並べた方が一度に表示できる情報量は多くなるし、〈筆記〉スキルがあれば直接文字や図形を書きこむこともできる。


「騎士団の解析部も相互に確認はしているんですが、やはりできる限り多くの目で見た方が確実ですからね」

「なるほどな。とはいえ、機密もあるし無差別に公開するのも難しいか」


 騎士団は他の攻略組と比べれば、情報を積極的に開示している方だ。とはいえ、それでも秘密の情報は保持しているし、今回の作戦中に得られたこの地図もそこに含まれる。

 それを提供するということは、それだけシンゴたちが持ち込んだ情報に価値を見出していると言うことに他ならない。


「じゃあ、レッジさん。私たちは向こうで話しましょう」

「うおっ。ああ、そういえばイサミは罠師なんだったな」


 シンゴが熱心に地図を眺めているのを尻目に、イサミが俺の腕を引っ張る。彼女は俺と同じく〈罠〉スキルを使うということで、こちらとしても色々と話したいことがある。


「いいですね。レティも混ぜて下さいよ」

「レティ? 〈罠〉スキルの話だし、あんまり面白くないんじゃないか」


 シンゴの邪魔をしないよう場所を移す俺たちに、何故かレティたちまでついてくる。驚いて尋ねると、彼女は毅然とした態度でそれを突っぱねてきた。


「戦闘に関わる話ですので。それに、レティもレッジさん以外の罠師さんはあんまり知りませんし」


 チラチラとイサミの方を見ながら彼女は言う。もはや戦闘に少しでも関連することならなんでもいいのかもしれない。


「いいっすよ! 私、レティさんとも話してみたかったっす」


 イサミは快く彼女の参加を受け入れてくれる。

 彼女も彼女で、かなり好奇心旺盛な性格のようだった。


「私の使う罠は、マーカーって呼ばれてるっす。“領域”の設定に特化したもので、フィールド上にいろんな効果を付与するっす」


 館の会議室から屋外に出てきた俺たちは、そこで実際にイサミの扱う罠について見せて貰うことにした。

 彼女が腰のベルトから取り出したのは、金属製の小さな杭のようなアイテムだった。頭の部分にライトが付いている以外は全て銀色の金属製で、シンプルな形状だ。


「レッジさんの使う杭に似てますね。アレよりは小さいですけど」

「“特定原生生物忌避電磁波展開マーカー”、通称“妨害マーカー”っす。特定のプリセットを用意することで、原生生物を遠ざける電磁波を発生させるっす」


 彼女は同じものを三本用意して、地面に突き刺す。赤いランプが点灯するが、それ以外に変わった様子はない。しかし、レティだけがうっと顔を顰めた。


「レティ、どうかしたの?」

「微妙に気持ち悪い音が。ほんとに微かな音なんですけどね」

「おお、レティさん耳いいっすね! デモンストレーションのために“猛獣避け”の周波数を出してるっす」


 マーカーから発せられるのは電磁波のはずだが、兎型ライカンスロープの耳はそれすら感知できるらしい。

 しかし、“猛獣避け”の周波数に反応するっていうのは、つまりそういう――。


「レッジさん?」

「なんでもないぞ」


 咳払いをひとつして誤魔化す。

 緊張に冷や汗を垂らしながら、平然とした顔でイサミの方へ向き直った。


「へえ、便利そうだな。簡易的なテントに使えそうだ」

「そう簡単な話でもないっすよ。今回の“猛獣避け”の周波数だと効果は低いっす。遠ざけたい原生生物の情報を集めて、そこから特定の周波数を割り出して、プリセットを組まないと実用には耐えないっす」


 妨害マーカーでの“猛獣避け”は、テントの“猛獣避け”ほどの効果はない。“猛獣”と大雑把に括るのではなく、“猪避け”や“鳥避け”など、狭い対象を相手にする必要がある。そして、そのためには事前に対象原生生物の情報を仕入れる必要もあるようだ。

 〈罠〉スキルらしい、事前準備に手が掛かるアイテムである。


「でもまあ、用意さえしてしまえばかなり使えるってのも確かっす。“妨害マーカー”以外にも“放電マーカー”とか“座標マーカー”とか、戦闘や調査に使えるものもあるっすから」


 マーカーは〈罠〉スキルの領分なので、戦闘に使えるのは当然と言えば当然だ。しかし、それ以外にも使える万能性は魅力的だ。


「マーカーは使い捨てなのか?」

「“爆発マーカー”とか“閃光マーカー”なんかは使い捨てっすね。でも、“放電マーカー”は再充電できるし、戦闘系以外のマーカーは大体再使用可能っす」

「ほほう……」


 俺が食い付いたのに気がついたのか、イサミはインベントリから銀色のアタッシュケースを取り出す。錠を弾いて開くと、敷き詰められたスポンジに包まれて様々なマーカーが並んでいた。


「一本あれば罠として、二本あれば線として、三本あれば領域として使えるっす。いろんなマーカーを駆使することで、どんな状況にも対応可能な柔軟性は他の武器種にはない利点っす」

「おおっ」

「今なら“爆発マーカー”5本、“凍結マーカー”5本、“妨害マーカー”6本、“放電マーカー”6本、“迷彩マーカー”3本のスターターキットがなんと50kビットっす!」

「買った!」

「レッジさん!?」


 思わず手を上げると、すかさずレティに止められる。


「セールストークに乗せられないで下さい。ほんとに使うんですか?」

「使うよ。レティも聞いただろ、この便利なアイテムの話を」

「聞きましたけど……。50kは高くないですか?」


 レティは難色を示すが、〈罠〉スキルについては俺の方がよく理解している。基本的に使い捨てが前提な罠は、その割に少しコストが嵩むのが特徴だ。50kという価格も、マーカー25本と考えれば案外安いかもしれない。しかも、“爆発マーカー”と“凍結マーカー”以外は再使用可能なのだ。実質タダと言っても過言ではないだろう。


「まあまあ。レッジの使い方にも合ってると思うし、いいんじゃない?」

「おお、ラクト!」


 ラクトからの援護射撃もあり、レティが揺らぐ。

 マーカーは俺が扱う“領域”にもシナジーがありそう、というよりそれの発展系だろう。今までの戦い方にそのまま融合させることができるため、無駄にはならないはずだ。


「レッジさん、普段戦闘職じゃないって言う割にこういうの好きですよね」

「そ、それとこれとは別問題だろ。狩りに行くこともたまにはあるし」


 シフォンに痛いところを突かれるが、なんとか反論する。レティたちのような専門の戦闘職ではないだけで、趣味程度には戦いもするのだ。


「食堂でも結構稼いだし、いいだろ?」

「……まあ、そうですね。レッジさんのお金で買うなら」


 〈白鹿庵〉の財布を握っているレティには、現在も定期的に借金の返済を行っている。負債者であるためあまりいい顔はされなかったが、なんとか購入の許可を得ることができた。


「レッジもあんまりT-1のこと言えないんじゃない?」

「ぐぅ。そればっかりは事実だからな……」


 T-1がウチで働いているのは借金返済の意味もあるのだが、主である俺も〈白鹿庵〉に対して負債を抱えている。主従共々、焦げ付くようなことにはならないよう努力しなければ。


「そういうわけなので、一セット下さい」

「目の前でこんな会話された後だと売りにくいっすねぇ……。まあ、お買い上げありがとうっす!」


 イサミは苦笑しつつ、トレードウィンドウを開いてアタッシュケースを差し出してくる。俺も代金を渡そうとして、はたと気付く。


「……レティ、お金持ってないか?」

「は? いや、フィールドですし、持ってきてないですけど」


 まさか、とレティが俺の顔を覗いてくる。

 ……はい、お金がありません。


「レッジって〈取引〉スキル高かったよね、口座支払いできるでしょ?」

「……その口座にお金がありません」

「はあ?」


 絞り出すように言うと、ラクトが目を丸くする。


「し、仕方なかったんだ。最近いろいろ物入りだったし」

「ポケットマネーがないなら買えませんね。残念でした」

「そ、そんな! お願い、ちょっと貸してくれよ。明日には返すから!」

「ダメです! レッジさんすでに負債持ちなんですよ!」


 膝を突いて頼み込むが、レティはそっぽを向いて応じてくれない。ここまできてこれはあまりにもあんまりだ。

 ラクトたちに縋るように視線を向けるが、彼女たちはふっと目をそらす。みんな、財布にはあまり金をいれていないのだろう。

 そもそも、ビット自体にも重量があるため、フィールドに出る時はほとんどをストレージに預けるのが通常なので、仕方がない。


「ていうか、食堂の売り上げはどうしたのよ」

「それだっ!」


 エイミーの一声を受け、俺はダッシュで館に向かう。

 勢いよく扉を開き、厨房へと向かう。


「カミル! 金くれ!」

『アンタは何を言ってるのよ!?』


 走りながら跳躍し、空中で膝を折る。

 そのまま滑らかに着地し、三つ指を突いて頭を下げる。華麗なスライディング土下座を決めると、カミルの驚いた声が響いた。


「食堂の売り上げから5万貸してくれ!」

『だ、ダメよ。まだ収益計算も終わってないし。ていうか、アタシに管理を任せたのアンタじゃない!』

「それはそうなんだが……。頼む!」


 ビットは重い。そのため、今回のような食堂を開く時は、代金は全てカミルに管理してもらうことにしていた。俺の懐に直接入ってくるよう設定することもできるのだが、それだとすぐに動けなくなってしまうのだ。

 カミルに集められた利益は、そこから翌日ぶんの食材の仕入れやカミル、T-1に支払う給料などの経費を差し引いて、純利益が俺に渡されることになっている。なっているのだが……。


「あとで純利益からマイナスしてくれたらいいから。な、頼むよ」

『アンタがそう言うなら渡すけど……。とりあえずその姿勢止めなさいな』


 カミルがトレードウィンドウを開き、50kビットを送ってくれる。平身低頭で感謝を伝えると、彼女は落ち着かない様子で周囲を見ていた。


「どうしたんだ? そんなによそよそしくして」

『まわりを見なさいよ!』


 その言葉を受けて、周囲を見渡す。

 食事中のお客様たちと目が合った。


「おっさんだ……」

「おっさんがメイドさんに土下座してる」

「金がないのか?」

「悲しすぎるだろ……」


 ひそひそと話される言葉が、こちらにも薄らと聞こえてくる。それで初めて、俺は自分がどういう状況にあるのかを自覚した。


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Tips

◇マーカー

 〈罠〉スキルによって扱うアイテム。地面に突き刺し、起動することで様々な効果を発揮する。フィールド上に特定のエリアを設定することができ、そのエリア内では他の武器種と比べても高い能力を見せる。


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