第640話「不確かな伝言」

 食堂での業務をカミルとT-1に任せ、アイたちと共に三階の会議室へと移動する。

 それに際して、カミルに広間から離れることを伝えたわけだが、勇気を出した割にあっさりと了承を得られた。彼女曰く、主人である俺が何をしようとこちらに拒否権はない、とのことだった。

 ともあれ、同じテントの中に居るため、カミルたちは問題なく業務を続けることができる。俺は安心して二人に任せることにした。


「お待たせ。すまんな、中断しちまって」

「いえ。いきなり跳び蹴りが炸裂した時は驚きましたが……」

「メイドロイドって主人に攻撃できるんすねぇ」


 会議室にはアイと、シンゴとイサミの二人組、そしてどこからか耳聡く話を聞きつけてきたレティたちが揃っていた。


「む、なんでここにレティたちがって顔してますね。むしろなんでレティたちを呼ばなかったのかが気になる所なんですが」

「いやいや。ちゃんと呼ぶつもりだったぞ」


 一応事実だ。テーブルで聞いたシンゴたちの話は、俺だけでどうにかなるものではないし、レティたちとも共有したかった。それよりも、アイが俺たちに話を知らせてくれた事の方が驚きだ。


「一応確認しとくが、その話は俺たちにもしていいもんなのか?」


 そう尋ねると、アイは今更ですね、と苦笑して頷く。


「元々、レッジさんたちには説明する予定でした。そのために、わざわざシンゴさんとイサミさんにもご足労頂いたので」

「イサミが一度レッジに会いたいって言ってな。こちらのわがままを聞いて貰ったんだ」

「はぁ。俺に……?」


 アイはともかく、それに続くシンゴの言葉に戸惑う。

 俺はどこにでもいる普通のFPOプレイヤーの一人に過ぎない。レティたちに会いたいと言う方が、まだ納得ができるのだが。


「改めて挨拶させてもらうっす! 私はイサミ。こっちのシンゴと一緒に地図製作をやってるっす。私も罠師なんですよ」

「なるほど。そういうことだったか」


 聞けば、イサミたちは直接的な戦闘能力を有さないタイプのスキルビルドを組んでいるらしい。彼女の〈罠〉スキルはフィールド上で安全を確保するために運用するもので、マーカーというピンを使うようだ。

 そう聞けば、少し俺の扱う“領域”とも似ているような気がする。

 同好の士と握手を交わすと、彼女はくるんと丸まった尻尾をブンブンと勢いよく振った。レティの耳もそうだが、タイプ-ライカンスロープの身体は感情をよく表現する。


「そっちの談義は後でゆっくりやって貰うとして、まずは重要な方から行こう。――これを見てくれ」


 そう言ってシンゴが会議室の大きな机にアイテムを並べていく。それは、古びた石盤のようなものだった。表面の模様は損傷が激しく、粉々に砕けているものもある。

 ある程度解析はすんでいるのか、彼はそれを決まった順番で並べていく。そうすると、全体として繋がった大きなものがおぼろげに姿を現した。


「これはまた、随分と大きいものですね」

「全体の重量は100キロ以上だ。回収した時は俺たちも色々アイテムを持ち込んでたからな、重量限界ギリギリだった」


 これらは全て、〈ワダツミ海底洞窟〉の入り組んだ道の奥、壁に阻まれ隔絶した空間に眠っていたと言う。それを全て持ち帰ることができたのは、シンゴのタイプ-ゴーレム故の所持可能重量の高さが理由だろう。犬型ライカンスロープもフェアリーやヒューマノイドより多少力持ちではあるが、ゴーレムはそれと比べても破格の性能を誇る。


「これの解析は?」

「三次元立体モデルは作成済み。レプリカは保存用のもの以外にも、騎士団解析部保管のものが一式あります」


 こうした遺物系のアイテムは消失を防ぐため、まず何よりも先にバックアップが作られるのが常らしい。データとして、複製品として、複数の安全策が講じられている。

 それでも、こうして危険な深奥部までオリジナルを持ってくるのはかなり不安だったはずだ。


「この模様、文字ですかね。なんて書いてあるんですか?」

「解析部で調査中ですが、大まかなものはすでに上がっていますね」


 レティの問いに対しアイはウィンドウを開くことで答える。そこに表示されていたのは、石盤の複雑な紋様に対応する訳文だ。


「元々の損傷が激しいっすからね。文章も途切れ途切れ、断片的なものしか分かってないっす」


 いつの間にか銀縁の眼鏡を掛けたイサミが言う。彼女の耳はぺたんと伏せ、尻尾もしんなりとしていた。


「泡揺れる、島の壁の中。川の流れの結ぶところで、防人が染まる。白、なんとかは黒、なんとか。なんとかのなんとかは淀む。なんとかの沼のなんとか、花をなんとか。なんとかの一滴を、なんとかかんとかになんとか。なんとかかんとかうんぬんかんぬん」

「後半がほとんど分かんないじゃないですか」


 代表して読み上げるが、レティの突っ込みの通りだ。

 石盤の損傷が激しいのもあるが、恐らく現在の〈解読〉スキルの限界というのも来ているのだろう。レベル80では難しいと感じる局面が、戦闘以外でも出てきている。


「とはいえ、今分かる時点でも“島の壁の中”とか“川の流れ”とか、“白”と“黒”とか、興味深いワードは出てきてるわね」


 エイミーが訳文の中からキーワードを拾い上げる。

 それを見ただけでも、シンゴとイサミの二人が何故ここに来たのか、アイたち騎士団が何故二人と接触したのか、その理由が分かるというものだ。


「十中八九、深奥部のことだ。そんでもって、白神獣関連だなぁ」


 足下で丸くなっている白月を見る。

 今のところ、彼はこの深奥部で目立った動きはしていない。しかし石盤から読み取れた文章や、これが発見された場所などを鑑みるに、無関係ということはないだろう。


「“防人”っていうのは、誰なんでしょうね?」

「さてなぁ。何に染まるのかも分からん」


 この石盤にどんなメッセージがあるのか、それが深奥部とどう関係してくるのか、俺たちは何をすれば良いのか、すべてが分からない。アイたち騎士団もその解明に全力を尽くしているのだろうが。


「ひとまず、深奥部攻略において重要な手がかりになる可能性はかなり高いです。とはいえ、現時点では不明な部分も多く、全ての参加者に公表するのも避けたいところです」


 アイの言うことも分かる。

 確かにこの石盤と深奥部には繋がりがある。とはいえ、その内容は不明瞭だ。無差別に広く公表してしまえば、逸るプレイヤーたちが増え統率が取れなくなる可能性もあった。


「騎士団解析部でこの石盤を解析しつつ、〈ワダツミ深層洞窟〉と〈白き深淵の神殿〉にも人員を送ります。シンゴさんとイサミさんにも、引き続き深海での調査をお願いしたいと思っています」

「任せるっすよ! 私とシンゴの二人で、バンバカお宝を見つけてくるっす」


 ぽむ、と胸を叩くイサミに、シンゴも冷静な顔で頷く。一見すると凸凹なコンビだが、それが案外がっちりと組み合っているのかもしれない。


「結局、レティたちにできることは変わらないですね。深奥部の中心目指しつつ、地図の作成ってことで」

「はい。現状はそうなりますね。もし新たな情報が判明した場合は、私たちと一緒に行動してもらうことになります」


 今回、アイが俺たち〈白鹿庵〉にも石盤について知らせたのは、情報共有が目的だったようだ。

 情報を公開するのは限られたメンバーに抑えつつ、有事の際にはすぐさま動けるように備える。そのメンバーの中に選ばれたのは、彼女から信頼を寄せられている証拠と考えていいかもしれない。


「そういえばアストラも当然、これは知ってるんだよな」

「あに……団長にも報告は上がっているはずです。ただ、あの人はそういうものよりも戦いの方が好きなタイプなので」

「そっかぁ」


 アストラもここ数日、ずっと中央指揮所に籠もることを強いられている。EPが新たに解放された際に部屋を脱出しようとしたらしいが、お付きの団員たちによって必死に引き留められたという話も聞いた。


「まあ、たまには外で遊ばせた方がいいんじゃないか」

「そんな犬みたいな……。でもまあ、ガス抜きはした方がいいかもしれませんね」


 アイは呆れつつも、真剣な顔で思案を始める。

 普段は優秀な指揮官として動いているだけに、彼が暴走しないようにきちんと手綱を握る必要性は大きいはずだ。

 深奥部の調査に、新たに見つかった石盤、そして暴走寸前の騎士団長。副団長アイの悩みの種は尽きないばかりか、日を追うごとに増えていく一方なのだ。


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Tips

◇博識の眼鏡

 知的な印象を与える銀色の細縁眼鏡。思考を明瞭にし、独自の法則で書かれた文章の読解を助ける。

 装備時、〈解読〉スキルの効果量が5%上昇。視力が僅かに強化される。


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