第639話「進捗どうですか」
「カミル、注文だ。親子丼1つ、デラックスカツ丼2つ、スマイル3つ」
『最後のは品切れよ』
厨房に向かって注文を読み上げると、素っ気ない返答が返ってくる。在庫があれば俺の分も注文したかったが、生憎そうもいかないらしい。
残念に思いながら、カウンターに置かれていた料理を手に取り、大広間の方へと運ぶ。
大広間はいくつもテーブルが置かれ、巨大回し車は壁際に並べられている。
ここは〈花猿の大島〉深奥部の前線基地である。
騎士団によって本格的な基地運用が始まり、俺が建てた館の周囲にも様々な施設が用意された。館は一階の大広間が休憩所兼食堂兼発電所、二階の個室が有料の休憩室、三階の会議室が作戦会議やアイたち幹部の執務室として使われている。
「おまちどう。デラックスギャラクシータイヤキ抹茶白玉あんみつパフェです」
「わーい。ありがとうございます」
注文のあったテーブルへ、山のようにでかいパフェを持っていく。受け取ったのは見覚えのある赤いうさ耳の少女だった。
「レティたちも帰ってきてたのか」
「お昼時ですからね。ミカゲのおかげでかなり地図も作れましたし」
「そりゃ良かった」
俺はこの野営地が基地となったのを機に、カミルとT-1を連れてきた。そうして広間を食堂として整備しなおして営業を行っている。
その間、レティたちは〈白鹿庵〉の残りの6人でパーティを組んで、深奥部の地図製作活動に精を出していた。
騎士団による大規模攻略作戦が始まってから、すでにリアルタイムで3日が経っている。
その間、ログアウトを挟みつつも多くのプレイヤーが総力を結して攻略を続け、深奥部に流れる無数のレイラインの位置の記録が行われていた。その過程でノウハウも蓄積し、今では1パーティに1人でもレイラインを見ることのできる人員がいれば、十分に活動できるほどだ。
「深奥部の調査はどれくらい進んだんだ?」
「外周はぐるっと回れるようになれました。
この3日間、俺がカミルたちと食堂で働いている間にも、攻略は着実に進んでいた。
俺たち前哨部隊が入ってきた城壁樹の開いた場所――現在では
そして、検証班の弛まぬ努力によってループから脱出する方法――つまり
「移動するたびに戦わなくちゃいけないのはちょっと面倒だけどね」
「そうですか? いっぱい斬れるので楽しいですが」
龍脈間を移動する方法というのは、蓋を開けてみれば単純だった。
俺たちがEP1からこの野営地の間で往復をした時、かならず鉄腕猩猩たちと遭遇する地点があった。
つまり、森の中で強力な原生生物が出てきたら、その場所から別の龍脈へと移動できるのだ。
EPの追加とKPの判明によって、攻略活動は加速したというわけだ。
「でも、奥に進むのはなかなか大変ね」
レティの食べているパフェを、彼女の死角から少しずつ削り取りながらエイミーがぼやく。
「何が大変なんだ?」
「奥に行くほど龍脈が細く細かく複雑に絡み合うようになってるの。少し道を外れるとループしちゃうし、KPは多いけどそのぶん戦闘も多くなるから」
「なるほど。それは面倒だな」
龍脈が複雑になればなるほど、見えない迷路は難易度があがり、少し歩くだけで道を外れ元の場所に戻される可能性が高くなる。また、絡み合うということはKPが増えるということであり、強制的な戦闘も多く発生する。
「新種の原生生物も結構見つかったのか」
「奥に行けば行くほど増えますね。“赤角猩猩”“青脚猩猩”“緑血猩猩”“黄牙猩猩”などなど。どれも最初のころは斬り甲斐もありましたが、今では面倒なだけです」
「戦隊ものみたいなラインナップだな……」
つまらなそうに唇を尖らせるトーカ。最近、彼女のバーサクっぷりも尖ってきたようだが、まあそれは置いておこう。
KP、ノットポイントに入った時に現れる原生生物は、鉄腕猩猩と同等か、それ以上に強い。しかし、
勝つまで挑み続け、情報を集め、解析し、そして勝つ。攻略法はすぐさま共有され、勝率は逆転する。向こうからすれば、これほど厄介な相手もいないだろう。
「新種が出てくるのもそうですが、単純に数も増えましたね。行きはともかく、帰りは10体近く出てくることも増えてきました」
パフェに載せられた鯛焼きを囓りつつ、レティが続ける。
「レティたちを外に出したくないって言ってるみたいですよ。まったく」
EP1からこの前線基地までのルート上にあるKPでも、行きは鉄腕猩猩が4体だけなのに対して、帰りは鉄腕猩猩1体と黒腕大猩猩5体となり総合的な脅威度は上がっている。
3日間の検証の結果分かったのは、深奥部から離れるように、つまりは外に向かって移動している際にKPへと入ったら、より強くより多い原生生物が現れるということだ。
その理由については、未だによく分かっていない。
レティの言った逃亡防止説が大勢に支持されているが、龍脈逆流負荷説なども提唱されている。
「とにかく、しばらくは地図を作りつつ中心を目指す感じかな。わたしはもう辛いんだけど……」
「シフォンもちゃんと活躍してるわよ。もっと自信がつけばいいんだけどねぇ」
虚ろな顔をしてレティのパフェから鯛焼きを取るシフォン。もすもすと頭から囓りながら、陰鬱な雰囲気だ。
仕方なさそうにエイミーが眉を寄せる。
シフォンもすでに、他のメンバーと互角に張り合えるほどの実力を持っているのだが、プレイ歴の浅さからかその自覚はあまりないらしい。
「シフォンもT-1くらいポジティブになればいいんですよ」
「T-1?」
トーカの口から突然T-1の名前が出てきて驚いていると、彼女が別のテーブルを指さした。
『なぬっ!? そのおいなりさんを妾にくれるのか?』
「いいよいいよ。どんどん食べちゃって」
『ありがとうなのじゃ! お主らは良き調査開拓員じゃな!』
見れば、テーブルに料理を運んでいたT-1がそこの客から稲荷寿司を貰っていた。というか、餌付けされていた。
「何やってるんだアイツは……」
「いいんじゃない? どっちも楽しそうだし」
稲荷寿司を貰ってウキウキしているT-1を見て、テーブルを囲んでいるプレイヤーたちも笑顔を浮かべている。確かに双方共に損をしているわけではなさそうだが、T-1は一応仕事中であることを分かっているのだろうか。
そんなことを考えていた矢先のことだ。
『ちょっとレッジ、どこで油売ってるのよ! 早くしないと料理が冷めちゃうでしょ!』
「うごあっ!?」
背後から腰に強い衝撃を受ける。
床に倒れながら振り返ると、憤怒のオーラを帯びたカミルが仁王立ちで睥睨していた。
『いつまで経っても戻ってこないで、注文された料理が全然運ばれないじゃない』
「す、すまんすまん。ちょっと話し込んでた」
『まったく。仕事中だってこと分かってるの?』
ぷりぷりと怒りながら厨房へ戻っていくカミル。平身低頭しながらそのあとを追うと、レティたちがクスクスと笑うのが後ろに聞こえた。ぐぬぬ。
『とりあえず親子丼1つ、デラックスカツ丼2つ、さっさと運んできてちょうだい。あと、T-1も引き摺ってきて。すぐ戻ってくるのよ』
「いえす、まむ」
厨房を1人で切り盛りしてくれているカミルには頭が上がらない。彼女の指示には従順に従い、俺は早速皿を持って大広間へと戻った。
「大変お待たせしましたー。って、アイじゃないか」
指定のテーブルに料理を運ぶと、そこにはこの基地の責任者でもあるアイと見慣れない男女が座っていた。
「レッジさん。ありがとうございます」
「親子丼こっちっす! カツ丼はそっち。スマイルはないっすか?」
「残念ながらスマイルは品切れだそうです。入荷も未定でしょうね」
そう伝えると、溌剌とした声の犬型ライカンスロープの少女は残念そうに三角形の耳を伏せた。彼女の前に親子丼を置き、その隣に座るタイプ-ゴーレムの男性にデラックスカツ丼2つを差し出す。
「ありがとう。レッジの料理は一度食べてみたかった」
「作ったのは俺じゃなくてカミルですが……。たぶん、初対面ですよね?」
首を傾げながら尋ねると、ゴーレムの男性は肯定する。
「ご紹介しますね。こちら、地図師のシンゴさん。彼女はイサミさん。お二人で一緒に活動されてるんです」
「なるほど。初めまして、レッジです」
最近は向こうが一方的に俺のことを知っているということも増えてきた。とはいえ、最初の挨拶は肝心だろう。
「それで、アイとはどういう関係で?」
「先日、お二人が〈ワダツミ深層洞窟〉でとあるものを発見されまして」
三人がどういう事情で集まっているのか気になって尋ねてみる。答えてくれたのはアイだった。
彼女は少し声を落として、ウィンドウを広げながら話し始める。
それはとても興味深く、面白い話だ。知らず知らず聞き入っていた俺はすっかり時間を忘れ、堪忍袋の緒が切れたカミルに吹き飛ばされるまで、アイの話に夢中になっていた。
_/_/_/_/_/
Tips
◇受発注管理システム
〈取引〉スキルレベル70で使用が解禁される支援システム。メニューの管理や、その公開、注文の管理、金銭のやり取りなどを一貫して行うことができるようになる。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます